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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第四章 青嵐
87/286

87 誰がための新作なりや?

《カフェまよい》 メニュー


『ランチ』

お昼限定で約三十食提供される日替わり定食。

菓子や甘味ではなく、ランチ目当ての客も多い。

基本的にメニューはその日になるまでわからないが、食材が人間界から持ち込まれるため、傷みやすい魚が週の初めのほうに、肉料理が週の終わりのほうにでやすい傾向がある。

常連のなかには、それを知って好みのメニューを狙って来店するものもいる。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

中天前の開店から約二時間はランチタイムだ。

現在、この時間帯は客席の担当は、従業員の烏天狗右近に任されている。

真宵が見繕った濃紺のエプロンを身に纏い、忙しく接客に勤しんでいる。




「いらっしゃいませ。」


相変わらずの無表情で、右近は客を迎えた。

右近がこの店で働きだしてからだいぶ経つが、この愛想のなさは相変わらずだ。

いまさら、それに文句を言う客もいない。

そもそも、右近自身が自分のことを愛想がないと自覚してないので直りようがないというのが実際のところである。


「なんだ、古道か。」

昔の同僚の顔を見て、右近は言った。


「なんだ、は、ないだろう? いちおう客だぞ、俺は。」

古道は不満そうに返した。


古道は、空いている席を見つけ勝手に座る。

いまさら、案内される必要もない。足繁く通う常連とまではいかないまでも、休みの日は必ず来ているので勝手は知っている。


「ランチをひとつ頼む。」


古道は聞かれるまでもなく、注文した。

甘味好きの烏天狗のなかでは珍しく、古道はランチ目当てで通っている客だ。

甘いものが駄目というわけではないが、毎日、違った人間界の料理の出るランチに魅了されていた。

おはぎや菓子は持ち帰れるものが多いが、ランチは店でしか食べられないというのもおおきな理由だ。


「・・・・。」


普段なら、すぐに対応する右近が今日はなにやら変だった。

じっとこっちを見ている。


「なんだ? なにかあるのか?」


右近は何も言わず、メニューを差し出した。


「なんだ? 注文はランチと決まっているぞ?」


古道の言葉を無視し、右近はメニューを開けさせると、ある品を指差した。

もともと、そこまでたくさん品数があるわけではないので、意図することはすぐわかった。

以前にはない品がメニューの一番下に書き加えられていた。



『おにぎりセット』 

日替わりのおにぎり三種。お茶付。


『おにぎり』

日替わりのおにぎり三種。持ち帰り可。




「ああ、新メニューができたのか。おにぎりか。」


「そうだ。」

なにやら、右近は自信満々といわんばかりに胸を張る。


「だからなんだ? 俺の注文はランチだぞ?」


「・・・、いいか? 『おにぎり』セットのおにぎりは、日替わりで中の具が変わる。今日は肉味噌、昆布、高菜しらすだ。」


「ほう、うまそうだな。」


「だろう。しかも、そのうち昆布のおにぎりは俺が握っている。」


「へぇ。」


「へぇ、じゃない! いいか?つまり俺がつくった料理が、店に出て、客が食べているんだぞ?」


「ふーん。まあ、おにぎりだしな。誰が作っても大差ないだろう。」


「ちがう!!」

右近は断固として抗議する。


「いいか?おにぎりという料理は、シンプルながら奥が深い。飯が熱いうちに握らないとうまくかたちにならないし、固く握りすぎるとうまくない。塩加減も大事だし、具も中にいれるか、飯に混ぜるかでまったく味が違ってくる。そのおにぎりの一品を、俺は猛特訓の末、マヨイどのから、客に出してよいとお墨付きをもらったんだぞ?!」


古道はだいたい右近の言いたいことがわかってきた。


「つまり、『おにぎりセット』は右近が握ったおにぎりもつかわれている自信作だと。」


「そう。」


「だから、今日はランチでなく、『おにぎりセット』を注文して食えと。」


「そう。」


「断る。」


「む?! なぜだ?」


「俺はランチを食いに来たんだ。おにぎりもうまそうだが、ランチをあきらめてまで注文する気はない。」


「む。」


「おにぎりは、持ち帰りもできるんだろう? じゃあ、今日の持ち帰りは、おはぎをやめておにぎりにする。 俺はランチを楽しみに来たんだ。さっさと持ってきてくれ。腹が減っているんだ。」


