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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
3章

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22話 ひとつ羽ばたく

 干川と梶は、最上階にある談話室から会議があると追い出され、資料室に来ていた。


「特に今日は用事もないんだし、別に帰ってもいいんだぞ?」

「そりゃ、お前と違って受験シーズン真っ盛りの妹はいないけどよぉ」


 干川が用事がないのに帰らないのはそれが原因だった。

 もはや、普通にいるだけでも遊ぶなら外に行けと言われる始末。部屋で遊んでいても、笑い声ひとつで文句を言われるのだ。

 そういった理由から、放課後だろうが土日だろうが外出していることが多い。梶の家に遊びに行くこともあれば、最近は天ノ門にいることも多かった。


「親に勉強は? ってめっちゃ聞かれるし。もうネタないなら会話しなくていいってレベル」

「あー……」


 わからなくはない気がする。


「それにほら、干川と一緒にいればいろいろ起きるし……」

「お前……」


 そっちが本音だろう。


「ほら、床で寝てる人に会うとか」

「……は?」


 梶の言葉に振り返れば、まさに座って本を読んでいたら寝落ちしましたという、電車でよく見かける格好で寝ている日向がいた。


「えぇぇぇぇ……」

「この人、会議に出なくていいのか?」


 出てくる時に誰も騒いでいなかったため、おそらく大丈夫なのだろう。

 わりとぐっすり眠ってしまっているのか、梶が揺らしているのに起きない。それどころか、倒れた。


「?」


 驚く梶の足元で、なにか動いたような気がした。


「すみませ……んん?」


 さすがの梶も慌てて謝るが、起きていない。


「し、死んでる?」


 恐る恐る梶が触れようとすれば、顔を出した黄色と緑色。相変わらず、雷鬼を見た途端フリーズした梶を無視して2匹に目を向ける。


「日向さん、大丈夫?」

「いつものだぞ?」

「いつもの?」

「あ、そうか。ふたりは知らないのか」


 風鬼が合点がいったように声を出せば、日向の肩に乗る。


「お前たちがよく言ってる”フィードバック”だよ」

「寝ることが?」

「結果的にね」

「ユーキの払う代償は”活動時間”」


 要は気絶している状態。外から誰がどれだけ声をかけても、それこそ今のように倒れたとしても、起きない。

 唯一、契約している精霊が起こした場合だけ目を覚ますことができる。


「特に会議以外用事ないって言ってたから、このまま寝かせるつもりだけど、何か言伝か?」

「会議って今やってるけどいいの?」

「別にユーキ、止めなかったからいいんだろ?」

「うわ……サボる気満々」


 フィードバックは、ある程度風鬼たちが制御できる。そのため、寝てはいけない時は必ず日向は止めるのだが、合法的に会議をサボる気だったようだ。

 とはいえ、結局いつまでも逃げられるものではないし、抑えるのも限度がある。逵中たちもそれを考慮したうえで、サボりには目をつぶっていた。斎藤よりはマシという理由で。


*****


 そのころ、最上階では逵中たちが頭を悩ませていた。


「盗まれたのは、宗三左文字、不動国行に……」


 全員が手に持つのは、盗まれた刀のリスト。


「これは随分だな」


 数ではなく、そこに書かれた刀が、だ。国宝だとかそういう問題ではなく、それらの繋がり。


「刀なんて奪って何するつもりなんすかね? ミントが使役者だとしても、別に刀奪う必要ってあるんすか?」


 リストを渡されたところで、盗品リストにしか見えない斎藤が首を傾げれば、宮田も同じように首をかしげていた。


「普通のものじゃ、ミントが使役してる精霊が憑依すると壊れるって聞いたことはあるけど……」


 確かに、歴史的価値の高い刀ばかりだが、憑依できるかどうかは話が別だ。


「ゲッ……憑依するだけで壊れるってどんだけだよ」


 どれだけ強力な精霊なのかと、斎藤も頬を引きつらせる隣で、宮田はもう一度リストに目を落とし、ひとつの刀を見た。

 できればあってほしくはない名前だが、リストとして書かれてしまっている。


「童子切って……これ、完全に結城ちゃん対策ですよね?」

「だろうな」

「だ、大丈夫なんですか?」

「刀オタクかよ……意味わかんねェ」


 斎藤が呆れるようにため息をつく。先ほどまでは、宮田も同じようにわからないという顔をしていたというのに、今はわかったような顔をしている。


「童子切は鬼を切る刀なのだ」

「鬼?」


 逵中に言われて、ようやく合点がいった。理由は知らないが、日向が相当危険な状況にならない限り呼び出さない精霊がひとりいる。

 斎藤でも、戦闘で見たのは1、2回。しかし、日向が眠る傍らに座っていることがあるため、わりと見たことがある黒い、特徴的な角を持つ精霊”鬼”。

