34 幕間劇 座敷わらし
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
その森は『遠野』の一角にあった。
虫の声も鳥の声もせず、ただ、木々の葉擦れの音だけが優しく耳に届く。
虫がいないわけでなく、鳥がいないわけでなく、動物がいないわけでもない。
ただ、その森の主に気を使い、虫も鳥も動物も、そして妖怪も、ここでは静かに時を過ごす。
森の中に小さな広場があり、その真ん中にひとりの老人が座っていた。
老人は頭も体も腕も足も指もすべてが細長く木の棒のようだった。
そのせいで、老人が広場に座っている姿は、まるで、柱が一本建っているように見えた。
今日は、そこにめずらしい訪問者があらわれた。
「じゃまするぞ。起きておるか? オシラ。」
その訪問者は、小さな幼女の姿をしていた。
茜色の着物で、おかっぱ頭の人間の子供にみえる。
しかし、この『遠野』で、彼女を侮るものはいない。
『座敷わらし』
歴史の深いこの『遠野』の地でも古参の妖怪のひとりである。
「ヨホホ。こりゃ、めずらしい。わざわざ、わしのところに来るなんぞ、何十年ぶりかのう?」
老人は、愉快そうに笑った。
老人もまた、古い歴史を持つ妖怪のひとり。
名を『オシラサマ』。
農耕と養蚕の守護者として崇められる桑の木の妖怪だ。
周辺の木妖の元締めとして影響力も強い。
「ふん。来たくて来たわけではないわ。マヨイから言伝を預かってきた。」
座敷わらしは、オシラサマの前にある切り株の上に腰を下ろす。
「マヨイさんからか? ヨホホ、なんじゃろうかのう?」
オシラサマは長いあごひげを、撫でた。
「今度の土曜日、おぬしがくれた臼と杵で餅つきをするそうじゃ。茶屋にくるいろんな妖怪を呼んでやるそうじゃから、おぬしにもぜひ来てほしいそうじゃ。」
以前、オシラサマが《カフェまよい》を訪れたとき、開店祝いと称して臼と杵を贈っていた。
『座敷わらし』や『迷い家』など、昔なじみの妖怪と一緒にやっているのと、うまい茶とまんじゅうへの礼のつもりだったのだが、まさか、こういったかたちで返礼されるとは思っていなかった。
「ヨホホ。妖怪を集めて餅をつくのか? なんともおもしろい人間じゃのう。」
「・・なんでも、おぬしからもらった臼じゃから、つきたての餅を食べてもらいたいそうじゃ。 わしは、そんなに気をつかう必要はない、と言うたんじゃがの。」
「ヨホホ。薄情なヤツじゃのう。喜んで参加すると、マヨイさんに伝えてくれ。」
「ところで、そのなにやらよい匂いのする包みは何じゃ?」
オシラサマは、その枯れ枝のように細長い指で、座敷わらしがもっている包みを指差す。
座敷わらしは呆れた。
「オシラ。おぬしは桑の木の妖怪のくせに、なんでそんなに鼻が利くんじゃ?」
「ヨホホ。わしが人間界では馬頭の妖怪としても祭られているのを忘れたか?」
オシラサマは、人の体に馬の頭を持つ半人半獣の妖怪として描かれることもある。
「馬とゆうのは、そんなに鼻が利くのか?」
「ヨホホ。どうなんじゃろうなあ。それは馬に聞いてみないとわからんのう。」
座敷わらしは、とりとめのない会話にため息をつきつつ、包みをひろげる。
中に入っていた、手のひらにのるサイズの巾着袋を、オシラサマにわたす。
「この前、木屑を送ってもらった礼だそうだ。」
「木屑?」
オシラサマは首をひねった。
「ああ、おまえさんがこのまえ、手紙で胡桃やら桜やらの木屑を送れって言ってきたやつか。」
「それじゃ。」
「山童に持っていくよう命じとったが、ちゃんと届いたんじゃな。」
「ああ。ちゃんと届けてくれた。主人と違って真面目な妖怪じゃ。」
「ヨホホ。しかし、木屑なんぞ、いったい何に使ったんじゃ?風呂を沸かすには量が足りんじゃろう。」
「風呂はかまど鬼が沸かしておるから、薪も木屑もいらん。 それを作るのに使ったんじゃ。」
座敷わらしは先ほど渡した巾着袋を指差す。
「これか?」
オシラサマは巾着の口を開ける。
