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悪役令嬢が処刑された後  作者: load
第二歩は真実の欠片です
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41.忘却と邪念と?

 ふと、セーヴの嘲笑が緩められた。そして次に浮かべられたのは、悲しそうな笑みだった。万人の心を痛めるような、儚くて、もどかしくて、今にも消えそうで。

 けれどインステードには彼をどうする術もない。外野も、今の彼を動かせはしない。

 

「……やっぱり君も、そうなんだよね……」

「あ、待っ――」

「なら、僕一人で行こう。復讐が進めば進むほど、君達はティアーナを忘れていくんだ……!」


 どこへ行くのか。

 踵を返したセーヴの行方は、明白だった。明らかに無謀なことをしようとするセーヴの背中に、インステードは懸命に手を伸ばした。

 けれど、指一本とて動かない。

 一人で無謀にもグレイスタール侯爵家へ殴りこもうと足を進ませるセーヴを、止められる者などこの場にはいなかった。

 勿論、止めるべきなのは分かっている。

 しかしもし止めたら。セーヴはたぶん、味方だろうと容赦なく切り捨てるような、そんな気がしたから。


「待っ、て……」


 セーヴの背中が完全に見えなくなった後。

 残ったのは、目を限界まで見開き青白い表情をする少女の、零れた呟きだけだった。



 いつもより強く強く地面を踏みしめる。力を抜いたら頭痛が全身を侵食するから。今にも自分が倒れそうだから。

 こめかみを抑えながら荒い息を吐いて、それでもセーヴの向かう先は変わらなかった。

 両親に対する憎悪が無限に湧き上がってくるのは確か。でも潜在意識は『両親の声が必要だ』と言っている。

 そうだ。今自分は、道に迷っているのだ。

 路線が分からない。それを分かるようにできる者は誰かと、そう考えた時に。セーヴには、両親しか思い浮かばなかった。

 ティアーナに偏ったりせず、貴族派に傾いているわけでもない両親ならば。


(会ったら、何か分かるはずだ。絶対に)


 家出した分際で何を、と言われるかもしれない。そもそも湧き上がる変な感情を、果たしてコントロールしながら話せるだろうか。

 一番近しい仲間だったインステードにすらアレだ、両親に会ったらどうなるか想像もつかない。

 でも、後に引けない。もう、自分に退路などないのだから。

 皇都に転移したセーヴは顔を隠すため自分に認識阻害の魔術をかけ、あちこちで乱戦の起こる裏道を通ってグレイスタール侯爵家を目指した。


「……っ」


 苦痛に歯を食いしばりながら、歩く。足を踏み出す。もう片足を前に出す。当たり前のような動作が、難しく感じる。

 

