第二十一話 ボス
――扉を発見して十分程度たっただろうか。
「無理だこれ……」
俺は早くも挫折していた。
だって仕方ないじゃん。
この扉、どんなに押しても開かないんだよ。
「どうなってんだよ?」
ドアノブがないから引けないし、引手に指をかけて左右に引っ張っても開かない。
剣柄で殴りつけてもびくともしない。
なんの冗談だよ。
「もしかして、ただのハリボテとか……?」
そんなことありえるのか?
でもこれだけやって開かないということはそういう可能性もあるわけで……。
「はぁ、錠穴とかついてないよなぁ」
何度見返した扉をもう一度見つめる。
しかし、紅い鉄製の扉には引手と装飾以外の何もついておらず、やはり何も見つからない。
「もうちょっとなにかヒントが欲し……は?」
ぼやきながら片手で引手を引っ張ったときだった。
カラカラと軽い音を立てながら扉が横へと移動し、隙間ができる。
反対に引っ張ると同じくカラカラと音を立てながら閉じていった。
「……。これ左右に開くんじゃないのかよ!?」
紅い扉、それは両開きではなく片開きの引き戸だったのだ。
デザインが紛らわしすぎるぞ!?
もうね、悪意しか感じられないよね。
なんなの、何なのよこれ。
俺は憤慨しながら室内に入り部屋の主の姿を見る。
そして軽率な判断と行動に後悔を叫びそうになった。
部屋の主、それは――
「レッドドラゴン……」
――絶対なる強者だった。
うん、死んだ、俺死んだわ。
生還するとか無理、絶対死ぬ。
金色の鋭い瞳に全身を覆う炎のように鮮やかな赤色の鱗。
全てを穿つような鋭い牙とダイヤモンドをもたやすく切り裂きそうな爪。
「GUU……」
俺は、これからこいつに食べられるのか。
はは、せめて美味しく食べてくれよ。
ごめん、ジュリ、先輩。
俺、ここで死ぬわ。
「ひっ……」
俺は恐怖に目をつぶる。
嫌だ。
俺、死にたくない。
こんなところで、俺はまだ死にたくない!
飯だってい良いもの食べたいし、いい装備だって欲しい。
くそ、ここで死ぬなら昨日ジュリの風呂覗いておけばよかった。
後で気まずくなっても嫌だし、なんか負けた気がするからって我慢した俺のバカ!
冒険者になって、いろんなダンジョンクリアして、たくさんアイテム持ち帰って。
金持ちになって、美人の愛人たくさん作って、ニートになって都心の駅前の高層マンションの最上階住んで平日の朝に『見ろ! 人がゴミのようだ!』って笑う夢を叶えるまでは、死にたくない!
まだまだたくさんやりたいことがあるのに、こんなところで終わるなんて嫌だ!
……、それにしても中々痛みが来ないな。
もしかして死ぬ直前に時間の流れがゆっくりになるとかいうあれか?
「……?」
「GUU……」
うっすらと目を開けるとやはりそこにはドラゴンの姿があった。
あぶねぇ、少しちびったじゃないか。
まぁこれから食べられる俺には関係のないことか。
「GUU……」
「……」
……、あれ、襲ってこない?
てっきりすぐにご飯になると思ってたけど、もしかしてお腹いっぱいだったとか?
それは運が良かったかも、刺激しないように引き返せば逃げれるよな、これ。
「助かっ――っ!!」
と思ったがその先に考えが至り、背中に脂汗が吹き出る。
お腹いっぱいってつまり先に『何か』を食べたってことだよな?
ダンジョン内の魔物は基本的に同じダンジョンに属する魔物を食べたりはしない。
まぁ魔素が濃いから食べなくても平気ということもあるみたいだけど。
しかし目の前に餌をぶら下げて反応しないなんてことは『何か』を食べたとしか考えられない。
そしてこの出来たばかりの新しいダンジョンで、餌にすることの出来るのは俺と……。
「先……輩……?」
うそ、でしょ……?
