表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
100/231

優しさと不親切と

 カリスの銃弾を防ぐために必要なのは、硬質の盾を作り出す防御魔法ではない。しかし、それはアテナの特訓が無駄であったことを示さなかった。


「くそっ、あの女、どこに行ったんだ!?」


「すごい魔力量だったが……、こうも上手く身を隠すとはな」


 飛龍から降りたカリスの戦闘員数人が、ぞろぞろと連れ立って街中を歩いていく。家の中で息を殺している、泡沫の如き魔術師には目もくれず、一団は目標を一人の少女に絞っていた。


「ん、おい、何かマナの流れが妙じゃないか?」


 先頭を歩く部隊長が、奇妙なマナに気がついた。いくら上手くマナや気配を遮断していても、移動によって変化する周囲のマナまでは隠し通すことはできない。優秀な魔術師が注意して見れば、誰かがそこにいたのだということは分かってしまうのだ。


「うぶぐっ」


 背後から聞こえた唸り声のような音に、驚いて部隊長は振り向いた。三角形の隊列を組んで歩いていた戦闘員たちの、半分程が昏倒している。突然のことに、ただただ口を開けるのみの部隊長は、部下に気を取られ、新たに生じたマナの揺らぎに気づかなかった。


「おい、上だ!!」


 部下たちの頭上に、柔らかな緑色の光が生じたかと思うと、それが盾の形を取った。その形が定まった瞬間、盾は勢いよく落下してきた。


「ぐわぁっ!!」


 またたく間に、部下全員が気絶してしまった。だが彼に、狼狽している暇はない。最も初級の防御魔法を、このように攻撃に使いこなすとは……、彼は、自身が追っている人物が、かなりの実力者であると悟った。


「大魔導師か、それとも公女か……。もしかして、あの女じゃないだろうな……?」


 倒れた部下からは、すぐに魔力が吸い取られていくだろう。彼らには、魔術師の魔力を搾り取るという、残虐極まりない計画の内容は知らされていないのだ。かくいう部隊長もまた、その計画の手段は知っていても、目的までは知らされていない。それを知るのは、恐らく首領であるアンリと、その腹心の部下であるレギウス位であろう。


「えぇと……、ポ、『生いよ蔓草(ポセット・ウィーテス)』!」


 どこかから声が聞こえたのと、彼の足に蔓草が巻きつくのは同時だった。つんのめって倒れる部隊長の横倒しの視界に、青髪の少女が映り込む。


「おっ、お前が俺の探していた……!!」


 少女、アテナは、冷たい目線を部隊長に投げかけた。この作戦の理不尽からくる感情を、自分に向けているのだな、と部隊長は察した。


「何故、こんなことをするんですか……?」


 その目に宿る感情は軽蔑か、いや違う、深く青い悲しみだ。それが、一部隊を死角から叩きのめす魔法となって跳ね返ってきたのだ。


「首領がそれをお望みだからだ」


 魔法を使おうかとも思った部隊長であったが、無駄にマナを使うだけかと思い、諦めた。地に倒れ伏した男を、アンリの術式は用済みと判断したらしい。だがそれも、信頼する首領の計画の助けとなるならばと、男は甘んじて受け入れる。だからこそ、少女の問いかけに、正直に答える気になったのだ。


「分からない……、敵も味方もなく魔力を捧げろだなんて乱暴、どうして皆受け入れられるの?」


「首領は遥か遠くを見ていらっしゃる、俺のような鼠輩を顧みることはない。……どうした、女。俺を憎むならば、お前の魔法で俺を殺すがいいだろうに……!」


 自分の胸の内を吐露した彼にとり、尚も悲哀とも憐憫ともつかぬ視線が刺さってくるのは、少々居心地が悪く感じる。凄みを効かせながら、男はアテナに噛みついた。


「じゃあ……、なんで貴方は泣いているの……?」


「……!?」


 男は、自身の顔の下の石畳に無数についた、黒い斑点を見た。しかし、それが自分の流した涙の跡だと気づくまでには、少々の時間を要した。


 男は、ようやく自分の心の奥底を理解した。同時に、その涙の出どころの見当がついた。



 この部隊長は、かつては魔術師を目指す修行者だったが、道半ばにして才能の乏しさ故にその道を閉ざした。夢を捨て、貧しい毎日を送る男の元に現れたのが、アンリであった。男は、アンリに忠誠を誓い、命を捧げることの見返りとして、後天的な黒魔術の才能を付与された。それに満足しているつもりであったが、心のどこかで納得がいっていなかったのだろう。涙はその葛藤から流れ出ずるものに違いなかった。


「俺は、首領を、アンリを盲信して疑わなかった。例えそれが道義に反していようがいまいが、彼の力は絶対だった。だが……」


 男が、ゆっくりと上体を起こすと、青髪の少女と目が合った。その眼差しが、彼の進むべき道を示しているかのように、彼は感じた。幸い、彼にはまだ十分な余力がある。少女が一滴の血も流させずに、動きを止めてくれたおかげだ。


「まさかお前、血を流さずに、この戦いを止めようと?」


「貴方が流すというのならば、私はそれを止めたい。…………人が温度を失っていくのは、とても、とても悲しいことだから……」


 身体に傷が生じれば、血と共に体内の魔力が流出し、魔術師たちの死期はそれだけ早まる。誰であっても守り抜くという覚悟と、カリスへの怒り、悲しみ、そしてアレキサンドラに対する誓いを経て、苦慮の末にヒカルとアテナが辿り着いた最適解が、血を流さないことであった。もちろん二人とも、それは生温い考えだということは分かっている。しかし、諦められない思いが、敵対者に致命傷を与えんとする衝動の、大きな抑止力となっていたのだ。


 部隊長は、少女の背後の部下たちの様子をうかがった。体力を著しく消耗してはいるが、退却に必要なだけの体力は残っているようだった。既に目を覚まそうとしている者もいる。


「分かった。……君、名前は」


「アテナです、性はありませんが……」


 俯きながらそう答えるアテナに、男は何やら後ろ暗いものを感じた。その何かが、少女の心の重石となって、彼女により厳しい道を歩ませんとしているのは、初対面の彼からでも、容易に想像がついた。


「そうか……。アテナ嬢、俺はアンリに少し期待をかけすぎたのかもしれん。だが不思議なものだな、死の間際になって、知恵の鏡の曇りが消えたようだ。……礼を言おう」


「私たちのわがままですから。それで、貴方の名前は……」


「ディングルだ。縁があったら、また会うこともあるだろう。では」


 部隊長、ディングルは、辺りを見回してアンリやカリスの幹部がいないことを確認すると、部下たちを叩き起こし、気配遮断の魔法を使い、風のように去っていった。


(やっぱりこんな儀式、おかしいと皆思ってるんだ……。そこを突けば、きっとカリスを倒すことができる)


 決意を新たにしたアテナの目に、向かいの路地を歩く一部隊が飛び込んできた。彼らに立ち向かうために、アテナは靴をしっかりと履き直した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