42.乗り越えよ、セーヴ
ティアーナが皇太子を好きになったこと。婚約者だったこと。皇太子が別の令嬢を好きになったこと。ティアーナの嫉妬をいいように扱われたこと。その令嬢にはめられたこと。いつの間にか戦争を引き起こしていた事。
そしてそれを、セーヴやインステードに相談してきたことも。
でも彼女は決して泣かなかったこと。それと、状況証拠は揃っても、様々な不足が多かったこと。
例えば令嬢がティアーナに罪をかぶせた事件のひとつを例として挙げるなら。
ティアーナが令嬢を階段から落とした。その時、階段の上にはティアーナしかいなかった。そして階段にはティアーナの指輪が落ちていた。
ティアーナを罪人として仕立て上げたいならそれで十分だ。しかし、そもそも令嬢の方が悪人だったという場合を誰も考えていない点。指輪は盗んだものかもしれないし、目撃者が全員令嬢の取り巻きだというのもおかしい。というか目撃したのなら止めるし助けるだろう、と普通なら思うに決まっている。でもそんな疑念は話の流れにぶっ飛ばされたり、皇太子パワーで消されたり、令嬢の泣きの演技などで次第に消えていった。
それに社交界では、誰かの失敗より美味しい話はないのだ。
そして上記の通り話の流れを荒波にする巧みな話術、皇太子に留まらず帝国全体からの圧力、令嬢の掴んだ民心の結束により、ティアーナは戦争を起こした罪を擦り付けられ処刑されるに至ったのだ。
「ついでに戦争がなんたらについては、相手国の外交官が勝手に死んで、ティアーナはその場に居合わせただけです。毒を盛られていたらしいですが、毒の入手ルートや保存場所等々の証拠が全く見つかりませんでしたから」
「すっ、少し待って欲しい。ティアーナ嬢の無実は何となく理解した。しかし帝国は何故戦争を起こしてまで、ティアーナ嬢を……」
「それは、怖かったからですよ。ティアーナは、本気になったら国を亡ぼせただろうから。本気になれば……そうですね、救国の勇者よりも」
「勇者グループ以上の強さ……だと!?」
「勇者グループ……あぁ、そうでしたねえ……」
始終驚いてばかりの両親に、セーヴは肩をすくめた。そうだった、ほとんどの人間がインステードについて知らないのだ。
まあ、勇者グループでも解釈は間違っていない。ティアーナならば、楽勝とはいかないものの勝利はするだろう。ただし、本気になれば。
しかしこの国は単純にティアーナの『力』だけを見て、それが脅威だと定めたのだ。
ティアーナは人を傷つけないのに。帝国だってそれを知っているのに。
(インステードちゃんは封じた。あとはティアーナ、という流れなんだろう。とにかく脅威的な力を持つ者で味方だと確定していない者は、全員排除したかったってところかな。まぁ……ティアーナがインステードちゃんより強いってことは、僕しか知らないと思うけど)
この世界に転生してきた時に知った情報である。帝国は単純に、子どもでも帝国中枢レベルの実力を持っているから、という理由で目の敵にしていただけだ。
ティアーナは帝国に忠誠を誓おうと必死だったのに、とセーヴはため息をつく。
「なるほどな……分かった。しかしそれでも先祖がため、私らは帝国への忠誠を捨てられん」
「それは分かりましたよ。だってティアーナも最後まで、帝国を愛していましたから」
「そうね。素晴らしい生き方だと思うわ」
「そうでしょう?」
生まれて初めて、ティアーナについて共感を得て貰えた。ティアーナを知らない人に、その無実を信じて貰えた。
しかも、それは両親なのだ。
少し昔の事。セーヴは『帝国を覆すほどティアーナの味方を蓄えるのは無理だ』という言葉をどうしても覆したくて、必死にたくさんの人にティアーナは無実だよ、と言ってきた。けれど、皆が「ハァ?」という顔で去っていって。
それでも必死に訴え続けるセーヴを、ティアーナが優しく首を振って窘めた。
だからいつしか、セーヴは表舞台では一人で戦うようになったのだ。
でも、まだいた。こんなに身近に、ティアーナを信じてくれる人間が。
「――だから、我が息子よ。戦おう、全身全霊で」
「三千兵器の力に頼るだけのわたし達だけど……それでも、全力で戦うわ」
――でも、それは敵だった。
