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第十二話 今はただ、君に感謝を

 「よかったね」


 「うん」


 病院の休憩場所で、椅子に腰掛け、俺と雪乃ちゃんは紙コップ一杯の冷水を手に、静かに喜びをかみしめていた。


 おばあちゃんは目を覚ましたが、まだ安静が必要らしく、長時間は面会が出来ない。今はとりあえず、張り詰めていた心の糸を弛めるために一息ついている。

 あまり食事も取らず、バテ気味だった雪乃ちゃんは、4杯近くの冷水を飲んだ。


 「雪乃!!大丈夫か!?」


 「将人、ここ病院だから…」


 「あっ…」


 エレベーターから降り、廊下を勢いよく走って大声で話しかけた将人は、俺が注意すると、口は「い」の形で唇の前に右手の人差し指を立て、誰もいない周辺を見て、早歩きで雪乃ちゃんの前に立った。


 「よかったな、ばーさん目が覚めたって」


 「うん…将人もありがとう…通知、400件来てたの気付けなくて…」


 「多っ」


 「いやだって…マジで心配だったし…けど、会っても、俺バカだから気の利く事言えねぇし…文なら、じっくり考えて言えるだろ?」


 汗だくの将人は喋りながら、俺たちと同じように紙コップ一杯に冷水を入れ、一気に飲み干した。


 「ぷはあっ…そうだ、来るよな?夏祭り」


 そういえば、この辺りには夏祭りのポスターが至る所に貼られてあったな…2日後、8月3日は夏祭りが開催され、花火も上がるらしい。


 しかし天気の週間予報を見た限りじゃ、この辺りは夕方から雲行きが怪しい…あくまで予報なのだが、夏だから油断は出来ない。入道雲が発生でもすれば、花火はおろか祭りが中止だ。


 「どこでやるの?」


 「お、琉希も来るか?」


 「え、まあ…」


 「村からここに来るのにデカい川渡っただろ?そこの河川敷でやる」


 将人は並々ならぬ覚悟を持っているのだろう…雪乃ちゃんに告白しようというのだから…正直、成就すれば素直に喜べないだろう。


 憂い大ありの俺は、個人的に雪乃ちゃんと一緒にいる理由も無くなり、さしずめ邪魔者となる。これまで俺自身が雪乃ちゃんに何かをしてきた実感は無いし、この先もそんな自信は無い。


 告白すると聞いた時とは違い、俺は自身の気持ちを理解している…心の奥では、その告白が上手くいかない事を願う俺は、間違っているのだろうか…。


 「琉希君、大丈夫?」


 「え…」


 「分かんねぇなら場所教えるけど」


 いつの間にか俺は空の紙コップを握り潰していた…話もあんまり聞いてなかったし、ボーッとしていた…。


 「あ、ごめん…教えて」


 「おう」


 ───俺はいつ、この気持ちを伝えたらいいんだろうか…?








 明日は夏祭り、私にとっては毎年恒例の行事で、今年も行けるようになれてすごく楽しみだ。


 毎年綺麗な浴衣を着るのだが、私自身そこまでファッションに興味津々という訳ではなく、暑いからそこまで好きでは無いため、やや嫌悪していたが、今回の夏祭り、隣にはお母さんがいないかもしれない…。


 お母さんの着てた朝顔の浴衣、シンプルだけど夏っぽくて、かわいくて、昔から好きだった…中学生になって初めて着た時、すごく嬉しかったのが記憶に新しく感じる。


 理不尽な日々の溜め込んだ気持ちは、この夏祭りで、打ち上がる花火のように弾けて散って、晴らす事が出来る…。


 一時の大きな幸せのために小さな不幸せを積み重ねる…はは…結果が芳しくないスポーツクラブを応援し続けるサポーターみたいだ…今までの人生の幸福度を数値化したなら、私は不幸だ。


 「…長かったね…お風呂…」


 「うん…ちょっとのぼせた…」


 お風呂を出てから、琉希君の待つ寝室に向かう、パジャマは暑いからもう半袖シャツと短パンを着ている。


 お風呂は嫌いだ、あまり思い詰めたくない事が頭によぎる…琉希君から聞いた、快適な睡眠のためには、半身浴とまではいかなくても、肩まで浸からないくらい、胸辺りまで浸かれば、副交感神経何とかかんとかでよく眠れるらしい…私を気遣ってくれてるのはよく分かってる。


