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シリーズ:短編作品集(2万字以下)

ボクと彼女の0.1㎝モノサシ

作者: 初美陽一
掲載日:2026/04/20

 ボクが高校生になった頃、人と人との間に、『()()()()』が見えるようになっていた。

 もちろん他の人には見えなくて、それはまあ、最初は何かの病気かと、自分自身を疑いもしたけれど。


 自分以外には見えないから説明もできないし、理解も得られないだろう。とはいえ別に実害もなくて、これはこれで便利だから、治す必要性も特に感じなかった。



 どうやらこの『モノサシ』は、人と人との『心の距離』を示しているらしい。

『心の距離が近いほどモノサシは短く』……仲が良かったり、好き合っていたり。

『心の距離が遠いほどモノサシは長く』……仲が悪かったり、嫌い合っていたり。



 自分と他人でも、他人同士でも、互いが意識し合う……大体の場合は会話するくらいの距離感になると、『モノサシ』は突然に現れる。


 普段から喋っている仲の良いクラスメイト同士なら、『モノサシ』はそれなりに短い。大体が20㎝くらい、すごく仲が良くて10㎝くらいだろうか。


 5㎝以下の短さだと、随分と仲が良いということになるから、そういうのは少しドキドキしてしまう。表面上は普通に接していることが大半だから、なおさらだ。


 かと思いきや、にこやかに話している女子同士が、互いの体を貫き合うほど『モノサシ』が長かった時は、色々な意味で痛々しく見える。

 当然〝見えるだけ〟で物理的に刺さってはいないのだけど、見た目はどうしても、痛そうで慣れない。


 ……ボク自身、中学からの友達と思っていた人の『モノサシ』が100㎝くらいの長さで、本当はそんなに嫌われていたのかと、ショックを受けたりしたし……そのせいもあるだろうか。

(案の定、高校が別になってからは丸っきり疎遠そえんになってしまったし、『モノサシ』は正確だったんだなあ、なんて思い知らされたりもした)


 そんなことがキッカケで、小学校の頃から続けていたサッカーをスッパリとやめてしまった時は、周囲からそれなりに驚かれもしたけれど。


 とにかく、初めは戸惑っていた『モノサシ』だけど、慣れてくれば、人との適切な距離を測るのには本当に便利だった。


 クラスメイトと話をする時は、『モノサシ』が長くならないように(嫌われないように)、言葉を選んで接する。

 逆に『モノサシ』が短くなりそうな時は、何だかボクのほうが物怖ものおじしてしまって、あまり踏み込まないよう会話を早めに終わらせてしまうことが多い。我ながら消極的というか、臆病なのかも、と思わなくもないけれど。