強さではオーギル・マクロバンやウィンナイト・リカリアナに及ばないだろう。しかし、いくら邪念の残留があっても、躊躇いというものは消えない。
両親に刃を立てる。日本に生きてきたから、という理由もあって、その文章だけで押しつぶされてしまいそうだ。
でも、両親は立ち上がっている。立って、剣を構えている。
今はこの世界に生きる者として。戦う事にそれなりに自信を持つ者として。正面から向かい合わないなどできなかった。
「……はい」
セーヴは立ち上がって、手のひらに魔力を灯した。
逃げられないのだ。それに、分かってしまった。たぶん、戦わないと自分の迷いは解消されないという事を。
「精霊術師にして『慈善盗賊軍』副司令官、セーヴ」
だから、セーヴは新たな名乗りを上げる。
「グレイスタール侯爵家当主。三千兵器の名は、七つの大罪が大剣、『グリトニー・ベルゼブブ』」
「グレイスタール侯爵夫人。三千兵器の名は、七つの大罪が弓矢、『エンヴィー・レヴィアタン』」
両親は、それに応えた。
そして誰からでもなく、戦闘は始まった。最初はセーヴが自身の手のひらに魔力を集めたところから。父が大剣を振り回して邪魔するし、彼の背後から母が禍々しい矢を放ってくる。
それでもセーヴは全てを器用に回避し、精霊魔術を完成させた。
「召喚――下位精霊『水の申し子』」
術の発動と共に掌中からわらわらと現れたのは、全身が水で作られた小さな小人たちである。それは有り余るセーヴの魔力を以て、瞬く間に部屋を埋め尽くそうとする。
「そうだ、ひとついいかね」
「はい」
「使用人や騎士たちには君を迎え次第避難するように言っておる。だからこの屋敷を壊し尽くさんばかりに戦っても構わん」
「……はい」
「では――『喰え』」
セーヴに全力で戦えと言った後に、父は三千兵器の力を解放した。大剣から紫の靄が広がり、ウンディーネを侵食していく。
この大剣の強さは、相手を食べたからといって力を手に入れるわけではなく、相手の『属性』を手に入れる所だ。
例えば大剣は今、ウンディーネの使う『水属性』を手に入れた。つまり、魔力量さえあればウンディーネに使えぬ魔術も使えるようになる、という事だ。
そして皇帝の所有する三千兵器ならば、可能な事に違いない。
でもウンディーネだって、そう簡単にやられるほどやわではない。
「『源水の大障壁』」
セーヴと父の中心にいたウンディーネ達が、一斉に水の障壁を起動する。それは巨大な水の波動を生み、徐々に三千兵器の侵食を止めていく。
それどころか段々と動いて、じりじりと父たちの方へ詰め寄っていっている。
セーヴには聞こえる。
《うんしょっ》
《よいしょお!》
巨大な障壁を、一生懸命後ろから押すウンディーネ達の声が。
それに背中を押されながら、セーヴは障壁を変化させる。
「『濁流噴水』」
ばしゃん、と水の音が響いた。
障壁はうねうねと形を変え、大きな滝となる。滝は波になって凄まじい速度で父に飛びかかった。
父が大剣で必死に守っているが、これは精霊の上級魔術。いくら下級精霊が放ったものといえど、戦いの初心者がそう簡単に止められるはずもない。
もちろん背後から母も狙撃しているけれど、押し寄せる濁流には欠片も影響しない。
しかし、急に父の動き方が変わった。
セーヴを攻める動きから、母の狙撃をサポートする動きへ。
「っ!」
セーヴは理解する。
七つの大罪が弓矢、『エンヴィー・レヴィアタン』の能力を。
『傲慢』のように全てを思うがままに出来るわけでも、『暴食』のように相手の技を呑み込み習得できるわけでもない。
その能力はただ一つだけである。
『――私はその力に嫉妬する』
嫉妬すること、のみだ。
しかしそれだけであるのに、『レヴィアタン』が七つの大罪の上から三番目に位置する理由は。
《うわあっ》
《いやだあ》
《とめないでえ》
《……》
《……》
《……》
「対象の停止……!」
「さすがはわたしの息子、正解よ」
両手を前に掲げて水の魔力を精霊に捧げるセーヴの魔力もろとも、精霊の活動が停止していく。形を成していた水が、ぱしゃんと地面に水溜りを作った。
セーヴは戸惑ったものの、すぐに新たな魔力を錬成――
「しかし、甘い」
腹に、衝撃を感じた。