 「じゃあ、おやすみ」


 「うん」


 いつも通り琉希君が電気を引っ張って消し、5分もすれば落ちている。


 窮屈だからあんまりしたくないけど、何が起こるか分からないから、一応ブラは着けている…しかし、想像以上に何も無い。


 襲って来る事も無ければ、そんな雰囲気を醸し出す事も無い。草食系?というのだろうか…しかし冷静に考える度に奇妙だな…。


 私のパンツを見るために色々行動しようとしていたなら、その剥き出しの性欲が理性を壊しにかかると思ってたけど…偏見かな…。


 「雪乃ちゃん、まだ起きてる?」


 「え…うん…」


 びっくりしたぁ…私の方は向かず、ふすまの方に横になっている琉希君だが…突然話しかけられて、変な声出そうになった…。


 「…実は俺…花火とか、生で見るの…すごい久しぶりで…楽しみ過ぎて寝れない…」


 「…そ、そう…」


 少年みたいな事を言い出した…楽しみで寝れないのかな…そんな大規模って訳じゃないし、あんまりハードル上げるとかえってがっかりしそうだな…。


 「雪乃ちゃん、大丈夫なの?…意外と人混みあるって将人言ってたけど…」


 「もう大丈夫、おばあちゃんに救われたし…あと…君にも」


 「え?…最後の方がよく聞こえなかったけど…」


 「何でもない…ありがとね」


 「え、あ…こちらこそ…」


 最後の方…言おうと思った瞬間、急に恥ずかしくなって、布団で口を少し塞ぎ、聞こえづらくした。


 強くなりたいって思ってても、結局弱いまま、琉希君や将人の優しさに甘えている…私がか弱く見えてるからなのか…いや、実際そうだ…心の支えが折れかかっている私は、どうしても弱く見えてしまうし、私も弱い自分を「しょうがない」と思ってしまっている節がある。


 こんなにも人は脆弱で、醜いものなのかと…強くなろうと努力をしてこなかったのに、傲慢にもそう悟った自分がいる。


 この調子でスパイラルに入ったら、せっかくの花火も楽しめない…私は、何故こんなことしか考えられないのだろう?


 「琉希君…私、最低だ…」


 「…雪乃ちゃん…」


 ほら、また…無意識にこぼれた言葉で、私は自己嫌悪を琉希君の優しさで拭おうとしてる…いっそ他人の優しさに甘えることは間違っていないって割り切れたなら、どれだけ楽だろうか…優柔不断で…頑固で…矛盾だらけで…ほんっと、思春期って嫌だ…早く大人になりたい…。


 「俺は…雪乃ちゃんが分からない…」


 「え…」


 「そりゃ、100%理解は無理だし、そうしようとも思わないけど…目まぐるしく感情が行き来してるはずなのに、表情からは読み取れない…」


 「…ごめん」


 「あ、謝る事じゃないよ…けど…雪乃ちゃんが優しいのは分かってる」


 「優しい…?」


 「俺は、全ての感情は…優しさの派生だと思ってる…どんな負の感情でも、それが感情であるなら、優しさに繋がってると思ってる…誰かを守りたい優しさがあるから怒れるし、誰かを愛してる優しさがあるから憎めるし、その先に、殺意ってのがあるのかも…偽善かな…」


 「うん、偽善」


 「だ、だよね…あははは…」


 「違う…その考えを少しでも偽善だと思う事が偽善だと思った…心がブレてるから、まだ善悪の区別の中にあるんだと思った」


 「…どういうこと?」


 「…人間臭いって事、安心した」


 「…ありがとう?」


 そっか…優しいから構ってくれてるんじゃなくて…興味のある対象を知りたくて、探ってるのか…すごい自己中なんだ…よかった、普通だ…。


 あれ…よかったの?…私は…琉希君を…どう思ってるんだろう…。




 「っ…」


 「…どしたの?」


 思わずツバを飲み込んだ。小さく開いた口に気が付かなかった。まばたきを忘れ、見惚れてしまった。浴衣姿の雪乃ちゃんが、美しすぎた。すごく似合っている。


 窓から差し込む昼と夕方の間くらいの日の光が、ピンクや青、紫の朝顔がデザインされた少し古そうな浴衣をより引き立て、蒸し暑い夏に、生地の淡い青や白が涼しい風でも吹かせようとしてそうな程に、雪乃ちゃんの全身に纏われた衣は涼しい印象を俺に与え、派手すぎないからこそ、雪乃ちゃんの素敵な笑顔が映えそうだ。


 「…エッチ」


 「え?ええ!?」


 「この期に及んでパンツ見ようとしてるの?」


 「いや違っ!!…それは双方の合意の元で…その…」


 「…っははは、冗談冗談、でもあんまりジロジロ見られるのは恥ずかしいかな…パンツ履いてないし」


 「そうな…ん?」


 「え?」


 「え?」


 「……じゃあ行こっか」


 ええーっ!!?どこまでが嘘なの!?これは喜ぶべきなの!?注意すべきなの!?俺はどんなリアクションをしたら正解なの!?何をどこまで信じればいいんだぁー!!?


