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【完結保証】数字しか信じない帳簿令嬢は、無愛想な護衛騎士の9999だけ読み解けない  作者: Lihito
【第1章:辺境開拓編】

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14/51

14話:ちょっと待ってください

書状が届いたのは、朝だった。


国の監査院からの正式な通達。アーレン領の鉱山事業に関して、過去の未納税の疑いがある。査定官を派遣する。日付は三日後。


セバスが青くなった。


「未納税——アイリス様、これは」


未納税。鉱山は閉山している。着任時の帳簿に記録されていた。着任前に送金も止まっていた。何を根拠に——


「……分からないわ。でも、帳簿は全部出して。鉱山関連も全冊」


三日間、準備をした。帳簿はすべて揃っている。着任時の監査記録。管理費の送金記録。食料・燃料・資材・人件費の全項目。


不正はしていない。帳簿は正確だ。


ただ、なぜ今なのか。それだけが引っかかっていた。


***


三日後。


査定官が馬車で到着した。三十代くらいの男。きっちりした身なりに、感情を見せない目。


「監査院のカイルと申します」


「アイリス・ヴァレンシアです。帳簿はすべて用意してあります」


握手を交わした。カイルの手は冷たかった。


その後ろから、もう一台の馬車が着いた。


降りてきたのは父だった。


ヴァレンシア公爵エドワード。そしてもう一人、見覚えのない痩せた中年の男。


父と目が合った。前に見た時の顔とは違う。困り果てた父親はもういない。何かを決めた人間の、据わった目をしていた。


「管轄領主として査定に同席させていただきます」


カイルに向かって言った。


そういうことか。


告発したのは父だ。管轄領主の自主監査。自分で告発して、自分で立ち会っている。


「……どうぞ」


***


執務室に通した。机の上に帳簿を並べてある。セバスが茶を用意した。グレンは廊下。トビアスは作業場。


カイルが帳簿を手に取った。


一冊目。収入と支出の総括。

二冊目。薬草事業の採取量と売上。

三冊目。食料の調達コストと在庫。

四冊目。修繕費の内訳と資材の消費記録。

五冊目。住民の雇用記録と日当。


一冊ずつ、項目を追い、数字を照合していく。


長い時間だった。


エドワードは椅子に座ったまま動かない。隣の男は落ち着かなく足を組み替えている。私は帳簿の質問に答えながら、二人の様子を視界の端で追った。


やがて、カイルが最後の帳簿を閉じた。


「……失礼ですが」


カイルが顔を上げた。初めて、表情に感情が混じった。


「これほど精密な帳簿は、王都でもなかなかお目にかかれません」


「ありがとうございます」


「収支の整合性に問題はありません。項目の分類も明確で、根拠が全て追えます。率直に申し上げて、不正の入り込む余地がありません」


エドワードの目が細くなった。ガイスナー商会の男の足が止まった。


「では、本題に入ります」


カイルが報告書を開いた。空気が変わった。


「アーレン領の鉱山は、国への届出では閉山となっています。しかし、閉山後も『管理費』の名目で送金が継続していた記録があると。管轄領主による自主監査の結果、閉山と届け出ながら実際には採掘を続け、納税を免れていたのではないかという疑いが提起されています」


閉山と届け出ながら採掘を続け、納税を免れていた。


なるほど。そう来たか。


管理費は確かに動いていた。閉山後も。それだけ見れば「実は掘っていたのでは?」という絵は描ける。管理費が動いている=人がいる=採掘している=閉山は嘘=脱税。


筋は通る。帳簿を読めない人間が考えそうなロジックだ。


でも、帳簿は嘘をつかない。


「査定官殿。鉱山関連の帳簿をご覧ください」


鉱山の帳簿を開いた。


「まず、管理費の送金記録です。閉山後もガイスナー商会への送金が続いていたことは事実です。着任時の監査で発見し、記録しています」


カイルが確認した。頷く。


「次に、こちらを」


別のページを開いた。ここからだ。


「閉山後の期間の支出項目を見てください。食料の購入——ゼロです」


カイルの目が動いた。


「燃料——ゼロ」


ページをめくる。


「採掘用資材の搬入——ゼロ。鉱夫への給与支払い——ゼロ」


一つずつ。項目ごとに。数字を指で示しながら。


「人が一人もいないんです」


カイルが帳簿から顔を上げた。


「鉱山で採掘を続けるなら、人を雇わなければならない。雇えば給与が発生する。人がいれば食べさせなければならない。食料を買えば帳簿に載る。坑道を維持するには燃料がいる。道具がいる。全部、帳簿に残ります」