自分が誰にどんな攻撃をされたのか理解したのは、血を吐いて崩れ落ちた後だった。
目の前に、血濡れた矢を持つ母の姿があったから。
「ははう――」
「ふふっ」
苦痛に歪む顔で《母上》と、そう呼ぼうとして気付いた。矢を握ったまま、母が崩れ落ちた。その全身に、数え切れないほどの傷が刻まれている。
当たり前だ。武に対して素人でしかない人間が、人間よりも存在自体が数段上の精霊を形作っていた水の間を潜り抜けたのだから。
だってその水は自然から来るものではないのだ。全てが、セーヴの魔力の塊である。
身体強化もせずに、無傷で近づいて来れるはずもなかった。
地面に倒れ込む母を見て、父が何が何だか分からないという顔で呆然と立ち尽くす。セーヴは腹を抑えて必死に声を出した。
「な、ぜ……」
そんなセーヴの腕を、母が血にまみれた手で強くつかんだ。その顔には、壮絶な笑みが浮かんでいた。
「甘い、のよ……あなたも、あなたの父も……よく聞きなさい……自分が死ぬ覚悟をしなきゃ、人なんて、殺せない。わたしは、っ確かに、武など分からぬ素人よ。でも、分かる、分かるの……セーヴ、あなたは、吹っ切れてなど、いないっ……! 人間を、やめてなどいない……」
幾千万の感情が込められた壮絶な笑みのまま、母は手の力を抜いた。いや、抜いたんじゃない。意識を失ったのだ。
そして、彼女が二度と起きてはこないことを、セーヴは理解する。
がはっ、と口から血を吐いた。そして耳に届くのは、父が大剣を構える音だった。
セーヴは呆然と父を見上げて、ゆるりと、首を振った。
やはり、両親は両親だったのだ。
死など、割り切れるはずもなかったのだ。邪念なんかで抑えることなどできない、悲しみが闇となって押し寄せる。
目から光が消える。もう駄目だと、やめたいと、心の底の感情が囁いた。
だって、そうだよ、こんなことしたって――
「迷うな、副司令官セーヴッ!!!」
自分が諦める決定的な言葉を自分に吐こうとしたセーヴを叱咤したのは、今一番つらいはずの父だった。
どうしてそんなことができるのかと、セーヴは虚ろな瞳で父を見上げる。
父は今にも泣きそうなほど顔を歪めながらも、強く強く大剣を握り締めていた。
「君は何のためにここまで来た!! ティアーナ嬢のためではないのか!! ならば進めッ、全ての障害を乗り越えろ!! 振り返るな、周りを見るな、気を使うな!! 復讐とは、そんな甘い物ではないぞ青二才がッ!!」
「っ……」
父が、ここまで荒い言葉を使うのを見たのは初めてである。父は、どこまでも強かった。いや、違う。
この世界の人間は、どいつもこいつも強いんだ。
それは、転生してきた時から分かっていたはずだった。
だから――超えるのだ。
「――」
地を蹴って、手に水の刃を形成して、セーヴは恐るべし速度で父に向かった。父は怖気づくこともなく、ただ大剣を構えて受けとめる。
腹の傷に響いた。先程とは比べ物にならない激痛が走る。それでも、セーヴも父も手を緩めなかった。
己の精神を擦り減らせ、己の傷と限界を超えて、心と心を通じ合わせる戦闘だから。
手を緩めるなど、言語道断である。
「あぁぁあ゛!!」
「っせぇええい!!」
大剣と刃が交わり合った。セーヴは大剣の衝撃を水の刃の変形で逃がし、反対の手にもう一つ刃を形成して父の隙を突こうとする。
だが大剣の能力に腐食され続けているので、上手く行かない。『暴食』の活用が上手いのだ。初めて使ったとは思えないほど。
セーヴは知っている。父が、この腐った貴族社会では有数の天才であることを。
だから、この程度の事。
「まだまだだぞッ!!」
「はぁーッ!!!」
大剣の横払い。後ろに飛びのく。水の刃を伸ばして刺突体制をとるが、大剣に横から払われる。転移で背後に移動し水の刃を振り降ろすと、父はくるりと一回転してその反動を使ってセーヴを大剣で吹き飛ばした。
咄嗟に身体強化を、大剣が当たっている部位に全振りしたので傷はない。
だが扉に体を強く打ち付けて、背骨が嫌な音を立てる。
まさか奇襲が失敗したとは思わなかった。慌てて起き上がるが、背中に走る激痛に呻く。だが父は追撃せず、ゆっくりと歩み寄る。
「君は、わざと大技や治癒魔術を使っていないな」
「えぇ……それは、父上も……同じでしょう……?」
