26話:品質不適合
朝、セバスが書簡を持ってきた。ヴァルト商会の封蝋。
開けた。いつもの売上報告ではなかった。
——アーレン領産軟膏の流通許可が停止された。理由は品質基準の不適合。当面、店頭での取り扱いを中止する。
手紙を読み返した。二回。文面は丁寧だが、内容は一方的だ。
(品質基準の不適合?)
トビアスの顔が浮かんだ。あの人の品質管理に問題があるとは思えない。工程表通りの製造、全壺の検品、管理番号の記録。手を抜く人間じゃない。
「セバス、トビアスを呼んで」
トビアスが来た。手紙を見せた。
「品質に心当たりは?」
「ありません。直近の出荷分も全壺検品しています。ロッソ商会からも品質のフィードバックは問題なしでした」
「よね」
手紙を机に置いた。トビアスは動かなかった。
「他に何かある?」
「……品質の問題ではないのであれば、これはアイリス様への妨害です」
知ってる。分かってる。
「だから王都に行くの。調べてくる」
「私も同行させてください」
予想していなかった。この人は作業場の人間だ。
「トビアス、あなたが来ても——」
「品質に問題がないことを、作った本人が証明できます。検査記録が必要なら、工程表も管理番号も全て持っていけます」
筋は通っている。でも、それだけなら書類を持たせればいい。本人が行く必要はない。
「ありがとう。でも、あなたには生産を止めないでいてほしい。止められている間に在庫を切らしたら、再開した時に困るのはこっちだから」
「……そうですね。出すぎたことを言いました」
「出すぎてない。助かるわ、気にしてくれて」
「グレン、王都に行くわ」
「いつですか」
「今日」
トビアスがグレンの方を向いた。
「……グレンさん。よろしくお願いします」
グレンが少しだけ間を置いて、頷いた。
「護衛ですから」
トビアスが小さく頭を下げて、作業場に戻っていった。
(品質に問題がないのに、品質NGで止められた。なら、これは品質の話じゃない)
「グレン、王都に行くわ」
「いつですか」
「今日」
***
王都に着いて、まず市場を見た。
薬種通りを歩く。六軒目のあの店。棚を見た。
あった。あの軟膏。金貨十枚の高級品。前と同じ場所に、前と同じように並んでいる。
(私の軟膏は品質NGで止められて、これは普通に売られてる)
鑑定した。
【軟膏】
現在価値:600
潜在価値:320
数字も変わっていない。トビアスが「うちの」と確定させた、同じ品質の軟膏。こっちは止められない。
店を出た。
***
流通許可の管轄は王都の商業局だった。
窓口に行った。書簡の写しを見せて、停止理由の詳細を求めた。
担当の男は三十前後で、目を合わせようとしない。悪い人間ではなさそうだ。ただ怯えている。
「上からの指令です。品質基準を満たしていないとの判断が」
「具体的にどの基準を満たしていないのか、教えていただけますか」
「それは……上からの判断としか」
「では、その判断の根拠となる検査記録を見せてください。品質不適合と判断した以上、検査はしていますよね?」
担当の顔が強張った。
「……確認いたします」
奥に引っ込んで、しばらくして戻ってきた。
「申し訳ございません。検査記録の開示には上席の承認が必要でして」
(検査してないのね)
品質不適合と言いながら、検査記録がない。開示の承認も下りない。つまり、検査せずに止めている。
「停止を解除する手続きは」
「現時点では、再審査の受付も停止しております」
書類上は正規の手続きを踏んでいる。判が押してあって、日付が入っていて、管轄の印もある。ただ、中身は空っぽだ。体裁だけ整えて、実態がない。
さっきの怯えの正体が分かった。この男は自分がおかしなことをさせられていると分かっている。でも逆らえない。
「分かりました。ありがとうございます」
立ち上がった。ここで食い下がっても何も出てこない。
***
監査院に行った。
カイルが出てきた。事情を話した。
カイルは驚かなかった。
「やはり、そうですか」
「『やはり』?」
「……ここだけの話ですが。アーレン領産軟膏の流通を止めろという圧力が、上からありました」
「誰から」
カイルが少し黙った。答えを探しているのではなかった。どこまで言えるかを量っている顔だった。
「立場上、それをお伝えすることはできません。申し訳ない」
「商業局の管轄を超えた圧力、ということだけは聞いていい?」
カイルは答えなかった。ただ、否定もしなかった。
「……あなたの軟膏に品質問題がないことは、私は信じています。ブルクハルト商会の件で、あなたの帳簿管理の精度は確認済みです」
それがカイルの言える精一杯だった。組織の人間としての限界。でも、その限界の中で精一杯伝えようとしていることは分かる。
「ありがとうございます。自分で調べます」
「お気をつけて」
監査院を出た。
***
もう一度、薬種通りに行った。高値軟膏を売っている店。
「すみません、こちらの軟膏の仕入れ先を教えていただけますか」
「申し訳ございません。仕入れ先は商売上の秘密でして」
同じ答え。同じ壁。
店を出た。
グレンが隣を歩いている。何も聞かない。ただ待っている。
(整理しよう)
歩きながら、頭の中で並べた。
私の軟膏だけ品質NGで止められた。同じ品質の軟膏が高値で出回っている。仕入れ先は誰も教えない。商業局の管轄を超えた圧力がある。検査もしていない。
王都では全部壁だ。
(それにしても、引っかかる)
ただの転売なら、ここまでする必要がない。私の直販が安くて邪魔だというなら、値下げで対抗すればいい。わざわざ流通停止なんて権力を使う手を打つのは、転売の利益を守るための動きとしてはリスクが重すぎる。
それにブレーメン商会。安い仕入れ先があるのに切り替えない。利益を出したいなら絶対にありえない行動。
(転売で儲けたいだけの話じゃない。じゃあ、何のために?)
そこが見えない。でも、見えないということ自体が答えだ。利益のためではない何かのために、人が動いている。
(なら、逆から辿る)
アーレン領の軟膏はロッソ商会経由で港町に卸している。ロッソ商会に販売先の内訳を見せてもらえば、誰が大量に買っているかは分かるはず。生産者として自分の商品の流通を把握するのは正当な要求だ。
「グレン、港町に行くわ」
「……王都からですか」
「ロッソ商会に確認したいことがある。出荷元から辿るしかない」
グレンは何も言わなかった。ただ、歩く方向を変えた。
東の門に向かう。夕日が王都の屋根を染めている。背中に薬種通りの灯りが並んでいる。あの中に、まだ止められていない軟膏がある。
(私の商品を止めて、あれを残した。理由があるなら、帳簿に残ってるはず)
数字は逃げない。逃がさない。
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