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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第四章 青嵐
88/286

88 泣いたのは赤鬼

妖異界貨幣価値


10銭=1銀

100銀=1金

10金=小判

50金=大判


銭、銀、金、は10円玉くらいのおおきさの硬貨。

真宵の感覚では1銭=150円くらいのイメージ。

なので、《カフェまよい》で取り扱われているのはほぼ、銭と銀だけ。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

ランチタイムが終わる頃、厨房で仕事をしていた真宵が、客席にでてくる。

客席で、お客とふれあいたいという真宵と、料理の修業がしたいという右近の希望が合致し、この時間は真宵が接客することが多い。




「お味はいかがでしたか?」


真宵は、本日初めて来店した客の席に挨拶しにきた。

客は二人。

ふたりとも頭に角のある大男だ。


「おう。うまかったぜ。」

「ああ。菓子も飯もうまかった。」


『赤鬼』『青鬼』。

名前のとおり、真っ赤な肌をした赤鬼と真っ青な肌をした青鬼。

天邪鬼やら、鬼婆やら、鬼と名のつく妖怪は、ほかにもたくさん来ているが、このふたりほど、真宵のもつ『鬼』のイメージに近いものはいない。

真っ赤な肌や真っ青な肌に、頭の角。太い眉毛にいかつい顔。ちょっと天然パーマのかかった髪まで、節分の豆まきにつかう鬼のお面や桃太郎の絵本に出てくる鬼にそっくりだ。

さすがに虎の皮のパンツ一枚ということはなかったが、しっかり金棒を手に持ってのご来店である。


「お口にあってよかったです。」


真宵はにっこり微笑んだ。

ふたりの鬼は『おはぎセット』をはじめ、まんじゅうやら羊羹やらおにぎりまで、いろいろ注文しており、楽しんでくれたようだ。


「お茶のおかわりをお持ちしましょうか?」


「いや、もうじゅうぶんだ。いくら、わしらでも満腹だ。」


「そうだな、赤鬼。そろそろ、帰るとするか。」


「ああ。人間の娘さんよ。会計をしてくれるかな。」


「はい。かしこまりました。 えっと、お会計はご一緒ですか?別々ですか?」


真宵の言葉に、ふたりの鬼は視線を交わす。


「ん、ああ。そうだな。一緒に頼むか。・・・む、いかん。どうやら、わしは財布を家に置いてきたようだ。すまんが、青鬼。わしのぶんも一緒に払っておいてくれるか?」


赤鬼が言った。

なにやら芝居がかっているのは気のせいだろうか?


「ええと、ご一緒でお会計してよろしいですか?」

真宵が確認する。


「ん。ああ、そうだな。一緒にしてくれ。俺が一緒に赤鬼の分も払おう。・・・・む、なんたることだ。どうやら、俺も財布を忘れてしまったようだ。馬鹿な。なんたる失態。」


「え?」

なにやらキナ臭いふたりのやり取りに、真宵は眉をひそめた。


「な、なんだとお? それでは、ここの支払いができないではないかあー。こんなにうまいものを食わせてもらっておいて、そんなことは許されぬぞ、青鬼ー。」


「そ、そんなことを言っても、仕方ないではないかあー。わざとではないのだ。まさか、われらふたりがそろって、財布を忘れるなどと誰が予想したであろうかあ。」


なんとも芝居がかった台詞回しだった。

まったく感情がこもっておらず、棒読みである。

そのくせ、おおげさに天を仰いだり、頭を抱えたり、リアクションはやけにオーバー。

三文芝居どころか学級会のだしものレベルである。


「あのー、もしかして、『無銭飲食』ですか?」


真宵がズバリ聞くと、赤鬼と青鬼は視線をあわせ、目配せする。


(いま、なんか合図おくりましたよね?)

真宵が心の中でつぶやいた。


「な、なんだとおー。この誇り高き鬼族の青鬼を愚弄するかあーーー。ゆるさんぞおー人間の娘さん・・、いや、人間の娘よおー。 鬼族の恐ろしさをおもいしらしてくれるわあ。」


青鬼は大げさに牙をむきだして、目を吊り上げる、。

いまにも襲い掛かるぞと言わんばかりに、両手を上げ体を大きくみせる。

普通なら、こんな大きな身体の角と牙をもった妖怪に凄まれれば、怖くて逃げ出すのではないかとおもうのだが、なんというか、すべてが芝居がかっていて、反応するのもあほらしいくらいだ。

