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第十七話 心から

 葬式は、盛大に行われた。




 開かれた会館には、100人くらいの人々が駆けつけ、おばあちゃんは色々な人々に愛されていたんだなぁと実感した。


 俺は部外者だから、直接葬儀に参列せず、端から様子を垣間見ていた。


 雪乃ちゃんは終始俯き、一言も発さず、また涙を流すこともなく、それでも両手は膝の上で強く握り締めていた。将人も心配そうに見ていた。


 おばあちゃんはいつ心臓が止まってもおかしくなかったそうだ…にしても、急すぎた。


 未だ脳裏に焼き付く、あの心拍計から放たれた、無機質な機械音、腕時計で時刻を見る医者の姿、胸に秘めていたおばあちゃんへの思いを全て叫んでも届かず、病院中に響き渡る程泣き叫ぶ雪乃ちゃんの姿…。


 あらゆる希望が消え去るように、夜に姿を変えた黄昏時の空にすらも、何故終わらせたのだと、行き場の無い激情を憎しみとしてぶつけ、果てしない絶望を抱いた。俺はこの日より泣いた日を知らない。


 俺は、泣き崩れる雪乃ちゃんに何も出来なかった。何かを出来る程、俺自身にも余裕がなかった。それでも、何かをしてあげるべきだった…。


 ただ、雪乃ちゃんを病院の外に連れ出し、背中をさすったりして、言葉を発さず、雪乃ちゃんを慰めることしか出来なかった。バイクを運転出来るのは雪乃ちゃんだけだったし。


 雪乃ちゃんは火葬場には向かわなかった。葬式が終わると、今にも声をかけてきそうなくらいいきいきとした笑顔のおばあちゃんの遺影を見ずに、どこかに行ってしまった。




 「琉希ー!」


 「…将人…」


 「雪乃見つかったか?」


 「…いや…携帯も置いていってるし…見当もつかない」


 携帯で電話をかけると、雪乃ちゃんのスマホは俺達の部屋に充電器に刺さったまま置かれていた。

 家中捜しても、とにかく右往左往して捜しても見つからず、将人と手分けしても見つからず、もうすぐ日が暮れる。


 将人と何でも無いあぜ道でかち合い、俺は息を整え、水筒に入っている水をゴクゴクと飲んだ。


 「将人、まだ捜してないところは?」


 「え?…えっと…神社と蛍の場所とかか?…けど特に何もないけどな…蛍も季節過ぎたし…」


 「どっちかにはいるんだよな…」


 「…確信はねぇけど…いるはずだ、俺は蛍の場所に行く、神社は頼む!」


 そう言って将人は振り向き、自転車を立ちこいで蛍の場所に向かった。

 誕生日の時、帰り道で言っていた、もっといい場所なのだろうか…とにかく、早く見つけないと…何が起こるか分からない…今の雪乃ちゃんの心理状態だと…最悪…いや!考えるな!今はとにかく雪乃ちゃんを見つけよう!確か…神社は…向こうだな…。


 「雪乃ちゃん…」








 意味が、分からなかった。


 あんなよく分からない機械で、人の生死が判断出来てしまう事とか…さっきまで元気だったのに、突然状態が悪くなる事とか…いつもいた人がいなくなるだけで、ひび割れていた心が一気に崩壊した。


 私が何をしたのかな…不倫の子なら大人しく、誰とも話さず、道の端を細々と歩いていくべきだったのかな…。


 私が代わりにいなくなれば、おばあちゃんは生きていられたのかな…。


 私に足りなかったものは何だったのか…私が何をしたら、おばあちゃんはいなくならなかったのか…私が何をしたら…おばあちゃんは戻ってくるのか…。


 怖くてたまらない…今の私に、これ以上失って怖いものは無い…お母さん…早く…戻ってきて…。




 (…俺は…雪乃ちゃんが羨ましい…)


 「え…」


 (…余計なお世話をしたい…おせっかいを焼きたい…嫌ならやめるけど…じっとしていられない…雪乃ちゃんは、俺にとって、特別だから)


 「…何で…」


誰かを守りたい優しさがあるから怒れるし、誰かを愛してる優しさがあるから憎めるし、その先に、殺意ってのがあるのかも…偽善かな…」


 「何で…また…」


 (俺は…雪乃ちゃんが好きです)


