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未知標  作者: 一族
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第五一話 姉妹(四)

 随行に彰を加えた一行は、裏手の関係者入り口を使って会場入りした。通路を抜けてアリーナに出ると、何やら外と変わらぬざわめきである。二階の観客席に続々と人が詰め掛けているのだ。

「開場を早めたみたいですね」

「入場制限が、あるかもな」

 彰と各務の会話だった。試合開始の午前一〇時までは、まだ二時間以上ある。しかし、場内は既に盛大な騒々しさだ。オフィシャル席の後ろに来賓席は設置されていた。その最後尾に一行は陣取る。思ったよりも来賓席が狭く、最前列を占めるのは、さすがに遠慮したのだ。

 時間が進むにつれて、一階にも続々と大会の関係者が姿を見せ始めた。それらの人々の大部分が、各務の姿を認めると歩み寄ってくる。また、そばに控えている春菜と彰にも声を掛けてくる。それぞれ、バスケットボール界のビッグネームなのである。ひっきりなしの来訪者に完全な部外者の孝子と麻弥は少し気後れして、三人と距離を空けることにした。立ち上がり、背後の壁まで下がる。

「落ち着かんな」

 小声の麻弥である。

「うん。やっぱり、コネはいけないね」

 孝子も小声で応じた。その時だ。観客席が、大きく沸いた。孝子たちの左手方向から選手たちが入場してきたのだ。まずはナジョガクだ。昨年まで三期連続、通算では七連覇を含む二五回の夏を制している、高校女子バスケットボール界の最強豪である。

 ひときわ目立つのが列の中ほどを、うつむき加減に歩く栗色の頭髪だ。二年生エースの池田佳世(いけだかよ)である。米国人の父親と日本人の母親を持つ佳世は、規格外の身体能力を持つ、一〇〇年に一人とも称される選手だった。一八九センチの長身ながら、小型選手以上に動き回れる佳世の、昨年の公式戦での平均得点は実に五〇点を超えた。

 池田佳世の存在だけで、今年のナジョガクは優勝候補筆頭に推されてもいいのである。しかし、そうさせないのが、今年の鶴ヶ丘のラインアップだ。

 高校女子バスケットボール界に並ぶ者なき司令塔、背番号「4」、ポイントガード、神宮寺静。

 高校からバスケを始め、今や全国屈指の点取り屋に成り上がった、背番号「5」、センター、須之内景。

 華麗なプレーと、かれんな容姿の光る、背番号「9」、スモールフォワード、高遠祥子。

 二人の姉貴分を上回る素質、気質を持つ、背番号「12」、パワーフォワード、伊澤まどか。

 率いるのは、女子バスケットボール界の重鎮、各務智恵子の愛弟子、若き名将、長沢美馬だ。

 ナジョガクに少し遅れて、鶴ヶ丘が来た。パンツスーツ姿の長沢を先頭に、部員たちが続く。列の二番目にいた静が孝子と麻弥に気付いて手を振ってきた。さらに、長沢をつついて、二人の存在を示す。横目で二人を見た長沢は、右手の親指を立てて合図を送る。静と長沢の動きで二人の存在を知った景が、これは立ち止まって深々と頭を下げた。孝子と麻弥を知る祥子、まどかも立ち止まって一礼だ。続く部員たちまでも、チームの中心人物たちが敬意を払う存在に、知っている者も知らない者も、取りあえずと黙礼を始めたところで、たまらず孝子と麻弥は来賓席に退散した。

 コート上では両チームの選手たちによる試合前の最後の調整が始まった。

「孝子。予想は?」

 来賓席の長机に右側から各務、春菜、彰、孝子、麻弥の順だ。各務が身を乗り出して孝子に視線を送ってきた。

「私は予想じゃなくて願望になるので」

「同じくです」

 麻弥も同意する。鶴ヶ丘に勝ってほしい。これだ。

「雪吹は?」

「鶴ヶ丘です。さすがのナジョガクも、今年の鶴ヶ丘は無理だと思います」

「春菜」

「私が、もう一歳若かったら、この鶴ヶ丘と戦えたんですよ。人生はうまくいきません」

「一歳若かったら、おそらく、そっちの二人とは知り合いになってないぞ。構わんのか」

「それは駄目です」

「で、どっちだ」

「鶴ヶ丘です」

「各務先生は、どう予想されますか?」

 孝子の問いに、各務は少し間を空けた後で、つぶやいた。

「子供の試合ってのは水物だ。優勝候補が、すんなり勝つものでもない、が。事故でもない限りは、今年は鶴ヶ丘だろうな。それぐらい、図抜けている」

 それは、極めて正確な、予想だった。

 コートで静が動きを見せた。後ろで束ねただけだった髪をほどき、ポニーテールを作り始めたのだ。試合の際のポニーテールは静のトレードマークである。長い髪をハーフアップにまとめる。残りの髪を合流させて束ねる。全体の形を整える。流れるような手さばきだ。場内の喧噪が、ますます高まる。静のポニーテールは試合開始が近い合図であった。

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