女の子なら
閻魔大王は黙々と食事を続けている。
他にすることもなかったのでその姿を見ていた。見た目に反して実に美味しそうに豪快に食べている。どうやら唐揚げに卵焼きにご飯はノリ弁になっているみたい。匂いで分かる。
死んでいることすら忘れるくらい本当に気持ちの良い食べっぷり。おかげで本格的にお腹が空いてきた。
「はい。これ」
急に耳元で言われて思わず背筋に悪寒が走る。
「あ、ありがとうございます」
渡されたカップ麺。手にすると温かさが懐かしい。
これは現世でもよく見るメーカーのモノと瓜二つにしか見えなかったが書かれている文字はやはり現世とは違っている。それと一緒に割り箸も渡された。
「めんどくさい」
彼女は再び同じことを聞こえるか聞こえないかくらいの声で言って去ってゆく。ただ私の耳には確実に言葉は届いていた。
正直、二度も言われると生きているのが申し訳なるが、そうだ死んでいるんだ。
じゃあこの場合は?死んでいるのが申し訳なるとでも思った方がいいのだろうか。
そんなことを考えていると電子音のアラームが聞こえてくる。
「出来たようだ。遠慮せず食べるといい」
三分経ったらしい。手を合わせて
「いただきます」
蓋を剥がすと懐かしい匂いと朦々と立ち込める湯気。友達の家に遊びに行ったような気分になる。
割り箸で全体をかき混ぜる。どう見ても知っているカップ麺にしか見えない。入っている具だって見たことのあるモノばかりだ。玉子に干しエビに謎肉。この場合謎肉は本当に謎になっている。一体何でできているのだろう。
ちょっと不安はあるものの空腹に抗うことはできない。箸で麺を持ち上げてから猫舌なので長めにふうふうした後、ほおばる。口の中が一瞬にして満たされてゆく。
美味しい・・・味も一緒だ。これだけで十分幸せな気分になる。
「どうかね?」
「はい。美味しいです。ありがとうございます」
「なかなか素直な感想だ。今の時代、この世界も現世のようにウマい食べ物がたくさんある」
その後はお互い食べ終わるまで黙ったままだった。
スープを最後の一滴まで飲み干すと、再びさっきの女の子が現れてカラの容器と使用済みの割り箸を回収してゆく。また言われると覚悟していたけど何も言わずに去って行ったと思ったらすぐに現れてその手にはトレーがあって
「どうぞ」
温かい緑茶を渡してくれた。彼女は閻魔大王のところにもお茶を運ぶとお辞儀をして行ってしまった。
「ふう。食った食った。お茶もいい味しているだろ」
同意する意味で頷く。見た目は普通の緑茶だ。確かに美味しい。味がとても澄んでいるから苦みより甘味をほんのり感じる。
一息付いた後に待っていたの静かで厳かな元の空間だった。
「再開しようか。開廷する」
この場は再び張りつめた空気で満たされてゆく。
「まずは命を粗末に扱ったことについて何か言いたいことはあるか?」
いよいよ本格的に私の裁判が始まる。
立ち上がって深呼吸して気持ちを落ち着かせる。ずっと言いたかったことをちゃんと言葉にできるかどうか分からないけど話し始める。待っていた瞬間がやっとやって来た。私はどこまでも正直に話すんだ。
「・・・この体に違和感を覚えたのは小学校の時でした。プールの時、当然私は男子用の水着を渡されました。でもどうしても着たくありませんでした」
大丈夫。ちゃんと言葉が出てくる。
「だって・・上半身裸なんて絶対に嫌だから。けど先生は許してくれませんでした。私は無理矢理にでも着ることを強要されました。仕方なく着ると恥ずかしくなって泣きました。それからプールの授業は休むようになりました」
大丈夫。もっと、もっと。正直になるんだ。
「私は女の子です。普通に女の子用の水着が着たかった。でもそれを主張できる自分はいなかった。言うのが怖かったんです。変な目で見られてイジメになんか遭いたくない。顔に傷でも付けられたら嫌だし。
