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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
36/286

36 幕間劇 沢女 迷い家

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

その厨房では、水道も通っていないしポンプもないのに、蛇口をひねれば水が出るし、いくらつかっても枯れる事がない。

それは、厨房の一角に置かれたおおきな水瓶に座った小さな幼女の姿をした妖怪、『沢女さわめ』のおかげである。

彼女がとり憑いた水瓶の水は、どれだけつかっても減ることがなく、管をつかって送ることで蛇口から自由に出せるようになっている。

そんな、店にはなくてはならない存在の妖怪であるが、彼女はいつも何も話さず、何も語らず、ただ水瓶のふたの上に座って、厨房の様子を見守っている。




深夜。店の片付けも、明日の仕込みも終わり、店主も従業員の姿も消えた厨房に、ぼんやりとした人影が現れる。


「沢女。起きているか?」


姿は見えているのに、どれくらいの年齢なのか男性なのか女性なのかわからないその人物は、水瓶の上の幼女に語りかける。


「どうしたの? アナタがその姿で現れるなんて、眠れないのかしら? 迷い家マヨイガ。」


沢女は小さな唇を動かして、鈴のような声で応えた。




「眠れない・・か。まあ、そんなところだ。ひさしぶりに、おまえと話したくなってな。少しつきあわないか?」

迷い家は戸棚を空けると、白い和紙に包まれた一升瓶を取り出す。


「ふふ。わるいひとね。まよいさんにバレても知らないから。」

沢女はコロコロと笑う。

返答は是である。


「マヨイには、家賃か福利厚生かなにかだとおもってもらおう。」


「ふくりこうせい?」


「なんでも。人間界では、従業員が気持ちよく働けるために、いろいろ便宜をはかることらしい。」


迷い家は酒を注ぐ。

ひとつは湯飲みに、ひとつは御猪口に。

そして、御猪口のほうを、沢女に渡す。

小さな御猪口であっても、沢女にとっては両手で抱えるほどの大きさだ。


「それじゃあ、乾杯するか。・・われらが店主に。」

「あたしたちの雇い主に。」


ふたりは注がれた酒に口をつける。


「うふふ。おいしい。人間界もお酒の味だけはかわらないみたいね。」

自分の顔より大きなお猪口で酒を飲んでも、顔色一つ変えない。


「・・・そうでもないらしぞ。なんでもマヨイがいうには、この酒は昔ながらの造り方にこだわっている酒蔵のものだそうだ。・・減っているらしいな。そうゆうのは。」


ふたりが飲んでいる酒は純米吟醸酒。

真宵が酒蒸しまんじゅうを作るときに使っている酒で、地元の酒蔵で造られている。

正直、まんじゅうにつかうのはもったいない酒だが、真宵の祖母のレシピにしたがってそのままつかわれている。


「・・そうなの。こんなにおいしいのに。・・・それも時代の流れってやつなのかしら。」

沢女の瞳に少し翳りが見えた。


「・・・まだ、人間は好かぬか?」

迷い家は、唐突にきいた。


「なあに? いきなりへんな質問ね。」

沢女は笑う。


「正直、この店で働くことを要請したとき、請けてくれるとは思うてなかった。」

酒で喉を湿らせながら、迷い家は語る。


「ふふ。自分から頼んできたくせに、おかしなことを言うのね。」


真宵が茶屋を開くにあたって、最初に迷い家にお願いしたのが、インフラ設備だった。

きれいな水は料理にもお茶にも、食器や調理器具の洗浄や掃除にも必須だ。

井戸を掘るにしても、湧き水をつかうにしても、人間の娘である真宵にすれば、運ぶだけで重労働だ。

そこで迷い家は、水を無尽蔵に生み出し、水の流れも操ることのできる土地神の川守、沢女に協力を頼んだ。

沢女はもともと人間界のある川の土地神妖怪だった。

しかし、人間界がどんどん高度成長のあおりを受け、工業排水や生活排水を川に流すことで、とりかえしのつかないほど汚染していった。

魚や虫が消えていき、底が見えるほど透き通っていた水は濁り、川は命の色を失っていった。

沢女は人間を恨むでなく、復讐するでもなく、ただ、静かに人間界を後にし、妖異界に戻ったあとは、二度と人間界に戻らず、人間と関わろうともしなかった。


「人間の営む茶屋だったからな。・・・無理を承知で頼んだ。おぬしは人間を見限ったと思っておったからな。」


遠い昔、迷い家は、何度か沢女の守る川を訪れたことがあった。

優しく澄んだきれいな川だった。 増水や氾濫で、人間に害を及ぼすことも少なかったのは、沢女が守っていたからであろう。