 けれど、よく考えてみれば、この邪気がどんな効果を成すのかよく分かった。

 皆がティアーナを『思い出』に変えてしまう事に、どことなく抵抗を感じた自分がいないなどとは口が裂けても言えない。

 どうせみんな同じなんだ、と諦念を抱いたことだって。

 ティアーナを認めない両親を恨んだことだってなかったことじゃない。


 ――だからこの邪気は、己が持つ『悪』の部分を増幅させる効果があるのだ。


 でも、分かったとて対策などしようもない。

 だって、もう、無理で――



「――気を確かに持て」

「がっ」



 誰もいない路地裏、セーヴの目玉がぐるんと裏返ろうとしたとき。銀の電撃が頭を直撃したことにより、セーヴは一時的に理性を取り戻した。

 揺らぐ視界で、セーヴは何とか目の前に居る人物を捉える。


「あ、なたは……」

「大帝国に産まれ、大帝国で果てる者である。主神ゼウスの命により、ここに参じた。神からの救済である」

「っせ、聖女か!」

「いかにも、我が身は生誕の時から聖なる御子を約束され、信仰により体を形作られた主神の使者である」


 見えたのは月のように輝く長い銀髪。そして口から上を覆うベールと赤と白のみで作られた巫女服が特徴的で、十五、六くらいの少女に見える。

 その手には教典。神官装束に何故かつけられたポケットの中にも重そうな教典が入っている。

 彼女の隣には、目つきの悪い黒髪の男性。黒と赤で作られた袴を身にまとい、その腰には何故かライフルが装備されている。

 特徴的な装いとメンバー。そして他の国ではありえないほど進歩した技術。

 その国と、この者達が誰なのか。生けるものならばほとんどの者が知っているはずだ。


 大帝国の宗教である主神ゼウスを崇める一神教の聖女、十二代マナ・クラリス。そして『聖女の守護者』の名を神から授けられた愛し子、カイ・アルブレット。

 二人ともマヤ大帝国の英雄であり、今この帝国にいるはずもない人物だった。


「な、なぜ」

「時間がない、失礼する」

「――!?」


 そう言って、マナはセーヴの心臓めがけて手を伸ばした。マナの手に光が灯ると、その手は徐々にセーヴの肉と骨を通り抜ける。


「ぐっ、がァ……ぅう゛っ……」


 心臓を探られている。体の中に異物が侵入した感じは、とても気味が悪い。こみ上げる吐き気と、何とも言えない不快感。

 自分の中から何かを抜かれるような感覚の次の瞬間、マナが勢いよく手を抜いた。


「ぐァッ!!」


 思わず心臓を抑えて荒い息を吐くセーヴだったが、傷はない。湧き上がる悪寒と冷や汗をに耐えながら、ちらりとマナの方を見て全てを察した。


「ぁ……」


 マナの手の中で、黒と紫の肉塊がうごめいていた。邪気と邪念の塊である。そしてこれは単なる邪気ではない。


「……これは邪神の核。なんじは邪神にとり憑かれていたのだ。今、神の後光により邪は払われた。しかし、少しの邪気が残留している。浄化はせぬ方をすすめる。何故ならば、邪の後押しなしに汝が両親を敵に回すなどあり得ぬと神が言うからだ」

「わ、解りました……でも、何故ここに」

「我らは神の使徒。ただ神に従い動くだけである。け」

「はっ、はい! ありがとうございました!」


 表情筋をぴくりとも動かさずに発された答えは、納得のいくものだった。聖女は狂信者だからこそ聖女たりえるのだから。

 彼女の言葉通り走ろうとして、体がいつもより軽くなっていることに気付く。

 いや、今までが重すぎたのかもしれない。地面を蹴った瞬間、マナの姿が遠く離れた。今のセーヴは、一般人だと目で追うのがやっとの速度で走っている。

 そんなセーヴの姿が完全に見えなくなると、マナは蠢く肉塊を空に掲げた。


「大帝国は、しばらく加護を失う」

「分かっている」


 マナの言葉にカイがこくりと頷くと、マナの手に握られていた肉塊が唐突に光輝き、跡形もなく消えうせた。

 しかし、それが当然のごとくカイもマナも全く驚きはしない。


「帝国も、動乱を悟る」

「……」

「その結末は、少年に任されし運命である。分かるか、カイ。これが、最後の機会なのだ」

「……もちろんだ」

「では帰還するとしよう。加護を失った大帝国を維持するのも、聖女である我と守護者である汝の役目である」

「あぁ」


 常人には理解できぬ運命を語りながら、マナとカイは転移で姿を消した。



 ふと、インステードはどうしているだろうかと思う。酷い事を言った自覚はある。彼女が傷ついただろう事も分かっている。

 だが、あれは心に秘めた怨念と、己の迷いでもあったのだ。

 だから、それを解消しない限り、自分は戻れない。戻る顔がない。だって、そうだろう。副司令官が迷って、どうするのだ。


 セーヴは走る。


 間近に見えたグレイスタール侯爵邸の、セーヴを待っていたかのように開け放たれた正門へ一直線に向かって。

 グレイスタール侯爵邸の敷地は広い。侯爵邸の周囲すらも敷地内となっているため、セーヴが認識阻害を解いても不振がる人間はいない。

 騎士達もどうやらセーヴの来訪の可能性を知らされていたようで、つまみ出しに来る様子もなく、セーヴは侯爵邸の正門を素通りした。


(さ、さすが母上と父上……)