「むう。仕方ない。ランチひとつだな。」


右近は渋々引き下がった。

古道には、右近の言いたいことはわかっていた。

おそらく、友人である古道に自分の握ったおにぎりを食べさせ、料理の腕があがったことを認めさせたかったのであろう。

しかし、今日のランチを逃してまで、その思惑に乗ってやる気にはなれなかった。

古道にとって《カフェまよい》のランチは数少ない休日の楽しみなのだ。


「ああ、そういえば、今日のランチはなんだ?」


「今日は『メンチカツ』だ。古道ははじめてだったか?」







「これが『メンチカツ』か。」


古道は皿の上の狐色の物体を見つめた。

丸い円盤型をしたものがふたつ。

油で揚げてあるのは間違いない。揚げ物はランチではよく出る定番メニューだ。

『カツ』とか『フライ』と名がつく料理はほぼ揚げ物と考えてよい。

異国の言葉らしいがこの店で覚えた。

しかし、メンチとはいかなるものか?古道には皆目見当もつかなかった。

メインの皿に乗っているのは、キャベツというくせのないほのかにあまいシャキシャキした葉野菜を刻んだものに、赤いトマトという野菜なのか果物なのか判断に迷う実。そして、揚げ物には必ず付いてくるレモンという酸味の強い果実。

レモンは揚げ物にかけるとさっぱりとして食べられるが、古道はどちらかというと、かけずに食べるほうが好きだった。


「しかし、少しおおきいな。」


ひとつが小判一枚くらいあるメンチカツはひとくちで食べるのは少々おおきい。《カフェまよい》でだされる料理は箸でも食べられるように、ひとくちサイズのものが多いのだが、これは違うようだ。

(かぶりつけということか?)

古道はメンチカツに箸をのばす。


ザクッ。


軽い音を立てて、箸がカツにめりこむ。


(なんだ?やわらかいぞ。)


予想よりはるかにやわらかいメンチカツは箸に力をいれると、簡単に両断された。

そして、古道の予想を超えたのはそれだけではなかった。

切った断面から油ののった肉汁が、これでもかと溢れ出した。

にじみ出るとか垂れてくるとかではない。まるで肉汁の洪水のように皿の上に流れ出したのだ。


(なんなんだ?この料理は? こんな料理見たことも聞いたこともないぞ。)


《カフェまよい》の料理は人間界の料理なので、妖怪たちの知らない料理も多い。

しかしこの『メンチカツ』という料理はそのなかでもかなり特殊だ。

まず、中身がなんなのかわからない。

おそらくは肉なのだろうが、箸で切れてしまう肉など聞いたことがない。そのうえ、この肉汁だ。

古道は味の想像もつかないまま、ちょうどいいサイズになったメンチカツを口に放り込む。

口の中で肉汁が広がる。

カツは表面がサクサクで歯をつかわなくても食べられるほどやわらかい。

そして、うまい!

肉汁には肉そのものの味と脂の味。それに塩と胡椒が効いている。だが、おそらくそれだけではなく、古道のしらない香辛料が何種類も使われている。


二口目を口に運ぶ。

それにしても、口にしてもなんの肉か判断がつかない。

牛? 豚? どちらにしても、ここまでやわらかく肉汁のあふれ出る肉など聞いたことがない。もちろん食べたことも。

脂っこくなった口は、むしょうに白い飯が食べたくなる。

《カフェまよい》のランチのにくいところはこれだ。

ただ、うまいだけではなく、とにかく白い飯とあう。

少し濃い目の味付けや、脂のうまみで、どんどん飯がすすむのだ。


三口目に手を伸ばそうとして、手を止めた。

右近が『メンチカツ』を持ってきたときに言っていた。ソースとレモンは好みでかけろ、と。

ソースは異国の調味料だ。

見た目は醤油と似て、真っ黒な液体だが、味はかなり違う。

このソースが揚げ物にかけるとうまいのは経験上知っていた。

ただ、かけすぎると辛くなるので、ガラス瓶を慎重に傾ける。

ソースで黒く染まったカツを口に入れると、さきほど同じ肉汁が、さきほどよりも芳醇な味わいでひろがった。


(やっぱり、揚げ物は、このソースをかけたほうがウマイ!)


そして、キャベツという葉野菜を口に放り込む。

キャベツはクセがなく食べやすいが、そこまでうまいとは思っていなかったのだが、これは間違いだった。

揚げ物を食べた後で食べるキャベツは別物だ。

脂っこくなった口の中をさっぱりさせてくれるだけでなく、シャキシャキした歯ごたえとみずみずしさで、これがまたくせになる。

ソースを少しキャベツにたらしても、うまい。


(しかし、どうしてもわからん・・・。)


のこりひとつになった『メンチカツ』見ながら、解けない疑問にぶつかり、降参することにした。

仕事の隙を見て、右近を呼ぶ。


「なんだ? なにか問題でも?」


「いや、どうしてもわからなくてな。この肉は何なんだ? こんなやわらかくて肉汁の滴る肉は知らないぞ。牛肉のような味もするんだが、豚肉のようにも思える。皆目わからん。」


「ふ。まあ、なかなかいい質問だな。」

右近は不敵に笑った。


「この肉は、牛肉と豚肉を両方使っている。」


「両方? 片方が牛で片方が豚って事か?」


ふたつのうちひとつの『メンチカツ』が残った皿を見つめる。

では、先に食べたのはどちらだったのだろう?


