12
翌日、いつもの時間になっても、孫は現れなかった。一日くらい来ない日もあるさ、と気に留めなかったが、それが五日続くと彼も不安になってきた。一度家を訪ねて様子を見に行こうと腰を上げたとき、孫の声が聞こえてきた。
「……いちゃーん! 大変だよ!」
息を弾ませて走ってきた少年は、縁側で靴を放り出し、勢い良く老人の体に飛びつき、早口で告げる。
「アメリカ市のブラジル町でゾンビが出たって! おばあさんがゾンビになって家族や近所の人をみんな噛んじゃったんだって!」
ゾンビ、かつてと同じ惨禍が、今になって蘇るというのか。
彼は慌てて和室に置かれたテレビを点けた。
『――ブラジル町でゾンビが発見された事件を受けて、アメリカ市のドームが急遽閉じられました。また、政府は火星へ移住する意向を発表しました。空港のあるアジア市から移住が始まります。――』
ゾンビの脅威、逃げ惑う人々、そして、移住――。
「おじいちゃん、急いで支度して。日本町が一番移住の便が早いんだって。お母さん達も待ってるから」
地球を離れて七十年。今度は月さえも捨てていくのか。やっと手に入れた第二の故郷すら、人は、失ってしまうのか。
「……嫌だ」
ぽろりと口からこぼれたのは、心の底から湧き出た言葉だった。
「これ以上地球と離れるなんて……」
「でもここにいたら危ないよ! 死んじゃうよ!」
「置いて行ってくれ……。結月を置いてこれ以上遠くへは、行けないっ……」
涙が頬を伝い、畳に染みを作った。
「もう、儂は、無理だっ……」
七十年前に枯れたと思っていたのに、一体どこから出てくるのか、落ちくぼんだ目からは涙が止まらない。
「でも……僕だって置いていけないよ。おじいちゃんのこと大好きだもん。もっと一緒にいてよ!」
「済まない……」
彼はもう、それしか言えなくなった。幼い手がいくら揺さぶっても、どれだけ説得しても謝るばかりで、腕を引っ張っても岩のように動かない。頑なな祖父の態度に、ついに孫は怒鳴った。
「もう! おじいちゃんなんて知らない!」
わざとらしく大きな足音を立て、靴の踵を踏んで、幼さの残る少年は去ってしまった。老人はうつむいて、畳ばかりを見つめていた。




