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第二十話 神秘との邂逅

 拝啓、雪乃ちゃん…あれからもう、3年が経ちました。




 8月29日、命日、俺は雪乃ちゃんの墓参りに来ていた。

 目を閉じて、手を合わせると、いつもあの日を思い出す…君が死んだあの日を。








 雪乃ちゃんはカッターナイフで自分の左手首を切り、俺の右隣に横たわって微動だにしなかった。


 食べ物を買うために入ったコンビニかどこかで買ったのか盗んだのか、出所は不明だが、カッターナイフの刃に血痕が残っていたので、間違いないと悟った。


 俺はヒドく動揺し、泣き叫び、それからの事がほぼ記憶に無い。


 何故か近くの病院で入院していた、我を失った時に気絶でもしたのか、そこに両親が仕事を休んで来てくれた。


 この人達にも、ちゃんと子を思う心があったんだと知り、何だか安心したのを覚えている、すごい上から目線。


 それから警察に色々話を聞かれたが、最終的には起こった事実がそのまま結果として反映され、この年の夏を騒がせた。(無免許運転はしっかり罰金刑として執行されたけど)


 俺は留年し、4年かけて高校を卒業し、大学は実家の近くにある私大を受け、何とか合格、特に変わりない大学生活に入った。


 少しマスメディアで騒がれた程度で終わった…ワイドショーでは、何十分も語られたりしていたが、別に起きる事件はこれだけじゃない。


 それでも、俺にとっては人生最大の出来事で、将人や村の人達にとっても深く心に刻み込まれた事件には違いない。


 世間はそこまで気にするような事件じゃない、自然災害で何千人何万人が死んだ訳でもない、とんでもない事が起きた、と、それだけだろう…それでも知ってほしい…当事者は忘れない、忘れられない事を。


 ただただ、気になる1人の女の子の、お母さんを捜し出すという目的に着いていった、ただそれだけで、一生忘れることの出来ない夏を経験したんだ。


 (───愛してる)


 一生で俺はきっと、彼女以外の誰かに言わないだろう。それだけ彼女は特別で、唯一無二で、大切な人だったんだ。




 それでも、ふと思う日がある…あの日、もし俺が、あのまま雪乃ちゃんの気持ちに応え、慰め、行為に及んでいたら…雪乃ちゃんは、死ななかったのだろうか…。


 俺は彼女と一緒に、未来を歩こうとしていたが、彼女は違った、彼女は、未来というのは空想でしか無く、一歩踏み越えたらそれは、今、に変わることを知っていた。


 そうに違いない…あの笑顔は、それに気付けないバカな俺の健気な優しさを垣間見たからだ、それで、俺はどこまでもお人好しなんだと、変わらないなと、そういう笑顔だったに違いない。


 真意は誰も知らないが、今の俺は、あの日の自分の判断を悔いていない、きっと、どんな展開であろうが、彼女の目を見たら分かる…結末は変わらないのだと。




 「おーい!琉希ー!」


 「将人、お前も来たのか」


 「たりめーだろ、俺が来なくて誰が来るんだよ」


 「…そうだな」


 「何だ今の間は!日本語おかしいとかバカにしてんのか!?」


 「自覚あるんだ」


 「知るか!」


 将人の右腕は、以前のようには満足に動かなくなったが、当の本人はさほど落ち込んでおらず、傷跡自慢やら、麻酔のすごさを解説したりしてきた。


 「見てみろ、激戦をくぐり抜けてきた実力者、みてぇな傷跡だろ?」


 「激戦くぐり抜けてきたなら、顔とかの方がかっこいいかな」


 「おいおいふざけんなよ、顔とかクソ痛ぇじゃねぇか」


 みたいな会話をした日もあった。キャッチボールも出来ない程ダメージが深いのに、日常にさほど支障は来さないとかで、ネガティブにはならなかった。ホントにいじめられてたのかよ…いや、これは失礼だな。


 将人も、ちゃんと花を立ててから、水を墓石にかけ、手を合わせた。将人は今、家業を継ぐべく農業大学に入っている。


 将人とは連休なんかに時々会うくらいで、連絡もちょくちょく取り合っている。都会暮らしの日常を羨ましがる将人のために、よく分からないカラフルな写真を撮って送ったりしている。


