23話 それは静かに
駅前のファーストフード店で、ポテトをかじっていれば、突然後ろから伸ばされた腕は、そのままほとんど残ったポテトの箱を鷲掴みにすると、口の中に流し込んだ。
「……はぁぁぁあああ!? ちょっと!」
犯人はもう想像通りで、斎藤がゴミだけトレーに放り投げながら口を動かしていた。
「今日は蹴りじゃなくて強奪だったな」
前で笑っている梶は、あぶねーと言いながら、自分のポテトを守っていた。
「笑い事じゃないって……自分で買ってきてくださいよ」
「金ねェんだよ」
「それで年下からたかるって……ぅあーっ!」
食べ終わってしまえば、狙いは梶のトレーに残るポテトだ。
軽々と梶の手を持ち上げ、またポテトを掴むと流し込み、
「ゴホッ……!!」
吹き出した。
「汚ェ!!!」
「フハハハハハハッ!!!」
赤くなったポテトの空き箱。それだけで察しが付いた。
元を正せば咳き込んでいる斎藤の自業自得ではあるが、トラップを仕掛けた梶も大概である。
「コロス……!!」
「きゃー! おまわりさーん。この人デース」
また始まった喧嘩に、干川も呆れながらため息をつくと、斎藤の肩に手をやる警察。
「……へ?」
「アレ?」
梶もさすがに驚いて首をかしげるが、斎藤だけはその警察を見ると、ひどく歪んだ顔をした。
もはや顔馴染みの倉田だ。干川たちも会ったことはあったが、覚えていなかった。
「うげぇ……」
「うげぇじゃない。外のカクリモノ倒したの、お前だろ」
どうやら騒ぎを聞きつけて来たわけじゃないらしい。
倉田の言うとおり、外を見れば店の前の通りに人集りと馬のようなカクリモノ。先程まで暴れていた痕がある。
「ちげーよ」
「嘘つくな」
「証拠あんのかよ?」
「なんで犯罪者みたいな返ししてんすか……カクリモノ倒すのは別にいいじゃないっすか。正体隠したヒーローとか、斎藤さん似合わないっすよ」
「あ゛!?」
また喧嘩になりそうな梶と斎藤を倉田が抑える中、干川にははっきりとカクリモノを倒したのが斎藤だと視えているのだが、言わなかった。
あまりこの力について公言することは控えるように言われていたし、そもそも駅前で暴れたのだから目撃者はいるはずだ。
むしろ、先程のタバスコポテトの被害を流し込むため、奪われたコーラの方が問題だった。
「とにかく、事情聴取をだな」
「目の前で暴れてたから殴った」
「自供取れましたぜ。旦那」
「まったく……榊さんたちにも、ちゃんと連絡いれるんだぞ?」
「んで、テメェに言われんきゃなんねぇんだよ」
「信用ないから?」
「前にもすっぽかして逵中さんたちに怒られましたよね?」
心底嫌だという顔をした斎藤に倉田もため息をつくと、干川と梶に目を向ける。
「君たちも天ノ門の関係者だね。悪いけど、斎藤のこと頼むよ。危なっかしいけどいい奴だから」
「むしろ俺が世話してやってんだよ」
舌打ち混じりに明後日の方向を向いた斎藤に、三人は困ったように笑い合った。
「いい人が人のポテト奪うわけないっすよね~~?」
「殴るぞテメェ」
また喧嘩を始めた梶に、すでに慣れたのか倉田も止めることはせず笑うだけに留めていた。
「では、私は戻るとするよ。あー……報告のことは、頼んでもいいかな?」
「……はい。わかりました」
榊か逵中に連絡すれば、斎藤も報告書を出すだろう。前に怒られていたこともあるし。
倉田は戻る前にもう一度だけ斎藤に報告について促したが、聞き流された。
「たく……病み上がりの忙しい先輩に対しての敬意ってもんが足りねぇ」
「病み上がりって言葉知ってて偉いっす! すごいっす! さすがパイセンパネェっす」
少し席を外したというのに、まだケンカしているふたりを無視して、新しく買ってきたポテトをかじる。
「忙しいってまた何かあったんですか?」
前にも会議があった。もしかしたら、また大きな事件でも起きているのだろうか。
「いくつか社が襲撃されたとかで、またパトロールだと」
「最近、多いっすね。日本刀展も盗み入ったらしいし」
「あーそれだ。それ。そのミントの件と同じだ」
「「は!?」」
日本刀が盗まれたことはニュースになっていたため、ふたりも知っていたが、ミントが関わっていることは初耳だ。
斎藤も驚いたように眉をひそめる。
「知らなかったのかよ?」
「知らないっすよ」
「……やっべぇ」
どうせ干川も梶も知っているだろうと思っていたが、逵中たちは伝えていなかったらしい。何かしらの考えがあってのことだろう。
「忘れろ」
「「無理です」」
このことも含め、きっと戻ったあとで説教が待っていることを悟った斎藤であった。
*****
「もう降ってきたのか……」
予報ではもう少し遅くに降るはずだったため傘は持ってきていなかった。車まで濡れていくしかないと、つい漏れてしまうため息に、差し出された傘。