 とにかくそうして当たりさわりなく、好かれも嫌われもせず、誰に対しても程よい長さに『モノサシ』を保つことが出来ていた。


〝これくらいが誰にも気兼ねしない〟〝ちょうど良いところ〟という距離感を、文字通り測っている。


 おかげで高校生になってから二か月と少し、モノサシの長さから判断する限りは、誰に嫌われることもなく平穏無事へいおんぶじに過ごせていると思う。


 ただ、自分から誰かに関わっていく――つまり他人と『モノサシ』を繋げることは、何となくだけど避けていた。

 自分から誰かと『モノサシ』を繋げるのは、何というか、その人の心に一方的に踏み込んでいく行為に思えてしまう。


 まあそれも、こんな『モノサシ』が目で見えるようになったから、つい過剰に意識しているだけな気もするけれど。


 ……でも、自分から『モノサシ』を繋げなかったのは、今までの話。

 ボクには今、クラスで気になっている人がいる。


 それは、誰とも『モノサシ』を繋げない、彼女。

 ――望月もちづき夕奈ゆうなという、クラスメイトのことだ。


 望月さんは、クラスで窓際の一番前の席に座っていて、人の目を端麗たんれいな容姿をしていた。


 長いストレートの黒髪はすずやかな顔立ち引き立てるように、静謐な雰囲気を漂わせている。

 大きな目を飾るまなじりは切れ長で、清楚でありつつクールな印象を醸していた。


 そしてどことなく、うれいをびている……気がする表情は、本人が何か言わなくとも、やはり他者を引き付けてしまうようだ。

 けれど望月さん自身は、人と関わることに、あまり好意的ではないらしい。


 ある日の放課後、クラスのムードメイカー的な女子が、望月さんを遊びに誘おうとした時。


『ねえねえ、アタシら帰りにカラオケ行くんだけどさー、望月さんも一緒に――』

『行かない』

『…………』


 また噂で聞いた話では、入学からそれほど経っていないというのに、別のクラスの男子から呼び出されたらしい。


『も、望月さん! 良かったら俺と付き合って……と、友達からでもいいんで――』

『お断りします』

『…………』


 さすがに問題視されたのか、入学から二か月と少しの新入生でも知るほど、おせっかいと有名な生活指導の先生に注意されていたこともあったけれど。


『望月さん、だったわね? アナタちょっと問題よ。そんなツンツンしてたら、友達もできないんじゃない? そんなんじゃこれから先、ひとりぼっちで大変に――』

『私個人の自由だと思います。失礼します』

『…………』



 誰に『モノサシ』を伸ばされようと、望月さんには一切取り付く島もない。

 一瞬だけ望月さんから伸びた『モノサシ』が槍のように相手を貫いて、すぐさま消えてしまうのが、ボクから見える通例つうれいだった。


 そんなこんなで、望月さんは今日に至るまで、誰とも『モノサシ』を繋いでいない。

 入学当初の『涼やかな』美人という印象が、『冷ややかな』という評価に転じる頃には、望月さんに話しかけようとする人は、ほとんどいなくなっていた。


 ……だからこそ、ボク自身、本当にどうかと思うけれど。


 今まで喋ったこともなく、そもそも人との関わりを避けているような、そんな彼女に――ボクは今から、話しかけようとしている。


 夕陽の差し込む放課後の教室で、たまたま残っていた望月さんと、二人きり。


 彼女はいつも放課後、図書室や教室で本を読むなどして、遅くまで時間を潰していた。なぜなのか、事情は『モノサシ』と違って計り知れないけれど、話しかける分には助かる。


 ボクの席は窓際の一番後ろで、望月さんの後姿ばかりが印象深い。

 席を立ったボクは、緊張しながらも一歩一歩、彼女へと近づく。



 緊張を押し殺し、シンプルに声をかけた――〝良かったら一緒に帰らない?〟と。



『モノサシ』は、まだ繋がっていない。つまり話しかけられたと、すぐには理解できなかったのだろう。

 そしてようやく意識されたのか、ボクと彼女の『モノサシ』が繋がる。


 ストレートの黒い長髪の、見慣れた後姿がゆっくりと振り返ってきて、ぽつり、返してきたのは――


「…………は?」


 不審者を見るような視線と、長い長い『モノサシ』が、ボクの体をぐに貫いた。


 それはもう覚悟の上だったけれど、望月さんには全く相手にされず、彼女は聞き違いのようにそっぽを向いて、初日は一人で帰って行った。

 でも、それくらいは想定内。また同じような、放課後の教室で二人きりになった時、ボクは懲りもせず声をかける。


〝良かったら一緒に帰らない?〟と――もちろんそのたびに、怪訝な顔をされた。


 それでも溜め息交じりに『帰らない』と返事をくれるようになっただけ、少しは前進していると思う。最初の頃は無言でスルーされるか、『イヤ』の一言で切り捨てられるだけだったから。


