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灼眼勇者の反逆劇  作者: 鈴の木の森
12/12

突然の来訪者

 草木と魔物の茂る暗黒の森に、葉と葉の隙間からキラキラと光が差し込む景色がある場所を二人は歩いていた。


 それなりの力をつけた伊織にとって、森の魔物など恐るるに足らず。森の外周にたどり着くのは知れた事だった。


 その中で、伊織の不確かだった能力、つまり魔法に二人は気づく。


「伊織、それでここまでの魔物に試した結果どうなのだ?」

「えーと、これまで通りの雷鋭槍と瞬間移動、それとこれは試していないが……というか使い方がわからないのだけれど、催眠術または幻術のように他人に幻を見せる魔法も使える……らしい」


 伊織の曖昧かつ手薄な対応にエミリーは眉を吊り上げる。


 森を抜ける今頃になってようやく分かってきたのだがエミリーは冷酷、冷血にして熱誠の吸血鬼に付け足すような言い方をすると、せっかちな吸血鬼でもあったのである。


 真面目である時、ふざけている時、優しい時に、短気な時、なんとも感情のアップダウンの激しい性格だ。


(これは大変そうだ。よくも疲れずやれるものだ……)


「何か言ったか」

「いえ、何も」


 やはり、彼女の勘は未来が見えているのではないか、と思わさせるほどの芸当だ。


 伊織は僅かながら視線を自然へと泳がした。


「まあ、見えているのだがな」


 彼女は突然に、そんな風に聞こえるようにか音を発した。その発言に伊織は耳を疑う。


(……ん?今、こいつ見えているって言ったか?これって……)


「おい、エミリー。お前、俺が驚いているのを見て楽しんでないか?実際は見えているよな、未来」


 彼女は翼を羽ばたくが如く華麗なステップを踏みながら、サッと周りの空気に一瞬の輝きを与え後ろを振り向く。


 手を広げ、上から目線気に片目を細めながら楽し気に彼女は言う。


「さぁ、それは神のみぞ知ることよ」


 元々の容姿が、超逸品であり、彼女の口調は常に断定的であるために、彼女の言うこと成すことがとても正しく見えているが……


 それは、お前も知っているだろう!その眉目秀麗さに俺は騙されん!……と、これはダメだ。危ない危ない。またまた彼女の思う壺、となるところだった。


 エミリーはジッと伊織の様子を観察し、伊織は必死に自我を堪える。


(いや、一体俺は何をやっているのだろう)


「フンッ、つまらんな。お前は個性的な表情をしている時こそお前らしさが出ると言うのに」


 エミリーは観察をやめ、再び前へと歩き出す。それでいい。


 伊織から言わせれば、大人しく、しおらしくしていた方が、よっぽど綺麗で。一般的に言うなれば、それでこそエミリーらしいと言えるだろう。


 けれど、忘れてはいないだろうか。事件が起きるのが突然なように、彼女も常に突拍子もなく登場してくることを。


 彼女は振り向く。それも満面の笑みで。


 伊織は恐怖ならぬ驚怖を覚える。


(……いや、何だろう……表情は他ならぬ笑顔なのに、感じるは嫌な気配……)


「おいおい伊織、忘れていたではないか。なぜ言わないのだ」

「何をだ」


 伊織は半ば無感情で答える。出会って数日、早々に彼女の対応を身につける。


「何をとぼけている。お前が言ったのだろう。催眠術または幻術が使えると」


 気付けば伊織は、ああ、と言葉を漏らしていた。


 今回は謝らないと。冗談ではなく本当に頭がパーになったかと思ったよ。


「言ったな、確かに。分かるのか?」

「それはな。何しろこの魔法は吸血鬼族のみぞ使える万能技だからな」


 彼女はそれはそれは自慢気だ。


 そうこうやっているうちに、伊織たちは森を抜けた。光に慣れていない目に眩しい光が突き刺さる。そんな中でうっすらと瞼を開いた。


 うわぁという音が口の中から溢れ出す。それは誰もがそうなったことだろう。目の前には壮大な自然が広がっていた。


「これは……これは絶景だな。下界にこんな場所があるなんてな」


 下界?お前は天界に行ったことがあるのか?いや、そうだった。追放の身となってから『宗教』や『組織的思想』何でものに一切の興味も疑問もなくなり忘れてしまっていたけれど、そういえばこの世界は神を忠実に信頼する世界だった。それは彼女でも例外ではないのだろう。


