表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結保証】数字しか信じない帳簿令嬢は、無愛想な護衛騎士の9999だけ読み解けない  作者: Lihito
【第2章:王都謀略編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/52

35話:紙の上の証明

グレンが入ってきた。


「失礼します」


命令書を差し出した。


「これ、読んで」


グレンが受け取って、目を通した。数秒。表情が変わった。


「……公金輸送。封印金庫。緊急扱い」


声が低くなっていた。命令書を持つ指が白くなっている。


「この前話してくれたのと、同じでしょう」


グレンが顔を上げた。目が据わっていた。


「同じです。——自分がやられたのと、同じ手口です」


命令書を机に戻した。


「封印金庫で受け取らせて、受領署名をさせて、開けたら中身が足りない。署名した側が盗んだことになる。自分の時は、そうなりました」


グレンの声は淡々としていた。だがさっき領地を歩きながら話してくれた時とは違う。あの時は過去を語る声だった。今は目の前の脅威を報告する声だった。


「グレン。あなたの時は、書類はどうだった? 護送記録とか、運送の伝票とか」


「確認する間を与えられませんでした。受け取れ、開けろ、で終わりです」


「署名の前に書類を見せろと言えなかった?」


「言いました。緊急扱いなので手続きを省略すると言われました」


(ああ、なるほど。急がせるのが手口なのね)


「手口が分かってるなら、準備できるわ。必要そうな書類は全部かき集めるわよ」


グレンが頷いた。


「自分も記憶にある範囲で、近衛時代の輸送規定を——」


「お願い。全部出して」


その夜、執務室の灯りは遅くまで消えなかった。


***


数日後。


朝、セバスが報告に来た。


「アイリス様、二組の来客がございます。一組は監査院からの使者。もう一組は公金輸送の一行です。ほぼ同時に到着いたしました」


「同時?」


「はい。監査院の使者は早馬で。公金輸送は馬車で。馬車の方が遅いはずですが、宿駅の具合で追いついたようです」


(タイミングが合いすぎてる。一斉停止と公金輸送を同時に仕掛けたのなら、出発日も近かったはず)


「監査院の使者を先に通して。その後、輸送の方を」


応接間に入った。グレンが後ろについている。


監査院の使者は若い男だった。カイルより年下に見える。緊張した顔で、書状を差し出した。


「カイル殿から至急お届けするよう言われました。主要商会への一斉営業停止命令が出ています。名目は不正取引に関連する緊急調査。カイル殿は——」


「意図的な経済破壊の合図、ね」


使者が目を丸くした。


「以前カイルに伝えてある。一斉停止が出たら不正対策じゃない、って」


書状を受け取った。一斉停止の対象リスト。名目の文面。カイルの私信が添えてあった。「あなたの予測通りの事態です。現在、対応策を検討中。詳細は追って」


(来た。——でも今は、こっちが先)


書状を置いた。


「ありがとう。この件は後で返信する。先に対処しなきゃいけないことがある」


「はい。自分はしばらくこちらに留まるよう指示を受けております」


「助かるわ。……一つお願いしていい?」


「何でしょう」


「この後、公金輸送の立ち会いをしてほしいの。監査院の方がいらっしゃるなら、公式の記録として成立する」


使者が戸惑った顔をした。


「自分はカイル殿の伝令で——」


「監査院の所属であることに変わりはないでしょう?」


使者が口を閉じた。頷いた。


***


公金輸送の一行を通した。


護衛兵が二名。馬車一台。荷台に封印金庫が載っている。そして使者が一名。命令書の写しを持っていた。


「辺境防衛補助金の緊急輸送です。速やかに受領署名をお願いいたします」


「受け取ります。書類を確認させてください」


「緊急扱いですので、手続きは——」


「受領側が送付書類を確認するのは、王国公金輸送規定の第十二条に定められた正当な権利です。ご存じですよね」


使者の口が止まった。


「命令書の写し、護送編成記録、運送ギルドの伝票、宿駅の通過記録。全部出してください」


使者が鞄から書類を出した。手が少し震えていた。出さないという選択肢がないことを、この男は分かっている。


机の上に書類を並べた。命令書の写し。護送記録。ギルド伝票。宿駅記録。


(さて)


