第十四話 曇天の下、想いは強く
一発目の花火が上がった時には、既に雨は上がっていた。
「た~まや~!!」
「結構デカいな~」
とりあえずパシャリと1枚、花火の写真をスマホで撮ったが、特に目立った感情は沸かない。惰性もいいところだ。
久しぶりどころか、生で見た記憶すら危ういほどの花火なのに、今それが曇る夜空に咲いて散る姿を目の前で見ているのに、花火の事はほとんど考えていない…雪乃ちゃんと将人…どうなったのだろうか…。
気になるが、結果を聞いて俺はどうしたらいい?多分成功なら、俺は嫉妬の一つでもして、ここでの居場所を失い、つまらない日々に戻るだろう。
フラれたなら、俺は心底ホッとするだろうが、それは2人にとって失礼極まりない。きっとどう転んでも、俺の意識と本音はかみ合わないに違いない。
俺…雪乃ちゃんのことすごい好きなんだな…。
「ごちそうさま~」
「あ、全部食べられた…」
ボリューム満点だったんだが…俺2口くらいしか食べてないのに…。
はぁ…この花火大会、早く終わってくれないだろうか…気になる…。
どうしよう、私今すごい顔してるかもしれない…。
一旦4、5メートルくらい距離を取り、落ち着くことにした。提案するとさっきまでの緊張感ダダ漏れだった将人に戻っていて、あれは夢だったんじゃないかと疑いたくなった。
でもそれが現実だと物語るこの唇の感触…嫌な気持ちにはならなかったが、将人がこんな大胆な行動を起こすとは思わず、面食らった状態から脱けきれない。
その後抱きしめられた時は、不覚にもキュンとしたのも事実…私の背中に回した将人の手は小刻みに震えていて、将人の覚悟みたいなのを感じ取った。
けれど場の雰囲気に飲まれて、簡単に承諾する訳にはいかなかった。ずっと一緒にいてください、という言葉は、甘酸っぱい青春の1ページとは規模が大きく異なる、真剣ならば尚のこと。
ただ私は、その言葉を言われた瞬間、何故か頭の中に、琉希君が浮かんできた。
おかげで雰囲気に流されていた私は冷静になれたが、本当にどうしてこのタイミングだったのか、疑問が残ってしまった…。
「…なあ雪乃」
「え!?…あ…うん…何?」
「…さっきの…事なんだけど…アウトかセーフかどっち?」
事後にこれを聞いてくるって事は、咄嗟に勢いでやってしまったという事なのかな…そうなら少し嫌だな…しておいて今さら後悔は…ファーストキスなんだけど。
「将人はどっちだと思う?」
「え…っと………セーフ」
「何で?」
「…雪乃は、強く拒否はしなかった…だから、少なからず俺に気があるはず…ならセーフ、アウトだと、責任から逃げてるだけだから」
意外な強気発言でかなり驚いた…そりゃそうか…それくらいの自信持ってないと…20回以上もフラれた相手に、咄嗟でもキスとかしないよね…。
「…まあ及第点」
「上から目線だな…」
「その質問した時点で印象はだだ下がりだからね、私じゃなかったら、泣いてビンタしてる」
「マジか…」
私は距離を詰めて、ギリギリ2人の腕が当たらない程度に並んで、花火を見始めた。雨が止んでいた事に、ようやく今気が付いた。
「…もしフって、今度告白する時は、胸でも鷲摑むの?」
「いやそれはマズすぎるだろ!?」
「は?じゃあキスはマズすぎないの?」
「それは…なんというかさ…」
「っはははは、冗談冗談…ファーストキスはたこ焼きのソースの味か…」
「…やっぱ笑うとかわいいよ、雪乃」
「ありがと、振り回される将人もかわいいよ」
「かっ!かわいいとか言うな!!」
「はいはい…琉希君に心開けたのは、将人に似てるからかな…」
「…そんなに似てるか?」
「似てるよ…」
それ以上、花火が終わるまで将人と会話する事はなかった。清々しい気持ちになれたのは何でなのか分からないけど…この瞬間は、お母さんやおばあちゃんの事は忘れていた。
