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王家の小図書館  作者: 朝庭零
飛べなかった術師
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【エピローグ】下にいる人

 朝の荷は、寄贈の木箱がひとつだった。

 荷運びの男は、小図書館の戸口で、荷車を止めた。扉は開いている。中に、司書の姿はなかった。

 殿下は、梯子《はしご》の下にいた。

 肩から、革の紐《ひも》で箱を提げている。帳面を寝かせて一冊入るほどの、底板に黒い石のはまった箱だ。箱を胸の前に回して、顔を寄せ、底の石を見ている。

 男は、木箱を、音を立てずに床へ下ろした。

「くすんでいません」

 殿下が、誰に言うともなく言った。

「ようございました」

 男は答えた。石のことは知らない。くすんでいないのなら、くすんでいないのだろう。

 殿下は、箱を肩に掛け直して、梯子に両手を掛けた。男は、いつもどおりの足取りで、梯子の下まで行った。砂の盆の脇に立つ。

「殿下。押さえますか」

「大丈夫です」

 殿下は、上を見たまま、もう三段上っていた。

「今日は、上の段を見回るだけなので。下ろすのは、下に人がいるときだけ、と決まっているんです」

「さようで」

「石は、毎朝、見習いが確かめます。縁がくすんでいたら、入れ替えです」

 男は、荷の帳面を胸から出した。

「司書どのの受け取りを、いただきませんと。ここで、お待ちします」

「エミーリエは、帳場《ちょうば》です。すぐ戻ると思います」

「では、待ちます」

 男は、帳面を開いて、動かなかった。

 梯子の上で、殿下の両手は、梯子にある。箱は肩にあって、石は箱の底にある。落ちてくるものは、今朝は、何もない。

 それでも、男は、そこから動かなかった。

 殿下は、上の段の札を端まで見てから、箱を肩に掛けたまま、両手で梯子を下りてきた。足元だけを見て、踏み板を一段ずつ下りる。

 床に立つと、手帳を出して一行書いた。それから、男が木箱の脇に立っているのに気づいて、少し驚いた顔をした。

「待たせてしまって」

「荷を待つのは、慣れておりますので」

 エミーリエが、帳場の帳面を抱えて戻ってきた。木箱を見て、男の帳面に受け取りの印を書く。

「朝の荷が、早いですね」

「今日は、ほかの荷が、まだ揃いませんで」

 嘘《うそ》ではなかった。客人が着く前で、荷受け場の荷は、どれも午後に回っている。

 殿下は、もう棚から札の束を取ってきて、木箱の縄をほどき始めている。

 男は、空の荷車を押して、中庭沿いの通路へ出た。客間の下では、庭師の女が、花壇の縁を直している。今日の当番は、自分だ。女は、顔を上げなかった。

 棟へ戻る前に、男は、荷車の柄《え》に帳面を載せて、あしたの荷を書いた。

 朝、梯子の下に立つ者は、決まっていない。今朝のように、司書が帳場へ出ている朝もある。

 いちばん上の行に、朝、小図書館、と書いた。寄贈の荷は、あしたは来ない。荷がなくても、梯子の下には立てる。

 書き終えて、男は帳面を胸にしまった。


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