私は体が男子だというだけで何でもかんでも男子の中に否応なく放り込まれた。学校では決して女の子として扱ってもらえない。私はそう確信しました。けど親にだって言えない。お父さんは私が男だってことで大喜びして将来はスポーツ選手にするって張り切っていろいろやらせました。けど私は運動が苦手で・・・お父さんも才能がないって・・その時のもの凄くガッカリした顔がとても悲しかった。体しか男の子じゃなくてごめんなさいって言いたかった。でも言ったらもっと悲しませることになるかもって思うと怖くて」
一気にここまで喋ると喉が乾いたのでお茶を一口飲んだ。
「頑張ったんです・・自分自身のことをなんとか受け止められるように生きようって。そして中学三年生の時に・・・あの・・その」
「どうした?今さら死んだ後も隠すこともないだろ。続けなさい」
もう何も隠す必要なんてない。私は本当の私になるんだ。
「はい。私・・・初めて好きな人が出来たんです。同じクラスの男の子です。初めは仲の良い友達でした。だけどいつしかずっと別のことを考えるようになったんです。だからと言って本当のことを話すことは出来なかった。嫌われたくない。だからずっとこのままならって・・・その時は思っていました。でも日に日に心の中は苦しくなるほど膨らんでいきました。体がちゃんと女の子ならって。
・・・修学旅行の時に事件が起こったんです。忘れたくても忘れられない。あの日、あの時のことはもう訳分かんなくなって・・・」
正直、思い出すだけと胸が苦しくなる・・・続けなきゃ
「・・・最終日の夜でした。みんなとお風呂に入るのが嫌でいつもみたいにみんなが出た後に入ったんです。お風呂後、火照りを取るために一人ロビーでぼぉっとしてたんです。そしたら彼が来て隣りに座った。こんなところを見られるなんて正直ドキドキだし、ビックリして。だって彼は私のことを探してたってことですよね。じっと私のことを見てから『話がある』って言って私をそこから連れ出しました」
あの時の夜の色や風の匂いは今でもはっきり思い出せる。
「誰もいない旅館の庭に出ました。外灯もほとんどなくて。ベンチがあったので並んで座りました。せっかくお風呂に入ったのに汗が出ました。正直落ち着きません。それは彼の方も同じみたいでずっとソワソワしているみたいに見えました。しばらく言葉はありません。話があるって言ったのに彼はなかなか話し出さないから仕方なく私も黙っていたら急に・・・その・・キス・・してきたんです」
反射的に指で唇を触ると顔が熱くなってくるのが分かった。
「・・・びっくりした・・・・・・でも・・その時は嬉しい気持ちしかなかった。この人になら正直に話すことができるかもって思えたんです。こんな私でも受け入れてくれるんじゃないかって。でも私は言い出せずにただ彼のことをじっと見つめることしかできなかった。今思い出してもこんな素敵な夜はない。本当にそう思ったんです。何かの魔法でもあったんじゃないかって。これで朝が来て普段と何も変わらないとしても私にとって最高の思い出が出来たんだって思ってました。
彼はやっと決心がついて話し始めたんです。
『俺はお前のことが好きだ。こんなことして驚いていると思う』
『そんなことない』って私もすぐに言いたかった。けどなかなか言葉が出てこない。本当にびっくりしていて声にならなかったんです。彼はもう一度キスをして
『俺達男同士だけど、それでもいいか?』そう言われた瞬間、私の中で急に違和感を覚えた。彼は私のことを女の子じゃなくて男として見ていた。彼は男の子が好きな男の子だった。途端に涙が溢れた。私は女として彼のことが好きだったのに、彼はそうじゃなかった。もう何がなんだか、気持ちはグシャグシャだし、頭もこんがらがって・・・」
気が付くとその場から逃げるように走り出していた。もし私が本当の女の子だったら好きになってもらえない。ならこの恋愛は何の意味もない。結局本当のことを話せないまま、ごめん、って心の中で言った。その後のことはあまりよく覚えていない。
