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第二十七話 トイレの花子さん

「これはいい湯なの~♪」


 気持ちよさそうなカエデの声が窓から聞こえてくる。


「湯加減大丈夫か?」


 問題ないと思うけど一応聞いておく。


「さいっこーなの」

「そりゃよかった」


 のんびり薪をいじりながら夜空を見上げる。

 この一週間、本当にいろいろあったな。

 内容が濃すぎて辛いくらいだったが、これもそのうち良い思い出に変わるのだろうか。


「一応言っておくけど覗くんじゃないの」

「何が悲しくて起伏のない貧弱ボディーを覗かにゃならんのじゃ」


 どうせ覗くならジュリの覗くわ。

 あとで花子さんにしこたま怒られそうだから出来ないけどさ。


「レディーに対して失礼なの!」

「うわっ!? 何しやがる!」


 あんにゃろう、窓からお湯掛けてきやがった。


「お前ふざけんな! お湯足すの大変なんだぞ!?」

「そんなのハヤトが頑張ればいいだけなの」


 蛇口をひねればお湯が出るような環境じゃないんだ。

 俺が入る時にお湯がすっからかんになってちゃ困るんだよ。

 次に入るジュリにも文句を言われかねない。


「薪がもったいないだろうが! もったいないお化けがでるぞ!?」

「おばけなんてないの! 寝ぼけた人が見間違えただけなの!」


 そう言ってカエデはさらにお湯を掛けてくる。


「全部ハヤトが悪いの。私は悪くないの。ほれほれっ!」

「だからやめろって!!」

「私の出汁の出たお湯なの。感謝するの」


 汚染されてるってことですね、わかります。


 やっぱ俺入る前に沸かし直そうかな。

 流石に日をまたぎそうだからしないけど。


 そんな一幕があった深夜、カエデは俺の部屋に飛び込んできた。


「おばけなのおおおおおおお!」

「他人の部屋の扉蹴破ってんじゃねえよ!?」


 プライバシーって言葉知ってます!?

 というかこの扉、どうすんだよ……。


「おばけ! おばけなの!!」

「はぁ?」


 パジャマ姿のカエデは顔を真っ青にしてちゃぶ台の前に座っていた俺にしがみついてくる。

 俺は焦りながらパンツを上げてカエデを引き剥がす。


「カタカタ部屋の中で音がするの! それになにかいる気配があるの!」

「はぁ。それはわかったけどなんで俺の部屋に?」


 普通は同じ女のジュリの部屋に行くもんじゃないのか?


 引き剥がされまいと抵抗するカエデの頭を掴みながら俺は首をかしげる。


「ハヤトは何もわかってないの!! ジュリの部屋に行ったらジュリの肩に黒い影が居たの!!」

「あー、幽霊の花子さんのことか?」

「幽霊!?」


 カエデはグリグリと頭を俺の腹にこすりつけながら、ガクガクと震え絶叫を上げる。

 そんなに怯えなくてもいいだろうに。

 花子さんが可哀想じゃないか。


「寝る前にトイレ行こうと思ったのに、これじゃ怖くていけないの!」

「それなら花子さんについていってもらえば?」

「お前正気なの!? おばけが怖いからいけないのに幽霊にトイレついてきてもらうとか頭おかしいの!!」


 ガバっと上げた顔は涙と鼻水で濡れていた。


 おい、俺のシャツがぐしゃぐしゃになってんだけど?

 着替えたばかりなのにどうしてくれる。


「おばけなんていないんじゃなかったの!?」

「カエデが寝ぼけているという可能性が」

「私ははっきり目が覚めてるの!!」


 俺が茶化すもカエデは涙を溢れさせ、俺に抱きついたまま首をイヤイヤと振る。

 対アンデットのエキスパートたる神官のくせに幽霊がそんなに怖いのか。


 でも花子さんたちは別に悪さをするわけじゃない。

 むしろいろいろと俺たちを助けてくれてるんだぞ。


「ほら、同じ女の子同士、話せば分かるって」

「無茶言うななの! はっ、まさかこの部屋にもいるの!?」

「花子さんたち、夜は俺の部屋には来ないぞ」


 そういいつつ俺は片手でちゃぶ台の上にあった本をこっそりと布団の下へ押しやる。

 ほら、俺も男ですから夜はね?