 全て見透かされているような気がして、思わずぶるりと震えた。正面戦闘をしに来てよかったかもしれない。回りくどいことをしていたら、策を全て読まれるに違いないから。

 屋敷に入ると何故かメイドに両親の執務室を案内された。

 セーヴが無策に人を攻撃しないことを知っているからこそ、出来ることなのだろう。思わず拍子抜けしてしまったセーヴである。

 やがてセーヴを執務室の前まで案内したメイドは、ぺこりと一礼すると歩き去った。

 そういえば、と気付く。

 あのメイドは、ティアーナが処刑された日屋敷から脱出しようとした自分を、懸命に取り押さえようとしていたメイドの中では珍しい、魔術の才能を持つ者の一人だ。

 

(変わってないな)


 淡々とそんな事を思いながら、セーヴはドアノブに手をかけて回し、扉を開けた。


「――」


 扉の先には両親がいる。当たり前のことだが、ずいぶん久しぶりな光景だった。ただ違うのは、両親の手に物騒な武器がひっさげられているところくらいか。

 セーヴが後ろ手で扉を閉めると、しばらくの沈黙が下りる。

 両親は武器を構えてはいない。攻撃してくるような気も感じない。ただ気まずそうに、何か言葉を探っていた。


「……何か、僕に言いたいことでも?」

「もちろん、言いたい事ならばたくさんあるに決まっているだろう? ただひとつ……気付いてやれなくて済まなかったと、言いそびれていたなと……思ってな」

「!!」

「家を抜け出すことが、度々あったな。それは……ティアーナ嬢に、会いに行っていたのかい?」

「……えぇ」

「……私達は、その事に早く気付くべきだった。ティアーナ嬢が処刑された日も、取り乱した君の感情を、私達は正しく理解できなかった」

「そんな事、責めてなどいません。むしろあなた方から責められるべきは僕の方ですしね」


 父と母の顔は、優しかった。グレイスタール侯爵家の汚点となった自分に、今まで育ててくれた両親を、家を切り捨てた自分に、何故そんな顔ができるのかとセーヴは訳が分からない。

 だって正直、責められることも罵声を浴びせられることも覚悟していたのに。

 ただ分かるのは、父も母も、セーヴを、ティアーナを理解しようとしている事だ。

 

「そう、だな……話を、せぬか? セーヴ。久々に」

「もちろん、わたし達があなたを攻撃することはないわ。三千兵器で対談中の隙を突く、など愚かでプライドの欠片もない事などできない」

「……はい」


 セーヴは小さく微笑んで、両親が座った後彼らに指さされた椅子に腰かけた。セーヴとの対談のためだけに用意された椅子と机なのだろう。

 悲しい事に、今のセーヴと彼らは敵。今は平和に対談出来ても、決着はいずれ付けねばならない。このひと時の平和は、しょせんひと時でしかないのだから。

 それをセーヴも両親も悟っているからこそ、皆が極めて平淡な話の進め方をする。

 情が、必要以上に深く入らないように。


「ひとつ、どうしても聞きたいことがあるんだ。聞いてもいいか?」

「ええ」

「……何故ティアーナ嬢が大悪人とされてしまったのか、知っているか?」

「勿論知っていますが……ティアーナが無実と認めるんですか?」

「貴方をそこまで突き動かすんだもの、無実だと信じるわ」

「だったら……味方に……」

「それはできん」


 セーヴの淡い希望を、父はあっさり砕いた。母もそれに頷いている。

 両親を敵に回してでもティアーナの仇を取ろうとするセーヴと同じように、両親だって息子を敵に回してでも譲れぬ何かがあるのだろう。

 自分も同じことをしている手前、それ以上頼むことなど到底できなかった。


「私達グレイスタール侯爵家は……皇帝が名君であった頃に、救われた家だ。だから先祖は、死するまで皇家に尽くすと誓った。代々当主が譲り受ける考えだったから、君にはまだ伝えていなかったな。私らもな、譲れんのだよ」

「そう、ですか……では、教えましょう。何故、ティアーナが処刑されたのか」


 あっさり引き下がって、セーヴは口角を上げ黒い笑みを浮かべた。それは無限の憎悪だった。皇帝へ、皇族へ、貴族へ、民へ、この国へ。

 ――呪詛を吐き出すように深呼吸をした後、セーヴは口を開いた。

救いを求めたかったって良いじゃない

矛盾があったっていいじゃない

時に挫けても、弱くなってもいいじゃない

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