 最初はかったるいなぁなんて思っていたが、最近は少し楽しくなり、店を巡って自分で作って再現したりもしている。ほぼ出来ないけど。


 「…なあ琉希…お前社会人になったら何すんの?」


 「…今のところニート」


 「マジで?」


 「まあやりたい事無いし…」


 「じゃあ俺ん家来いよ、住み込みで米作り」


 「体力労働はなぁ…田舎もそこまで好きじゃないし」


 「田舎いいだろ!?都会より温もりがあるぞ!」


 「都会はいいよ、好きな時に1人になれる、静かだし」


 「つまんねぇなー」


 「いいのいいの」




 今でこそ普通に話せているが、12月、冬休みに入ると、俺のアパートの部屋に将人が1人乗り込んできて、出会い頭に一発良いのを顔面にもらった。


 そりゃそうだ、俺は将人に託されたんだ、本当は自分が守り抜きたかったはずなのに…俺のそばで、雪乃ちゃんは死んだ、俺への怒りは当然だ。


 将人は尻もちをついた俺の首根っこを両手で掴み、負の感情が蠢いて見える険相で俺に何かを言おうと口を開けるが、何も言わなかった。


 俺は申し訳なさと、将人の気持ちを汲んだつもりで目を合わせなかった。どんな表情かは分からないが、それを見たからか、将人は歯を食いしばり、手を離して、俺の肩を組んで俺を立たせた。


 「…じゃあ…雪乃は…完全に腹括ってたって訳か…」


 俺はいきさつを全て偽りなく話した。カーテンを閉めきり、昼なのに暗い部屋で、俺は将人と1度も目を合わせず、下を向いたまま畳にあぐらをかいて話した。


 「…うん…分かってくれたかな」


 「分かる訳ねぇだろ!!!…」


 将人は立ち上がって大声を出したが、それ以上の言葉が出ず、右手で頭をかきむしり、再びその場にあぐらをかいて座った。


 「…俺は…お前なら雪乃は大丈夫だって思ってた…お前の事が好きだから…お前なら救ってくれるって信じてた…」


 「…どうして…雪乃ちゃんが俺のことを…って…知ってるの?」


 「誰からも聞いてねぇし分かるよ、雪乃は…俺が告白した時はもう…お前が好きだったんだよ…」


 「…そうなんだ…」


 「それなのに…お前は…」


 「…死ぬ事が、救われないことだって、誰が決め付けたの?」


 「…何だと」


 「死を美徳にすることはしない、たとえどんな事情があっても、自ら命を絶つのは愚かな行為だし、そんな思想すら危険だ…だけど、その事情が肝なんだ…雪乃ちゃんは、数多の選択肢から最悪の手を選んだ…そうじゃないと、俺や将人に迷惑がかかると思った…」


 「…何で…分かった風なんだよ…」


 「…手紙があった」


 「手紙?」


 俺はポケットから、1枚の手紙をポケットから取り出し、将人に手渡した。将人は折りたたまれた紙切れを広げ、一字一句見逃さないように読み始めた。




 〝最期に、この手紙を残します。

 私は死にます、誰が何と言おうと死にます、私の意思で、私のわがままで、私の望みで死にます、許してくださいとはいいません、許さなくても死にます。

 私にこの決断をさせたのは、紛れもなく琉希君です。あなたのおかげで、私はようやく、自分を許せました。

 私と一緒にいても、琉希君や将人、他の皆に本当にたくさんの迷惑がかかると思います。

 私が勝手にそう思ってるだけなんだろうけど、それでも、私は、多少でも迷惑はかけたくない。

 琉希君、今までありがとう、優しすぎるから、もうちょっと怒ってほしかったな~と、今では思うけど…突拍子も無い事に着いてきてくれて、誕生日を祝ってくれて、支えてくれて、一緒に喜んでくれて、好きになってくれて、好きな人になってくれて、色んなところを連れ回してくれて、愛してくれて、私との未来を描いてくれて、ありがとう


 ───私も、愛してる。〟




 書きたくても書き切れない程の、くれて、が並んでいる辺りから、水の跡がポタ、ポタ、とあり、それが何を表すのか、言わなくても分かっている。


 「…なんだよ…なんなんだよ…ただのラブレターじゃねぇかよぉ…っ…うっ…誕生日は俺だって祝っただろ…俺だって好きになっただろ…ちくしょう…ちくしょう…っ…うぅ…うああああああああああああ!!!!」


