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終末のアラカルト  作者: 大地凛
序章・黎明編
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波乱の諸王侯会議

「やっと来たか。待ちくたびれ……」


 イヴァンは軽口を叩きかけたが、目の前に立つ二人の人物を見て、唇を合わせた。


 そこにいたのは、顔の右半分を隠す仮面をつけた、吊り目の若い男。すなわちルードヴィヒと、装飾の少ない落ち着いた色合いのドレスを纏った女、カタリナであった。


「どういうことだ、国王が直接出向くのが決まりだろう。ノアキス条約第二条の一、『諸王侯会議には特別の事情を除き、各国主本人のみが参加する』。これを忘れたか」


 早口で誰かがカタリナを糾弾する。フェリクルスもそれに続こうとしたが、ルードヴィヒの言葉が放たれるのが先だった。


「フェリクルス、お前が議長ならば、まずそこに突っ立ってる莫迦を座らせたらどうなんだ」


「…………莫迦とはねぇ。……この間、陸軍の軍拡をしたんどけど、シレヌム相手に効果を試してみてもいいんだよ?」


 イヴァンとルードヴィヒの視線が交錯する。今にも火花が散りそうなぶつかり合いだったが、フェリクルスのとりなしで事無きを得た。



 こうして定刻に遅れながらも、一応席は全て埋まった。カタリナという存在がやや異質ではあるものの、王侯は互いに顔を見合わせて何やら話をし続けている。


「それで、今回の会議の目的はなんですか。ルードヴィヒ帝」


 議長のよく通る声が円卓の間に響き、ざわめきが水を打ったように静まる。窓を背にしている少年王の対角に座すルードヴィヒは、横目でイヴァンを睨みながら訥々と語り始めた。


「……戦争だよ、我々は宣戦布告をするために会議を開いた」


 戦争という穏やかでない言葉に、イヴァンは眉を顰めた。そして彼の態度、ワルハラとシレヌムの冷え切った関係。何となく、悪い流れがきていることを、敏感に感じ取る。


「そんな唐突に……、訳を話してください」


「訳? それなら私より、あの赤髪の坊主が知ってるんじゃあないか」


 フェリクルスの訝るような目に、イヴァンは首を振る。戦争に至るような問題に心当たりはない。もしそんなものがあれば、即座に芽を摘んでいただろう。彼は即位以来、シレヌムとの関係を修復しようとしていた。シレヌムの軍事力、国力を恐れ、融和の道をとっていた先王の路線の踏襲である。


「そうは言ってもねぇ。僕は何もして……」


「……いい加減にしてください。イヴァン帝」


 イヴァンの発言を遮るようにして口を開いたのは、ルードヴィヒの隣の席に座す女性、カタリナであった。その語気、その呼吸、その瞳。一つ一つがイヴァンを敵と見なしているような荒々しさである。普段の彼女を知る人からしてみれば、驚くべき変貌である。


「一体何があった、早く教えたまえ」


 王侯の誰かが声を上げる。それに答えようとしたカタリナが、一瞬言葉に詰まり、テーブルに置いた手が固く握られたことに、イヴァンは気づいていた。


 蹴り上げるように勢いよく席から立ち上がったカタリナは、まっすぐイヴァンを指差して叫んだ。


「あの男に、お祖父様(じいさま)は殺されました……!!」


 それだけ述べたカタリナは、再び席に着き、机に沈みこむようにして泣きながら、時折ぶつぶつと何事かを呟く。これ以上を話すことはできないだろう、傍らのルードヴィヒがその説明を受け継ぐ。


「聞いての通り、シメリア帝国皇帝リヒャルトが暗殺された。暗殺の首謀者を尋問した結果、自身がワルハラ人であること、皇帝イヴァンから報酬を得て暗殺を行ったことを自白した」


 そう言って、ルードヴィヒは腕を組んで黙り込んだ。


(それだけ? たったそれだけか……?)


 彼らの様子を見たイヴァンは拍子抜けした。老帝が暗殺されたのはもちろんかわいそうではあるのだが、それを利用して戦争をしようとする思惑が透けて見えるのだ。情報の信憑性も低く、この会議までの過程でいくらでも捏造できそうだ。もしかしたら、リヒャルト暗殺すら嘘かもしれない。


 それに、これ程軽率なことをルードヴィヒがするとは思えない。悔しいが、イヴァンよりも王としての経験を積んだこの男は、遥かに上手く難局を乗り越えるのだ。そんな男が、安い田舎芝居のような台本(シナリオ)を描くだろうか……。


 しかしその台本は、イヴァンの思う以上のスケールであった。きっかけは、ある小国の王の放った一言だった。


「まぁ、ワルハラとシレヌムの関係は悪かったからなぁ……」


 さもありなんとでも言いたげな態度に、イヴァンは目を剥いた。まさか、信じているのか。呆気に取られている間にも、王侯の声が続く。


「戦争をしかけるための暗殺ということか」


「まぁ、自分から言い出せば心象も悪いから……」


「ルードヴィヒとカタリナが言い出すのを待ってたってこと?」


「軍拡したって言ってたのは、戦争の準備か!」


 イヴァンは、部屋の空気が変わっていくのを肌で感じていた。これは、仕組まれていた、と考えるべきか。あれ程がさつな策は、密約を交した王侯たちによって補強されることを考慮したものだったのか。複雑なものは少しの変化で崩れてしまうが、単純なものならば変化への対応も手安い。


「それでは、我々はこれにて帰国させてもらう。イヴァン、次会う時は戦場だからな。せいぜい刃を研いでおけよ」


 立ち上がるルードヴィヒに、カタリナを始め多くの王侯が続く。結局、部屋に残ったのはイヴァンとフェリクルス、それに数人の王侯のみであった。

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