 「琉希君が出てくるの…」




 「はぁ…はぁ…見つけた…」


 雪乃ちゃんは神社の、賽銭箱の前の5段程の階段の2段目に腰を下ろし、膝を曲げ、鼻をすすり泣く様子を浮かべていた。


 俺は雪乃ちゃんを見つけて、切れていた息を整え、一歩一歩、境内の石畳の真ん中を、踏みしめるように歩いた。


 雪乃ちゃんは、俺が目の前に来ると、溢れ出す涙を拭う事無く、立ち上がり、飛び付くように俺を抱きしめた。


 「…雪乃ちゃん」


 「…琉希君…っ…う…ああぁあああああ!!」


 想像していた状況とは違っていた。俺はてっきり、何もかもを投げ出そうとしていたのかと思っていた。違った…この涙は、この雪乃ちゃんの叫びは…心を取り戻そうとする、不条理な現実に足掻こうとする、希望の涙だ。


 「…大丈夫?」


 「…っ…うっ…うん…」


 …しばらくは、このままでいいかな…にしても、雪乃ちゃんの周りで不幸な事が起きすぎている…これでメンタルを保てと言われるのはかなり厳しい…上手く、同情が出来ない…。


 背中をさすったり、頭を撫でたり、俺はとにかく雪乃ちゃんの事だけを考えて行動を起こした。そこに恥ずかしさや気まずさなんて存在しない、いつの間にか、俺も泣きそうになっていた。




