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【完結保証】数字しか信じない帳簿令嬢は、無愛想な護衛騎士の9999だけ読み解けない  作者: Lihito
【第2章:王都謀略編】

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26話:品質不適合

朝、セバスが書簡を持ってきた。ヴァルト商会の封蝋。


開けた。いつもの売上報告ではなかった。


——アーレン領産軟膏の流通許可が停止された。理由は品質基準の不適合。当面、店頭での取り扱いを中止する。


手紙を読み返した。二回。文面は丁寧だが、内容は一方的だ。


(品質基準の不適合?)


トビアスの顔が浮かんだ。あの人の品質管理に問題があるとは思えない。工程表通りの製造、全壺の検品、管理番号の記録。手を抜く人間じゃない。


「セバス、トビアスを呼んで」


トビアスが来た。手紙を見せた。


「品質に心当たりは?」


「ありません。直近の出荷分も全壺検品しています。ロッソ商会からも品質のフィードバックは問題なしでした」


「よね」


手紙を机に置いた。トビアスは動かなかった。


「他に何かある?」


「……品質の問題ではないのであれば、これはアイリス様への妨害です」


知ってる。分かってる。


「だから王都に行くの。調べてくる」


「私も同行させてください」


予想していなかった。この人は作業場の人間だ。


「トビアス、あなたが来ても——」


「品質に問題がないことを、作った本人が証明できます。検査記録が必要なら、工程表も管理番号も全て持っていけます」


筋は通っている。でも、それだけなら書類を持たせればいい。本人が行く必要はない。


「ありがとう。でも、あなたには生産を止めないでいてほしい。止められている間に在庫を切らしたら、再開した時に困るのはこっちだから」


「……そうですね。出すぎたことを言いました」


「出すぎてない。助かるわ、気にしてくれて」


「グレン、王都に行くわ」


「いつですか」


「今日」


トビアスがグレンの方を向いた。


「……グレンさん。よろしくお願いします」


グレンが少しだけ間を置いて、頷いた。


「護衛ですから」


トビアスが小さく頭を下げて、作業場に戻っていった。


(品質に問題がないのに、品質NGで止められた。なら、これは品質の話じゃない)


「グレン、王都に行くわ」


「いつですか」


「今日」


***


王都に着いて、まず市場を見た。


薬種通りを歩く。六軒目のあの店。棚を見た。


あった。あの軟膏。金貨十枚の高級品。前と同じ場所に、前と同じように並んでいる。


(私の軟膏は品質NGで止められて、これは普通に売られてる)


鑑定した。


【軟膏】

現在価値:600

潜在価値:320


数字も変わっていない。トビアスが「うちの」と確定させた、同じ品質の軟膏。こっちは止められない。


店を出た。


***


流通許可の管轄は王都の商業局だった。


窓口に行った。書簡の写しを見せて、停止理由の詳細を求めた。


担当の男は三十前後で、目を合わせようとしない。悪い人間ではなさそうだ。ただ怯えている。


「上からの指令です。品質基準を満たしていないとの判断が」


「具体的にどの基準を満たしていないのか、教えていただけますか」


「それは……上からの判断としか」


「では、その判断の根拠となる検査記録を見せてください。品質不適合と判断した以上、検査はしていますよね?」


担当の顔が強張った。


「……確認いたします」


奥に引っ込んで、しばらくして戻ってきた。


「申し訳ございません。検査記録の開示には上席の承認が必要でして」


(検査してないのね)


品質不適合と言いながら、検査記録がない。開示の承認も下りない。つまり、検査せずに止めている。


「停止を解除する手続きは」


「現時点では、再審査の受付も停止しております」


書類上は正規の手続きを踏んでいる。判が押してあって、日付が入っていて、管轄の印もある。ただ、中身は空っぽだ。体裁だけ整えて、実態がない。


さっきの怯えの正体が分かった。この男は自分がおかしなことをさせられていると分かっている。でも逆らえない。


「分かりました。ありがとうございます」


立ち上がった。ここで食い下がっても何も出てこない。


***


監査院に行った。


カイルが出てきた。事情を話した。


カイルは驚かなかった。


「やはり、そうですか」


「『やはり』?」


「……ここだけの話ですが。アーレン領産軟膏の流通を止めろという圧力が、上からありました」


「誰から」


カイルが少し黙った。答えを探しているのではなかった。どこまで言えるかを量っている顔だった。


「立場上、それをお伝えすることはできません。申し訳ない」


「商業局の管轄を超えた圧力、ということだけは聞いていい?」


カイルは答えなかった。ただ、否定もしなかった。


「……あなたの軟膏に品質問題がないことは、私は信じています。ブルクハルト商会の件で、あなたの帳簿管理の精度は確認済みです」


それがカイルの言える精一杯だった。組織の人間としての限界。でも、その限界の中で精一杯伝えようとしていることは分かる。


「ありがとうございます。自分で調べます」


「お気をつけて」


監査院を出た。


***


もう一度、薬種通りに行った。高値軟膏を売っている店。


「すみません、こちらの軟膏の仕入れ先を教えていただけますか」


「申し訳ございません。仕入れ先は商売上の秘密でして」


同じ答え。同じ壁。


店を出た。


グレンが隣を歩いている。何も聞かない。ただ待っている。


(整理しよう)


歩きながら、頭の中で並べた。


私の軟膏だけ品質NGで止められた。同じ品質の軟膏が高値で出回っている。仕入れ先は誰も教えない。商業局の管轄を超えた圧力がある。検査もしていない。


王都では全部壁だ。


(それにしても、引っかかる)


ただの転売なら、ここまでする必要がない。私の直販が安くて邪魔だというなら、値下げで対抗すればいい。わざわざ流通停止なんて権力を使う手を打つのは、転売の利益を守るための動きとしてはリスクが重すぎる。


それにブレーメン商会。安い仕入れ先があるのに切り替えない。利益を出したいなら絶対にありえない行動。


(転売で儲けたいだけの話じゃない。じゃあ、何のために?)


そこが見えない。でも、見えないということ自体が答えだ。利益のためではない何かのために、人が動いている。


(なら、逆から辿る)


アーレン領の軟膏はロッソ商会経由で港町に卸している。ロッソ商会に販売先の内訳を見せてもらえば、誰が大量に買っているかは分かるはず。生産者として自分の商品の流通を把握するのは正当な要求だ。


「グレン、港町に行くわ」


「……王都からですか」


「ロッソ商会に確認したいことがある。出荷元から辿るしかない」


グレンは何も言わなかった。ただ、歩く方向を変えた。


東の門に向かう。夕日が王都の屋根を染めている。背中に薬種通りの灯りが並んでいる。あの中に、まだ止められていない軟膏がある。


(私の商品を止めて、あれを残した。理由があるなら、帳簿に残ってるはず)


数字は逃げない。逃がさない。


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