血薔薇を求めて
学園には届けを出してヴィヴィと二人で外に出た。
地獄の第三階層。
かつて『衆合地獄』と呼ばれていた場所に向け出発する。
寮の前には呼んでおいた人力車の姿が見える。
「おはよう。よろしくね、ランヴェル」
「任せておけ。それにしても三階層だって?どうしたんだよ」
私はハニエルのことを簡単に話してから、これからのことを説明した。
「なるほどな。それなら一つ警告がある。血薔薇の刺には気をつけるんだ」
「刺?」
「ああ。擦るくらいなら問題ないがもし怪我をして血を与えたら、ミュリエル、お前の血を吸い始める。全部吸われることはないが貧血くらいにはなるかもな」
「え?ホントに血を吸うの?こわ〜・・・ありがとう。教えてくれて」
「いつも利用してくれるミュリエルは上客だ。できることがあったら言ってくれ」
思った通り心強い味方に感謝する。
「だったらついでに血の池地獄のあったところまで連れてってよ」
私の要望にランヴェルは苦笑いして
「え?駄目・・・なの?」
「なんだ。知らないのか?階層にはコイツは行けないんだ」
「え〜そうなの?同じ地獄なのに?」
「だから。ここは現世との狭間。あの世とこの世のグレーゾーンって言わなかったか。ここより深い場所には昔なら一歩ずつ歩いてゆくのが普通だったんだ。今は時代の流れでエレベーターがあるからその手間は省けているがな。だから行けるのはエレベーターまでだ」
そっか・・・いくら時代が進んだとはいえ、なんでもかんでも便利になったわけじゃない。
だからって落胆する時間もない。歩いて行くことになるなら私は真っ正面から受けて立つまで。ハニエルのための覚悟はできているんだ。
それにどれくらいで到着できるか分からない。でも時間ができたと思えば前向きだよね。
血薔薇が手に入る。
問題は天界に咲く青薔薇の方。
ラフィに連絡したのに出てくれない。
着信があったことに気付いてくれたらきっと折り返しがあると信じている。今はそのことに期待するしかない。
「じゃ行こうヴィヴィ。ランヴェルお願いね」
颯爽と乗り込むとあっと言う間にエレベーターがあるという場所に到着した。
★・・・★★
ここは学園の寮からどれくらい離れた場所なのだろう・・・見渡す限り何もない。
足元には小石がたくさん顔を覗かせている。
ヴィヴィと二人。世界の端っこに来たみたいな感じがする。
「ここって何にもないんだね」
「ミュリエルは知らないのか?」
「うん。実は地獄のことそんなに詳しく知らないんだよね」
「結構知らないこと多いよな」
「だからそれは私が『仮』のつく天使だから」
「なあ、その『仮』ってなんだ?」
久し振りに聞く質問。自分でも言葉にしないと忘れている方が多い。
今さら隠す必要なんてあるのかな?
ランヴェルは真実を知っている。ならヴィヴィにも話してもいいような気がしてくる。
元は人間でリンシになってカーリ様の加護で天使になった。
もっとホントのこと言うなら元は男で一回死んでいる。
そんな経歴を信じてもらえるのかな?