「いや、違う。牛肉と豚肉を混ぜているんだ。それもやわらかくすり潰してな。マヨイどのは合い挽き肉と呼んでいた。」


「肉をすりつぶす?」


なんとも面妖な調理法だ。さらに豚肉と牛肉を混ぜて使っているという。

だが、それでうまいものができるなら文句はないが。


「まったく、人間というのはおもしろいことを考えるものだな。」


古道は感心した。



古道は疑問が解けたところで、のこりのカツに手を伸ばそうとして、皿の脇に残されたレモンという果実に目が止まった。

古道は、揚げ物にこのレモンという果実を絞ってかけるのはあまり好まない。

揚げ物はさっぱりとさせて食べるよりも、そのまま脂のうまみをたっぷり楽しみたいと考えているからだ。

(しかし・・。)

この、暴力的なまでに大量の肉汁を含んだ『メンチカツ』ならあるいは。

古道は意を決して、レモンを手に取り絞る。

そして、ソースとレモン汁に彩られたカツを口に入れる。


うまい!


レモンの酸味で肉汁のくどさや脂っこさが一掃され、うまみだけが口の中に広がる。

そこにソースの味が絡むともう、なんと表現していいかわからない。

無理に表現しようとするなら、・・・・調和。

そう、調和だ。

大量の肉汁をソースとレモンが加わることで、奇跡的な調和が口の中で生まれては消えていく。


「おい、古道。おまえ、レモンはかけない派じゃなかったのか?」

古道が食べる姿に気づいて右近が尋ねた。


「・・・・ああ。いままではな。だが、変わった。メンチカツの大量の肉汁とこの外側のサクサクした部分の油に対抗するにはソースだけではダメだ。レモンとソース、ふたつあわさってこそ、メンチカツのうまみを最大限に引き出すことができると、俺は思う。揚げ物全部にレモンをかけるべきだとは思わないが、このメンチカツにだけはレモンは必須だ!」

古道は思わず、熱弁する。


メンチカツの新しい味と世界に、古道は箸が止まらなくなり、白飯も汁物もすべてたいらげてしまった。

最後のトマトを口にすると、やっと一息ついた。


「うまかった。 すごいな、この『メンチカツ』ってやつは。」


「ああ、俺が働きに来てからだけでも、三回はランチで出しているが、毎回好評だな。」


「なんだ。右近はそんなに好きじゃないのか?」


いつもなら、ここで得意気に話し出すのだが、今回はそうでもなかった。

普段は無表情だが、料理のことになると意気揚々と話すのに珍しい。


「いや、そんなことはないが、このメンチカツは少々難しくてな。手順も多いし、今の俺ではとてもつくれそうにないんだ。」


たしかに、おにぎりを客に出せるようになったと喜んでいる右近には少々ハードルが高いだろう。

古道など、食べて満足しても、なんの材料が使われているのかもよくわかっていないくらいだ。


「しかし、あれだな、右近。」


「なんだ?」


「このメンチカツって料理。あんなうまい肉汁が皿に流れ出してしまうのはもったいないな。」


「ああ、たしかに。」


食べ終わった皿には、たしかに大量の肉汁が残っていた。透明な肉汁に脂が浮いて、キラキラ光っている。


「店じゃなかったら、舐めたいくらいだよ。」


冗談めかして古道が笑う。

しかし、右近は顔をこわばらせた。


「なんだよ。冗談に決まっているだろう。いくらうまかったからって、そんなことしないよ。」


「・・・・・。」


しかし、右近は黙ったままだ。


「どうした?」


「・・・・いや、実は、そういう客がいるもんでな。」


「おいおい、まさか、そんな客がいるはず・・。」


古道は右近が見ている視線の先をたどった。

すると、少し離れた席で、一心不乱に空の皿を舐めている妖怪がいた。

濃緑色の肌で赤黒いボサボサの髪をした妖怪である。


「ん?なんでやんすか?」


ふたりの視線に気がつき、振り返った。




『あかなめ』

濃緑色の肌と赤黒い髪をした妖怪。

勝手にひとの家の風呂場にはいりこみ、垢をなめる。

迷惑行為で、出入り禁止をくらっていたが、最近になって、絶対に母屋、とくに風呂場には近づかないと約束をして、解除される。

食べ終わった皿をなめるのは、マナー違反ではあるが、出入り禁止にされるほどではない・・・はず。





読んでいただいた方ありがとうございます。

久しぶりのランチ回でございます。メンチカツです。

最近食べてないなぁ。メンチカツ。

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