夢の終わり
「ねえランサ、ずっと気になっていたんだけど、結局犯人はどうやってあの赤パーカーを殺す夢を見せていたの?」
すべてが終わった後、事務所に戻り、ユリナはランサにそう聞いた。
「まあ、種を明かすと簡単なものです。ほら、これですよ」
ランサが出したスマートフォンに映っていたのは、木彫りの熊にデジタル式の時計がついたものだった。
「なにこれ、変なの。これがなんなのよ」
「目覚まし時計に盗聴器とスピーカーを仕込むっていうのは、実に巧いこと考えたものです。それなら電池も心配がいらないし、スピーカーだって元からあるものと共用だから怪しまれない」
変に感心しながら、ランサはその画面の熊を見つめている。
「夢の仕組みは、前にも言った声による刷り込みですよ。あの今回の依頼人の小松さんは、かなり夢を見やすい体質だったみたいですからね。犯人もそれを把握していたのでしょう。レム睡眠のタイミングで夜中にあの服装だけをピンポイントに何度も何度もつぶやかれたら、刷り込まれもすることでしょう」
真顔でそう言うランサに、ユリナは不審な顔を向けるばかりだ。
「……まあ、夢を見る仕組みはそれでいいわ。でもなんでそんな夢を見せていたの?」
「もちろん、赤いパーカーの男、竹野正武を小松綾美と引き合わせるためですよ」
ランサはしれっとそう言うが、それに対してユリナは首をひねるばかりである。
「そこがわからないのよ。あの犯人、竹野の知り合いだったんでしょ? お見合いおばさんにでもなりたかったの?」
「お見合いおばさんですか……まあ、現実は逆ですね。さっきの通り、あの人は竹野殺しを小松さんに被せようとしていたわけです。そのためにあの二人に接点を作りたかったんでしょう。それこそ強引にでも」
言いながら、ランサは右手を閉じたり開いたりして、なにかの感触を確かめているようだ。おそらく、取っ組み合いになった時に少し痛めたのだろう。
「また今度原田さんに聞いてみますが、あの梅田って女性は、竹野に相当な恨みを持っていたみたいですからね。その罪を職場の気に食わない後輩に押し付けれれれば一石二鳥みたいに考えていたのでしょう」
「そのために盗聴器とスピーカーまで用意して? ご苦労様なことね。でも、よくその盗聴器のことに気が付いたわね」
「アレほどハッキリとした特定の夢を見ている時点でなんらかの仕掛けはあるとは思っていましたが、確信したのは竹野が実在してからですよ。小松さんは単純な言葉で夢を意識していた。ならそれをコントロールしているものがあるはずだということです。小松さんの睡眠時間を確認するのも兼ねてね」
「だからわざわざ依頼人の家に押しかけていったのね」
ユリナがそれを指摘すると、ランサはイタズラっぽく苦笑いをする。
「まあ、こちらの意図を相手に聞かせないと意味が無いですからね。燻り出すのにだいぶカマをかけました。部屋をクリーニングしてやれば一発だったんでしょうけど、それじゃあ逃げられますから……」
そこで言葉を濁したのは、それが原田の言っていた証拠のための不用意な危険という意識があったからだろうか。ユリナにはそれ以上のことはわからない。
「なんにしても、自分が情報の主導権を握っていると思っている相手には、さらなる情報の波で押し潰すのが一番ですよ。あの赤パーカー祭りはよかった」
言いながらもランサは笑っていない。
勝利の実感をかみしめているのだろうか、それとも……。
「しっかし、夢の中の殺人で現実の殺人をカモフラージュしようなんて、恐ろしいことを考えるものね……」
「まあでも確かに、、あんなに夢をコントロールできるなら、一回試してみたいところではありますね……」
そんなことを考えるユリナを見て、ランサはぼんやりとそうつぶやく。
ランサはいったいどんな夢を見たいと思っているのだろうか。
今のユリナには、それを聞くことはできなかった。