 知名度によって力が左右されやすい精霊にとって、古来から暴れ人々から疎まれていた鬼は、使役者からすれば喉から手が出るほど欲しい、最強の一角を担う精霊。


「切ったからこそ名が残ったともいえる対鬼用の刀だ」

「完全に弱点じゃないっすか……」

「とにかく、童子切に関しては結城に気を付けてもらうとして、問題は他だ」


 榊は、逵中に一度目を向けると頷かれた。


「何人かは気づいているだろうが、ここに書かれた刀は全て()()()()()()()だ」


 その言葉に数人が顔を青くした。もちろん、斎藤のように未だに理解できない人間も多くいたが、


「そして、ミントの本当の名は”織田揚杷(おだあげは)”。正真正銘、織田信長の子孫だ」


 その言葉に息をのんだ。


*****


 国家公務員として警察にやってきた時に、すでにミントこと織田揚羽は要注意人物とされていた。当時の榊は、揚羽の直属の上司であり、揚羽の情報を受けていた。


「織田信長の子孫ね。それだけでマスコミは食いつきそうだ」

「うふふふ。榊さんは、マスコミの食いつかないように言われたんですか? それともこのネームバリューで世論を動かしてカクリシャの地位改善しろと?」


 織田信長の子孫なんて言われれば、今や危険な存在と扱われ始めているカクリシャの印象が変わるだろう。

 それだけ日本統一を寸でのところまで行った男のカリスマというのは、過去であっても大きい。


「一応、君の意見も聞いておこうか」


 すると驚いたように目を瞬かせた。


「あらぁ? 私の意見を聞くなんて、前の男たちとは違いますね。あいつらは、人の意見なんて聞く気なかったのに」


 またおかしそうに笑う揚羽の印象は”食えない奴”。

 生まれてからその力の危険性から、常に監視されていた。そのせいだろうか。


「メディアに出す気なんて、さらさらないでしょう?」


 笑っているのにその目はこちらを見定めているようで、ため息が漏れだす。


「そりゃ、私だって突然燃えることが決まってる人間、外に出したくないですよ」


 揚羽の言葉は、言葉のままの意味だ。揚羽が生まれてからずっと監視を受けていた理由、それが彼女と契約している精霊のせいだった。

 先祖代々続く呪いに近い契約。織田信長を”魔王”と呼ばせた、強力な精霊。

 その代償は、48歳に全身が燃え、首がなくなるというもの。すでに確認は取られている。


「榊せんぱぁい」


 揚羽はメディアに出ることはせず、日陰で書類の整理などを行っていた。

 あれから月日は流れ、カクリシャの風当たりはなおさら悪くなった。加速させたのは、幼いカクリシャの学習施設を別にしていたことを勘違いした人間による学習施設共用化の影響による、殺傷事件の急激な増加。


「無能力者がカクリシャを粛正しようとして、返り討ちにあって死んだ遺族の会からの署名きましたけど、どうします?」

「自業自得だろ……大切なご意見として置いといてくれ」


 軍もどうやら縮小傾向にあるそうだ。こちらよりも、普通の兵として戦えるかもしれないが、警察に勤めるカクリシャは遠くない未来多くが解雇されるだろう。


「困ってることがあるんです」

「この毎日やってくる被害届か?」

「それはもう……そうじゃなくて、このカクリシャショックの流れ止められないですかね?」

「意外だな。気にしてるのか?」

「優秀な先輩は残れるでしょうけど、他からすればみんな必死ですよ」


 優秀でなければ、この安定した職を失うのだから。

 だが、揚羽にとってそんなことはどうでもよかった。


「聞いてません? さっき通告されたんですけど」

「何の話だ?」

「私、カクリシャショックが起きたら、特房行きですって」

「……すまん。何の話だ?」


 パソコンから目を離し、揚羽を見れば嘲笑うような笑みを浮かべていた。


「先輩でも知らないレベルかぁ~~」


 聞いたこともない話に、榊も目を白黒させたが、揚羽はそれ以上何も言わず、仕事に戻っていった。


 それから数ヶ月。部屋にいる人はずいぶんと減った。揚羽も、そこにはいなかった。

 上層部へ揚羽の言っていた”特房”を確認したが、返事はなかった。そんな中、偶然見かけたその男たち。

 東京を守る大結界を維持しているという四家を治めている京極に、後ろを歩く若い男、それからコワモテの大男。


「なにかあったのか?」


 メンバーがメンバーなだけに内容が気になり探ってみれば、カクリシャの雇用縮小による治安維持のために、民間の組織を作るという。そのための協力という名の圧力をかけにきたらしい。

 思った以上に簡単に情報が手に入った理由は、目の前にいる大男のせいだった。


「今後、貴方にも協力を申し入れることになるでしょう。その時は、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 警察に残ったカクリシャの上層部にも挨拶をしにきた大男、逵中は、榊と握手を交わすが、その手が離されない。