なかから、香ばしい匂いとともにぎっしりつまったナッツがあらわれる。
「ヨホホ。こりゃあ、木の実か?」
「まあ、木の実とか豆の固いやつとかいろいろはいっとる。マヨイはナッツと呼んでおった。」
「木屑でどうやって、木の実をつくったんじゃ?」
「木の実をつくったわけなかろう。木屑を燃やした煙を浴びせたらしい。」
「浴びせて、どうするんじゃ?」
「それだけじゃ。」
「なんじゃ?それはなにかのマジナイか?」
「わしもよくは知らん。煙羅煙羅やら烏天狗やらが来て、いろいろやっとったから、なにか意味はあるのじゃろう。燻製というらしいぞ。まあ、味は保証するので食うてみろ。」
オシラサマは巾着袋のなかのナッツをひとつまみすると、口に入れる。
「な、なんじゃあー、これは。 口の中が香でいっぱいになるぞ。」
オシラサマは目を丸くした。たまらず、もうひとつまみ、ナッツをほおばる。
かるい塩味のついたナッツは、口の中で砕けると、鼻をくすぐる香ばしい香りと、なにか焦げたような苦味をともなった香りを充満させる。
その、味と香りと食感をひととおり楽しんだ後、飲み込んでしまうと、口の中に、なにか巨大な喪失感が生まれ、もうひとくち、もうひとくちと、次々食べずにはいられなくなる。
「ヨホホ。こんなうまい木の実は、食うたことないわい。」
オシラサマは止まらず、ひっきりなしに、ナッツを口に放り込む。
「ヨホホ。うまいのう。うまいのう。・・・しかし、こいつはずいぶん喉が渇く食べ物じゃな。しかたない。ちょっと水でも汲んでくるか。」
オシラサマが立ち上がろうとすると、座敷わらしが無言で包みから竹筒の水筒を差し出した。
「む?なんじゃこれは?」
「マヨイが、オシラは茶が好きだから、これも持っていけ、と持たされた。熱い茶だと冷めてしまうんで、中身は『水出し緑茶』らしい。」
オシラサマは喜んで竹筒を受け取ると、ゴクゴクと音を立ててのどを潤す。
「ヨホホホー。うまいのう。うまいのう。さすがは、マヨイさんじゃのう。」
大喜びしているオシラサマを見て、座敷わらしはゆっくり立ち上がった。
「さて、用事も済んだし、わしは帰るぞ。 あと、この包みの中に、玉蜀黍やら筍やら南瓜やらの燻製もはいっておる。こっちの野菜はナッツほど日持ちがしないから、はやめに食えとマヨイが言っておった。」
「ヨホホ。燻製というのは野菜もあるのか?」
「うむ。ほかにも鶏肉やらたまごもあったが、おぬしはどうせ、肉も卵もくわぬじゃろう?」
「ヨホホ。そうじゃな。」
オシラサマに供え物をするのに獣肉や卵はご法度である。
間違えて供えると、祟りがあったり、顔が歪んで嫁にいけなくなるなどといわれている。
「それではな。餅つきは今週の土曜日だ。忘れるなよ。まあ、寝過ごして来なかったところで、わしはべつにかまわんがな。」
座敷わらしは、さらっと毒づく。
「ヨホホ。ちゃんと行くから、マヨイさんにそう伝えてくれ。」
そう言って、オシラサマは昔なじみの妖怪を見送った。
「ヨホホ。土曜日か。忘れないようにせんとな。寝過ごしては招待してくれたマヨイさんに申し訳がたたん。」
オシラサマは、本気で熟睡すると一ヶ月でも二ヶ月でも寝てしまう。
気をつけないと、次に目が覚めたら、季節は夏でした。などということが、本当に有り得るのだ。
「今週の土曜日、土曜日。よし、覚えたぞ。・・・・・む?今日は何曜日じゃったかのう?」
読んでいただいた方、ありがとうございます。
従業員に焦点をあてた幕間劇。今回は「座敷わらし」です。
が、オシラサマのほうがめだってましたね。
餅つき大会のちょっと前のはなしになります。
時系列が前後して、ややこしかったらごめんなさい。
山童という妖怪が会話の中に出てきましたが、おはなしでは未登場です。
後日、登場予定ですので、混乱させましたら、かさねがさね、すみません。
先日、また感想を書いていただきました。
読んでいただけているという実感がとても励みになります。
ありがとうございました。