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【完結保証】数字しか信じない帳簿令嬢は、無愛想な護衛騎士の9999だけ読み解けない  作者: Lihito
【第2章:王都謀略編】

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24/52

24話:育つ土地

王都には結局、十日ほどいた。ヴァルト商会との契約を詰め、ついでに市場の流通構造を一通り歩いて見て回った。


帰り道、アーレン領に近づくにつれて景色が変わっていた。


「……道、広くなってない?」


以前は荷馬車一台がやっとだった北街道の最終区間が、二台分の幅になっている。路面も均されている。まだ工事途中の区間もあるが、明らかに手が入っていた。


「ルッツたちの仕事ですね」


グレンが言った。


領地に入ると、さらに変わっていた。南側に倉庫の骨組みが立ち上がっている。住居の壁が塗り直されている。すれ違う住民の数が、前より多い。


館に着くと、セバスが玄関で待っていた。


「おかえりなさいませ、アイリス様」


「ただいま。留守中は?」


「まずは中へ。お茶をお淹れしますので」


執務室に通された。机の上に帳簿が積んである。セバスがお茶を出して、帳簿を一冊ずつ開いた。


収支管理。住民対応の記録。物資の発注書と納品書の突き合わせ。ルッツたちの受け入れに関わる支出。全部揃っている。


ページをめくった。数字が整然と並んでいる。抜けがない。記帳の手も荒れていない。


「セバス、これ全部一人で?」


「トビアス殿にも一部お手伝いいただきました。ただ、帳簿はすべて私が」


「……完璧ね」


「恐れ入ります」


鑑定した。


【セバス】

現在価値:950

潜在価値:950


(——到達してる)


前に見たときは600だった。この人はずっとこれだけのものを持っていた。二十三年間、一人でこの土地を守ってきた人だ。足りなかったのは能力じゃない。場所と役割だった。


セバスは自分の数字なんか知らない。ただ、やるべきことをやっていただけ。


「セバス」


「はい」


「助かったわ。本当に」


「もったいないお言葉です」


セバスが紅茶を注ぎ足した。湯気が静かに立ち上る。この人のお茶はいつも温度がちょうどいい。


***


作業場に行くと、トビアスが軟膏の検品をしていた。棚に壺が並んでいる。数が増えている。


「トビアス」


「アイリス様。おかえりなさい」


手を止めて、棚の端から小さな壺を一つ取った。ラベルがない。


「留守の間に試作を一つ。配合を変えて、手荒れに特化したものです。帳簿仕事が多い方は指先が乾燥しますので、よければ」


受け取った。蓋を開けると、いつもの軟膏より少し柔らかい。指に乗せると体温ですぐに溶ける。


トビアスがこちらの手元をじっと見ていた。仕上がりが気になるのだろう。


「ありがとう。——売れそう?」


「……ええ、需要はあると思います」


少し間があった。まあ、商品化の話は後でいい。


「製造体制は?」


「住民の方を一人、補助に入れています。工程表の基本作業は任せられるようになりました。最終の品質確認は私がやっています」


「品質は安定してる?」


「はい。ロッソ商会からのフィードバックでも問題なしと」


「よかった。——それと、王都で新しい卸先が決まったわ。ヴァルト商会。初回五十壺」


トビアスの手が一瞬止まった。


「五十。ロッソ商会と合わせると月産八十壺ですね」


「間に合う?」


「補助をもう一人増やせれば。工程表があるので、教育には時間はかかりません」


控えめな言い方。でも目に力がある。自分の仕事が広がることを、この人は静かに喜ぶ。


鑑定した。


【トビアス・ヴェーバー】

現在価値:1,750

潜在価値:1,800


(1,750。順調に伸びてる)


あと50。生産体制をもう一段拡大すれば届くかもしれない。


***


午後、インフラ整備の現場を見に行った。


南の道の拡幅工事が進んでいた。ルッツが現場にいて、ベテランと若手に指示を飛ばしている。


「ここの排水、もう二寸深く掘ってください。雨の後に水が溜まります」


「あいよ」


ベテランが素直に従っている。年上の職人が二十歳の若造の指示を聞く。腕を認めてるからだ。


ルッツがこっちに気づいた。


「お姉さん! おかえりなさい!」


駆け寄ってくる。土埃だらけの顔で笑っている。


「進捗、見せて」


「はい。道の拡幅はここまで終わりました。南側の倉庫は骨組みが立って、壁の施工に入るところです。住居の修繕は三軒終わって、残り五軒」


指差しながら説明していく。段取りがいい。どこまで終わって、次に何をやるか、全部頭に入っている。


「それと、お姉さんに相談なんですけど」


「何?」


「倉庫の配置、少し変えていいですか。今の位置だと荷馬車の動線が被るんです。二十歩ずらせば搬入と搬出を分けられるんで」


自分で考えて、自分で提案してきた。城壁の現場では、言われた石を言われた場所に積むだけだった子が。


「いいわ。帳簿上の変更点だけ後で出して」


「分かりました!」


走って現場に戻っていった。住民のおばさんが「あの大工さん、よくやってくれてるよ」と通りがかりに言った。


鑑定した。


【ルッツ・ハイデン】

現在価値:1,650

潜在価値:1,700


(550から1,650)


城壁の現場で安い給金のまま笑ってた子が、ここまで来た。潜在まであと50。指示を実行するだけじゃなく、自分で計画を立てて動いている。この調子なら——。


(流通拠点の整備計画、本格的にこの子に任せられるかもしれない)


***


夕方。領地を歩いた。


灯りが増えていた。人が増え、建物が増え、道が広がり、灯りが増えた。数えてみようかと思って、やめた。数えなくても分かる。


鑑定した。


【アーレン領】

現在価値:1,850

潜在価値:2,800


(1,850。微増)


大きくは動いていない。でも目の前には、広くなった道がある。骨組みの立った倉庫がある。塗り直された壁がある。


数字に表れる前に、現場が先に動いている。帳簿にはまだ載っていない変化が、この土地のあちこちで起きている。


(……悪くないわね)


紙袋の中の軟膏のことを、少しだけ思い出した。現在600、潜在320。あの歪んだ数字。ここの景色とは正反対の数字。


でも今日は、それはいい。


灯りを数えるのは、セバスに任せておけばいい。あの人は、きっともう数えている。


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