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桃園結義異聞  作者: 胡姫
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エピローグ~豪傑揃い、桃園に至る~

劉徳然の墓は、楼桑村郊外の小高い丘の上にあった。

劉備は日当たりのよい盛り土の上に寝転んで昼寝をしていた。徳然の葬儀には参列しなかったが、うるさい親戚の目を盗んでここで昼寝をするのが劉備の日課だった。

罰当たりである。

別に徳然が夢に出てくるわけではない。一人になりたい時、何かを聞いてもらいたい時、劉備が思いつく場所はやはりここなのだった。

五年の間に、天下の情勢もずいぶん変わった。新興宗教太平道を基とした黄巾党という賊が、国土を荒らしまわるようになっていた。黄巾賊に対抗する義勇軍を募る立て札も、各地で目にするようになった。

劉備はまだ世に出ない。天下無双の豪傑は現れない。

「ごめん徳然。俺このままニートで終わるかも。」

劉備は半分眠りながらつぶやいた。

「豪傑とか全然見つからないしさ。ひょっとして俺が世に出るの、お前が邪魔してるのか?」

空高く小鳥の鳴き声がした。天気はいいし眺めはいいし、夢と(うつつ)の境界などどうでもよくなってくる。本当に徳然と話しているつもりで、劉備はとろとろと浅い眠りに入っていった。

「もう五年だぜ。こうして来てやってるんだからいいじゃないか。もうここから出してくれても、さ。」

ざわざわと盛り土の上の雑草が揺れた。

気持ちのよい風が吹き抜けていく。蝶が一羽、劉備の頬に止まり、鱗粉りんぷんを散らして頭上を旋回した。

不意に耳もとで馬の蹄の音がした。驚いて飛び起きると、見たこともない大男が馬に乗って劉備を見下ろしていた。

「すまんが抜け道を教えてくれぬか。追われておるのだ。」

まだ夢の中なのかと思ったがこれは現実だった。劉備は大男を見上げた。(ひげ)が長い。異常に長い。そしてこんなに手入れされていて立派な髭は見たことがない。

劉備が答えないのを、大男は警戒しているのだと思ったらしい。

「怪しい者ではない。わしは関羽(かんう)(あざな)は雲長。河東郡解県から来た。」

「何故追われているんだ。」

「人を殺してきたのだ。だが間違ったことはしていない。正義のためだ。」

劉備は関羽と名乗った男を見つめた。人殺しのくせに怪しい者ではないなどよく言ったものだ。

しかし今時、正義などと大真面目に口にする者など珍しい。面白い。

(ひげ)しか目に入らなかったが、よく見ると若い。劉備と同じくらいだろう。筋骨隆々として逞しく、精悍な面構えをしている。どことなく尊大な印象を与えるが、まっすぐな目をしている。

何があったのか聞いてみたい気がした。

「わしを信用できぬか。ならば斬る。」

「いや。…うちに来い。(かくま)ってやる。」

これも徳然の引き会わせかもしれない。徳然がそんな殊勝なことをするとは思えないが、そういうことにした。結局徳然は劉備に甘いのだ。

劉備は関羽を連れて帰った。

思わぬ拾いものに小香は腰を抜かしかけたが、そこは劉備の母、客人として関羽を手厚くもてなし感激された。

「玄ちゃん()に客だって?珍しい。見に行こうぜ。」

途中で簡雍と、何故か張飛まで乱入し、四人はすっかり意気投合して飲みまくった。久々の酒盛りは夜通し続いて近隣から苦情が殺到し、小香は頭を下げて回ることとなった。


翌朝。

劉備、関羽、張飛は、酒の勢いのままに黄巾賊討伐の義勇軍に志願した。ついでに簡雍も。

そして桃園結義に至る。

――冒頭に戻る。


桃園ではまだ男たちの馬鹿騒ぎが続いている。

さすがに飲みすぎて水が飲みたくなり、劉備が桃林を下りていくと、小香が張飛の母と談笑しているところだった。

楼桑村では相変わらず肩身の狭い思いをしているから、こういうママ友井戸端会議の機会は貴重だ。

「あら玄徳、水が欲しいの?」

頷くと、張飛の母が水を持って来てくれた。うちの子にも持って行ってやるかね、と張飛の母は水の入った(かめ)を軽々と持ち上げて出て行った。

劉備は小香と二人きりになった。

小香はひとまわり小さくなったように感じられた。記憶の中の母は、もう少し大きかった気がする。劉備は自分が去った後の小香を思った。これから戦場に向かうのだ。生きて帰れる保証はない。

「金蓮さんが言ってたの。徳然さん、大事な人がいるって言ってたんだって。」

劉備は水を噴きそうになったがこらえた。小香は突然何を言おうというのか。

「そんな人がいるのに妓楼になんて行くかしら。」

小香はじっと劉備の目を覗き込んだ。

「お前、あの場所にいたんじゃないの?妓楼に行ったのは本当はお前の方で、徳然さんは、お前をかばって死んだんじゃないの?」

「…え?」

「徳然さんの相手はお前ね。」

突風とともに桃の花びらがどっと吹き込んできた。一瞬目の前が桃色一色に染まった。

知っていたのか。どうして。いつから。

やはり母にはかなわない、と劉備は思った。

小香は満足そうに笑った。簡雍も感づいている、とは言わないでおくことにした。

久々に見る、晴れやかな母の笑顔だった。

「行っておいで。――行って、思いきり暴れておいで!」


劉備の、三国志の長い長い物語は、ここから始まる。


     (完)

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