だいたい、本気で暴れるつもりなら、そのすぐ隣に立てかけてある金棒をまず手に取るであろう。


「ええと、あのですねぇ・・。」


「な、なにをするかあー。青鬼。乱暴狼藉はゆるさんぞおおー。」


真宵がなにか言おうとすると、その前に赤鬼が、ラグビーのタックルのように青鬼の腰にしがみつく。

ポテッと、青鬼が転んだ。

そう。ポテッと。

赤鬼のタックルはあまりにもゆっくりすぎて、どう見ても、青鬼が自分から転びにいったとしか思えない。


「あ、青鬼。おまえというやつは、こんなにも親切にしてくれた、人間の娘さんになんということを! いくら大切な友人とはいえ、見逃せぬことがあるぞお。」


赤鬼は倒れた青鬼を両手でポカポカ殴る。

そう。ポカポカと。

筋骨隆々の赤鬼にもかかわらず、その拳はあくまでやさしく、イメージとしては幼い孫が祖父に肩たたきをしてあげているくらいの強さ加減である。

もちろん、金棒には指一本触れようとはしない。


「ええい。青鬼。おまえなど、ここにいいていい妖怪ではない。わしはおまえの友人だ。だが友人だからこそ許せん。おまえはここから、そうそうに出て行くがよい。この娘さんに二度と乱暴をはたらくんじゃあないぞお。」


赤鬼はまるで長年の友人を敵にまわした悲劇のヒーローの如く、悲痛な表情をつくって嘆いた。

だが、青鬼に言っている台詞なのにずっと、真宵のほうを向いているのはなぜだろう?青鬼もチラチラこちらの様子を伺っているような気がする。


「おのれえ。仕方ない。今日はこのまま消えるとするぞ。おぼえておれえ、赤鬼いいーー。」


悔しそうに、この場を立ち去ろうとする青鬼を、真宵は止める。


「いえ。まだお会計が済んでないんで、勝手にお帰りになられては困ります。」


青鬼は急に挙動不審になりおろおろと話し出す。


「い、いやしかし、いま俺は乱暴を働いて、赤鬼にこの店を追い出されるところでな?」


「べつに、乱暴をされてはいませんし、追い出すも何も、もうお食事はおわっているんですから、お会計さえ済めば、普通にお帰りになってけっこうですよ。」

真宵は冷静に答えた。


赤鬼と青鬼は目配せすると、真宵から少し離れた場所で肩を組んでなにやら相談をはじめた。


(これって、もしかしたら、昔話のアレだったのかしら? 村人と仲良くなりたがってる赤鬼さんのために、青鬼さんがあえて憎まれ役をかってでるってやつ。)


真宵は昔、読んだ絵本のおはなしを思い出していた。


(でも、あれって、食い逃げするおはなしじゃなかったはずなんだけど・・。)




一方、予定と違った赤鬼と青鬼は次の手を考えていた。


「なぜじゃ?計画では、青鬼は逃げ出し、わしは人間の窮地を救った英雄として感謝されるはずではなかったのか?」


「うむ。計画では、感謝の印に飲食代はタダになり、土産のひとつも持たされるはずだったのだが。」


「まさか、われら鬼族の秘伝の書に書かれた『いの8番』が効かなかったというのか?」


「いや、そんなはずはない。鬼族のいい伝えによれば、人間は『ぎゃっぷ』とやらに弱いのだ。素行の悪いものが、捨て犬の頭をなでるだけで聖人君子のようにあつかわれるらしい。」


「おお。わしもそれは聞いたことがある。」


「だろう? どうしようもない悪人が老人をおぶってやっただけで英雄あつかいされるらしい。俺たちのような風貌のものが、少しいいことや優しいことをするだけで、あの人間の娘は『ぎゃっぷ』にイチコロのはずだ。」


「なるほど。『ぎゃっぷ』じゃな。」


「『ぎゃっぷ』だ。」


「なら、次はどうする?」


「『いの8番』は対象が比較的、低年齢層に効きやすいとされている。あの娘は若く見えるが、成人女性だ。次は『ろの3番』でいこう。」


「なるほど。『ろの3番』か。 あれなら、あの娘もイチコロじゃな。」


「ふふふ。そのとおりだ。」




赤鬼と青鬼は相談がまとまると、真宵のそばまで戻ってきた。


「うーん。コホン。ああ、えーと、マヨイどの、といったかな? 人間の娘さんよ。」


「ええ。」

赤鬼のわざとらしい言い回しに警戒心をかきたてながらも、真宵は答えた。


「実はな。先ほども言ったとおり、わしらはふたりとも財布をわすれてしもうた。」


「うむ。一生の不覚だ。」

青鬼が頷く。


「それでな。 青鬼のやつが、家まで取りに帰るというんじゃ。」


「あら?お住まい近くだったんですね。」


「いや、遠い。」


赤鬼に続いて、今度は青鬼がなにやら芝居がかった台詞を並べ始める。


「たしかにわれらの棲む鬼の庵は遠い。だが、俺は走ろう! 待っておけ。俺は必ず日暮れまでに帰ってこよう!たとえ、足が折れようと、肺が破裂しようとかまわぬ! 必ず銭を持って、この峠の茶屋まで戻ってくる。魂を賭けて誓おう!」