 それはいくら国王を敵対していたとしても……


「おい伊織、何をじっと見つめているのだ?私の顔には何かついているのか?そんなに見つめられると、いくら私といえど、不覚にも、反射的にも、ついつい火照ってしまうではないか?」


 まったくこいつは……

 想像してみてくれれば解るだろう?彼女はとんでもない美少女なのだ。そんな奴がこんな台詞を?バターの塗られたパンを手渡されれば食べるくらいに惚れさせられるだろうよ。


 残念ながら、俺はそのようにはならないがな。


「だったら、一人で勝手に火照っていろ。だが、熱は出すなよ。ここで出されても対処できないからな」

「優しいな……」


 彼女の声は小さかった。


(…………。)


 何を言っているのか……どの点を取ったのか……伊織には分からない。それは、彼にとって当然のことであり、そうしなければならない規則のようなものであったから。


 人は習慣化されたものを特別とは思わない。逆に大したことではなくとも習慣化されていない事実はここにしかない、唯一無二の特別な物と思えるのである。


 伊織はそんなことは思わない。それ故に、彼女の言葉を聞こえなかったことにした。


「ところで、俺たちには食料がないよな」

「……そうだな」

「だったら、ここで採らないか?湖なら魚もいるだろう?」


 エミリーは頬にかかる黒髪をくりくりと指の上を転がす。その仕草は、自分を落ち着かせる物なのかも知れない。少しずつ彼女の表情は穏やかになっていく。


「ああ、いいんじゃないか」


 とは言ったもののどうしたものか。釣竿なんて便利アイテムを俺は持っていない。


 そういえば、吸血鬼といえば、物を作り出せる的な吸血鬼パワーはなかったっけ。


「エミリー、俺は君が吸血鬼であるという確定した事実を見ていないのだけれど君は吸血鬼なんだよな?だとしたら、ここにない物を作り出せるいわば創造魔法のようなことはできないのか?」


 不満げな表情、楽しげな表情の順で彼女は表情を作った。


 今の俺の話の中に楽しげな話はあっただろうか?


「私が吸血鬼であることを未だ信用していなかったのか?」


 そもそも、俺も君が出会ったこと自体ほんの数日前で、未だというには浅すぎる日数なのだが。


「まあ……な。実際、俺の前でやったことといえば霊体化したことだけで、確実に君が吸血鬼だ!と言えることはしていないだろう?」

「言われてみれば、だな。言われてみて初めて分かることもあるものだな」


 顎に人差し指を彼女は当てる。

 思案げな表情こそ、やはりエミリーには似合う。


「だったら、お前の鉄分を私の牙の毒に犯してやろうか?」


 全世界がその言葉に驚愕し固まった。


 まあ、そんなことは嘘ぴょんで俺一人が立ち止まる。


「……今何と?」

「私がお前の血を吸ってやろうか、と」


 ……怖いな!俺も元オタクの一人。動画や本でそういう描写を見聞きしてはいたけれど、実際にそうとなると……怖いよ……


「冗談か?笑えないぞ」

「いいや、冗談ではない。本来私は吸血鬼だ。だから、血さえ吸えれば生きられる。お前が血を分けてくれれば私としては魔物を狩る必要などないのだ」


 …………。


「……まぁ、それはまた今度にして、話を戻すが出来るのか?」

「伊織に一泡吹かせたいと思ったが、今回は観念してやろう。それと、答えだが簡単な物なら作れるぞ」


 とりあえず、彼女のことはほって置いて。さて、何を作ってもらおうか。


「この世界のことを俺は知らないから、これを言った後は君に任せるけれど、魚を捕まえる道具は作れるかい?」


 エミリーは無言で右手を体の前へと出した。目を閉じると同時に指先には青い光が灯る。


 青藍色。それが正しい色名だったと思う。彼女が作り出したのは、青い直剣だった。刃は鈍く輝き形も滑らかで美しい。けれどーー


 魚を水中で捕まえるのに剣はむかないと思うがな!釣竿とか、槍とか、そんなのならわかるが直剣か!


「何だ?不満か?伊織」


 まあな。正直に言えばそうだ。使い方のビジョンが全く見えない。


「何を言っているんだ。伊織なら雷の魔法で水中の外からでも捕まえれるだろう?その魔法を強化できる剣だぞ」


 ヘぇ~、そう。そりゃすごい。魔法の強化ね。どうやって?


「まあまあ、ごちゃごちゃ考える前に使って見てくだされ。使えばわかるだろうからさ」

「そう言うことなら使わせてもらうよ。『雷鋭槍』!」


 さあ、どんな変化が見られることだが。現代日本人の俺からすればロマンの塊だ。魔法の強化だってさ、俺の。それはそれは大きな雷が起きたりするんだろうな。


 ……んん?