 榊を見下ろせば、笑顔ではあるがなにかある顔。


「なにか?」

「私の部下に、織田揚羽という人間がいました」


 揚羽の名前ひとつで微かに動揺した。どうやら知っているようだ。


「彼女が”特房”行きと残したのです。どうやら、ご存知のようですね」

「…………」


 逃がす気のない力に、逵中はじっと榊を見下ろすと頷いた。

 そして、周りに誰もいないことを確認すると、ようやくその口を開いた。


「確か、貴方が彼女を監視していたのでしたね」


 上層部よりミントの精霊について知らされ、彼女が牙を剥かないように監視しろと命じられていた。もし、危険だと判断すればその場で射殺してよいとも。


「彼女の使役する精霊の危険性は理解しているつもりです。しかし、彼女はアレを制御できていました。ここにいても不利益になることはなかったはずです」

「表立って戦えない兵士は、今後、兵士の数が減る組織の中で不利益になります」

「……何故そこまで隠すのです? 力は使い方を間違えなければいい。強大な力は、必要不可欠です。この力が弱まっていく時代、才能の持つ人間は緊急時に対処できる数少ない人間になりえます。

 私のような力が弱い人間よりも」


 現在、カクリシャの力は徐々に弱まっている。大戦の時のように大門が開いた時に対処できるカクリシャは、減り続け、もしもう一度大門が開けば被害は前回の比ではないだろう。


「彼女の力は、負の感情によるものです。人はそれを忌み嫌う。故に、隠すほかないのです。だが――」


 逵中は真っ直ぐ榊を見つめた。


「私も貴方と同じです」

「ぇ……」

「力そのものに罪はなく、もしあるならば、それは我々だ」


 すると、逵仲はもう一度周囲に誰もいないことを確認すると、いくつも落とされたトーンで語る。


「特房は、政府が危険と判断した人物を世から隔離した空間です。私は、あの場所から彼女たちを出そうと思っている」

「彼女たち? 揚羽だけじゃないんですか?」

「もうひとり、大門の解析に成功した人物の孫が隔離されています。名前は細川小夜(ほそかわさよ)


 大門を解析し、結界を作り上げたのは四家を含めた特別チームだ。しかし、その詳細は伏せられていた。

 解析ができたのだから、大門を発生させる方法も知っていることになる。古来から日本を守り続けてきた四家ではなく、ただの一般人であったなら、システムを完成させたなら殺してしまう方が安心する。

 しかし、その才能は惜しいものだったのだろう。結果、幽閉された。


「私はカクリシャを保護する組織を立ち上げる。無論、ふたりも保護する。貴方は信頼できる人物です。どうか手を貸していただけないでしょうか」


 深々と頭を下げた逵中に榊は表情を歪めるしかなかった。

 頭に駆け巡るのは、将来のことや立場、妥当性に自分の思い。いくつもの秤を動かしたが、すぐには答えが出なかった。


 それからまた月日が経ち、逵中とも数度連絡を取ることもあった。民間の組織の立ち上げは、今だに難航している。軍や警察から解雇されたのは、力の弱いカクリシャばかり。そんな彼等を集めても意味がないという表向きの理由。しかし、本当の理由は、そんな逆恨みをしそうな人間で組織を作られたくないというもの。


「とはいえ、犠牲が多すぎます。これ以上、不必要な犠牲を出すよりは、民間であれ四家の管轄という条件があるのであれば許可を出されたほうが良いと思いますが」


 上もそろそろ折れる頃だ。一般の職員からの不満もだいぶ高まってきて、このまま死傷者が増え続ければ、そもそも国の治安維持が不可能になる。


「?」


 軽い揺れ。地震だろうか。

 数分経たないうちに、鳴る上司の携帯。出れば、漏れて聞こえてくる通話の声。上司の顔からわかりやすく血の気が引いていった。きっと自分の同じ顔をしているのだろう。


「織田揚羽と細川小夜が脱走した……?」


 すぐさま向かった特房は、牢屋というには広く、形としては家に似ているのだろう。ほとんどが抉れ、燃えているため、残った数ヶ所で判断するしかないが、生きることだけが許された空間。

 捜索はすぐに行われた。しかし、同時に箝口令も敷かれた。今まで政府が隠してきた事実が明るみになるのは避けるためだ。


「大人しく待ってれば、あいつが迎えに行ってくれたってのにな……」


 今から戻れば、何事もなかったことになるか。いや、無理だろう。

 今までは理由がなかったから逮捕できなかったが、今度は理由をつけるものがたくさんある。


「ダメ、か……」


 いつの間にか降っていた雨をスーツが吸い、すっかり重くなった。

 動かすのすら億劫になり、空を見上げれば、遮られた視界。


「逵中、さん……?」


 差し出された傘を持っていたのは、逵中だった。


「もう濡れてますからお気遣いなく」

「……では、私も濡れましょう」


 傘をたたんだ逵中も、榊と同じように濡れていく。


「なっ……別にアンタが濡れる必要は――」

「同じ志を持った榊殿が濡れている。十分理由になります」


 あぁ、ずるい。

 今こんなことを言われたら、算段が崩れてしまう。


「……いや、そうか。もう、なかったな」

「?」


 揚羽たちを天ノ門へと異動させるには、警察内部からの圧力も必要かと思ったが、それも必要なくなった。


「同志と言ってくれるなら、一緒にいさせてくれませんか?」


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