 一度のニアミスを経て、花子さんたちは気を使ってくれるようになっていたのだ。

 うん、次の日気まずかったよ……。


「ならお前の部屋で寝るの!」

「どうしてそうなる……」


 俺は今忙しいんだよ。

 いいところ邪魔してくれやがって。


「大丈夫だから、早く部屋に帰れって。俺今立て込んでんだよ」

「わ、わかったの……」


 頭を掴んでなんとか引き剥がすと、覚悟を決めた様な目でカエデは少し離れぺたんと座り込む。

 そのまま俯き、少し逡巡したかと思うと顔を上げた。


 その頬は少し朱に染まっており、濡れた目元も相まって少し艶っぽい。


「お、おかずになってやってもいいの!」

「なっ、ナンノコトデスカ……?」


 な、なんばいっとっとねこの子は!?

 ってか見られてた!?


「ハヤトも男の子なの、そういうのが必要なのはわかってるから安心するの……」


 そういってカエデはうつむくと一番上のボタンに手をかける。

 震える手元は覚束ない。


「ちょっとまって、俺ロリコンじゃないから」

「新しい世界を切り開くのは冒険者の役目なの!!」


 座った目で俺を見上げながらカエデはなんとか一つ目のボタンを外した。


 おぅ、冒険者は冒険をしてはいけないって言ったのはどこのどいつだ。

 それに開いちゃいけない扉ってあると思うんだ。


 というか、テンパりすぎて自分でも何やってるのかわからなくなってないかこいつ。


「さっきちゃぶ台の上にあった本、貧乳特集って書いてあったの」

「あ……」


 ニヤリと笑いながら軽くカエデはちゃぶ台を叩き、そしてちゃぶ台は勢いよくひっくり返った。


「ぴぎいいいいい!?!?!?」

「ぐえぁっ!」


 カエデは顔を真っ青にして再び俺へタックルを仕掛けてくる。


 その勢いでいくつかボタンが外れたようでパジャマの下の白いシャツが一瞬見えた。

 可哀想なことに、ブラは必要ないらしい。


「ハヤト嘘つきなの!? この部屋には幽霊来ないんじゃなかったの!?」


 仲間を騙すなんてありえないと騒ぎ立てるが、別に俺は騙してなんていない。

 ダンジョンで手に入れたこのちゃぶ台、実はマジックアイテムだったのだ。


 ちなみに能力は特定の場所を叩くと勢いよくひっくり返るという意味のわからないものだった。

 そこさえ叩かなければ普通に使えていたのだが、カエデが叩いた場所が丁度そこだったのだ。


「だー! もう! 落ち着けって、これマジックアイテムだから!」

「マジックアイテム……?」


 俺の説明を聞くとなんとか落ち着いたらしく、しがみついた腕の力を少し緩めてくれた。


 しかし、ほんといい感触が何もない。

 貧乳どころか無乳だよな、これ。

 これでどうやっておかずになろうというのか。


「そうだよ。だから幽霊とか関係ないから」

「ほんとに? ほんとにマジックアイテムなの?」


 カエデは疑わしそうな目で俺をジっと見上げた後、そっと足を伸ばしてちゃぶ台を突く。

 もちろん、特定の場所以外を叩かなければ普通のちゃぶ台なので反応はない。


「ふぅ、ちびるかと思ったの……」

「勘弁してくれよ。というかいくら冒険者とはいえ、そういう事言うのはどうなんだ」


 そりゃダンジョン攻略中はそんなこと言っていられないが、今はオフだしそれに俺たちはまだ学生だ。

 多少の慎みというものを持つべきと思うんだよ。

 普段からこれじゃ、あけっぴろげ過ぎて色気もクソもないし。


「はぁ? ハヤトは私のことをちゃんと女と思ってるの? 別にお前は安牌だから気にしてないの」

「体型はともかく顔は可愛いとは思うぞ」


 うん、性格とかはさておき顔はいいものを持っているんだよな。

 体型はそういうのが好きな奴なら別に問題にはならないだろう。


 しかし安牌って失礼な。

 そりゃ俺にそっちの気は無いから大丈夫だけどさ。

 だったらオカズになるとか無理があるだろうに。


「……。はっ、く、口説いてるつもりなの? 彼女持ちに口説かれたって嬉しくとも何ともないの」


 カエデはぽかんとした顔をしたあと、慌てた様子で俺から離れパジャマのボタンを締め始める。

 それでいいんだけど、なんか微妙に失礼なことされている気がするような。


 というか俺に彼女なんていないぞ?

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