35 幕間劇 右近
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
妖異界でただひとつ、人間の娘が営む甘味茶屋 《カフェまよい》。
ここにきて、そこに新たな従業員が加わろうとしていた。
『烏天狗』の右近。元鞍馬山の御側衆。
しかし、彼が正式に従業員として働くには、思わぬ障害が立ち塞がっていた。
プーーッ。
ウッハハハハ。
ケラケラ。
クックックッ。
開店前の厨房に笑い声が響いた。
今日は、右近の初めての出勤日。
本来なら、人手不足の店に拍手で迎えられる予定だったのだが、拍手ではなく嘲笑で迎えられることとなった。
「ケラケラケラ。オモシロイ、オモシロイゾ! 右近。」
そう、指差して笑うのは、洗い物担当の小豆あらいだ。
まだ若い妖怪で、精神的にも子供なのか、遠慮がない。
「クックックッ。いや、よいではいか。なかなかよいぞ、右近。」
普段は無表情な給仕担当の座敷わらしも、たまらず表情を崩しながら、噴き出しそうになるのを我慢している。
他にも、釜戸の中でほいほい火やしゃんしゃん火が、炎をゆらめかせながら大爆笑しており、水瓶の上では、普段、ただにこやかに見守っているだけの沢女が必死に口を押さえている。
「ちょ、ちょっと、みんな失礼よ。そんなにおかしくないですよ、右近さん。」
店主である真宵は、なんとか皆を静めようとする。
「・・・そういうマヨイどのも、顔が笑っていますよ。」
右近は真面目な顔で、真宵を見つめる。
「そ、そんなことないですよ。ぜんぜっん、おかしくなんか、ないですか・・・ら。プーッ。」
右近と目が合って、真宵は我慢できずに噴き出した。
「プッ。ププ。だめ、アハハハ。ご、ごめんなさい。だって、だって、あまりにも・・。」
一度きれた堰は止められない。真宵は、こみあげる笑いを止めることができないまま言い放つ。
「ぜんぜん似合ってないんですもの。その、割烹着!!」
厨房いる全員で、大爆笑した。
・・・もちろん、右近は除いて、である。
先日、突然、《カフェまよい》で働かせてほしい、と願い出た右近は、人手不足の状況と、本人の熱意が認められ、問題なく従業員のひとりとして迎えられることになった。
それに際し、できれば料理の修行をしたい。という本人の希望が受け入れられ、調理補助兼給仕担当というポジションが与えられた。
ひらたくいえば、料理人見習いの雑用ってことなのかもしれないが、忙しい店なので仕方がない。
そして、厨房仕事の際、服が汚れるといけないとおもい、とりあえず真宵の予備の割烹着を着せてみたのだが・・、これが見事なほどに、似合わなかった。
もともと、真宵にぴったりのサイズなので、ゴムや後ろの紐であるていど調整できるとはいえ、袖の短さや丈の具合などはどうにもならず、ピチピチのつんつるてんだ。
加えて、無表情でクールなイケメンが、アットホームな割烹着と怖いくらいにミスマッチだ。
さらに、まわりは大爆笑なのに、本人がなにゆえそこまで笑われるのか理解していないところが、また、滑稽で笑いをさそう。
「よくわからないが、この割烹着というのは、清潔で汚れても洗いやすく乾きやすく機能的なんだろう? たしかに、少々、サイズが小さいが、別に俺はこれでもかまわないんだが・・・。」
プーーッ。
ウッハハハハ。
ケラケラ。
クックックッ。
また、厨房に笑い声が響く。
たしかに、洗濯機も乾燥機もコインランドリーもない妖異界では、洗いやすく乾きやすく替えのきく割烹着は、重宝する。
真宵自身、厨房仕事のときだけ着ているつもりが、そのままユニフォームのような状態になっている。
しかし、右近の割烹着姿を見て、これでいい。というものはいないだろう。
そう、右近本人を除いて。
どうやら、右近は自分の服装やらファッションには全くの無頓着であるらしい。
ずっと、鞍馬山の山伏装束だったので、だれも気づかなかった。
顔がイケメンなだけに、余計に残念である。
「わ、わかりました。今度の休みにでも、右近さんに似合うような男性用エプロンか板前さんが着るような調理服を用意しておきます。プッ。それまで、我慢してください・・、クックク。」
真宵は、笑いをこらえる。
「・・・了解した。」
『烏天狗』右近。
元鞍馬山の御側衆。
《カフェまよい》の従業員。料理人見習い。
妖異界一、割烹着が似合わない男。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
幕間劇 右近編です。
かなり短いおはなしになりましたが、日常のヒトコマってことで、ご容赦ください。




