嵐の前触れ
……ふむ、そういえば静かだな。
ふと気がつくと、平穏な生活が続いていた。
アークは絡んでこないし、父上や兄上も関わってこない。
俺の態度を訝しんでいたし、何やらかの行動に移すかと思ったが。
「アークに関しては、午後になったら帰っているし避けているからわかる。だが、父上達が静かなのは不気味だ」
「何をぶつぶつ言っているのよ?」
ふと振り向くと、いつの間にか隣にはセシリアが座っていた。
どうやら、気づかないうちに教室に来ていたらしい。
「いや、父上達が何も言ってこないのでな。てっきり、口を出してくるものかと」
「それは王太子が決まったからとか? そしたら、リオンは自由なわけだし」
「そういうことか……ふむ、それならば良い」
そちらの方面から来る破滅フラグは回避したと思っていいか。
そうなると、後はアークの問題か。
といっても原作の記憶が曖昧なため、引き続き避けていくしかあるまい。
「ところで、今日は部活あるのかしら?」
「ん? ああ、今日はあるぞ」
「ふーん、そうなのね」
そしてセリーヌ先生が来てホームルームが始まる。
その後は魔物や魔獣についての授業があった。
「魔獣は元からいる生物で、魔物とは空気中に漂う魔素から生まれます。魔物は倒すと魔石になり、魔法を込めることができます。それらは生活に役立っていますね」
「ふむ、魔素か……」
魔素は魔物を生み、魔素は不浄から生まれるとか。
負の感情だったり、死体などを放置すると発生するだったか。
そして魔素が溜まった時、そこにはダンジョンが発生しやすい。
「魔物ね……倒せるかしら」
「その辺の魔物なら、セシリアなら問題あるまい」
「だけど、実戦と訓練は違うわ」
「それはそうだな」
「そういえば、週末最期の授業は模擬戦らしいわ」
「ほう、模擬戦か……」
今週は部活見学も込みで、お試し習慣と生活に慣れるための期間。
そして、その模擬戦とやら……俺でも知ってるイベントがある。
これは、気を引き締めていかねばな。
◇
そして昼休みが終わり、放課後となる。
なので、俺とカレンは職員室から鍵を受け取り部室に向かう。
「セシリアさん、大丈夫でしょうか?」
「うん? ……あぁ、アークに絡まれていたか」
お昼休みになると、アークがセシリアに突撃していた。
その度にセシリアは困った様だったな。
公爵令嬢であるセシリアに、あのように迫る男はいないだろうし。
「あの方、授業中もわたしに話しかけてくるんです。わたしも友達は嬉しいので、休み時間とかだったら良いのに……」
「なるほど、そうなのか」
「あっ、全然嫌とかではないんです! 同じ平民の方ですし、仲良くしたいなって。ただ、なんというか……わたしと仲良くなりたいって思ってるのかなって」
「どういう意味だ?」
「わたし自身を見ていないというか、なんかあんまり話してる感じがしないんです。基本的に、自分のことしか話しませんし……ごめんなさい、わかんないですよね」
「ふむ……もしかしたら、人と会話するのが苦手なのかもしれんな」
なるほど、それは知らなかったな。
授業中はたまに聞くか寝てるか、スイーツのことを考えているし。
……まあ、俺が気にすることではないか。
部室に着いたら用意していたボックスから卵を取り出す。
「これが今日の素材のココンドラの卵だ」
「わぁ、大きい卵ですね。卵って贅沢品だから、滅多に食べれません……わたしも頂いていいんですか?」
「ああ、無論だ。さて、始めるとしよう。今日は大した工程もないので、作り方を覚えると良い」
「はい! 頑張ります!」
その目は期待に満ちていた。
よしよし、辞めさせないためにもスイーツの道に誘うとしよう。
フライパンを用意して、そこに砂糖と水を入れる。
「焦げないように、それでいてギリギリを……よし」
「焦げてはないですけど……これで良いんですか?」
「ああ、この苦味が大事だからな」
キャラメル状になったものを平たい容器に入れる。
これを数回繰り返し、次に砂糖とレモンを鍋に入れてから多めの水を入れる。
これを中火にかけて、とろみが出るまで行う。
「これを煮詰めて行くぞ」
「わぁ……良い香りです」
だいぶ煮詰まったので、用意していた容器に移し替える。
そして一回り大きな容器に氷水を用意しておく。
そこに煮詰まった液体を入れた容器を、大きな容器に浸ければ準備完了だ。