 「…いや冗談とはいえ、今のはダメでしょ私…」




 将人と凛ちゃん家族とは会場で待ち合わせ、俺と雪乃ちゃんは徒歩で会場に向かっていった。

 おじさんが玄関を出て右手の草1本生えていない庭で、洗濯物を取り込んでいた。何故か足元をチラチラと見ているが、よく見たらアリの行列があった。留守番らしい。


 おばさんと子供達は先に会場に向かっていった。祭りは本来村を一望出来る神社で行われるもので、花火はその後から始まった、過疎化の進むこの地域で人を寄せるためのエンターテインメントらしい。子供がうるさいのが苦手らしく、遠い神社の方に向かった。


 屋台はどちらにもあるらしい、中々気合いの入っているイベントだ。


 しかし天気はくもり、さっきの日の光は雲の切れ間から差し込んだ本日数回目の光だった。花火は8時から、今は4時半…これから4時間近くは、どうか雨は降らないでほしいな…。


 あれ?今のフラグ立った?




 「おーい!!雪乃ー!!琉希ー!!」


 「お~い!!」


 お、将人も浴衣なのか…俺だけ制服なのって変かな…とりあえず凛ちゃんの浴衣がかわいい。

 2人は手を繋ぎ、俺と雪乃ちゃんに向かって、人混みの中、人にぶつかりそうなくらい大きく手をふってくれた。


 あ、やっぱりぶつかった…うわぁ顔面凶器みたいなおっさんだ…将人めっちゃ謝ってる…雪乃ちゃん、爆笑してるけど…咳き込むくらい、そんなに?あ、凛ちゃん泣きそう…あ、おっさん急に優しい顔になった。あぁ凛ちゃん泣いちゃった…。


 何だこれ、ずっと見てたい…。


 「はぁ…はぁ…まだ回ってねぇのに疲れた…」


 10分くらいしてからようやく将人は抜け出せた。俺の右横では雪乃ちゃんが必死に笑いをこらえながら凛ちゃんをあやし、俺はあの状況をどうにかしようと、漠然としたその思考から繰り出された行き場の無い右手をどうしようか迷っている。


 「…よし、気を取り直して…って、まだどの店も開いてねぇ…」


 「何でこんな早く集合なのかは疑問だったけど…」


 「言ってくれよ…よし、とりあえず今日のログインボーナス回収してくか」


 「ログインボーナスって何?」


 「は?ゲームだけど…お前ゲーム入れてねぇの?雪乃は?」


 「俺はまったく…」


 「暇つぶしのボール転がすやつとかならあるけど」


 「…マジか」


 結局出店が開くまで、将人は真顔のままスマホゲームを行っていた。ホントに面白いのかどうか疑問なくらい淡々と進めてたので、若干の恐怖を覚えたりもした。


 「うし!!行くか!!」


 「俺あんまりお金持ってないけど…」


 「持ってこいよ!祭りだぞ!?他にいつ使うんだよ!!」


 「ごめん琉希君、将人祭りに命懸けてるから」


 「え?」


 「命とまではいかねぇよ…けど、祭りと体育祭以外面白いことがねぇのもまた事実、凛!はぐれるなよ!」


 「は~い!」


 日が暮れ出すと、いつもは見える月や星々は、雲によって見えなくなっているが、いつもは静かなこの地での活気は、雨の不安を忘れさせてくれた。


 命懸けてるといっていたが、射的は当たらない、金魚はすくえない、ヨーヨーも釣れない、型抜きも微妙な所で終わるし、何故だ将人…せめて得意であれよ…。


 「だぁーもう!!インチキだろ毎年毎年!!」


 そして今射的2周目…既に4000円近く消費しているが、得たものはひとつタコの入っていなかったたこ焼きだけだ…何だか見ててかわいそうになってきた…いつの間にか雪乃ちゃんと凛ちゃんとはぐれてるし…。


 「もう一回だあ!!!」




 「はぁ~…」


 多分今、テレビとかで流れる、チーン、って音が流れただろう。結局6000円かけてカードゲームのスーパーレア1枚のみ、ちなみに将人はそのカードゲームをしていない。何故狙った…もう何でもよかったのか?…。


 ベンチに座り、右手に綿あめ片手に完全に下を向き、意気消沈していた。


 「…ドンマイ」


 「毎年こうなんだよ…夏といえばリベンジに燃えて結局おっさん共のカモになるのがいつの間にか恒例になってんだよ…あ、携帯の充電切れたし、充電器忘れてきたし…」


 「ゲームしてたからじゃない?」


 「だよなー…そうだ琉希」


 「ん?」


 「…お前さ、雪乃の事好きだろ?」


 「…うん」


 「否定しないのかぁ~…そっかぁライバルかぁ~…花火まであと30分か…捜すか」


 「そうだね…あ…」


 俺のせいでないと信じたい、この祭りに参加した人たちは1度くらいは頭によぎったはずだ…夏だから仕方ないのか、誰かの妬みが叶ったのか…今は、地球が誕生してから無数に繰り返されたこの自然現象に、ここまでの想像力をかき立てられる。


 「───雨…降ってきた…」

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