 望月さんが図書室で時間を潰す日は、さすがに追いかけまではしない。

 そんな人、ボクでも怖いし、彼女の『モノサシ』が長くなってしまうのは明白だ。


 だから毎回、声をかけるのは放課後の教室で、二人きりになった時だけ。それが、ボク自身にしたルール。


 いつも冷たくあしらわれて、それでも心が折れず、こんな無謀なチャレンジを繰り返せるのには理由がある。

 ボクにだけ見えている望月さんとの『モノサシ』が、長くなっていないからだ(短くもなってないけれど)。


 そうして、〝帰らない?〟と〝帰らない〟の珍妙な攻防を、幾度も繰り返した。

 ある日、望月さんは、いつものように溜め息交じりで――


「……校舎の、エントランスまで、なら」


 根負こんまけしたように、なかば諦め気味に言う。そんな望月さんの『モノサシ』は――ほんの少し()()なっていた。


 そうして初めて一緒に(エントランスまでだけど)帰った日をさかいに、ボクと望月さんは、時々一緒に帰るようになった。


 彼女が図書室で時間を潰す日は、さすがに遠慮する。

 けれど放課後の教室で二人きりになった時は〝一緒に帰らない?〟と声をかける、それがボク達にとっての定番になった。


 いつしか時々が、たびたび、しょっちゅう、と変化していく。

 エントランスまでが、校門まで、分かれ道まで、と距離が伸びた。


 一緒に帰る距離は長くなっているのに『モノサシ』は短くなっているのが、反比例しているようで何だかおかしかった。

 けれどボクにしか見えない『モノサシ』のことで笑うと、望月さんは眉をひそめるから我慢する。


 今となってはほとんど毎日、一緒に帰るようになって……そう、毎日。

 ……自惚うぬぼれてもいいのなら、今では図書室に行くことがほとんど無くなった望月さんが、放課後の教室で本も読まず、ずっと自分の席に座っているのは。


 ボクが声をかけるまで、待ってくれている……と思ってもいいのだろうか。


 見慣れた彼女の後姿うしろすがたと、その間にある、今ではすっかり友達同士の短さになった『モノサシ』を見つめて、ボクは席を立って声をかける。


 以前よりも、少しは気軽に、距離感を縮めて――

〝望月さん、一緒に帰らない?〟と。


 ◆     ◆     ◆


「呼びにくいでしょ」


 放課後に立ち寄った公園で、自販機で買ったアイスココアを飲んでいたボクに、望月さんが突然そんなことを言ってきた。

 一体何のことか分からず首を傾げていると、彼女は言いにくそうにしながら、発言の意味を補足し始める。


「望月さん……て、ちょっと呼びにくい……でしょ? なんか回りくどい、っていうか。ええと……もちっとしてる、は……違うか……えっと、だから、その……」


 どちらかといえばハッキリしたタイプの望月さんにしては珍しく、歯切れが悪く、しどろもどろになっている。

 そんな彼女が、かろうじて紡ぎ出した言い訳は――


「もちづき、って……四文字、だし……さん、も入れたら、六文字だし……」


 半ば言いがかりめいた望月さん(六文字)の言い分に、思わずココアを吹き出してしまいそうになるも、辛うじて堪える。

 さとい彼女は笑いそうなボクに気付いたのか、少しだけムッとしていたけれど、黙ってボクの返事を待っていた。


 ただ少しだけボクにも悪戯心が湧き――〝そうでもないよ〟と答えてみる。だって実際、〝さん〟を入れて六文字が五文字になるくらいで、呼びやすさにそこまで違いはない。

 とはいえ望月さんは、ボクの答えが当然お気に召さなかったようで、明らかな不満を態度で示すように、ツン、とそっぽを向いた。


「ふんっ。もういいわよ……もうっ、もうっ」


 普段は大人びた彼女にしては珍しく、子供っぽい怒り方をしていた。

 けれど『モノサシ』が長くなることも全然なくて、それを微笑ましく思いながら、こちらはこちらで軽く深呼吸をし、心の準備を整える。


 そうしてボクは、彼女を〝夕奈ゆうなさん〟と呼んだ。


「! …………」


 暫く、無言の時間が続いたけれど。

 そっぽを向いていた彼女が、横顔だけ向けてきた。

 ボクの方は目で見ず、視線を真っ直ぐにしたまま、ほんのり頬を赤らめて――


「……う、うん」


 ぽつりと漏らした短い声に、ついにボクが失笑してしまう。


「な、なにを笑っているのよ……ばか」


 またもそっぽを向いた彼女は――夕奈さんは、耳まで赤くなっていた。

 ボクと彼女の間の『モノサシ』は、また、短くなっていく。


 ◆     ◆     ◆


 実を言えば、『モノサシ』が見えるようになってからは、登校するのが億劫おっくうになっていた部分もある。

 教室という狭く人の多い空間ではどうしたって、『モノサシ』が視界に入ってしまうから。


 他人との距離を文字通り測るのには便利でも、『モノサシ』の長さ次第で複雑な人間関係を連想し続けて、さすがに疲れてしまう。

 何本ものモノサシが目の前を横切ったり、急に後ろから伸びてきたりするのは、正直なところ心臓に悪い。別々のモノサシが交差する光景には、混乱することだってある。


 だから今日のような日曜日は、一人になって落ち着ける、本来なら喜ぶべき日……()()()