「これは何をしているのですか?」
「一度冷やして粗熱を取っている。そうしないと、次に用意する物に熱が入ってしまうのでな」
冷やしている間に、卵をボウルの中に割る。
すると、中から黄金に輝く卵様が出てきた。
「おおっ……黄身が多めで綺麗だな!」
「こんな大きな黄身始めて見ました!」
「やはりそうか。ところで、平民に卵は出回ったりするのか?」
「えっと、こんなちゃんとした卵はないです。たまに、エスケープチキンの卵が出回るくらいですよ」
エスケープチキン、それは大きさや形は鶏に似た魔獣だ。
ただ逃げ足の速さは半端なく、捕まえるのは困難だとか。
それでも追い込まれると卵を産み、それを囮にして逃げるとか。
「なるほど、あれはあれで入手難易度が高いか」
「はい、そうなんです」
「ふむ、卵についても考えなくてはいけないか……ん?」
すると、扉の前に気配を感じる。
何者かと思い、ゆっくり扉を開けてみると……そこには腕を組んでウロウロしているセシリアの姿があった。
「うぅー……どうしようかしら? 勢いで来たけど、なんて言って入れば良いの? 私も仲間に入れて欲しいなんて言えないし……」
「……おい、何をしている?」
「へぁ? ……リオン!? いつからそこに!?」
「たった今だ。それより、何をぶつぶつ言いながら彷徨ってる?」
「な、なんでもないわよ! それより、怪しいことしてるみたいだから見張りに来たわ!」
さて、どうする?
アークのこともあるから、ここで突っぱねても良いが……宰相の親父さんがなぁ。
ここはセシリアの信用を得ておいたほうがいいか。
何より、あまり仲間はずれにしても可哀想だろう。
「ふむ……見学するか?」
「えっ? 良いの? わ、私は別に……」
「するかしないのかどっちだ?」
「もちろんするわ!」
急に元気になったセシリアを連れて部屋の中に戻る。
カレンとセシリアが挨拶をしてる間に、俺は準備を進めていく。
次に全卵を混ぜ合わせ、まったりさせないといけないのだが。
「むっ……相変わらず力仕事だな」
「何を情けないこと言ってるのよ? ほら、私に貸してみなさい」
「ん? まあ、良いが……おおっ、やるな」
「セシリアさんすごいです!」
物凄い勢いでシャカシャカと音がし、全卵の色が白くなっていく。
この世界には電動ミキサーなどはないし、セシリアは使えるかもしれん。
「こ、これくらい普通よ。それで、次はどうするの?」
「そしたら、俺が粗熱をとった材料を入れていく」
「このまま混ぜても平気?」
「ああ、頼む」
セシリアが混ぜる中、少しずつ入れていく。
混ざったものを、最初に作ったカラメルソース入りの容器に入れる。
それを大きな鍋に容器ごと入れ、湯煎にかければ準備完了だ。
「これで後は固まるのを待って冷やすだけだ」
「こんな料理知らないわ」
「えっ? 貴族の方の料理かと思ってました」
「ううん、聞いたことも見たこともないわ」
すると、二人から視線を向けられる。
しまった……この世界にはスイーツの概念がない。
これは、何か言い訳を考えねば。
「ふんっ、大したことではない。古の文献に興味があってな、それをよく見ていたのだ」
「ふーん、確かにダラダラとなんかよくわからない本は読んでいたわね」
「それより、どうしたのだ? まさか、俺を監視するために来たわけではあるまい?」
あまり突っ込まれると困るので話題を変える。
それに、気になっていたのは事実だ。
「うーん……ちょっとアークって男の子がね。何というか、変なのよ」
「まあ、あまり見ないタイプではある。言い方はアレだが、平民らしくない」
「そうなのよ。私にも物怖じしないし、それ自体は良いんだけど。全然、話が噛み合わなくて」
「わ、わかります! 悪い人ではないんですけど……なんか変というか」
「うんうん、わかるわ。私達に話しかけてるようで、他の誰かに話しかけてるみたいな。途中で、どっかに消えたりするし」
「あっ……確かに、それかもしれないです。話の途中なのに、何か思い出したような顔しますよね」
そこから二人で盛り上がってくので、俺は湯せんにかけた器を取り出す。
それを自家製の氷棺に入れれば、後は冷えるのを待つだけだ。
……それにしてもアークか。
あいつは、一体何をやっているのだろうか?
ちゃんと攻略をすれば良いものを。