「ヴィヴィ・・・あのさ。ホントなら今すぐ答えた方がいいんだろうね。でもまだ待って欲しい。今はハニエルのことが最優先なの。絶対に成功させたいの。させなきゃならないの。だから全部が終わったらヴィヴィだけに話す、ってことで分ってもらいたい。駄目かな」
ヴィヴィは私の顔を、何を考えているのだろう、じっと見つめて
「そうだった。今はハニエルのためこうしている。わかった。終わったら聞かせてくれ」
「・・・ありがとう。それと・・・ハニエルには内緒にして欲しい」
「それも話すための条件なのか」
「そう思ってもらったら嬉しい」
差し出される右手。私も差し出す。ほんのりヴィヴィの体温が伝わってくる。
「よし。で?なんだっけ」
「この場所、の続きからでいい?」
「知らないなら仕方ない。ここは賽の河原だ」
「賽の河原・・・それって子供が石を積むところだっけ?」
「昔はな。今はそんなことはしていない」
「そっか・・・ありがとうヴィヴィ。それで?エレベーターはどこなの?」
「もう少し行けばアケローン川に出る」
「それで?」
「川を渡る。その向こう側にエレベーターはあるんだ」
「それじゃ行こう」
歩き出そうとした私は引き止められる。
「下駄だと歩き難いだろ」
言われて気が付く。確かに大小の石が転がっている河原は下駄には不向きだろう。
「だったらどうするの?」
「こうする」
ヴィヴィの身体が一瞬光った。
「あ・・・翼」
「ミュリエルも翼を出せ。アケローンまで飛んでゆく」
「え!飛ぶって・・・」
「この前のこと見ただろうけど、ここだったら低く飛べば問題ない」
「そうなんだ・・・でも・・・」
翼・・・私にもあることはあの夜に知った。
半月の夜。半分だけの月明かり。ガラスに映った真っ白な翼。
「実はどうやって出すか分からない。昨夜、偶然だったけど初めて自分の翼を見たよ」
「仕方ないな。簡単だ。頭の中でイメージしろ。翼を」
「それでいいの?・・・分かった。やってみるね」
あの時見た自分の姿を思い浮かべる。
真っ白で大きくて・・・天使の翼・・・お願い・・・私に翼を・・
祈りは願いとなって通じたのか、自分がヴィヴィと同じように光っていることを認識する。
初めて自分の意思で翼を広げるんだ。
飛ぶ・・・空を・・・天使・・・私は天使ミュリエル
「どう?上手くいった?」
笑顔の私にヴィヴィは驚いた顔をしている。
「どうしたの?顔色がよくないみたいだけど」
「片翼・・・」
「え?」
「ミュリエル・・・お前・・・堕天使だったのか?」
「え?な、なに言ってんの?・・・堕天使?・・・聞いてないよ・・そんなこと・・」
そんなこと聞いてない。地獄の天使のはず。
「片方しかない翼がなによりの証拠だ。お前、どんな罪で堕天した?」
どんな・・・罪・・・
これまでの人生・・・私の人生は罪しかない思いつかない・・・
かつて人間だった時。自分の命を粗末にした。
閻魔大王カーリ様に自分の生い立ちで文句を言った。
そして特別な計らいで再び現世に戻った。
でも。
それは結果的に他人の身体を勝手に奪って人生を謳歌しようとしていたに過ぎない。
これまでのことは願いではなく罪だったの?
ずっと罪を塗り重ねていただけなの?
今だって大切な天使を苦しめている。
私が天使にならなければこんなことにはならなかった。
「私は・・・わたし・・は・・・」
その場に座り込んでしまう。一体何がどうなっている?頭の中が真っ白になってゆく。
「え?」
急に腕を取られてヴィヴィのことを見る。
「そのことも含めて話してくれ。今は時間がない。お前が必要なんだ」
「ヴィヴィ・・・私にもなにがなんだか・・・でも・・・ハニエルが待ってる」
「そうだ。ハニエルが待っている」
ヴィヴィはゆっくりと宙に浮かぶ。
高くはない。地面からせいぜい十五センチくらいのところ。
翼を大きく左右に広げている姿。天使ってやっぱりこうじゃなきゃ・・・
片方しかない翼。私にはできない。
昨夜は分からなかった。
むしろ
今のヴィヴィのような姿を想像して喜んでいた。
憧れの姿・・・・・・私には・・・遠い・・
「ミュリエル。やってみろ」
真剣な眼差しが私のことを見ている。けれど・・・
「ヴィヴィ・・・無理だよ。片方だけでなんて」
「それでもやってみろ。信じるんだ。自分の気持ちを」
差し出される手に誘われて・・・・・・しっかりと握られた私達の手。
それは私の気持ちだし決心の表れ。