 けれど望月もちづきさんと……夕奈ゆうなさんと『モノサシ』を繋いだ日から、見えすぎてしまう億劫さは薄まって、今や登校が待ち遠しくなっている。


 だからだろうか、家にこもっているのも落ち着かず、ボクは何となく外出した。

 適当に本屋を巡り、喫茶店で涼んで、行き交う人をぼんやりと眺める。

 そうしていると、人と人とを繋ぐ大小さまざまな『モノサシ』が見えてきた。それはもう、長かったり、短かったり、急に長さが変わったり、さまざまだ。


 あの友達同士は本当に仲が良いんだな、あのカップルは破局寸前なのかも……店頭声掛けのお兄さんは、色んな人に忙しく『モノサシ』を伸ばして大変そうだ、とか。


 母親と赤ちゃんとの間の『モノサシ』が、目をらさないと見えないほど短いのが、何だか尊くて、愛おしくて。

 仲睦まじい友達同士が、帰り際に離れようとして……名残惜しむように『モノサシ』がふわふわと漂い続けているのが、何だかむず痒い。


 ……そんな風に、柄でもない人間観察のようなことを、していたせいだろうか。

 喫茶店を出たその時、ボクは見つけてしまった。


 夕奈さんと――彼女の少し前を歩く、女性の姿を。


 見た目は二十代半ばくらいに見えるその女性のことを、ボクは夕奈さんから、以前に一度だけ聞いていた。

 いつもの放課後の帰り道、公園で――といっても聞いたのは、本当にただの一度きりで、たったの一言だけ。


『私が、中学を卒業した頃……父が、再婚したの』


 その時、ボクと夕奈さんとの『モノサシ』は、消えていた。つまり意識がボクに向いていない……それどころではないほど、彼女にとって深刻な事情なのだろう。


 そんな事情を知っていたから、夕奈さんが追うようについていく、その女性……義理のお母さんとの関係に、ボクは気づいてしまった。


 何度も。

 夕奈さんは、何度も、義母である女性に、『モノサシ』を伸ばそうとしていた。


「あの」とか、「えっと」とか、夕奈さんは短い単語の後に、明らかに気をつかった言葉を投げかけている。

 買い物帰りなのだろう、「荷物、重くないですか」とか、「疲れて、ないですか」とか、彼女らしく不器用な言い方だ。


 ……そう、夕奈さんは、不器用なのだ。

 放課後、一緒に帰るのが当たり前になって、彼女のことは分かってきていた。


 物言いで冷ややかな印象を与えがちな夕奈さんは、言葉足らずなだけで、本当に心が冷え切っている訳じゃない。むしろ誰よりデリケートだからこそ、多くの言葉を発することに、強い抵抗感を持っている。

 そんな彼女だから、高校生になったばかりの多感な時期に、それだけの環境の変化があれば、戸惑うのは当然だ。


 教室に一人でいた時の彼女の表情が、愁いを帯びていた気がしたのも、あながち間違いでもなかったのかもしれない。

 きっと家に居づらくて、それで放課後に一人で時間を潰していた時、一体どんな気持ちだったのだろう。


 それでも夕奈さんは、不器用でも懸命に、長い長い『モノサシ』を伸ばしている。何度も、何度も……何度も、健気なほど、繰り返す。


 だけど、彼女の義母である、その女性は――


「え? ああ……大丈夫よ、別に。気にしないで」


 ほとんど振り向きもせずに言って、夕奈さんの『モノサシ』を拒絶した。

 夕奈さんから伸びた『モノサシ』を、一瞬で消し去る。


 ――それが、夕奈さんと義母である女性との、関係の全てだった。


 しゅん、と明らかに落ち込み、うなだれる夕奈さん。その様子は、見ていられないほど痛々しくて、放っておけなく思える。


 ……かといって。

 ボクに、何が出来るだろう。今なんて、通りすがりなだけの、他人のボクだ。

 人と人との心の距離を測る『モノサシ』が見えるだけで、それを自在に長くしたり短くしたりは出来ない。


 かと言ってべんが立つ訳でもなく、間に入って仲立ちできるほど器用でもない。

 そもそも夕奈さんの性格的に、ここで口を挟んでも、絶対に喜ばないだろう。むしろ嫌がられてしまうのは、目に見えていた。


 だからボクが選ぶべき正解は――何も見なかったことにして、立ち去ること。

 下手に首を突っ込んで、夕奈さんに嫌われて、挙句に彼女達の仲も好転しない……最悪なのは、それ。


 そうだ、せっかく彼女と仲良くなれてきて、『モノサシ』も今や5㎝ほどに短くなったのに……わざわざ出来もしないことをして『モノサシ』を長くするなんて、どう考えても馬鹿げている。


