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第二章 ──反動とセーフティ

(まずい、まずい、まずい!)

寝転がったまま動けない俺に、巨大な狼はゆっくりと近づいてくる。

よだれを垂らした口が開き、鋭い牙が月光(まだ昼だが、気分はそうだ)に照らされる。

(食われる! 確実に食われる!)

一方で、鼻のムズムズは限界に近づいていた。

(頼む、今だ! もっと……もっと近づけ……!)

狙いを定めることなどできない。筋力ゼロの俺には、首を動かしてターゲットを調整することすら許されないのだ。

狼が、無防備な俺の顔を覗き込むように、その巨大な頭を近づけてきた。

獲物の匂いを嗅いでいるのか。

(――今だ!!)

「ハ……ハ……ハックショォォォォン!!」

ゴウッ!!という轟音。

至近距離で放たれた「威力100」は、もはや衝撃波だった。

狼は、悲鳴を上げる間ももなく、文字通り「消し飛んだ」。さっきの丘と同じように、血肉の一片すら残さず、原子レベルで分解されたかのように。

「ぜ……ぜぇ……」

と、安堵の息を吐く間もなかった。

「うわ!?」

くしゃみと同時に発生した凄まじい「反動」が、動けない俺の体を背後から蹴り上げた。

俺は寝転がった姿勢のまま、猛烈な勢いで宙を舞う。

「あああああああ!?」

(声が出ない! 筋力ゼロだから!)

心の中で絶叫しながら、俺は空飛ぶ絨毯(俺自身)となって森の上を滑空し、やがて勢いを失って――眼下にきらめく水面が見えた。

(川!?)

ザッブゥゥゥン!!!

盛大な水しぶきとともに、俺は川に叩きつけられた。

「(ごぼぼぼぼ!?)」

最悪だ。筋力ゼロ。敏捷ゼロ。

当然、泳げるはずがない。

俺はなす術もなく、水底へと沈んでいく。

(くそっ……転生早々、溺死かよ……!)

絶望が俺を包み、冷たい水が肺に入り込もうとした、その時。

「……むぐっ……ムズ……!」

鼻の奥で、水が、あの「スイッチ」を押した。

(まさか、水中で!?)

ゴボ……ゴボボ……ハックション!!!

次の瞬間、俺は川の中にいたとは思えないほどの衝撃を感じた。

水中で放たれたくしゃみは、周囲の水を一瞬で蒸発させ、凄まじい水蒸気爆発と衝撃波を生み出した。

川の水が、まるでモーゼの奇跡のように両側に割れ、俺の体は水圧ロケットのように対岸へと「発射」された。

ドン!と鈍い音を立てて、俺は対岸の草むらに着地(激突)した。

「……ぷはっ……! けほっ、けほっ……」

息は苦しいが、生きている。

川に叩きつけられ、水中で爆発し、対岸に激突したというのに、体はどこも痛くなかった。

(……待てよ。なんでだ?)

俺の「耐久」は 0 だったはずだ。

普通に考えたら、狼を消し飛ばした時の反動で、俺の体もミンチになっているべきだ。川に叩きつけられた衝撃でも、水中で爆発した時も同様だ。

(……そういうルールか)

ピンと来た。

たぶん、あの神様が設定した最低限のセーフティだ。

「自分のスキルで自分が死ぬことはない」

という、一種の「お約束」。

ステータス上は 0 でも、くしゃみ威力(と、その反動)に関しては、俺の耐久は実質無限になっているのかもしれない。

(……だとしても!)

俺は最強の「くしゃみ」と、最強の「移動手段(反動)」を手に入れた。

しかし、相変わらず、自力では指一本動かせないままだった。

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