「・・・あのですねぇ。」


「いや、何も言うな人間の娘よ。わかっている。そんなことを言っても、そのまま逃げてしまうのではないかと心配しているのだろう?」

さらに、赤鬼が続けた。


「心配するな。わしが人質となってここに残る! もし青鬼が戻ってこなかったときは、この赤鬼を好きにするがいい!」


「赤鬼!」


「なにも言うな青鬼! わしはお前を信じている! お前は必ず日暮れまでに帰ってくる!」


見詰め合う二人の鬼。

なのに、なぜか二人ともチラチラと真宵の方を見ている。


(これってやっぱり、アレよねえ・・。)

黙って見ていると、さらに続きがあった。


「青鬼よ。わしを殴れ!」


「なにをいう!赤鬼。」


「青鬼よ、わしはほんの少しだけお前を疑った。お前が出て行ったきり帰ってこないのではないかとな。ほんの少しだ。だが、お前を疑ったことにかわりはない。さあ、わしを殴ってくれ!」


「なにをいう!赤鬼! おまえこそ俺を殴れ! 俺はほんの少しだけお前を見捨てようとした。たとえ、日暮れに間に合わなくとも、酷い目にあうのは自分でなく赤鬼だと思うと、ほんの少しだけ見捨ててしまえばいいという弱い自分が角をもたげた。ほんの少しだ。だが、お前を見捨てようとしたことにはかわりはない。さあ、俺を殴ってくれ!」


「青鬼!!」


「赤鬼!!」


がっしりと抱きしめあう二人の鬼を見ながら、真宵は呆れていた。


(ああ、やっぱり、『走れメ○ス』だったのね・・・。)


中学のときの国語の教科書に載っていた有名小説を思い出しながら、ため息をついた。


「あのー、盛り上がっているところなんなんですが、結局、お支払いのほうはどうするんですか? 取りに帰るのはかまいませんけど、日暮れまではもうあまり時間ないですよ?」


陽は長くなったとはいえ、おそらく、あと二時間ちょっとくらいで日没だ。

青鬼の足がどれだけ速いか知らないが、往復するならそんな遠い場所に行けるとは思えない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。相談させてくれ。」


予想外の真宵の冷めた反応に、赤鬼たちは動揺して、再び離れた場所で相談する。




「ま、まさか『ろの3番』が効かぬというのか? あの娘、ほんとうに人間か? もしや狸か狐が化けているのではあるまいな?」


「ま、まて。はやるな、赤鬼。まだ、ほかに手がないわけではない。あのマヨイという店主、おもったより手強い。『ろの3番』が効かぬなら、正攻法はあきらめた方がいい。ここは搦め手で攻めよう。」