まず命令書の金額を確認した。金貨三百枚。それなりの額だ。


護送編成記録を開いた。


「護衛兵二名、馬車一台。——これ、金貨三百枚の輸送編成ですか」


「緊急扱いでしたので、編成が間に合わず——」


「公金輸送規定では、金貨二百枚以上の輸送には護衛兵四名以上、馬車二台以上の編成が必要です。緊急扱いでも編成基準は免除されません。第十五条」


使者が黙った。


次。運送ギルドの伝票を開いた。


「ギルドへの支払い。一般貨物の料率で計算されてますね」


「……は」


「金貨三百枚の重量は約七十五キロ。重量物扱いです。一般貨物の料率が適用されるのは三十キロ以下。ギルドの料率表を引くまでもない話ですけど」


使者の顔から血の気が引き始めていた。


最後。宿駅の通過記録を開いた。


「宿駅での馬の交換。四日間で三回。——金貨三百枚を積んだ馬車で四日走って、馬の交換が三回?」


使者が答えない。


「重量物を積んだ馬車なら、最低でも一日一回は馬を替えます。四日で四回が下限。三回ということは、馬車が想定より軽い。つまり命令書通りの金貨は積まれていない」


書類を揃えて、机の上に並べ直した。


「護送編成が規定の半分。運送料金が軽荷の料率。馬の交換頻度が重量と合わない。三つとも、同じことを示してます」


使者を見た。


「この金庫の中身は、命令書の金額と一致しない。開ける前から分かります」


使者の目が泳いだ。入口を見た。グレンが立っている。出口はない。


「……わ、私は命じられた通りに運んだだけで——」


「ええ、分かってます。あなたの責任じゃない。命じた側の問題」


立ち上がった。


「監査院の方にお立ち会いいただいて、公式に開封します。よろしいですね」


使者は何も言えなかった。


***


応接間に、全員が揃った。


アイリス。グレン。公金輸送の使者。護衛兵二名。そして監査院の使者。


封印金庫が机の上に置かれている。封蝋の状態を全員で確認した。破損なし。輸送中の開封痕なし。


監査院の使者が記録用紙を広げた。手が震えている。こんな仕事をするために来たわけではない。だが立場上、やるしかない。


「開封します」


封蝋を割った。蓋を開けた。金貨が並んでいる。


「数えて」


監査院の使者とセバスが立ち合って、一枚ずつ数えた。


百八十枚。


命令書には三百枚と記載されている。百二十枚足りない。


「記録。命令書記載額:金貨三百枚。実数:金貨百八十枚。差額:百二十枚。封蝋に開封痕なし。受領署名は未実施」


監査院の使者がペンを走らせた。


「護送編成の不整合、運送料金の不整合、宿駅記録の不整合。いずれも開封前に指摘済みであることを記録に加えてください」


「……はい」


「受領側は一切署名していない。封印金庫の開封は公式立ち会いの下で実施。以上の記録に、立会人として署名をお願いします」


監査院の使者が署名した。手が震えたまま、それでも筆跡は読める字だった。


公金輸送の使者に向き直った。


「あなたはこの記録の写しを持って帰ってください。命じた側に、ちゃんと届けて」


使者が頷いた。もう何も言わなかった。


***


輸送の一行が去った。監査院の使者はカイルへの報告書を書くために別室に入った。セバスが片付けを始めた。


執務室に、二人だけが残った。


書類を棚に戻した。命令書の写し。護送記録。ギルド伝票。宿駅記録。開封の公式記録。全部揃っている。


(これで終わり。罠は潰した)


紅茶が冷めていた。セバスが戻る前に淹れてくれたものだ。一口飲んだ。ぬるい。


椅子に座ったまま、息を吐いた。


静かだった。


グレンが窓際に立っている。外を見ている。夕方の光が差し込んでいる。


「……グレン」


「はい」


「あなたのおかげよ。あの話をしてくれてなかったら、準備もできなかった」


グレンが振り向かなかった。窓の外を見ている。


「アイリス様がやったことです」


「書類の読み方は私の仕事。でも手口を知っていたのはあなただけ」


グレンが黙った。


しばらく、夕方の光だけが動いていた。


「……アイリス様」


「何?」


グレンが振り向いた。


目が合った。灰色の瞳。いつもの無表情——ではなかった。何かが違う。表情は動いていない。目の奥だけが、違う。


グレンの唇が動いた。


開きかけて、止まった。言葉が形になる直前で、飲み込まれた。喉が動くのが見えた。


「……いえ」


「何よ、気になるじゃない」


「大したことではありません」


大したことではない。そういう言い方をする人は、大したことがある時にそう言う。


「グレン」


「はい」


追及しようかと思った。でもやめた。今日は長い一日だった。この人も同じだ。それに——追及したら壊れそうな気がした。何が壊れるのかは分からないけど。


「お疲れ様。今日は助かったわ」


グレンの目が動いた。窓の外から、こちらへ。


夕方の光の中で、その目を見た。


怒りじゃない。悲しみでもない。安堵でもない。名前をつけられない何かが、灰色の瞳の奥に灯っていた。今日初めて見る目。いや——前にも一度、見た気がする。領地を歩いた午後。安心して、と言った時。


あの時と、同じ目。


「……護衛ですから」


いつもの返答。


声が違った。低くて、静かで、震えてはいないのに、どこか危うかった。


何を言えばいいか分からなかった。だから言わなかった。冷めた紅茶を飲んだ。ぬるいのに、喉が熱かった。


グレンはそれ以上何も言わなかった。窓際に戻って、外を見ていた。


夕方の光が長くなっていた。二人の影が、執務室の床に伸びている。


(——何なの、この人)


答えは出なかった。出ないまま、日が暮れた。

お読みいただきありがとうございます!

もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