まだ返事は出来ない…当分は…おばあちゃんが元気になって、お母さんも見つかって、琉希君に抱く感情も理解して、心の整理が整ってから、自ずと見えてきた答えを、ありのままに言おう。
将人は私がいないとダメっぽいし、私も…将人がいないと…ダメみたいだ。
《で、どうだったの?》
《保留だった》
《脈ありって事?》
《そうであってくれ》
そして送られてきた、悟りを開いたみたいに後光輝く合掌してる犬のスタンプがちょっとかわいい。
花火が終わってすぐ、凛ちゃんが眠そうにしていたので、おんぶをして将人の家に向かっていき、会場を後にした。
気付くと眠ってしまっていた凛ちゃんをおぶりながら数十分かけて北條家に辿り着くと、インターホンを押したらお父さんとお母さんであろう人が出迎えてくれた。
状況を説明すると、すごく丁寧な対応で、腰の低い夫婦だなと印象に残った。あれよあれよと家に上げてもらい、麦茶が出て、まだ帰っていない将人を待ち、リビングのソファに座っている自分がいた。
すやすや眠る凛ちゃんは、お父さんがかっさらう勢いで俺の背中から剥ぎ取り、赤ちゃん言葉で安眠を保たせたまま2階の部屋に駆け上がっていった。パワフルだな~…。
しばらく待つと、将人だけが帰ってきた。てっきり雪乃ちゃんも一緒だと思っていたが、雪乃ちゃんはおばあちゃんの家に帰ったらしい。
将人は俺を2階の自分の部屋に招待したが、すぐにベッドの上で布団に包み、無言のままスマホ上での会話がスタートした。
《保留っていうのは…お母さんが見つかったりの後に返事するって事?》
《らしい…》
《そして今の俺はかつて無い程複雑な感情に押し潰されそうなのだ》
《どういうこと?》
《…キスしてしまった》
「えっ!!?」
それは保留じゃくてOKって事じゃないのか?わざわざ自慢するために感情に押し潰されそうとか保留だとか話をもったいぶってただけじゃないのか!?
《マウストゥーマウス?》
《そうだよ》
《何で保留なの?》
《告白する直前にしちゃったというか…はい》
すごい度胸だ…本当にいじめられっ子なのか?無茶苦茶雪乃ちゃんのこと好きじゃん…やっぱりずっと好きだと、それくらい出来てしまうものなのだろうか…。
「…俺が雪乃ちゃんを好きだと…やっぱりダメなのかな…資格、無いのかな…」
「…保留の原因、お前も多分入ってんじゃねぇの?」
「え?…」
「…雰囲気もそがれて、今まで通り、友達同士の会話してたら…急に琉希の名前が出てきた」
「…で?」
「悔しいんだよ…告白して、保留までもらって、キスもしたのに…他の奴の話題が出てくるのが…家族とかならいいけど…お前が出てきたって事は…そういうことだろ」
「…そうなのかな」
「…お前泊まれ」
「え?」
「…今、雪乃のそばにお前がいるの考えると…すげームカつく!」
将人は布団を蹴り飛ばし、顔を出し、あぐらをかいて座り、俺に面と向かった。
「だから俺と寝ろ」
「誤解を招くからそういう言い方はちょっと…」
「誤解?…ああ…あ、すぐそういう発想になるって事は、お前実はホントに」
「違うって…」
「いいやそうに違いない、襲うなよ」
本当にどうした将人…疲れすぎて思考がまとまってないのか?…無理も無い、かわいいから告白しようとかじゃなくて、本気で好きだから、一緒にいたいから、空回りもしながら、真剣に告白したんだ…今日くらいいいか。
「ていうか、あの夫婦来てなかったよね?何で浴衣着てたの?」
「さあ、どっかで子作りでもしてんじゃね」
「自分で言っておかしいと思わないの?」
「分かんねぇよ?あの2人の出会いって、親父が母さん痴漢したことらしいし」
「は!!?」
「で、顔見てみたら母さんのタイプだったから、警察に突き出されたくなかったら付き合えって脅したらしい」