声が自然と強くなっていた。


「それが一切ない。食料も燃料も資材も人件費も、閉山後はゼロです。採掘していたなら、ゼロになるはずがない。——この鉱山では、閉山後、誰も何も掘っていません」


静まった。


「つまり、脱税の前提が成り立ちません。納税すべき産出がそもそも存在しないのですから」


カイルが帳簿のページを何度か行き来した。食料。燃料。資材。人件費。全部ゼロ。長い確認の後、顔を上げた。


「……確かに。採掘の実態を示す支出が、一切ありません」


その目が、ゆっくりとエドワードの方に向いた。


「公爵閣下。管轄領主として自主監査をされたとのことですが、この帳簿をご確認の上で告発されたのでしょうか」


重い沈黙。


エドワードが口を開こうとした。


その前に、ガイスナー商会の男が動いた。


「あの——失礼いたします」


全員の視線が集まった。男は姿勢を正し、困惑した表情を浮かべている。よくできた顔だった。


「公爵様。もしかすると、行き違いがあるのでは」


エドワードの方を向いて、丁寧に言った。


「弊社がお受けしておりました管理費は、閉山前からの施設維持に関する費用でございます。閉山後もしばらく坑道の安全管理が必要でしたので、その委託料として。閉山後の採掘とは関係がございません」


カイルが男を見た。


「つまり、管理費は採掘の対価ではなく、施設の維持管理費だと」


「はい。前任の代官様との間で取り決めたものです。内訳は閉山前の管理費とは異なりますが、いずれにせよ採掘とは無関係でございます」


流暢だった。準備してきた台詞だ。


「何の施設維持ですか」


私が聞いた。


「坑道の崩落防止や、周辺の安全確認などを——」


「グレンが先日巡回した際、坑道の入口は崩れていて、半年以上人が立ち入った形跡がなかったと報告を受けていますが」


一瞬、男の目が揺れた。


「……以前は定期的に確認しておりましたが、近年は頻度が落ちておりまして」


「近年、というのは何年くらい?」


「その——」


「帳簿上は毎月同額が送金されています。頻度が落ちたのに、金額は変わらなかった?」


男が口を閉じた。


エドワードが割り込んだ。一拍遅れた。


「——どうやら、早とちりだったようです」


声を整えている。しかし据わっていた目から、何かが崩れかけていた。


「前代官の時代の取り決めを、私が正確に把握できていなかった。管理費の実態を確認せずに疑義を報告してしまった。管轄領主として、混乱させてしまったことをお詫びいたします」


カイルは黙っていた。長い間。


ガイスナー商会の説明は苦しい。エドワードの撤退も不自然だ。カイルはそれを見ている。だが、ここにある帳簿はアーレン領のものだけだ。ガイスナー商会の帳簿も、公爵家の帳簿もない。追及する材料がない。


「……現時点で、アーレン領の帳簿に不正は認められませんでした」


カイルがゆっくりと帳簿を閉じた。


「脱税の事実も確認できません。査定は以上とさせていただきます」


立ち上がった。


エドワードの顔に安堵が浮かんだ。それを隠そうともしなかった。椅子から腰を上げかけて、こちらに視線を向けた。


憎悪とも侮蔑ともつかない暗い光。自分で仕掛けて、自分で引っ込めて。それでもまだ、こちらのせいにしたい目。


その目を見たまま、口を開いた。


「——ちょっと待ってください」


カイルの手が書類の上で止まった。エドワードの腰が椅子に戻った。ガイスナー商会の男が息を呑んだ。


「査定官殿。一つ、お聞きしたいことがあります」


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