やってやる。
片翼だからって飛べないって言われたわけじゃない。
意識を翼に集中させる。
動け・・・動いて・・・私の翼・・・お願いだから・・・
全身に力を込める。汗だって滲んでくる。
背中から翼に・・・意志に従って動き始めているのことを感じる。
「いいぞ。その調子だ」
ヴィヴィの言葉に閉じていた瞼を開けると同じ目線の高さになっていた。
そっか・・・できたじゃん・・・
「そのままキープするんだ。片方だと真っ直ぐに飛べない。私にしっかり掴まってな」
頷く私にヴィヴィはお互いの腰がくっつくくらい引き寄せる。
私は浮いていることだけに意識を集中させる。
しっかりと抱き合って
「準備はいいな」
「うん・・・いいよ。いつでも」
「よし。振り落とされるなよ」
急に風を感じる。もの凄いスピード。ラフィの時より速く感じる。
ちょっとでも気を抜いたら地面に叩き付けられるだろう。
そうならないように私はもっとヴィヴィにくっついた。
・・・ハニエル・・・・・・
優しさと慈愛に満ちた笑顔。
私の中で浮かぶ顔。絶対に取り戻すんだ。
光のようにアケローン川に一直線に向かって飛んでゆく私達だった。
☆☆☆☆☆☆・・・・★
「まだですか?」
「もうちょっと。だって気持ちいいんだもん」
「気持ちいいのは分かります。他にもしないとならないことあるんじゃないですか?」
「他って?」
「お土産。買うって張り切っていたじゃないですか」
「だね〜。まだ時間あるんでしょ」
「ダメダメ天使の爆誕ですか。時間はありますよ。でも確実に少なくなっているという自覚もするべきです」
「ダメダメって・・・ならない方がおかしいって」
私達はヘブヘルタワーの併設されている足湯に舌鼓ならぬ足鼓を楽しんでいる。
もうかれこれ一時間近く経過していた。
気持ちいいのはもちろんだがここから見える景色が最高なのよ。
どこまでも続く雲は大地のように広がっていて、その下には青い色が顔を覗かせている。
「ねえリリエル。この下ってもしかして地上があったりするの?」
「よく知ってますね。天界なんですよ、ここは」
「そっか。やっぱり神様は空の上ってことなんだね」
「でも現世からは絶対に見つけることはできませんけど」
「飛行機でこれたら面白いのに」
「あのですね。神聖な場所なんです。人間が土足で足を踏み入れていい場所じゃないんです」
「そっか。残念。でも私はこうして足を踏み入れている」
「それはあなたが天使だからですって何回言わせれば気が済むんですか」
「いいじゃん。だって僥倖なんでしょ」
「そうやって自覚していることはいいことですよ。そろそろ出ましょう。あたしはもう熱くてたまりません。なにか冷たいものでも飲みたいです」
「それ聞いたら私も飲みたくなってきた。じゃ行こ」
「やっと決心が着きましたか。足湯に根が張るところでしたよ」
同時に足を湯船から出すといい具合に風が優しく熱を奪っていってくれる。
「うわ〜・・・風・・気持ちいい」
「ですね・・・」
しばし風を感じてから
「思いっきり冷たいモノが欲しい」
「なら売店に行くべきです。そうしましょう。早速行きましょう」
リリエルは私の手を引いてゆく。
なんだかわがままな妹に引っ張られているみたい。
私は一人っ子だから兄弟や姉妹ってちょっと憧れたりしたこともある。
もし。
私達が別々に生まれていたら双子ってことで良かったんだろうな。
そしたら私には兄なり弟が存在していた。どっちらかというと弟だよね。絶対にお兄ちゃんなんて似合わない。
いうまでもなく私はお姉ちゃんって呼ばれていただろうね。もしくは姉貴なんて。それともあの性格だから美有って名前で呼んでいるかも。そっちの方がしっくりくるかな。
「こら〜いい加減にしなさい」
なんてこと実際に言っていたかもしれないよね。
この関係がいつまでも続くのなら・・・
このまま天使で生きてゆくことだって叶えられる。
向こうの世界にだって大切な人達がいることは分かっている。
ホント・・・どうして悩んでいるのだろう・・・
「これ・・・美味しそう」
目の前の光景に私の瞳はキラキラと輝いている。
「湯冷ましはかき氷にしますか?」
「こんなの食べたことない」
「ここのかき氷は有名なんですよ。だから絶対先生には内緒です」
「言ったらどうなるの?」
「あ!そんな無慈悲なこと言うんですか?それでもイッパシの天界の天使ですか」
「イッパシかどうかは置いといて理由を聞かないと」