ふっ、と笑ったセーヴに父も笑い返した。だが次の瞬間、セーヴの目の前に大剣が迫る。父の会話は、セーヴを油断させるためのブラフだった。
勿論タダでは引っかからない。セーヴの手に水の刃が形成され、どんどん長さを伸ばしていく。
父はきっと、刃を弾いて追撃を与えてくることだろう。そう思ってあらゆる角度からの攻撃に備えたセーヴだったが、父はニヤリと口角を上げた。
「だから私も、使わん」
「がは、アァぁ゛」
「っぐぅ……っ!」
読みが、外れた。
セーヴの腹には大剣が突き刺さっている。そのまま上半身と下半身が真っ二つになりそうなほど、痛々しい傷だ。
焼けるような痛みが響く。腹だけじゃない、全身を駆け抜ける電撃のような激痛に、セーヴは意識を失いかける。失血。激痛。傷口。気絶どころか死亡するのにすら十分なほど攻撃を受けているのに、鍛え上げられたセーヴの体はそうさせてはくれない。
そして重傷を負っているのは、何もセーヴだけではなかった。
父の心臓から、水で形成された美しい刃が伸びていた。セーヴの水の刃が、父の心臓を貫いたのだ。
刺し違えてでも。そんな気迫が感じられる。
けど、
「ち、ちう、ぇ……え?」
「喋るな、セーヴ」
父が、『暴食』に残された全ての魔力を使って自身に身体強化を施し、寿命を少しでも伸ばそうと踏ん張っていた。
でもそれはあくまで時間稼ぎである。父に生存するつもりがないのは、明白だった。
だからセーヴはボロボロと涙を零す。その動作ですら、腹の痛みを刺激する。思考が乱れて、魔力すらうまく運用できない。
「君は昔から……誰よりも繊細だった……だが、誰よりも、心を壊しやすかった……悪役になろうとしても、きっと君はなりきれんだろう……今も、君ならば苦戦すること無く私と妻を瞬殺出来たはずだ……が、君はそうしなかった」
「っ、ぅ」
「君は復讐する器ではない……それは、君も理解しているだろう? 私も、同じ……だが、ティアーナ嬢が、君が限界を超える覚悟を決めるほどに、君を動かした……今の君には分からないかもしれないが……それは、大きなことだ……」
「ぁ、」
「……帝国を壊すんだ、セーヴ。その、優しくも壊れやすい、強い力で……。進め、セーヴ。迷うな、乗り越えろ――」
水の刃が魔力を失って弾けて、次の瞬間父の心臓から血が噴き出した。血まみれで、苦痛に歪む顔で、それでも必死にセーヴに言葉を伝えるため、父はセーヴの服の袖を強く強く掴んだ。
「――私達をッ、そして、君がこれからッ、築くことになるだろう……山のような屍を!! 行け、セーヴ……君はいつまでも、いつまでも……私達、の……光……」
でもそれは長く続かなくて。父の手から力がするりと抜けて、彼は力なく地面に倒れ込んだ。血だまりが、地面を支配していく。
きぃん、と機械音がして、『暴食』の大剣が砕け散った。そして残る全ての魔力は、セーヴの腹の傷を治癒するために使われる。
父が残した、息子への最後の贈り物だろうか。
セーヴの目玉が、ぎょろりと動く。
視線の先には、満足そうな笑みで倒れる母がいた。足元には、強く微笑んだ表情のまま地に伏せる父がいた。
二人とも、もう二度と目を覚まさない。強くて芯のある声は、二度と聞けない。
セーヴは、膝から崩れ落ちた。
「あ、あぁあ……うぅぅああぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」
大きな声で、泣き声を響かせる。
でもそれは、澱の溜まった泥沼のような涙ではなかった。その涙に、闇も、迷いもなかった。セーヴが、新たな人間として生まれ変わるための涙だった。
両親の死を乗り越え、迷いを捨て、一心に、ティアーナのために。
凄くすごく遅れてしまったけれど、その決心をつけるため。たぶん誰よりも弱くて、誰より傷つきやすくて流されやすい少年は、今、誰よりも強くなろうとしている。
ふと、セーヴの口角が吊り上がった。
誰よりも強かったティアーナに。誰よりも甘さを嫌った母のために。誰よりも格好良かった父のために。
――復讐は続く。
続けるのだ。
「ッこの、僕がなぁ!!!!」
『慈善盗賊軍』副司令官セーヴの新たな産声は、決意だった。
(´;ω;`)