 「はい」


 「…ありがとう」


 長い階段を下って、神社の前にあるこの村で数少ない自動販売機で、缶の冷たいカフェオレを2つ買い、また階段を上がり、1つを雪乃ちゃんに手渡した。


 立ち上がる前と同じ場所に座る雪乃ちゃんの左隣に座り、カフェオレを半分くらい飲んだ。


 「…何でカフェオレ?」


 「…1番美味しそうだったから…俺がカフェオレが好きなのもあるけど」


 俺は一息ついてから、将人からの通知が来ている事に気付き、返信した。


 《見つかった、神社にいた》


 《マジか!すぐ行く!!》


 「…捜してくれたんだ…」


 「うん、心配した…すごく心配した…」


 「…何で?」


 「何でって…怖いから…」


 「怖い?」


 「当たり前だよ…俺が大好きだって、心から思えた大事な人を、これ以上失いたくないよ…雪乃ちゃん…シャレになんないからさ…勝手に、いなくならないでよ…」


 「…ごめんなさい…ありがとう…」


 「…これ持ってたら、もっと早く見つかったかもしれないでしょ」


 俺はポケットから、雪乃ちゃんのスマホを取り出し、雪乃ちゃんに手渡した。雪乃ちゃんはカフェオレを開けず、スマホと一緒に両手で大事そうに持った。


 「…本気で無意識に忘れてた」


 「…本当によかった…本当に…」


 「…琉希君はさ…どうしていつも…私に寄り添ってくれるの?」


 「雪乃ちゃんが不死身じゃないから」


 「どういうこと?」


 「不死身なら、助けなくてもいいから」


 「不死身でも大事な人が死ねば悲しい、むしろ、不死身なら尚更、別れの数は増えると思うけど」


 「…俺が寄り添う理由は、その時々によって変わってくる…今回は、おばあちゃんが入院した時と同じ…死んで欲しくないから」


 「…死ぬと…思ってたの?…」


 「あくまで最悪の想定だけど、それでも入っちゃったら…不安になる…」


 「…それだけ?」


 「…寄り添うってなんか照れくさい表現だけど…うん…でもやっぱり…雪乃ちゃんが…誰かに助けを呼んでる気がして、たまたまその助けが俺でも出来ることだったから」


 「ヒーローだね」


 「ヒーローならスーパーパワー持たないと、空飛んだり、天候操ったり、あとは…手首から糸出したり?」


 「そうだね」


 「別に…ヒーローじゃなくてもいい…雪乃ちゃんがどんな俺を求めても、必死で応えたい…ヒーローを望むなら、世界は守らず、雪乃ちゃんに寄り添うヒーローになりたい…」


 「見返りはパンツなの?」


 「見返りあったらヒーローじゃないじゃん、そりゃ人間だからまあ、ご恩と奉公的な?等価交換は欲しがるけど…それなら、雪乃ちゃんの笑顔で十分だと思える」


 「…つまり?」


 「っ…え…まあ…うん…あれ、もうほぼ言っちゃってるよな…これ…」


 「かもね」


 「…神様の前で恐れ多いけど、言います」


 俺はカフェオレを階段に立てて置き、立ち上がり、雪乃ちゃんの前に立った。




 「…俺は…雪乃ちゃんのことが好きです…」




 「知ってる」


 「知ってる!?」


 「おばあちゃんに言ってたの…聞こえてた」


 「…ええ~~~…嘘だろ~~~…」


 俺は両手の平を額に当て、自分の失態に嘆いた。そこから両手をずり下げ、目や口に当て、腕をプランとして脱力し、終いには石畳の上に座り込んだ。


 「緊張感の圧倒的欠如…一世一代の告白が~~~…俺のバカ~~!!」


 「ごめん…隠してた方がよかったかな…」


 「いや、うん…えっと…どうなんだろう…どっちでもいいや」


 「どっちでもいいんだ」


 「もう言っちゃったし」


 「あははは…そうだね」


 「…いつ言おうか迷ってた…将人に、花火大会で告白するから手伝ってくれって言われて、それで手伝って…そんな中で…好きなんだって気付いて…どうしたらいいか分からなかった…」


 「あの時トイレで一緒に出てきたのって、そういうことだったんだ…」


 「お母さんは見つかって無いし…将人は告白するし、あと…キスも…おばあちゃんが運ばれるし…それから…どうしても言えなかった…雪乃ちゃんの中で、俺って存在が、こんな重大なニュースだらけの雪乃ちゃんの日々に、介入してもいいのだろうか、全然落ち着いてないのに、突然言ったらさらに困らせるんじゃないか、って…今でも思ってる…」


 「…そんなに迷惑じゃないよ」


 「…そうかな…理屈っぽいし…」


 「そうじゃなくて…琉希君だから、迷惑じゃない…琉希君だから嬉しくて…琉希君だから安心した…」


 「…そ…そう…」


 あれ、今ものすごく嬉しいこと言ってくれたよね?…すごい心臓の鼓動がバクバクしてきた…急に言われたら…。


 「あ、でも返事は…保留で」


 「…そう…だよね…」


 「あはは…どうしよう…モテ期到来したのに…私…」


 「背負い込まないでよ」


 「…でも」


 「当たり前だけど、この世界は思った通りにいかない…元気よく遊ぶだけで褒められた、あの日の自分中心の世界はもう存在しない…だから、嫌なこととか、死にたくなる日も増えていくし、助けてくれる人もいなくなっていく…それでも、いや、だからこそ…」


 俺はまた、偉そうに雪乃ちゃんに良いこと風な御託を垂れようとしている…俺自身すらままならない、実践出来ていないことを言おうとしている…。


 そんな無責任な言葉が、雪乃ちゃんにとって本当に必要なものなのだろうか…雪乃ちゃんの優しさに甘えて、本当に言ってしまっていいのだろうか…。


 何故俺は今…こんなに悩んでるんだ?…今までは普通に言えてきたのに…多分、この状況が今までと違い過ぎて、言霊に乗せる思いへのプレッシャーがハンパないんだと、自覚しているからだ。


 そもそも何故俺はこれを言おうと思ったのか…雪乃ちゃんを助けたいって一心はきっと、雪乃ちゃんがいなくなった時、自分がどうなるか分からなくなるから、自分が助かりたくて言ってるんだ…根幹は結局、自己満足なんだ…。


 所詮人間なんてそんなものだ、今までの歴史を見てきたってそうじゃないか…王政を倒して革命を起こしたのも、天下統一のために戦ってきたのも、あれもこれも…根幹は自己満足に過ぎない。


 かといってそれを否定は出来ない。自己満足のための優しさを受け付けないのは、傲慢で、それこそ自己満足だ。自己満足の精神が無ければ、優しさも生まれない。


 ───はぁ…本当に俺は…めちゃくちゃ雪乃ちゃんが好きなんだな…。


 「思い切り吐き出してほしい、泣いてもいい、叫んでもいい、何かを恨んだっていい…雪乃ちゃんの自由の中で、自分自身を救ってほしい…」


 「…」


 「何だっていい…俺は全力で雪乃ちゃんを助けるけど、限界がある…だから…もう、自分自身を…許してあげて…辛いのを…苦しいのを…受け入れないで…そんなに強くなろうと…しないで…」




 今までと違った…考え方が変わる、今までの言葉とは違った…琉希君の本心で、心の叫びで…私のための…言葉だ。


 私はこんなにも、琉希君を求めていた…ポカンと空いた胸の内を、半ば強引にはめ込むような形にも見えかねない私の…大切な気持ち…。








 ───私…琉希君が…好きなんだ…。

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