 何も見なかったことにして帰れば、また明日から、夕奈さんと今まで通りに過ごせるはずだ。

 何なら一緒に帰る時、少しずつフォローしたり、ケアしたり、その方が彼女のためかもしれない。


 だからもう、このまま黙って、帰ってしまおう。

 夕奈さんが、どこか苦しそうに『モノサシ』を伸ばして、そのたびに拒絶されていても。

 ボクに出来ることは、何もない。


 義母であるその人から、ほんの一瞬だけ伸びる、その『モノサシ』が――

 長い長い『モノサシ』が、夕奈さんの胸を貫いているのが、見えていても。


 何もない。

 ボクに出来ることは、何も――




「――――あのっ!!」




 ボクが二人を呼び止めてから先のことは、ぼんやりとしか覚えていない。


〝夕奈さんの話を、ちゃんと聞いてあげてください〟とか。

〝彼女は口下手だけど、あなたと仲良くしたがってるんです〟とか。

〝せめて、顔を見てはなしてあげてください。隣を歩いてあげてください〟とか。


 そんなことを、まとまりなく口にしたような気がする。何を喋ったのか覚えられないほど、全く整理できていなかったし、やっぱりボクはこういうことが下手なんだ、と自覚せざるを得ない。


 夕奈さんの義理のお母さんは……今にして思えば本当に義母かも分からない女性は、見知らぬボクにいきなり話しかけられて、明らかに戸惑っていた。

 ボクとの間に繋がった『モノサシ』は、当然のように長い。


 それでも、ボクを貫く長大な『モノサシ』に、構わず言葉を続けた。

 夕奈さんの良い所とか、不器用な所とか、思い悩んでいるのだとか……言わなくても良いような、余計なことも言っているかもしれない。


 ……ああ、そうだ、やっぱりこれは、余計なお世話だったのだろう。

 そんなの、こうして話しかける前から、分かり切っていたことなのに。


 ボクがいきなり、頼まれてもいないのに、こんな風に口を挟んで。

 夕奈さんは――


「やめてよっ!!」


 大きな拒絶の声と共に、ボクを睨んだ。


「……放って、おいてよ……」


 ふい、と視線を外したのと……ほぼ同時。

 夕奈さんからの『モノサシ』は――――()()()()()()()


 ……それからボク自身、どういう風に家へ帰ったのか、覚えていない。

 けれど、ただ一つだけ、これだけは理解している。


 ボクは、()()()()


 ◆     ◆     ◆


 休み明けの、久しぶりに気が重い登校から、更に数日が経った。

 あれから一度も、夕奈さんとは、一緒に帰っていない。

 それどころか会話も、まともに顔を合わせることすら、できていなかった。


 ……当然だと思う。勝手に首を突っ込んで、訳の分からないことを捲し立てれば、嫌われるのは当たり前だ。


 教室の窓際、一番前の席に座る彼女と、一番後ろの席に座るボク。

 ボク達の間に『モノサシ』は見えない――あれから『モノサシ』は、完全に消えてしまった。


 夕奈さんはボクのことを、意識するのもイヤになってしまったのだろう。本当に、ずっと彼女の後姿しか見ていない。まあ元々、ボクが彼女の後姿に話しかけるのが定番だったから、見慣れたものではあるけれど。


 言ってしまえば、初めの状態にリセットされた、それだけのことだろう。もう、一緒に帰ることは、ないのだろうけれど。

 それは、長い長い『モノサシ』に胸を貫かれるより、苦しいことだけど。

 それでもあの日、彼女達を呼び止めたことに、()()()()()


 ……あれから一度だけ、夕奈さんと義理のお母さん(多分だけど)が一緒に歩いているのを、街中で見かけたことがある。

 どことなく余所余所よそよそしいのは、相変わらずだった。


 けれど二人の間には、長い――長いけれど、確かに『モノサシ』が、()()()()()()から。

 それは本当に、良かったと、そう思える。

 だから、それでもう、充分だ。


 たとえボクと夕奈さんの『モノサシ』が――二度と繋がらないのだとしても。


 ……………………。

 ………………。

 …………。



「ねえ」



 一瞬、何が起こったのか、分からなかった。

 放課後の、誰もいなくなった、夕陽の差し込む教室で――


 ボクは夕奈さんに、呼び止められた。


 急に呼びかけられて唖然あぜんとするボクに、夕奈さんはバツの悪そうな顔をしながら、口を小さく尖らせて言う。


「……待ってるんですけど」


 何のことを言っているのか分からず、返事もできないでいたボクに、彼女は少しだけ〝ムッ〟としながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「どうして、言ってくれないの? あの時、私が……放っておいて、なんて言ったから……もしかして、怒ってる、の?」