「なのなのうるさい腐れ外道のドチビを、お前は食べたのか……?」
「GUGU……?」
頭に血が上っていくことを感じる。
GUGUじゃわかんねぇよ。
日本語で答えろやこのちびドラゴン。
「なぁおい、お前のその腹の中に、ペド御用達のつるぺたボディーが収まってるってことか?」
「GUU……」
足元がおぼつかないのは血が上っているせいか、それとも疲労が限界を迎えているからか。
だが、今はどうでもいい。
その腹、切り裂いてやる。
例え、お前を倒せなくても、それでも一矢報いてやる。
「ロリ月先輩、待っててください。今、出してあげます……。発現無限接続」
カオスさん、力、お借りします。
「ぐが……」
スキルの発動と同時に身を焼くような痛みが全身に走る。
既に疲労困憊ということもあり、これは長くは持たないだろう。
だけど、一撃、一撃で良い。
俺の牙を、このくそったれなトカゲに打ち込ませてくれ!
思考と身を焦がす激痛の中、俺は剣を振り上げ……。
「ん?」
そこで気がついた。
ちびドラゴン?
「小さい……?」
『ドラゴン』ってだけでビビってしまっていたが、よくよく見たらその大きさは子犬サイズ。
そりゃ腐ってもドラゴン、それなりの強さはあるのかもしれないが流石にこのサイズならそこまで強くないのでは?
しかもまだ生まれたばかりなのか、立ち上がりもせず地面に寝そべってこっちを見てるだけだし。
「……」
「GUGU……」
これが先輩を食べただなんて考えられない。
とりあえず先輩はこのちびドラゴンには食べられていない、よな?
「能力解除」
スキルを解除すると、どっと疲労が押し寄せてくる。
これでステータスまで還したらどうなってしまうことやら。
「はぁ……」
「GUU……」
俺のため息に反応してちびドラゴンも鳴き声を上げる。
なんだろう、何かを訴えているような?
「あ、えーっと、もしかしてお腹空いてる?」
ドラゴンの言葉なんてよくわからないけど、何となくそんな気がする。
よく見れば結構可愛いし、赤ちゃんを無碍にするのはちょっとつらいものがあるな。
でも食べ物なんて持ってないしなぁ。
いくらなんでも腕を差し出すとかありえないし。
「あ、果物でも平気かな?」
「GU……」
さっき手に入れたばかりのドロップアイテムの存在を思い出す。
あれなら別にあげても惜しくない。
意味のわからないドロップ品だからな。
「ドラゴンは雑食性のはずだったよな」
その幼生体が何を食べるかなんて知らないけど、ドラゴンは哺乳類じゃないしたぶん大丈夫のはず。
生命力も強いから腹を壊すこともないはず。
とりあえず腹を満たせるなら何でもいいよな。
「発現『次元収納』」
「GUGU!?」
「あー、ごめんね。驚かせて」
スキルに反応してちびドラゴンがビクリとするのを見て、俺は急いで果物を取り出すとスキルを解除した。
解除と同時にちびドラゴンは落ち着きを取り戻し体の力を少し抜いたようだ。
理由はわからないけど神様の力みたいなのを感じるのかもしれないな。
なんせ冒険者は神の祝福を受けてダンジョンや魔物を討伐するからな、警戒されて当然だろう。
「さ、どうぞ」
「GUGU……」
手ごとかじられては困るので剣の先に果物を刺し、ちびドラゴンの前へそっと差し出してみる。
しかしちびドラゴンは困惑したような目線を俺と果物の間を往復させるだけで食べようとはしない。
ううん、あまり近寄るのは怖いんだけどな……。
「GUU……」
「大丈夫だよ、さ、食べてごらん」
一歩近づき、口元へと果物を持っていく。
ちびドラゴンはじっと俺を見て、そしてゆっくりと口を開いた。
シャクリ。
おずおずといった様子でちびドラゴンは一口、また一口と果物をそれを刺していた剣ごと食べていくのだった。
……さよなら、俺の魔剣。