「ここのかき氷は先生が夢に見るほど焦がれている品です」
「だったら食べに来ればいいじゃん」
「だから。今は事情があるんです。それがクリアにならないと先生は天界には入れないんです」
「なんか、そんなこと前にも言ってたよね」
「いいですか。とにかく。聞かれても誤魔化してください」
「嘘は言えないからね」
「そうです。嘘じゃなく誤魔化すんです」
「それって違いがあるの?」
「あるんです。それより今なら空いています。行きましょう」
歩き出すリリエル。私は『嘘』と『誤魔化す』の違いについて考えていた。
「おほ!」
「うほ?」
「何よそれ。そんなこと言ってない」
「だってミウリルってなにかにつけて驚いてますよね」
「あのさ〜それって仕方ないって思わないの?天使なりたてほやほや。何を見ても新鮮なの」
「その新鮮な気持ちはあたしには遠いから羨ましいですね」
「ねぇ、リリエルって実は何歳なの?」
「もしかして仕返しですか?女性に歳を聞くなんて非常識極まりないです」
「なによ。急に一般論言わないで。それとも言えないくらいの歳なの?」
「その煽りには乗りませんよ。たかだか十六歳のあなたには想像もできないことだけは教えてあげましょう」
「もう。いいよ。それより食べよう」
「そうでした。無駄な会話をしていたらかき氷に失礼です」
キラキラと無数の光を反射しているかき氷が眩しくて出た一言だった。
「では。いただきます」
「ミウリル。作法を教えます」
リリエルの言葉であと1ミリのところでスプーンがストップ。
「な、なに?作法?早く食べたいんだけど」
「まず。ミウリルはかき氷のこと、どこまで知っています?」
「どこまで?さあ・・・溶けないうちに食べるとか?」
「そうです。食べるんです。でも最も肝心なのは最初の一口目。それはきっとミウリルのことを天国に連れて行ってくれます。だから心して堪能する。これをクリアして初めて普通に食べることを許されます」
「あのさ、天国って・・・もういるんだけど」
「そういう意味じゃないんです。とにかく心して食べてみればあたしの言っている意味が分かります。それに知らずに食べたら絶対に後悔します。先輩の言葉に嘘はありません」
「わかったよ。心して、だね」
「では。いただきましょう」
作法なんて言われてたことで妙に緊張してくる。
手にした木のスプーンが若干震えているのは緊張からくるものなのか、それとも武者震い的なことなのか分からないがとにかく溶ける前に最初の一口を掬う。
「・・・いただきます」
口の中に滑り込ませて・・・心して味わう。
舌が冷たさと甘さを感じた瞬間
広がる味の楽園・・・まさか本当に天国。
「どうです?」
リリエルの言葉の意味がはっきりと理解する。
「聞くまでもなかったですね。ミウリルの潤んだ瞳が答えてくれています」
「・・・天国・・・最高。ありがとうリリエル」
「あたしはミウリルに楽しんでもらいたかったまでですよ」
「先輩。大好き」
「はい?どうしてそうなるんです?」
「だって、だって。嬉しいの。すっごく嬉しいの」
「そこまで感動してもらえて良かったです。じゃあ今度は一口ずつ交換しましょう」
「いいよ」
お互い一口分を掬ってお互いの口元に持っていく。
そして・・・同時にお互いの口の中に滑り込ませる。
「・・・メロン・・美味しい」
「・・・苺・・・定番の安定した味」
どちらも顔が喜んでいる。
ラフィが食べたがっているの理解できる。それにしても残念だね。その分私が堪能しておいてあげる。そしていつか一緒に食べることができたらいいね。
「ホント美味しい・・・ラフィも一緒ならよかったのに・・・」
「声に出てますよ」
「え!」
う〜む。これはかなり考えものだぞ。思考が簡単に言葉になるなんて、これじゃうっかりかき氷のこと話しちゃうかもしれない。
でも。嘘は言いたくない。それに誤魔化しだってホントは嫌だ。
リリエルには悪いけど約束は守れないかも・・・ごめんね。今のうちに謝っとくね。
「さて。食べ終わったことですし、そろそろ準備しましょう」
「やっと帰れるんだ」
「そうですよ。愛しい先生の元に」
「そうだね。天界のこといろいろ話したい」
「・・・・・・・」
「どうしたの?」
「あの。あたしの言葉聞いてました?」
「聞いてたよ。それが?」
「・・・いえ。ミウリルは先生のこと・・・いえ、なんでもないです。行きますよ」
「え〜なになに?気になるじゃん」
