24話:育つ土地
王都には結局、十日ほどいた。ヴァルト商会との契約を詰め、ついでに市場の流通構造を一通り歩いて見て回った。
帰り道、アーレン領に近づくにつれて景色が変わっていた。
「……道、広くなってない?」
以前は荷馬車一台がやっとだった北街道の最終区間が、二台分の幅になっている。路面も均されている。まだ工事途中の区間もあるが、明らかに手が入っていた。
「ルッツたちの仕事ですね」
グレンが言った。
領地に入ると、さらに変わっていた。南側に倉庫の骨組みが立ち上がっている。住居の壁が塗り直されている。すれ違う住民の数が、前より多い。
館に着くと、セバスが玄関で待っていた。
「おかえりなさいませ、アイリス様」
「ただいま。留守中は?」
「まずは中へ。お茶をお淹れしますので」
執務室に通された。机の上に帳簿が積んである。セバスがお茶を出して、帳簿を一冊ずつ開いた。
収支管理。住民対応の記録。物資の発注書と納品書の突き合わせ。ルッツたちの受け入れに関わる支出。全部揃っている。
ページをめくった。数字が整然と並んでいる。抜けがない。記帳の手も荒れていない。
「セバス、これ全部一人で?」
「トビアス殿にも一部お手伝いいただきました。ただ、帳簿はすべて私が」
「……完璧ね」
「恐れ入ります」
鑑定した。
【セバス】
現在価値:950
潜在価値:950
(——到達してる)
前に見たときは600だった。この人はずっとこれだけのものを持っていた。二十三年間、一人でこの土地を守ってきた人だ。足りなかったのは能力じゃない。場所と役割だった。
セバスは自分の数字なんか知らない。ただ、やるべきことをやっていただけ。
「セバス」
「はい」
「助かったわ。本当に」
「もったいないお言葉です」
セバスが紅茶を注ぎ足した。湯気が静かに立ち上る。この人のお茶はいつも温度がちょうどいい。
***
作業場に行くと、トビアスが軟膏の検品をしていた。棚に壺が並んでいる。数が増えている。
「トビアス」
「アイリス様。おかえりなさい」
手を止めて、棚の端から小さな壺を一つ取った。ラベルがない。
「留守の間に試作を一つ。配合を変えて、手荒れに特化したものです。帳簿仕事が多い方は指先が乾燥しますので、よければ」
受け取った。蓋を開けると、いつもの軟膏より少し柔らかい。指に乗せると体温ですぐに溶ける。
トビアスがこちらの手元をじっと見ていた。仕上がりが気になるのだろう。
「ありがとう。——売れそう?」
「……ええ、需要はあると思います」
少し間があった。まあ、商品化の話は後でいい。
「製造体制は?」
「住民の方を一人、補助に入れています。工程表の基本作業は任せられるようになりました。最終の品質確認は私がやっています」
「品質は安定してる?」
「はい。ロッソ商会からのフィードバックでも問題なしと」
「よかった。——それと、王都で新しい卸先が決まったわ。ヴァルト商会。初回五十壺」
トビアスの手が一瞬止まった。
「五十。ロッソ商会と合わせると月産八十壺ですね」
「間に合う?」
「補助をもう一人増やせれば。工程表があるので、教育には時間はかかりません」
控えめな言い方。でも目に力がある。自分の仕事が広がることを、この人は静かに喜ぶ。
鑑定した。
【トビアス・ヴェーバー】
現在価値:1,750
潜在価値:1,800
(1,750。順調に伸びてる)
あと50。生産体制をもう一段拡大すれば届くかもしれない。
***
午後、インフラ整備の現場を見に行った。
南の道の拡幅工事が進んでいた。ルッツが現場にいて、ベテランと若手に指示を飛ばしている。
「ここの排水、もう二寸深く掘ってください。雨の後に水が溜まります」
「あいよ」
ベテランが素直に従っている。年上の職人が二十歳の若造の指示を聞く。腕を認めてるからだ。
ルッツがこっちに気づいた。
「お姉さん! おかえりなさい!」
駆け寄ってくる。土埃だらけの顔で笑っている。
「進捗、見せて」
「はい。道の拡幅はここまで終わりました。南側の倉庫は骨組みが立って、壁の施工に入るところです。住居の修繕は三軒終わって、残り五軒」
指差しながら説明していく。段取りがいい。どこまで終わって、次に何をやるか、全部頭に入っている。
「それと、お姉さんに相談なんですけど」
「何?」
「倉庫の配置、少し変えていいですか。今の位置だと荷馬車の動線が被るんです。二十歩ずらせば搬入と搬出を分けられるんで」
自分で考えて、自分で提案してきた。城壁の現場では、言われた石を言われた場所に積むだけだった子が。
「いいわ。帳簿上の変更点だけ後で出して」
「分かりました!」
走って現場に戻っていった。住民のおばさんが「あの大工さん、よくやってくれてるよ」と通りがかりに言った。
鑑定した。
【ルッツ・ハイデン】
現在価値:1,650
潜在価値:1,700
(550から1,650)
城壁の現場で安い給金のまま笑ってた子が、ここまで来た。潜在まであと50。指示を実行するだけじゃなく、自分で計画を立てて動いている。この調子なら——。
(流通拠点の整備計画、本格的にこの子に任せられるかもしれない)
***
夕方。領地を歩いた。
灯りが増えていた。人が増え、建物が増え、道が広がり、灯りが増えた。数えてみようかと思って、やめた。数えなくても分かる。
鑑定した。
【アーレン領】
現在価値:1,850
潜在価値:2,800
(1,850。微増)
大きくは動いていない。でも目の前には、広くなった道がある。骨組みの立った倉庫がある。塗り直された壁がある。
数字に表れる前に、現場が先に動いている。帳簿にはまだ載っていない変化が、この土地のあちこちで起きている。
(……悪くないわね)
紙袋の中の軟膏のことを、少しだけ思い出した。現在600、潜在320。あの歪んだ数字。ここの景色とは正反対の数字。
でも今日は、それはいい。
灯りを数えるのは、セバスに任せておけばいい。あの人は、きっともう数えている。
お読みいただきありがとうございます!
もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!
ブックマークもぜひポチッとお願いします。




