第七四四話 花咲人(九)
日本リーグに参加するべく、遠路はるばる訪れる外国籍選手たちを歓迎しようと、静が東京空港のビジネスジェット専用ゲートとなるプレミアムゲートトウキョウへ向かったのは、日曜未明だ。
日の出にはまだまだ間があるというのに、プレミアムゲートトウキョウの駐車場は、大層、ごった返していた。ビジネスジェットをチャーターしたアーティ・ミューアが気前のいいところを見せて、アメリカから来日するほとんどの外国籍選手をかき集めたことによる。日本リーグに外国籍選手を供給する国は、アメリカが断然の一位である。つまり、アメリカから来日するほとんどの外国籍選手とは、日本リーグに参加するほとんどの外国籍選手と、ほぼ同義になる。プレミアムゲートトウキョウには、日本リーグの全チームが、それぞれ契約した外国籍選手を出迎えに来ているはずだった。混雑するのも道理といえた。
静は、土居、権藤ら舞姫のスタッフたちと合流した。申し合わせとして、出迎えはターミナルビルに入らず、外で待機することになっている、という。これだけの人数だ。収まり切らないため、と聞いて納得する。
待つうちに、いつしか空は白んでいた。遠来の人たちを運ぶジェットエンジンの音が近づいてくる。遅れて機体も見えてきた。
安着。経験上、静は知っていた。専用ゲートを用いるビジネスジェットの入国手続きは軽便に済む。やがて選手たちはターミナルビルを出てくるだろう。
「ヘイ! スー!」
誰の声だか、よくわからぬが、聞き覚えのある声がした。選手たちの群れに突っ込んでいって、やたらめったらにハイタッチをする。
「スー。日本って、今、すごい朝早くなんでしょう? 元気ね」
アーティとシェリルが近づいてきた。
「元気だよ。シーズンが終わって、久しぶりの人たちも多いし。うれしいじゃない」
「まだ一カ月ぐらいしかたっていないでしょうに」
「ところで、ケイティーは? ミスもいないじゃない。なんで私を出迎えないのよ」
二人は旅行に出掛けている。温泉だ、なんだ、で遊びほうけているはずだった。
「バカンスですって? なんで私を待たないのよ!」
「アーティ。すぐにシーズンが始まるんだよ。そんなことやってる場合じゃないでしょう」
「じゃあ、なんでミスは行ってるのよ」
阻止できなかった身としては、それを言われれば詰まるしかない。
「ヒロ! そこで何をやってるの!」
ヒロ? ヒロとは、郷本尋道か。来る、とは聞いていなかったが。アーティが突き進んでいく先を見ると、アリソンたちアストロノーツ勢のそばに立つ彼の姿が確認できた。シェリルと共に追う。
「ああ。アート。ミス・クラウスも。おはようございます」
「ヒロ。なんで、そいつらとつるんでいるのよ」
「なんで、と言われましても。お三方とTHIアストロノーツを取り持ったのは、一応、僕なので。あいさつを、と思いまして」
「THIは敵よ」
「敵だろうと、なんだろうと。ケイティーに、やれ、と言われれば僕はやりますよ」
「ケイティー、ですって! そうだ。ヒロ。THIは、どうでもいいわ。ケイティーと、あと、ミスったら、私を待たないでバカンスに行っているのよ。どういうこと?」
「ははあ。ちょっと待ってくださいよ」
まくし立てる金髪女を制し、尋道はアストロノーツ勢に向き直った。アリソン、ウィノナ・ルイス、ラクウェル・ヒメノらに対して、成功を祈る、では、と申し述べた後に、再度、尋道は方向を転換する。
と、その前に、である。尋道が、謎の一瞥を投げた。何事か、判明するのは、直後だった。
「アート。どうしましょう。苦情を言いに行きますか? 日帰りで行ける場所ですが」
いきなり何を言い出すのやら。静が激して一歩を踏み出そうとした時だ。土居と権藤が静と尋道との間に割って入った。
「静。やめてね」
「カラーズさんのなさることに、けちを付けないでよ?」
「イワバナといって、温泉の有名なところなんですよ。どうせ、今日は一日、静養でしょう? ミス・クラウスも、いかがですか? 観光地としても有名な場所でしてね。いずれご家族と一緒にいらっしゃるとか。ケイティーに案内してもらいましょう。確か、お嬢さんと仲よしなんですよね」
シェリルにまで声を掛けるとは、なんという。しかし、駄目だ。舞姫スタッフ二人のガードが固い。声を上げれば集中砲火を浴びせられてしまう。
「面白いじゃない。シェリル。行きましょうよ」
呼び掛けられたシェリルは、静と尋道の顔を、等分に見比べている。
「行っていいものなのかしら。スーは不満みたいだけど」
「アスリートとしては行くべきではないでしょうね。ただ、親会社の社長が招待しているんです。勘考いただけたら、と思いますが」
ひどい言い草である。これにはシェリルも首を縦に振るしかない。
「土居さん。権藤さん。親会社への協力、痛み入ります。夜には戻りますので、事情は、その際に説明させていただきます」
「スーも行くわよ」
「アート。向こうでケイティーともめられたら迷惑なので、スーは連れていきませんよ」
本当に、ひどい言い草である。思わず舌打ちが出た。ちらと視線が来たので、にらみ返しておく。
その後は、あれよあれよ、だった。ぼちぼちと動きだした周囲に紛れて、三人の乗った車は見る間に遠ざかっていく。なんだというのだ。全く。なんだというのだ。