「冗談だよな?…」
「だといいけどなぁ、俺が出来たの駅のトイレとか言い出す親だぞ?」
「…なんか…家族って不思議だな」
「は?親父が犯罪者で母さんが頭おかしいってだけだろ?」
出来れば知りたくなかった友達の家族の秘密ランキングベスト2以上は入れる話だ…実は親が他国のスパイってのといい勝負だ。(俺の妄想だけど)
こんな時でも、俺は雪乃ちゃんの事を忘れてはいなかった…将人も同じ気持ちだろうけど…俺はもう、応援はしてないけど、叶わないでくれと望んだりもしていなかった。
その日、将人の部屋で寝た俺は、隣に雪乃ちゃんがいない事に、少し心細さを覚えた。
《ごめん、今日は将人の家に泊まる》
《り》
りって何だ…この一文字にどういう意味が込められてるんだ?…何のり?皆目見当もつかない…。
「将人、りって何?」
「ああ、了解の略称」
スマホを見せた瞬間に解答…当たり前なのか?たった漢字2文字すらも略称してしまうのか?SNS奥深いなぁ…。
夜遅く、今日は1人で寝る…いつも1人だったのに、少し心細さを感じる。
1人静かに歩く、暗い帰り道…耳にたこができそうなセミの鳴き声。うつむく事もなく、少しの電灯の明かりを頼りに、水たまりのある道を気を付けながら歩いた。
そのままお風呂に入った、濡れてて風邪ひきそうだったし…お湯に浸かると、あのキスを思い出してしまう。
頭を風呂に潜らせたり、お湯の中で、顔の口だけ浸かって息を吐き、泡立てたり、肩にお湯を手でかけたり、落ち着きが無い…。
はぁ…今日何度目のため息をついて、お風呂を出た。体を拭き、着替え、髪を乾かし、琉希君からの連絡を見て、久しぶりにノーブラで寝る事にした。
1人で布団を敷き、少しスマホをいじったりした後に、電気を引っ張り消した。ここまでずっと無表情だったりする。
おばあちゃんは元気かな…お母さんは、あの花火見たかな…将人に、ファーストキス奪われちゃった…。
よくよく考えてみたら、将人とBとかCとかしてるのが想像つかない…保留で…よかったんだよね…。
…何でまた今…琉希君が浮かんでくるの…。
夜遅く、おじさんとおばさんが寝室で何か2人で話してるみたいだった。興味なくて寝たけど、珍しいな…。
「ありがとう、留守中色々」
「これくらい訳ないよ…どうしたの?」
「いえ…お母さんの事、近所の方々にホントにお世話になって…改めて、すごいって分かって…」
「そんな話なら寝てもいい?」
「そんなって…」
「死んでくれたら、遺産が結構入ってきたのになぁ…」
「…お母さんは遺書を書いてる、私たちにはそんなに相続されないはず、あの子をかわいがってるし」
「…そうか…なら、探して捨てないとね」
「…ホントに、欲に忠実なのね」
「いいじゃん別に、欲しいものを欲しいと思って何が悪いの?」
「…何か隠してる?」
「…え?」
おじさんは一瞬フリーズした、おばさんはそれを見逃すことなく、さらに問い詰めた。
「何を隠してるの?」
「…そりゃあまあ、隠し事は色々あるよ…君もあるでしょ?」
「質問ばかりして、そんなに詮索されたくないの?」
「…何が言いたいの?」
「…あなた、あの人がどこにいるのか知ってるんでしょ?」
「…あの人って?」
「沙友理よ、私の姉の」
「…興味無いね、知ろうとも思った事無いよ」
「…物干しざおの下の地面、掘った跡があった…どういうことなの?」
「それを僕が掘ったって証拠は?」
「快が見たって言った…それだけじゃ足りない?」
「…はじめから分かった上で僕を揺さぶってるの?たち悪いなぁ…」
「…どうして穴を掘る必要があったの?」
「…ははは…ほんっとに鋭いね君は…うん…そうだね…お義姉さんは死んでるよ…ていうか…
───僕が殺した」
「…え…」