「ま、そのうち自覚するでしょう。あたしが答えなくても」
それ以上リリエルから聞き出すことはできなかった。
なんか変なこと言った?全然自覚ない。
でも。いずれ自覚するならそれでもいっか、って思えてくる。
少し先を歩くリリエルに追いつくべく私の歩幅は大きくなっていた。
★★★★★★・・・☆
「見えた」
ヴィヴィの声が聞こえる。集中している私はまだ目を開いて確認することが出来ない。
頷いて答えることしかできない。
やがて
自分に当たる風が穏やかになってゆく。
「着いたぞ。もう目を開けても大丈夫だ」
言われた通りゆっくりと瞼を開ける。
「これが・・・」
「そう。アケローン川だ」
あまりにも川幅があって対岸なんて翳んでしまっている。
「ここを渡るの?どうやって?やっぱり飛んでくの?」
「いや。飛ぶと川の中に引きずり込まれてしまうんだ」
「そうなんだ。怖いね」
「だからそのための船がある」
「ふね?」
周りを見回したところで船らしき姿は見えない。
「呼ばないと来ない」
ヴィヴィは端末を使っている。
「これでよし。すぐに来るだろう」
言い終わると同時に一隻の船が川岸に到着していた。
人力車もそうだけどここの乗り物は速さだけはピカイチだよね。現世でもこんなだったら渋滞なんてないんだろうな。
「いらっしゃい。一人六文だね」
船頭をしているのは黒髪の天使・・・いや・・違う。天使じゃない。ボロボロの着物姿がどことなく亡霊をイメージさせる。これはこれでちょっと怖い。
「通貨単位が昔のままだが一人1000エンマが相場だな」
ヴィヴィが財布を出そうとしてので
「ここは私が払うよ。経費があるから」
「経費?ますますお前のこと分からなくなるな」
「終わったらちゃんと話すから」
封筒から二人分の渡し賃を払うと
「毎度」
そして当然のように領収書を渡してくれた。
「さあ。乗った乗った」
「はい。行こ、ヴィヴィ」
「ああ。悪いな」
「経費だから」
しかし。これって公園の池にあるボートより明らかにボロい。カチカチ山の泥の舟を連想してしまう。
足を掛けただけでひっくり返りそう。
でも。
そんな私の心配なんて本当にただの心配だった。
実際に乗ってみると思ったほど乗り心地は悪くないし、座るための渡し板にはペラペラだが座布団も用意されていた。
「アップグレードしますか?」
「アップグレード?」
「はい。あと2000エンマの支払いで格段に快適になります」
そんなこと可能なの?どこをどうすればアップグレードになるの?
まさか、座布団がクッションになる程度なんてことじゃないよね。
「あの。対岸までどれくらいかかります?」
「今のままなら3時間。アップグレードなら30分」
「そんなに違うの?だったらアップグレードします」
経費なんだ。理由を聞かれたら素直に答えて駄目ならバイトして返せばいい。アテはある。
「毎度。じゃアップグレード開始」
船頭の掛け声と共に舟は光ると
「え?全然違う」
「アップグレードですから」
泥舟なんて言ってごめんなさい。
これってどう見ても金持ちが持つクルーザーってやつですよね。シートだってさっきの渡し板みたいじゃなくちゃんとしたシートになっている。
私とヴィヴィはシートに腰を下ろしてシートベルトを締める。
「じゃ出発しますよ。しばしアケローンの景色を堪能していてください」
そういう船頭さんの衣裳も変わっている。真っ白なセーラー姿。
あんたもアップグレードかい、ってツッコミを入れたくなる。
けれど。これで少しでも時間の短縮になるならお金なんて気にしない。
やがて動き出すクルーザー。
最初から全開のスピードで川の上を滑ってゆく。
「飛んで疲れたから少し寝る」
「え?そう・・・なのって、もう?」
返事を最後まで言うことなくヴィヴィは眠っていた。
私もシートに凭れてしばらく景色を見ていたがいつの間にか意識が遠いところに堕ちてゆくのを感じていた。
やって来ました『とりの日』←回し者?
読んでいただきありがとうございます。
梅雨も明けたのに今度はゲリラ豪雨が続いております。
七月も残りわずか。
そんなこんなで物語も遠いところまで来てしまった。
どこに向かっているか不安にもなります。
それでも書かないと先が見えない。
さて。読んでくださる皆さまに対して、そして自分に対しても暑さに負けずに書いていこう。
ということで次回は八月。ぜひ読んでくださいませ。