 俺は将人の、思いの全てを、雪乃ちゃんに届けるような号哭を、黙って聞くことしか出来なかった。非力な自分に、この手紙を読んで初めて理解した。俺は優しいだけで…信じてあげられるだけで…弱いんだなと、遅すぎる冬の日に、雪の降る日に、気が付いた。




 「じゃあまたな、て、月命日には来てるからいちいち言わなくてもいいか」


 「ははは、また」


 俺は雪乃ちゃんの眠る墓を後にし、雪乃ちゃんと最後に行った、あの公園の、あの東屋に向かっていった。

 ここへ来るのはあの日以来…公園の名前も知らずに、俺はここに来た。誰もいないこの場所で1人、俺は来てしまった…。


 君のいない日々が苦しくて…優しくて、色んなことを学ばせてくれて、楽しくて、それが嬉しくて…そんな日常を捨てるために、ここに来た。


 俺は…俺はただ、かけがえのない何かが、欲しかっただけなんだ───




 ─────

 ────

 ───

 ──

 ─




 「久しぶり、琉希君」


 「…雪乃ちゃん…久しぶり」


 気が付くと、俺は雪乃ちゃんと出会った高校の教室の、雪乃ちゃんが転校してきた時の席に座っていた。雪乃ちゃんは俺と同じくその時の、俺の隣の席に座っていた。


 雪乃ちゃんは当時の姿のまま、制服が似合っている。俺も当時の姿と服装になっていた。


 「どうだった?私のいない3年間は?」


 「…楽しかったよ」


 「そうなんだ…」


 「まあ、ずっと苦しいと…俺は耐えられないかな」


 「そっか、私もそうかも」


 「…懐かしいね」


 「私にとってはつい4、5ヶ月前の事なんだけどね」


 「…そっか…」


 「あの時、私はクラスで空気になろうとも思って、あんな事を言ったんだけどね…まさかこの田舎に、《空城魔道記アルキメデス》を知る人がいるとは思わなかった」


 「好きな人は世界中のどこにでもいるし、まして日本なら、確率的にはいないことは無いし」


 「…まあでも、その辺りから琉希君に興味を持つか持たないかに来て、鍵を届けに来てくれた時に、持つまでにこぎつけたって訳」


 「今考えると、あの時と今と性格のギャップすごいね」


 「私もだいぶ空回りに猫被ってたから」


 そう言って雪乃ちゃんは立ち上がり、黒板の方へと歩いていったように見えたが、瞬きをして目を開けると、俺たちはパジャマ姿で、おばあちゃんの家の、2人の寝室にいた。


 「…これは、走馬灯か何か?」


 「ん~、走馬灯とは違うかもね」


 「…確かに、走馬灯って記憶が一気に蘇るやつだし」


 「あれって、何で死に際に走馬灯が見えるか知ってる?」


 「…これまでの人生を振り返るため?」


 「違う違う、これまでの人生の中から、助かる方法を見つけるためなんだって…まあ確証は無いけど」


 「へぇ~、それならなんとなく納得出来る」


 「…けどここは惜しかったよね、あのままほっといたら私は寝ぼけて胸を盛大に披露するところだったのに」


 「いやいや!見てたらやばかったでしょ!?」


 「うんまあね」


 「惜しかったって何…」


 「…あ、今触った時の感触思い出してる、エッチ」


 「え!?何で分かったの!?…あ…」


 「…ぷっ…ははははは!…そうそう、琉希君はそうじゃないと」


 「ど、どういうことだよ!」


 他愛ない話を続けて、気が付くと俺たちは、俺がおばあちゃんに教えてもらったホタルが見られる夜の穴場スポットにいた。ホタルが輝いてとても綺麗だ。


 「にしても将人、どうやってブラ買ったんだろ」


 「確かに…気にならなさすぎて聞いてこなかったけど、いざ思い返すと謎だ…」


 「センスの欠片も無い無地だったし」


 「小学生ってそんなにこだわるの?」


 「人による」


 「そ、そっか…へぇ…」


 「将人はもう、私無しでも生きていけそうかな」


 「最近凛ちゃんが一緒にお風呂入れなくなってショックらしいよ」


