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ツクヨミ奇譚 ~天岩戸異聞~  作者: LED
第一章 陽が翳るとき
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八.英雄(ヒーロー)参上

 タヂカラオは機屋はたやに足を踏み入れ、忌々しげに息を吐いた。


「……ひでぇ有様だな。それ以上にひでぇ臭いだ。どんだけけがれてんだテメーら。

 スサノオの大便のほうがまだマシだぜ、こいつァよォ!」


「……遅い……じゃないの……タヂカラオ……」

 心強い援軍の到来を前に、肩で息をしつつも、アマテラスはぎこちない笑みを浮かべた。


「すまねぇな、アマテラス様……

 うちの可愛いヒメサマをここまで虐めやがって……!

 半殺しじゃ済まねえぞ、この悪神どもがァ!」


 タヂカラオの鍛え抜かれた筋肉が怒張!

 漲る神力が辺りの「穢れ」を押しのける!

 その気迫。高天原タカマガハラに聞こえし随一の怪力神に相応しきものであった。


 彼の投げた織機に巻き込まれた六柱の雷神たちは、口々に奇声を発する。


「口惜しや! あやつはアメノタヂカラオ!」

高天原タカマガハラの『力』の象徴!」

「あなものものし! あな恐ろしや!」


 思わぬ邪魔が入り、火雷ホノイカヅチは歯噛みした。


「おのれ……あと一歩というところで……

 お前たち、何をしている! 早く我が下に集まらぬかァ!!」


 雷神たちは火雷ホノイカヅチの怒号を聞くや、金切り声を上げて彼の方へと参集した。


 火雷ホノイカヅチの下に集まった雷神たちはゆらめき、その身体は重なり、膨張する。

 七柱の雷神がその力と存在を合わせ、偉丈夫のタヂカラオよりさらに大きく、禍々しい雷光を纏った巨神となった!


「ほう……俺を脅威と見なして合体するたぁ……

 七柱がかりなら、このタヂカラオ様の力に勝てると踏んだか!

 こっちとしちゃあ、的がデカくなって殴りやすくなって助かるがな!」


『ほざけ、タヂカラオ!

 アマテラスの魂魄こんぱくと共に、貴様の首も黄泉の国への土産としようぞ!!』


「上等だ! 高天原タカマガハラには今まで、お前らみてェな好戦的な奴はいなかったからな。

 スサノオの奴も、なんつーか近づきがたかったしよ」


 タヂカラオは筋骨隆々の肉体を軽やかに動かし、敵を迎え撃つ構えを取った。


「身体がなまってたところだ。相手してやるぜ雷神ども!

 タケミカヅチの奴とどっちが上か! とくと見定めてやるッ!」


 雷の巨神は、その巨体に似合わず稲妻の如き速さで、タヂカラオに肉薄する!

 そこを迎え撃つべく、タヂカラオもまた右の拳を振りかぶり、全身全霊の力を込めて殴りかかろうとした。


 だがその時、異変が起こった。

 タヂカラオの拳は空を切った。殴るはずの巨体は、そこにすでに無かった。


「なん…………だとォ…………!?」


 タヂカラオの一撃が届く寸前で、雷神たちは合体を解き、再び七柱に分かれて飛び散っていた!


「はははは! 愚かなりタヂカラオ!」

「我らの目的はあくまでもアマテラスよ!」

「貴様のような怪力馬鹿を、まともに相手するとでも思うたかァ!」


 卑劣な事に、物々しき合体も、総力戦に見せかけた肉薄も、全ては火雷ホノイカヅチはかりごとだったのだ。

 愕然とするタヂカラオを尻目に、雷神たちはアマテラス目がけて殺到する。その魂魄こんぱくを黄泉路へと送るために。


「…………ぐ、くうッ…………!」

 アマテラスはすでに膝をつき、意識も朦朧としていた。

 もはや彼女に抗うすべはない。


(……わたし、頑張ったつもりだけど……ダメみたい。

 ……ここで、死ぬのかな……?

 死ぬ前にちゃんと……スサノオと……話したかった……な……)


 薄れかけた意識の中、アマテラスの目に飛び込んできたのは。

 見知った背中だった。


(……えっ……? ……スサ、ノオ……??)


 迫りくる雷神たちの前に立ちはだかるその姿は。

 幻ではなかった。確かに彼女のよく知る、弟のものであった。


(アンタ……なんでこんな所にいるのよ……?

 危ないわ、穢れた雷神が……逃げ、るのよ……スサノオ……)


 スサノオは機屋はたやの穴の開いた天井から飛び降り、雷神たちの脅威からアマテラスを守ろうとしたのだ。

 突然の乱入。六柱の雷神の突撃がスサノオの身体によって阻まれていた。


「てめェら……母上のところの雷神どもだな!?

 なんでこんな事してやがる!?

 姉上をこんな目に遭わせるなんて、聞いてねェぞ……!

 このスサノオを……騙してやがったのかァァァァ!!」


 雷神たちの攻撃を受け、スサノオも全身に傷を負い、激しく血を流している。

 だが彼の怒号は、機屋はたやに留まらず高天原タカマガハラ中に轟いた。

 攻撃を加えている側にも関わらず、雷神たちはスサノオの凄まじい怒りの前に、思わずたじろいでしまった。


(なんだ……スサノオの奴……騙されてたのね。単純、なんだから……)


 アマテラスの中で様々な感情が渦巻いたが……最初に浮かんだのは、スサノオの一連の行動に悪意がないと知っての安堵だった。


(……高天原タカマガハラに来た時から、疑っててゴメンね……

 でも……いざって時には、わたしを守ってくれる……のね……)


「どういう事だ。何故スサノオが侵入してきた?」

大雷オオイカヅチは何をしていたのだ! こやつを止めるのが役目であろうがァ!?」


 目的を阻まれた雷神たちは口々に怨嗟の声を上げる。

 だが……アマテラスは気づいてしまった。

 スサノオが止めた雷神は六柱。一柱足りない。


 スサノオの背後をすり抜ける、下劣な顔をした雷神が見えた。拆雷サクイカヅチだ。

 アマテラスの胸の部分に雷神の姿が重なり、即座に通り抜けていく!


「…………あッ…………」


 アマテラスの意識は、そこで途切れた。

 遥か遠くで、絶叫するスサノオの声が聞こえた気がした。

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