しかし、その川はもうない。


「・・そうね。仕事を請けたのは、ちょとした気まぐれだったのだけど・・。気に入らなければ、すぐに出て行くつもりだったしね。」


「そうなのか?」


「ふふふ。でも、今はこの仕事を気に入っているわ。 ちょっと騒がしいけど、活気があっていろんな妖怪がやってきて、毎日がお祭りみたい。」

沢女は笑う。


「まあ、少々騒がしすぎるきらいはあるがな。」

迷い家はうそぶいた。


「よくいうわ。寂しがり屋で、人間でも妖怪でも招きいれるのが大好きなくせに。」


「だ、だれが寂しがり屋だ。」

迷い家は顔を紅くする。 酒のせいではないようだ。


「ふふ。私もまよいさんのこと、だいすきよ。明るくて楽しくて働き者で、ちょっとおっちょこちょいでお人好なところもだいすき。」


沢女は満面の笑みだ。その笑顔に偽りはない。

明るく楽しい働き者で、時に愚かなこともするが優しい心を持つもの。

それは、沢女が失った、遠い昔の人間たちの姿なのかもしれない。


「・・・そうか。それならよかった。」

迷い家は安堵の表情を浮かべた。


「・・・しかし、ならなんで、マヨイとはしゃべろうとせんのだ? たぶん、マヨイはおぬしをしゃべらない妖怪だとおもっておるぞ?」


沢女は笑う。

「わたしは、元川守の土地神だもの。そういう妖怪は、ただ見守るのが好きなのよ。人間にちょっかいだしたり、脅かしたり怖がらせたりするのが好きな妖怪とはちょっと違うのよ。」


「そういうものか。」


「あなただって、その姿でまよいさんの前に現れないじゃない?」


「ま、まあ、自分も見守る側の妖怪だからな。」

迷い家は視線をそらす。


「ふふふ。うそつきね。誰より人間好きのおせっかいな寂しがり屋の妖怪のくせして、いざとなると、恥ずかしがってまともにその姿で話せないんでしょう?」


「だ、だれがだ!」


迷い家の抗議を聞き流し、沢女は御猪口の酒をすべて飲み干した。


「はぁ。おいしい。 これから、お給金のかわりにお酒をいただこうかしら。」

空になった御猪口を愛しげにさする。


「それは、無理だろうな。」


「あら、なぜ?」


「まよいは、ぬしや座敷わらしのことを、幼い子供かなにかだと思っている。 酒なぞ要求したら、顔を真っ赤にして止めに来るぞ。」


「ふふふ。そうね、ありそうだわ。」

人間である真宵からすると、どうしても幼い姿をした妖怪は子供扱いしてまうらしい。

座敷わらしも沢女も、客で来る妖怪のほとんどよりも年上なのだが、真宵からはちゃん付けで呼ばれ、完全に子供扱いされている。


「じゃあ、たまにこうやって、こっそり飲むのがいいのかしら?」


「そうだな。たまにはこうやって飲もうぞ。」

迷い家は、一升瓶を持ち上げると、沢女の御猪口に酒を注いだ。





翌朝。


「みんな、おはようー。今日もよろしくね。」

朝、厨房に入ってきた真宵は、なかの妖怪たちに挨拶した。

朝の仕込みをはじめようとしたとき、ふと、違和感を感じた。


(ん? なんだか、お酒臭いような・・。気のせいかしら?)


真宵は首をかしげた。






読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回は、「沢女」「迷い家」しゃべる 回でございます。


どこかで書こうとおもって、書くのを忘れていたので書かせていただきます。

「沢女」はほぼオリジナルな妖怪です。

最初に、茶屋で働く妖怪を決めていたとき、水をきれいにして、水道みたいにつかわせてくれる妖怪を探したのですが、なかなかちょうど良いのが見つからなくて。

水の妖怪だと河童やら蛇神とかがおおいんですが、はたして、河童や蛇がちゃぷちゃぷ泳いでいる水瓶の水を飲食につかうのはいかがなものか? というところにぶちあたりまして・・・。

結局、新しい妖怪をでっちあげるというところに落ち着きました。

沢女は体長四十センチくらいの半幽霊半精霊みたいなイメージで書いております。

精霊なら、ちゃぷちゃぷしても水を汚す感じがしないかなぁとおもいまして。


ちなみに「沢女」の名前は神話の泣澤女なきのさわめからいただいております。

こちらも水の神様です。

ただ、うちのおはなしに出てくる沢女は、あくまで妖怪、土地神ですので、そこまで偉い神様ではありません。

今後、天照とか、月読命とかの神様はでてきません。

庶民的な妖怪さんがメインです。

泣澤女とはべつものだと考えていただければ幸いです。

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