 少しだけ寂しそうに目を伏せて、けれどすぐさま、ふう、と軽く深呼吸した。

 決意を固めたように、きっ、と再びボクを見据みすえてくる。


 そうして彼女は、もうほとんど目の前まで歩み寄ってきた。

 けれど、これは、おかしい――どう考えたって、おかしい。

 ここまできて、ボクと夕奈さんの間に『モノサシ』が見えないのは、おかしい。だって、こんなにも。



 ()()()()()()()()()()()()くらいの距離になって、『モノサシ』が繋がらないことなんて、今まで一度も無かったはずだから。



 まさか急に、『モノサシ』が見えなくなってしまったのだろうか。ついさっきまでの教室で、クラスメイト同士の『モノサシ』は見えていたのに?


 ボクにしか見えないことで、勝手に戸惑っているボクに、夕奈さんは当然待ってくれるはずもない。


「あなたが言ってくれないなら……私から、言うわよ」


 すうー、と今度は大きく深呼吸してから、彼女は自身の胸元に右手を置く。

 そうして夕陽に照らされた頬を、更に薄っすらと赤らめて言った。



「ねえ――〝一緒に帰らない?〟」



 初めて、彼女から――その言葉を、聞いた。

 ……完全な不意打ちに、呆気にとられるボクに、夕奈さんは唇を震わせながら、大きく息を吐く。


「はあ~~~……もうっ。緊張したわ。あなたはいつも、こんなことして、私を誘ってくれていたのね。今さら、そんなことに気付くなんて……何だか、ごめんなさい。その……イヤだって言われても、仕方ないけれど」


 また寂しそうな顔をする夕奈さんに、はっ、と我に返ったボクは大慌てで――久しぶりに一緒に帰ることを、喜んで受け入れる。


〝うん、一緒に帰ろう〟と、ボクがそう言った瞬間。

 彼女は――


「! そうっ……ん、んんっ。じゃ、じゃあ、そうしましょ」


 今まで、ほんの数えるくらいしか見たことのない中で、一番の輝くような笑顔を見せてくれた。


 ……今でも、信じられないことだけど。

 どうやらボクは、彼女に嫌われている訳ではないらしい。

 自分の机で帰り支度を整える彼女の、珍しいほど上機嫌な様子からして、それは間違いないはずだ。


 だけど、どうして『モノサシ』が見えなくなってしまったのだろう。今だって互いが互いを意識しているはずなのに、相変わらず『モノサシ』は繋がらないままだ。


 もしかして、夕奈さんとの間の『モノサシ』だけ、見えなくなってしまったのだろうか。今までにそんな経験はなかったし、どうにも分からないことだらけだ。


 あれこれと、ボクが考えていると――夕陽の差し込む教室で、彼女の澄んだ声が響いてくる。


「もうすぐ、夏休みね」


 見慣れた彼女の後姿、けれど少しだけこちらに向いて、横顔を見せてくれる。


「私、他に友達……とか。いないし。やること、ないのよね。ぼっちなのは、まあ私のせいなんだけど。だから、なんていうか、えっと……」


 夕奈さんの回りくどい誘いが、少しだけおかしくて、失笑してしまう。すると彼女は、ムッ、と膨れるという、以前と同じようなやり取り。

 それが何だか、むず痒く感じるくらいに、嬉しかった。


 そしてボクは言う――〝夏休み、一緒に遊ぼう〟と。

 すると彼女は、少しだけ動きを止めてから、分かりにくいほど小さく微笑んだ。


「宿題も、でしょ。……しっかり計画しないとね。話しましょ……色んなこと、ね」


 言いながら、帰り支度を終えた夕奈さんが、足早に教室を出ようとする。


「それじゃ、一緒に、帰りましょ」


 そんな彼女の背を、追いかけた時――ボクは、ようやく気が付いた。


 ああ、()()は、消えてなんか、いなかったんだと。

 きっと()()は、今まで見えていなかっただけで、ずっと、そこにあった。


 ボクと、彼女の、二人の間に――

 ()()()()


 短くて、小さな小さな、()()は――――




 ―― ボクと彼女の0.1㎝モノサシ ――




 ― end ―



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