「どうするのだ? ・・・まさか?」


「ふふ。そのまさかだ。『への6番』をつかう。これなら、あの娘とて、なす術あるまい。」


「ふふ。おぬしも悪よのう。青鬼。」


「ふ。われらに『への6番』までつかわせてくれたあの娘を褒めてやろうぞ、赤鬼。」


二人の鬼は不敵に笑った。





赤鬼と青鬼は相談がまとまると、真宵のそばまで戻ってきた。


「んんー。コホン。そういえば、思い出したんだが、実はわしらはここで働いておる妖怪の知り合いでな。なあ、青鬼よ。」


「お。おお。そうじゃった、そうじゃった。なんといったかなあ? あの、それそれ、あいつだ。なんということだ。あれほど親しい友の名前を忘れてしまうとは。」


「なんと。青鬼、お前もか。実はわしもド忘れしてしもうたんだ。あー、なんという名前だったかのう。」


「うーん、たしか、おと・・、いや女だったのう。」


「ああ。女だった。女だった。」


二人の鬼は探るようにチラチラ真宵の方を見ていた。


「・・・うちの従業員で女性というと、座敷わらしちゃんか・・。」

あとは、沢女とふらり火くらいだ。つらら鬼に性別があるのかどうかわからないが、それを入れても皆、厨房から出ない。


「そう。座敷わらし! そうだった、そうだった。座敷わらしだ。なあ青鬼。」


「そうだそうだ。座敷わらしだ。なんで忘れていたんだ。」


「座敷わらしちゃんですか? 呼んできましょうか?」


「いやいやいいんだ。忙しいだろうからな。」


「ああ。ただ、実はわれらはその座敷わらしに、いつでも食べに来いと、言われておってな。」


「そうだ。そうだ。そうだった。わるいとおもっておるんだがなあ。あいつがぜひに食べに来いとうるさくてな。」


「うむ。それで、勘定は全部、座敷わらしがもつといってくれておってな。いやいや、俺はそんなことはしなくていいといったんだがな。なあ、赤鬼。」


「そうだ、そうだ。わしらは遠慮したんだがなあ。ぜひにと言われてはなあ。」


なんともしらじらしいやりとりに、真宵は辟易していた。

よく、オレオレ詐欺でつかわれる手口だ。



「なんじゃ?わしの名前がでんかったか?」


いつの間にか、座敷わらしが隣に立っていた。


「あら。座敷わらしちゃん。ちょうどよかった。こちらのふたりはお知り合い?」


するとふたりの鬼は、硬直してダラダラと冷や汗を流している。


「赤鬼と青鬼じゃろう? 知り合いってほどでもないが、まあ顔くらいは知っておる。」


「な、なにを言っているんだあ。わ、わしらは、旧知の仲ではないかあ。なあ、はっははは。」


「そ、そうだぞ。なにを他人行儀な。ははははは。」


疑いの目でふたりを見る。


「じゃ、座敷わらしちゃん、このふたりに食事をごちそうする約束していたの?」


「は?なんで、わしがこのふたりに飯を食わせねばならんのじゃ?」


ふたりの顔から滝のような汗が流れ出す。

嘘はバレバレだ。


「赤鬼さん。青鬼さん。ウチにはすでにぬらりひょんさんという食い逃げの常習犯がいるので、これ以上の無銭飲食を許すつもりはないんです。お金がないなら、出入り禁止にさせてもらいます!」


真宵はきっぱり言った。

人間界なら、警察に突き出すところだが、妖異界に警察はない。

鞍馬山の烏天狗が警察のかわりのようなことをやっているが、とても忙しいらしく無銭飲食ごときで煩わせるのは申し訳ない。

きっちり出入り禁止にして、二度と店にかかわらないようにしてもらうのが得策だろう。







「で、どうしたんだ?」


閉店後、厨房で片づけをしながら、事の顛末を聞いた右近は真宵に尋ねた。

ずっと厨房にいたため、騒ぎには気づかなかったらしい。


「べつに、どうもしないわよ。近日中に、代金を持ってくる約束をして帰ってもらっただけ。」

真宵は答えた。


「なら、あれはなんだ?」


右近は厨房の隅に立て掛けられた二本の金棒を指差した。


「置いていったのよ。こんなの置いておかれても迷惑だ、って言ったんだけど聞かなくって。・・・質草のつもりみたい。客席に置いておくわけにもいかないし。重いのよ、それ。厨房に持ってくるだけでも大変だったわ。」


真宵は呆れたように言った。


「まったく。いい大人が無銭飲食だなんて! 小豆あらいちゃんや山童くんみたいな子供でもちゃんと働いてるっていうのに!」

真宵はまだ怒っているらしい。


「いい? 小豆あらいちゃん。 おおきくなってもあんな大人にだけはなっちゃダメよ!」


「??? オレは小豆あらいだから、おおきくなっても、鬼にはならないゾ。」

楽しそうに食器を洗っていた小豆あらいは応えた。


「ふふ。そうね。小豆あらいちゃんは、将来は立派な『小豆あらい』になるんだものね。」

真宵は微笑んだ。


「そうだゾ!」

小豆あらいも応えた。




(しかし・・。)


右近はあらためて、並んだ二本の金棒を見る。


(鬼から、金棒を取り上げてしまうとは・・・。この間は、隠神刑部狸に認められていたし、マヨイどのもなかなかあなどれんな。)


無力なただの人間であるはずの雇い主を、感心して見つめる右近であった。






読んでいただいた方、ありがとうございます。

赤鬼、青鬼でございます。

妖怪話よりも、御伽噺や昔話のほうがイメージ強い気もしますが、あの鬼さんです。

天邪鬼、鬼婆、つらら鬼、鬼と名のつく妖怪はたくさん登場したのに、鬼らしい鬼の妖怪さんが出ていなかったので書きました。

楽しんでいただけたなら、幸いです。



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