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【完結保証】数字しか信じない帳簿令嬢は、無愛想な護衛騎士の9999だけ読み解けない  作者: Lihito
【第2章:王都謀略編】

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27話:港町の顔

港町が見えてきた。


前に来たのは半年以上前。あの時は販路を広げるために片っ端から商会を回った。潮の匂いと荷馬車の喧騒。活気のある町だった。


今も活気はある。むしろ前より賑わっている。通りを行き交う人の数は増えている。荷物を運ぶ馬車も多い。


ただ、顔ぶれが違う。


見覚えのあった看板がなくなっている。角にあった小さな乾物屋。路地裏の革製品の店。名前は覚えていないが、確かにあった。代わりに見慣れない屋号が並んでいる。


エルスト。エルスト系列。エルスト何とか商会。一つの名前が、あちこちに散らばっている。


(繁盛してるのに、地元の色が薄い)


グレンがこちらを見た。


「前と違いますね」


「うん。前はもっと——ばらばらだった」


***


ロッソ商会を訪ねた。看板は前と同じ。色褪せた文字。でも中はきちんと整頓されている。


店主が出てきた。前に会った四十がらみの男。ただ、顔色が良くない。目の下に影がある。


「これはアイリス様。遠路お疲れさまです」


「お久しぶり。少し聞きたいことがあって」


奥の事務室に通された。茶が出た。店主が向かいに座った。


「……この町、だいぶ変わったわね」


店主の表情が曇った。


「ここ一年で加速しましたよ。エルスト商会が同じ商品を安く売り始めまして。体力のない商会から順に客を取られて」


「廃業?」


「ええ。で、空いた場所にまたエルスト系の別看板が入ってくる。最初は一軒だったのが、今じゃあちこちに」


「ロッソ商会は」


「うちは薬草と軟膏に特化してるんで、まだ持ちこたえてます。ただ——」


店主が言葉を切った。言わなくてもいい。ジリ貧だということは顔を見れば分かる。


「それで、聞きたいこととは」


「本題に入るわね。うちの軟膏の販売先の内訳を見せてもらえる?」


「帳簿ですか。ええ、もちろん」


店主が棚から帳簿を出してきた。生産者として自分の商品の流通を把握するのは正当な要求だ。断る理由がない。


帳簿を開いた。販売先の名前、購入量、日付、支払い方法。ページをめくっていく。


買い手の名前はバラバラだった。個人名もあれば、商会名もある。帝国への輸出名目のものもある。一見して規則性は見えない。普通の取引帳簿だ。


(……ん?)


何かが引っかかった。でも、すぐには掴めない。数字を追っているのに、指がうまく止まらない。


「この帳簿、写しを取らせてもらっていい? 販売先と数量だけ」


「構いませんよ」


グレンに紙と筆を借りて、数字を書き写した。名前、購入量、日付。三ヶ月分。


「ありがとう。確認できたら連絡するわ」


***


宿を取った。机の上に書き写した数字を広げた。


名前ごとに購入量を並べ直す。日付順に整理する。支払い方法を横に書き添える。


(やっぱり)


名前はバラバラだが、購入量がほぼ同じだった。毎回二十壺前後。タイミングも等間隔。支払いは全部前払いの金貨一括。


窓口が違うだけで、裏にいるのは同じ人間だ。


「店主さんに一つ確認したいことができたわ。明日もう一回行く」


翌朝、ロッソ商会を再訪した。


「この買い手たち——受け取りに来る人間、被ってない?」


店主が数字を見た。


「言われてみれば……確かに、同じ男が違う名前で受け取りに来たことはあります。荷受けの担当なのかと思ってましたが」


「この住所は?」


店主が帳簿と突き合わせた。


「あ——ここ、エルスト商会の倉庫の住所ですね。この個人名のやつも同じだ」


(エルスト商会)


以前この港町に来た時、取引条件表を見せてもらった商会。あの完璧すぎる数字。安すぎる為替レート。あの時は違和感を覚えただけで深追いしなかった。


今、同じ名前が自分の軟膏の流通先として出てきている。


「ありがとう。一つ確認が取れたわ」


***


エルスト商会は港の大通りに面していた。前に来た時より建物が大きくなっている。増築したらしい。


中に入った。受付の男が丁寧に応対した。


「アーレン領の領主、アイリス・ヴァレンシアです。お取引の件で確認したいことがあります」


受付の男が奥に引っ込んで、別の男が出てきた。四十過ぎ。柔らかい物腰だが、目に隙がない。受付が「商会主でございます」と紹介した。


鑑定が浮かんだ。


現在価値:300。潜在価値:800。


(……300?)


潜在800の人間が現在300。この規模の商会を仕切っている人間の数字としては、低すぎる。


引っかかったが、今はそれどころじゃない。本題に入る。


「どのようなご用件でしょうか」


「うちの軟膏がこの港町で大量に購入されています。購入者の住所を辿ったところ、御社の倉庫と一致するものがありました」


男は穏やかな表情を崩さなかった。


「弊社では多くの商品を取り扱っておりますが、個別のお取引について、お答えする立場にございません」


認めも否定もしない。


「では、御社が軟膏を取り扱っているかどうかだけでも」


「取引の有無を含めまして、お客様の情報は開示いたしかねます」


「取引記録を見せていただくことは」


「お取引先の情報を第三者にお見せすることはできません。これは商慣習上のルールでして」


全部正論だ。法的にも商慣習的にも、強制する手段がない。


「分かりました。お時間いただきありがとうございました」


引き下がった。ここで無理押しをしても得るものがない。


ただ、一つだけ分かったことがある。否定しなかった。「うちは買っていない」とは言わなかった。


***


港町を出た。


グレンが隣を歩いている。しばらく黙っていた。


「……整理するわ」


海が見える丘の上で立ち止まった。港町の全景が見渡せる。あちこちにエルスト系の看板が見える。


自分の軟膏は複数の名義で買い集められている。住所はエルスト商会の倉庫と一致する。それが王都で高値転売されているであろうこと。エルスト商会は認めも否定もしなかったこと。


そして王都では、直販を始めた途端に品質NGで止められた。商業局の管轄を超えた圧力で。


(転売と流通停止が同じ相手の仕業かは分からない。でも、タイミングが良すぎる)


エルスト商会の帳簿を見れば分かるはずだ。以前見た、あの完璧すぎる数字の裏に何があるか。でも相手は帳簿を見せない。情報を出さない。正面からでは開かない扉。


(正面がダメなら、別の入口があるはず)


風が吹いた。潮の匂いがする。


まだ見えない。でも、考えている。帳簿の数字で戦う方法は、必ずある。


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