「私はこの体のせいで自分の中のいろいろなモノが削られてなくなってゆくような生活に耐えられなくなった。でもただ死ぬのは嫌。もし文句を言えるなら言いたい。私に本当の体をくださいって、それを言うためにここに来ました」
閻魔大王が何て言うか。私は言いたいことは言った。今度はその答えを聞く番だ。
「・・・ふむ。人の数だけ悩みもある。それは昔から変わらない。けれど今と昔の違う所は今の人間はずいぶん逞しくなったということだ。このワタシに臆することなく。昔の人間は皆怖じ気づいてロクに言葉を発することもできなかった。だから審議も楽だった。その人間の人生に対して振り分ければ良かったのだから。しかし、君はちゃんと意見を言った。けれどそれでどうなる?もう死んでしまったんだぞ。しかも自分で命を粗末にした。これはなかなかの重罪だ。本来ならな」
それから何かを考えるように黙ってしまう。しばらく沈黙が降りる。その時、私に変化が訪れる。まあお腹も空くのだから当然と言えば当然かな。怒られる覚悟で手を挙げて
「・・・・あ、あの」
勝手に喋ったことで片目を開けてこっちを見る。また机を叩くのかと思った。
「何か?」
机を叩くよりも今は考えていることの方が大事みたいにお咎めはなかった。
「あの・・・・その・・トイレってあるんですか?」
「行きたいのか?」
頷くとさっきの黒髪の女の子が隣りに立っていた。
「こちらです」
軽くお辞儀をして後に着いてゆく。
入ってきたときとは別の扉がある。それはどこにでもあるような普通のドアだ。上部には当たり前のように誘導灯も完備されている。ドアをくぐるとどこかのオフィスビルのような無機質な佇まいがする。廊下を歩くと上の表示にトイレを表す案内板が見えた。
「終わったら自分で戻って下さい。いいですか。逃げようなんて思わないように。そんなことをしても無駄ですから」
そう言い残すと下駄の音を響かせながら行ってしまった。
一人ぽつんとなってトイレの前に立って少し考える。一体どっちに入ろうか、と。このカッコなら女の子用に入ってもいいよね。現世では出来なかったこと。男子用の制服を着てたから。
「・・・・・どうしよう」
我慢の限界が近くなってくる。自分以外誰もいないことを確認して男の子用の扉を開けて急いで中に入ると
「うわ!なんだ?」
とその声にこっちがびっくりする。見ると同じ歳くらいの制服を着ている男の子が手を洗っていた。
「あのさ、ちゃんと確認した?こっちは男。女は隣り」
背が私と同じくらい。と言っても私自身男としては背が小さいせいもあるけど、この男の子もきっとクラスでチビとか言われてたクチかも。でも何だろう。髪が肩まであるせいかどこか中世的に見える。ぱっちりとした大きな目がきれい。女の子みたい。そんなことを思って見ていると濡れた手で髪を全部後ろに持ってゆく。おでこが見える。
「聞こえてる?あっちだよ。あ〜髪切りてぇ」
そう言いながら目の前まで来てから、私の背中に手を廻して女の子用の前まで押してゆく。
「俺は行くけど。こんな世界でいうのもなんだけどさ、次の人生に期待しよう。じゃあな」
なんか変な気分。次の人生に期待、か。私の願いはただ一つ。女の子として生まれて生きたい。それだけ。彼はどんな理由で死んだのかな?見たところ歳も近いよね。って、トイレ。
今度は一応女の子用に入る。言われたからってのもあるけど、私は女の子だから。それに自分に正直になるって決めて死んだんだ。迷うことなんてなかったんだ。
気がつくと長くなってしまう。
読んでいただきありがとうございます。
まだまだ頑張らないといけません。
こんな文章ですが次回も読んでもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。




