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終末のアラカルト  作者: 大地凛
序章・黎明編
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龍と雪山

 客室の主従に緊張が走る。――龍と一口に言っても、小型のものから大型のものまでたくさんの種類がある。しかし、龍は変温動物であるため、雪山の環境に適応しているのはごく僅か。その中で、列車を急停止させる程の巨体を持つものなど一種しかない。


 窓を開け放つと、冷気とともに入り込んできた咆哮が耳朶を打つ。イヴァンは身を乗り出して、列車の前に立ち塞がる巨大な影を視認して、その確証を得た。


「ズーニグリか……!!」



 ズーニグリ、通称『動く雪山』。魔力鉱石の一大産地であるノアキス山脈で進化し、マナを大量に摂取して成長する龍。その息は吹雪を、その尾は雪崩を引き起こすという伝説があるが、この大きさならばそれも事実かもしれないと納得させる存在感がある。


 普段は大人しく、人を襲うことは滅多にない。――ズーニグリ自身の身に危険が及ばない限りは、であるが。


「刺激しない方がいいです。下がりましょう」


 青ざめた機関士が、イヴァンに進言する。窓から頭を引いたイヴァンは、やや語気を強めて言った。


「下がるだと!? そんなことをすれば、僕は会議に間に合わなくなる。君はこの国難において、そんな悠長なことを言っている場合だと思うのか」


 振り向いたイヴァンの瞳に、少しずつ光が戻っていく。――少なくともカスパーはそう感じた。だがこの光は、皇帝としての冷静さを取り戻したということを表す訳ではないのは、カスパーもよく知っていた。むしろこれは……。


 矢継ぎ早にイヴァンが命令する。


「機関士、列車を少し下げろ。ただしいつでも発車できるようにしておけ。近衛兵には手出し無用と伝えよ。そして、カスパー……」


 カスパーは貨物室から、皇帝の身の回りの品々を持ってきたところだった。その中でも一際重たい棒状のもの、つまりは剣を、皇帝は御所望である。


「……剣を寄越せ。狩りの時間だ」


 皇帝の瞳は完全に光を取り戻した。――すなわち、絶対的強者としての光を。



 視界の端を何かが横切ったことには気づいている。しかしその速さ故に、龍はそれが何なのかを理解できなかったようだ。ただ、その後ろに尾を引くように漂うマナの残滓の濃さに、それが自らの身に危険を及ぼすものであるということは直感したらしい。


「ヅァ――――――――ッッ!!!!」


 直後、龍が耳をつんざくような叫びを上げる。無理もない。半透明の瞬膜を閉じる一刹那の間に、胸を袈裟斬りにされたのだから。


「うーん、流石に一太刀とはいかないか……」


 龍の足元に立つ男は、剣についた龍の肉や血を振り払った。一面白い雪に赤い斑点がつき、辺りに血なまぐさい臭気が漂う。すでにそのい立ち振舞いは、皇帝としてのそれではない。狩人、もしくは肉食獣のように、目の前の獲物に対して、一切の躊躇もなく刃を振るう。


 恐らくこれ程の危機を経験してこなかったのだろう、パニック状態となったズーニグリは、小さく、凶暴な外敵の立つ辺りをめがけて、次々に脚を打ち下ろす。イヴァンはそれら全てを、まるで踊るように避けていく。無駄のない、洗練された動き。そこに巨大な脚が落ちてくることが分かっているかのようなステップ。轟音とともに舞散る白雪の飛沫(しぶき)の中、舞踏会すら連想させる身のこなしだ。


 何より恐ろしく、美しいことは、一度脚がもつれてしまえば死が待ち受けているのにもかかわらず、()()()()()()()ことだった。


 鮮やかな赤い色と、白い斬撃のコントラスト。その愉悦に浸る皇帝は、時に龍の身体を飛び越え、時に腹の下に滑り込み、徐々に体力を削っていく――。


「ヅァ――――ッ!!」


 龍の苦しげな叫びと同時に、イヴァンは身体が龍に引き寄せられるような違和感を覚えた。いや、身体というより、体中のマナが引き寄せられているといった方が正しい。つまり、マナを吸収して、最後の一撃を放とうというのである。この挙動には、さしものイヴァンでさえも、多少の焦りを覚えた。


 ズーニグリはマナを大量に取り込み、体内で急速に術式を練り上げ、冷気として放出することができる。この大きさのズーニグリならば、イヴァンだけでなく御召列車も攻撃を食らうこととなる。


(もう少し楽しむつもりだったんだけど、致し方ないかな)


 生死をかけた遊戯に心から興じていたイヴァンにとっては、心底残念なことであったが、この雪山で移動の足を失うことも致命的だ。けりをつけねば、と決意したイヴァンは、剣を握り直した。狙うは魔法生物の弱点、体表の魔力鉱石である。


 雪煙とともに視界から標的が消失したことで、ズーニグリの術式に乱れが生じ、左肩の魔力鉱石の明滅のペースが崩れる。その時、イヴァンはすでに空中で剣を振りかぶっていた。


 彼は勝利を確信していた。だからこそ、次の瞬間に起こった出来事が理解できなかった。



「――――――――ッ!!!!」


 着地したイヴァンは、谷底へと落ちていく龍を呆然として見つめていた。それもそのはず、とどめの一撃を当てたのは、彼ではなかった。何か別の、イヴァンを凌駕する程の力が働いた結果がこれである。その証拠に、ズーニグリの足跡の側に、とてつもない魔力の反応がある。それこそ、大魔導師に匹敵する程の。


「おぉ、陛下が龍を退治なされたぞ!!」


「皇帝陛下、バンザーイ!!」


 列車からは、イヴァンを賛美する声が高く聞こえる。しかし、それらの内の一つたりとも、彼の耳には入っていない。彼は新たな興味の対象、その正体を知りたい気持を抑えられなかった。敵か味方かも分からぬ、自身よりも強い存在を、一目見てみずにはいられなかったのだ。



 ――果たして、そこに横たわっていたのは、美しい青髪の少女であった。

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