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【完結保証】数字しか信じない帳簿令嬢は、無愛想な護衛騎士の9999だけ読み解けない  作者: Lihito
【第2章:王都謀略編】

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22話:灯りがまた増える

城壁の現場に着くと、ルッツが足場の上にいた。


手を振った。ルッツが気づいて、足場を降りてきた。


「お姉さん。また来たんですか」


「約束したでしょう。——少し話せる?」


休憩所の隅に移動した。昨日のベテランが遠くからこっちを見ている。


「単刀直入に言うわね。うちの領地で働かない?」


「え」


「アーレン領で大工が必要なの。ただし、ここでやってたような仕事とは違う」


「違う、っていうと」


「今うちの領地は人口が増えてて、インフラが追いついてない。道の拡張、倉庫の建設、住居の修繕。全部やらなきゃいけないんだけど、私は帳簿の人間であって建物のことは分からない。だから、どこから手をつけるか、何をどういう順番で建てるか、そこから考えてくれる人が欲しいの」


ルッツが目を瞬いた。


「それって、言われた通りに建てるんじゃなくて——」


「自分で計画を立てて、自分で回してもらう。もちろん予算は私が出すし、帳簿で管理もする。でも現場のことは任せたい」


「……俺にそんな」


「条件を言うわね。給金は月でこれだけ」


数字を出した。ルッツの目が少し大きくなった。


「これ、今の倍以上ですけど」


「その分働いてもらうから。計画立てて、資材を選んで、人を動かして。ただ石を積むだけの仕事じゃない。大変よ」


ルッツが黙った。笑っていない。初めて見る真剣な顔だった。


「……親方には、世話になったんです」


「うん」


「王室の仕事に関われるのはありがたいって、ずっと思ってました」


「うん」


「でも」


ルッツが自分の手を見た。大きくて、日焼けして、石の粉がこびりついている手。


「……俺の石、割れたんですよね。お姉さんの人が叩いたら」


「割れた」


「あれ、俺が積んだやつかもしれない。自分で積んだ石が剣で割れるって、職人として結構きついっすよ」


笑った。でもいつもの笑い方じゃなかった。


「アーレン領では、ちゃんとした素材を使うんですか」


「当たり前よ。帳簿は私が管理するから、変なものは絶対に入れない。あなたは素材を選ぶ側に回って」


「……行きます」


「いいの? もう少し考えても」


「考えました。お姉さんが最初に来た日からずっと」


ルッツが立ち上がった。


「他の連中にも声かけていいですか。行きたいってやつ、いると思うんで」


「もちろん。ただ、うちの領地の規模だと三人か四人が限度よ」


ルッツが現場のほうに歩いていった。職人たちに話している。しばらくして、二人連れて戻ってきた。ベテランと、もう一人若い男。


「こいつらも行きたいって」


ベテランが頭を掻いた。


「嬢ちゃんとこ、飯は美味いのか」


「セバスの焼き菓子は美味しいわよ」


「焼き菓子かよ」


「冗談。ご飯もちゃんと出る」


ベテランが鼻を鳴らした。でも目は笑っている。

もう一人の若い男は黙って頭を下げた。口下手な子らしい。


三人。十分だ。


「それで、出発なんだけど。私はもう少し王都に残るから、先に行ってもらっていい?」


「残るんですか?」


「アーレン領を流通の拠点にしたくて、取引先をいくつか回っておきたいの。——ルッツ、これ」


紹介状を書いた。セバス宛。


「うちの執事にこれを渡して。住居と仕事場の段取りをしてくれるから。あの人に任せておけば大丈夫」


「お姉さんがいなくて大丈夫なんですか」


「セバスがいれば大丈夫よ。むしろ私より段取りは上手い」


ルッツが紹介状を受け取った。大事そうに懐にしまう。


「三日後の朝、東門に集合。そこから北に向かえばアーレン領に着く。道は——まあ、分かるわよね。大工でしょう」


「道くらい分かりますよ」


ルッツが笑った。今度はいつもの笑い方だった。


現場を離れた。グレンが隣を歩いている。


(あの子を連れ出すことはできなかった。でも、今回は——)


それだけ思って、やめた。今はいい。


***


王都を出る前に、監査院に寄った。


カイルが出てきた。顔色が前より良い。仕事をしている人間の顔だ。


「ブルクハルト商会主の身柄は確保しました。現在取り調べ中です」


「ありがとうございます」


「帳簿の分析も進んでいます。中抜きの構造はほぼ解明できました。ただ——」


「ただ?」


「ブルクハルト商会が末端で、その上にまだ何かある可能性が出てきています。資金の流れが商会主個人で完結していない」


(やっぱりね)


「追えますか」


「追います。ただ、上が財務卿府の管轄に関わる可能性もありまして、慎重にならざるを得ません」


「分かりました。何かあれば連絡ください」


「こちらこそ。——お気をつけて」


監査院を出た。


「グレン、もう少し王都にいるわ」


「取引先ですか」


「アーレン領を流通の拠点にするなら、王都にパイプがいる。今のうちに顔を繋いでおきたい」


「護衛の延長ですね」


「延長よ。まだまだ」


グレンが小さく息を吐いた。呆れてるのか、笑ってるのか。多分両方。


***


王都の中心、財務卿府の最上階。


執務室の窓から夕日が差している。壁際の棚には帝国トレヴィーゾの白磁器が並び、机の上には同じく帝国から取り寄せた蒸留酒の瓶が置かれていた。


財務卿ヴィクトール・ハイゼンは、その蒸留酒を傾けながら報告書に目を通していた。


「——ブルクハルト商会が潰れた?」


「はい。監査院に帳簿を押さえられたとのことです」


側近が淡々と報告する。


「商会主は逮捕。城壁修繕事業の中抜きが発覚し、帳簿の改竄も証明されたと」


ヴィクトールはグラスを置いた。


「誰がやった」


「アーレン領の領主です。アイリス・ヴァレンシア」


「ヴァレンシア……。公爵家の」


「ええ。公爵家の横領疑惑で追放されましたが、監査院の査定で公爵家側の不正が認定されています。現在はアーレン領の直轄領主です」


ヴィクトールは窓の外を見た。夕日に染まる王都の屋根が連なっている。


「追放された令嬢が、辺境から出てきて手駒を一つ潰したのか」


「いかがなさいますか」


ヴィクトールは蒸留酒をもう一口含んだ。


「何も。ブルクハルトは替えの利く駒だ。一つ潰れたところで大勢に影響はない」


側近が頷いた。


「ただ、名前は覚えておこう。アイリス・ヴァレンシア」


グラスを机に置いた。その音が、静かな執務室に小さく響いた。


窓際の棚で、トレヴィーゾの白磁器が夕日を受けて光っていた。

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