会長室
会議を終えたフランクは、部下に一通りの指示を与えると、自身の執務室である会長室の扉を開けた。
部屋の奥に目をやる。そこにはらこちらに背を向け、大きな窓から外の景色を眺めている質素なチュニック姿の男が佇んでいた。
「クレメンス先生。ご無沙汰しております」
軽く会釈するフランクに、クレメンスはゆっくりとふり返りった。
「元気そうだな、フランク」
そう言って目を細める。
「はい」
フランクは静かに顔を上げ、問いかけるようにその翠玉の瞳を向けた。
クレメンスがわざわざ自分の執務室にまで足を運ぶなど、ただの挨拶であるはずがない。
案の定、クレメンスは少し険しい表情を浮かべて口を開いた。
「ラックフェルン伯爵についてだが……」
「ラックフェルン……ですか」
フランクは即座に一度だけ会ったことのある地方領主の顔を思い出した。
相当な野心家で手段を選ばない男らしく、あまりいい噂は聞こえてこない。
支部長の愚痴によると、百年以上前の五年戦争における先祖の功績を未だに笠にきている、高慢な人物でもあるらしい。
そんな時代錯誤な伯爵の名が、クレメンスの口から出てくるのは不思議だった。
「師範魔術師を一人——ロジーナを囲い込もうとした」
その言葉に、フランクは思わず小さく息をつく。
師範魔術師を囲い込もうとするのも身の程知らずだが、よりにもよって、あの桁違いの魔力をもつロジーナに手を出そうとするとは。
「それはまた、命知らずですね」
「だな」
クレメンスは「フッ」と笑ったが、すぐに険しい表情に戻った。
「相も変わらず、奴らは我々魔術師を便利屋か何かと勘違いしている」
紫色の瞳の奥に熾火のような怒りを滲ませている。
「まことに。ですが、その方がこちらにとっては好都合でもあります」
フランクは口の端をわずかに上げた。
警戒されるより、取るに足らない相手と侮られていたほうが動きやすい。
そして、そのような愚か者は、ちょっと押してやれば、勝手に自滅していく。
「フフ……お前も見えるようになってきたか」
クレメンスは満足そうな笑みを浮かべた。
「ええ。問答無用で貴方の後を継がされましたから」
フランクはわざとらしく肩をすくめる。
「経験は積めただろ?」
クレメンスは真顔でからかうように首を傾げてみせた。
「食えないお人だ」
「お前のお父上ほどではない」
「どうでしょうね……」
フランクは小さく息を吐くと、再び真剣な表情になった。
「とりあえず、会員にはそれとなく周知いたします。ラックフェルンには近づかないようにと」
「うむ。また被害者が出ては敵わからな。関わりを持たぬのが一番だ」
「はい。高みの見物と決めこみます」
フランクは涼しい顔で言い放った。
「お前は私よりも狡猾だな」
「いえいえ、足元にも及びません」
「フフフ」
クレメンスは楽しそうに笑いながら、用件はすんだとばかりに部屋を後にした。
残されたフランクは椅子に腰を下ろし、ラックフェルン領の地図を見つめながら、静かにペンを執った。