 「お父さんかよ」


 「まあ、雪乃ちゃんのおかげで、ずっと友達だよ」


 「…力になれたならよかった、将人ずっと友達私だけだったし、その上私とは友達じゃ無くなろうとしてたし、友達0は幼なじみとしては虚しいよ」


 「いきなりキスされたって聞いた時は、かなり嫉妬した」


 「人生で唯一将人を男の子として見た瞬間でした」


 雪乃ちゃんが俺の右隣に頭を俺の右肩にもたれかかって、膝を曲げて座った。すると俺たちは、黄昏時の神社の、賽銭箱前の5段の階段に座っていた。


 「俺は、村飛び出してから色んなところを走り回ってた時、ガチで1度だけ、夏休み中に童貞は捨てられると思った」


 「何それ」


 「俺も思春期なんだな~と悟って終わったけど、失礼すぎる思考だったと今では猛省してます」


 「…そこまでしなくていいよ、私なんか襲おうとしてたし」


 「…俺、あの時の告白を、人生最初で最後にしようって決めてた…想いは通じて、嬉しすぎた」


 「…あ、将人に返事絶対するって言ってたのに…保留のままだと将人生涯独身じゃん」


 「さすがにそこまでは…いや、あり得るか」


 「将人だからね」


 「…そう…だね…」


 「たった数日の出来事が、何年も続いたみたく感じたんだ」


 「…私も」


 そして俺たちは、周りが真っ白な場所で、公園の東屋に座っていた。


 「雪乃ちゃん、そっちではどう?楽しい?」


 「楽しいよ、お母さんにも会えたし、おばあちゃんにも会えたし…何より、琉希君が来てくれた」


 「…そんなところに、俺なんかが来て大丈夫かな…」


 「問題ないよ、おばさん達もいるけど、今は皆で笑い合ってる…おじいちゃんも一緒に」


 「…そうなんだ…いいな…最高って感じだな…」


 「うん、最高…早く行こうよ」


 「あ、待って」


 俺は座ったまま雪乃ちゃんの顎をクイッと上げ、おもむろに口づけを交わした。


 「…ずっと愛してる」


 「…うん…私も…」


 すると雪乃ちゃんは俺の顔の両面を両手の平で触れ、顔を近付けて、おもむろに口づけを交わした。


 「…私、幸せだ…いいのかな、こんなに幸せで」


 「いいんだよ…幸せになることは、何一つ悪くないんだし」


 「…だよね、ほら行こう」


 雪乃ちゃんは立ち上がり、前を向いたままそっと俺に左手を差し伸べた。俺は右手で雪乃ちゃんと手を取り、立ち上がった。


 「…うん」




 それは、俺と雪乃ちゃんの軌跡。大切な物語。

 久しぶりの雪乃ちゃんは、終始笑顔だった。

 話していると楽しいし、あの日の記憶達が蘇って、楽しくて、笑い方を忘れていた俺も、いつの間にか笑っていた。


 目を覚ますと君がいた、そんな幸せに上手く気付けなかった俺だけど、目を覚ますと君がいない事に、あれほど涙したのだから、俺は幸せだったはずだ。


 人には平等な幸せは訪れない。何が幸せなのかは人それぞれで、幸せであることを人は強く望む…たとえそれが、愛と優しさの果てに下した、残酷な決意だとしても。


 無気力な俺には、興味が湧かなかった俺には、君と過ごした一日一日、大事な、一番の、最高の宝物なんだ。


 俺と手を繋ぎ、幸せそうに笑い、ぎゅっと握り続ける君に、また、俺は好きになった…俺も笑っている…俺は今、幸せだ。


 この温もりは、幸せ以外の何と表現すれば、この満たされた気持ちが伝わるのだろうか…。


 もし、この世に最も多くありながら、どんなパワースポットよりも輝くそれを、その目で見ることを、合意の上で可能としたら…。


 人の数だけある、最高の幸せを、その目で見た、雪乃ちゃんとの両想いで可能となった…例えようも無い愛は、神秘に違いない。








 その夏、俺は神秘と邂逅した。

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