「傘、持ってきてないんですか?」
「結城?」
日向だった。
「天気予報で夜から雨って言ってましたよ?」
「車には置いてあるよ」
「ありゃぁ……じゃあ、車までいれてあげますよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて入れてもらうかな」
傘を受け取ると、少しだけ日向の方に傾ける。
「そういえば、この辺だっけ? 実習先」
「そうですよ。東京ど真ん中の癖に駅から徒歩15分ってどんな田舎だよ」
「田舎を舐めるなよ。田舎は徒歩はありえないからな」
交通手段に車は当たり前。免許を持てないからという理由で、仕方なく自転車を走らせるのだから。都会の歩いて別の駅に行けるなど贅沢だ。
「スミマセンデシタ。で、その微妙に交通に不便な都会でなにしてたんですか?」
「元宮司に会ってたんだ。最近、色々な組織が活発に動き出してるからな。なにか会った時にすぐに動けるようにな」
「へぇ……」
「結城こそ体の調子は?」
「眠気はほとんどないですよ」
「それならよかった。会議サボって寝てたんだし、それくらいじゃないとな」
全くバレバレである。間違っても笑顔でこちらを見下ろしている男へ目を向けてはいけない。
「……実習、楽しいか?」
ふと尋ねたくなった。斎藤は、他に働く宛もないため、このまま天ノ門で働いていくだろう。しかし、日向は違う。
今はバイトとして天ノ門で用事があれば対処してくれるが、このバイトだって両親とだいぶ揉めた。今だって親の勧めで薬学部に進学していて、将来カクリシャとして働くことはまずないだろう。
大学に進学した段階で、将来について聞いたことはなかったが、ミントのことを思い出したからか、少しだけ気になってしまった。
「それはぁ……近所では、ちょっとぉ……」
「相談なら乗るぞ」
引きつった笑みを見せられたら、誰でも察せる。
「いいですよ。別に。あと――濡れてる」
淡々と告げられる言葉と引き寄せられた腰に、一瞬何が起きたのか混乱したが、
「あと一週間だし。大丈夫ですよ」
何事もなかったように続けられた会話と雨粒が垂れてこなくなった肩に、榊も他愛の無い会話を続けることにしたのだった。
*****
握られた手は妙に熱くて、時々うなされる声が耳に入る。
「……ちょっといいかしら?」
部屋に入ってきたケンこと栗林兼介に目を向ければ、小さくため息をつかれた。
「なんだ」
「そろそろ警備が厳重になってきて、ひとりじゃどうにもならないんだけど」
「……そうか」
握られていない手で、端末を操作すれば、予定の五割といったところだ。
さすがに動きが速い。別の反社会勢力とも連携をとり、陽動を仕掛けているが、結界の重要な点には軍や警察に残った力の強いカクリシャを中心とした警備がつき、別の箇所にもそれなりの警備が付き始めた。
「ここまでやって、大門が開けないなんて言わないでよ?」
「言わないさ」
「ならいいけど」
眠るミントを見つめる小夜に、栗林も壁に寄りかかりながら問いかけた。
「そういえば、聞いたことなかったわね。アンタたち、なんで大門を開こうとしてるの?」
目的は聞いていたし、その方法も聞いていた。しかし、このふたりが何故大門を開こうとしているかは聞いたことがなかった。
大抵の場合、社会への復讐だ。今まで、優遇されていた人間が突然、危険な猛獣のような扱いを受け、蔑まれたなら、怒りのひとつも覚える。
しかし、ふたりはどこか違うような気がした。
「……ミントが、望んだ。それだけだ」
「自分の気持ちはないわけ? アンタも幽閉されてたんでしょ」
「ない」
はっきり言い切った小夜に、栗林は静かに眉をひそめた。、
「じゃあ、ミントは?」
眠っているミントには答えない。
「聞いてない。なんて言わないでよ? ハデに行く前に聞いておきたいじゃない」
「……生きていた証を残すためだ」
「…………ふぅーん」
栗林は、目を大きく開くと大きなため息をついた。それに小夜も驚いたように目をやるが、栗林はすっかり気を削がれたように視線を明後日の方へやっていた。
「人のノロケってぜんっぜん楽しくないわ……」
「なんの話だ」
「なんでもないわよ。それで、このあとはどうするの? このままプチプチ進める? この調子じゃ、向こうの体制が整うほうが早いわよ」
現在、大門を開くための用意が半分できたところだが、向こうにも修正することのできるカクリシャはいる。このままでは、大門発生させる前に修正される。
そうなれば、今までの苦労は水の泡だ。
「なら、ハデにいきましょ~」
目を開けたミントは、体を起こすと、そう言って笑った。