 俺の反応は正常な物だと思う。どうしてそんな反応を見せているのかと?雷の強化とかかっこいいはずだろうと?いやいや、そんなもんじゃないみたいよ。だって、足元で何かが光っているもの。


「エミリーさん?あなた、どんな魔法を行使なさったんですか?白い光は知っているけれど、黒い光を俺は未だかつて知らないよ」

「これは……あれだよ。成功しない方法を見つけた多大な発見……失敗ってやつかな」

「こんな時まで回りくどい言い方するなよ!!」


 足元の闇は3メートル×3メートルくらいの大きさになったところで拡大は止まった。

 一体全体、これは何なんだ?そんな俺の疑問はあっという間に解決した。


「お前か?我を召喚した輩は」


 くぐもった敵対意識をはっきりとさせた声が聞こえてくる。これは、どうすべきなんだろうか。


「そうだが」


 横でエミリーは本当に伊織が召喚したのか?と嫌にしつこく聞いてくる。が、無視だ。


「我の名は空雷。我と契約を結ぶつもりか?」


 姿は見えない。しかし、威圧感の大きさからどんなやつなのか、想像はできる。相当、強く恐ろしい。

 本心を言うと、結ばなくていいなら結びたくない。


「……信じられない。空雷……その名はサンダーバードの長。どうしてここに……」

「エミリー。えっと、これはどうすべきなんだ?」


 彼女自身どうなっているか分からないようだ。仕方ない。俺の独断と偏見で決めるか。


「結ばなくてもいいのかい?」


 次の言葉はエミリーとサンダーバードがハモったこの言葉だった。


「は?」

「正気?向こうから結ばないかと聞いてくれているのに?サンダーバードと言ったら“三種の神鳥”の一種だぞ」


 とは言ってもな~。いてもどこで役に立つんだよ。強いからこそプライドも高そうだしな。


「ほう、それならあるぞ」


 もう、エミリーが心を読んだことが分かったので慌てず、すぐに聞き返す。


「何だ?」

「移動だ。長距離移動も可能になるし、何より羽毛の中に入りながら移動だぞ。ロマンじゃないか」


 どうやら、彼女は彼女なりの個人的ロマンがあるようだ。

 だが、長距離移動に関しては確かにと言ったところか。そうだな、そうしよう。


「えーと、空雷。どうやって契約すればいいんだ?」

「それは簡単だ。戦って私に勝てばいい」


 ……それは無理!無茶ぶりだろう!流石に、今の俺では神鳥には敵わないだろうに。

 残念だが、諦めなければならなそうだな。


「何だ?貴様。普通の人間族ではないな?異様な、異種な魔力を感じる。それに何か強い力。魔力ではない力。貴様、一体何者だ」


 本来なら伊織が答えるところだろう。でも、ここで我が物顔で答えるのがエミリーである。


「伊織は“記憶の勇者”で異世界から来た人だからでは?」

「記憶の勇者……記憶の勇者?その者は過去に死なれたはず」

「どうやら、俺は記憶の勇者の力が開いた二代目にあたる人らしい」


 何を思ったか、影は即刻決断をした。


「契約成立だ。もうお主は戦わなくていい。お前の使い魔となろう。我に名を授けよ」


 軽いエミリー先生の授業によると名前で召喚獣を召喚者は縛るらしい。


 そうだなぁ。せっかくだからいい名前をつけてやりたいし。自分が呼ぶんだったら呼びやすいやつがいいよな。


 …………………………。


「……夕凪。夕凪なんてのはどうだ?」

「どうしてそう思ったんだ?」

「それは凪いだ空を夕立と共に震わす雷。と言う意味だ。サンダーバードらしいいい名前だろう?」


 エミリーも、何より夕凪もかなり気に入ってくれたようだった。


「良き名を頂いた。いつでも、この名を呼ぶがいい。呼ばれれば直ぐに馳せ参じよう」


 この後俺は思った。もしかすると、このサンダーバードはせっかちな性格なのかもしれない、と。


 登場は闇からだったが、帰りはサンダーバードという名にふさわしく地面からの雷という雷を支配した迫力ある退場を見せた。


 反動で俺たちには湖の相当の水が降りかかる。

 かなりのことがあったが、何かさっぱり終われない終わり方。


 その何とも言えない状況に呆然と顔を見合わせる二人のびしょ濡れコンビがそこにはいた。


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