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ハーレム四人目①

 呆然とした面持ちで座っていた美園が、おもむろに、立ち上がった。

 頬を紅潮させ、眉を吊り上げ、整った顔立ちはわかりやすく怒りに満ちている。ずんずんと大股歩きで、昴に近付いてきた。


「全然納得いかない!」


「な、何が?」


 美園が昴の前に立つ水知を押しのけて、豊満すぎるバストが触れんばかりの距離で、ずいっと迫ってくる。間近で大きな瞳が昴を睨みあげている。


「だって、昴は私にハーレムに入れって言ったじゃない! なんでいきなりしゃしゃり出てきたこの人を選ぶわけ!?」


 美園がびしりと翔子を指差す。翔子の方はまだ玄関で靴も脱いでいない状態だ。その場に座り込んだまま、どうやら腰が抜けてしまっているらしい。サングラスに隠れ、半分だけ見える顔はそれでも分かるくらいに真っ赤に染まっている。


「あ、あ……ご、ごめんなさぃ……」


 何故か翔子が力なく謝ってきた。


「アナタは黙っててくれる? 私は今、昴と話してるの」


 美園が昴に視線をホールドさせたまま、ピシャリと言い捨てた。よほど腹が立っているらしい。

 昴は咄嗟の感情任せで、翔子を巻き込んでしまったことを後悔する。別に翔子は昴のハーレムに入る為に、ここに来たわけではないのに。ただ水知を元気付ける為にここにきて、美園に嘲笑われてしまった上、今度は美園の攻撃対象になってしまっている。美園の性格を把握しきれていなかった。鋼鉄の自尊心を傷つけられた美園は、今にも昴に噛みつかんばかりの表情だ。


「そっかぁ。美園ちゃん、そんなに昴と仲良くなりたかったんだねぇ。昴のこと、大好きなんだねぇ」


 緊迫した場を台無しにする、のほほんとした声があがった。

 昴は呑気なことを言ってのける水知をそっと見遣ると、水知はホワホワした平和な笑顔だ。


「大丈夫だよ、昴は許容範囲が広いから、女の子だったら誰でもいいんだよ。美園ちゃんだって受け入れてくれるよ」


「ちょ、ちょっと黙れ水知。何気に暴言だしな? 火に油を注いでくれるな?」


 思わず昴は水知を止めに入る。空気読めない水知には、美園がふるふると震えているのが見えていないらしい。

 美園は俯いた状態で唇を噛み、必死に何かと戦っている様子だ。垣間見える形相のあまりの恐ろしさに、その場から逃げ出したくなるが、背後のドアは閉じている。


「コショー様も、昴が好きなんだね。えっへへ! なんだろう! すっごく元気になってきたよわたし! 二人の愛のパワーのおかげかな!?」


 水知が腕をぐるんぐるんとまわし、全身で元気っぷりをアピールしている。

 変わらずに美園は肩を震わせ、翔子は頭から蒸気を出しているというのに。昴はこの修羅場をまとめあげるほどに、人間が出来ていない。ただ立ち尽くし、うろうろ視線を泳がせるしかなかった。


「……なぃ……」


 黙りこくっていた美園が、ぽつりと口を開いた。

 聞き取れない低い声が、何を言ったのかは分からない。直後、顔を上げた美園が、すぐにその答えをくれた。


「許せない! もう許せない!! よくもみんなして私を馬鹿にしてくれたわね!? 許せない許せない許せないんだから!!」


 真っ赤になって喚き散らしている美園は、完全に癇癪を起こした子供状態だ。

 そのまま暴れだすのではないだろうか、と昴は身構える。翔子と水知はぽかんとした表情で美園を見ていた。


「特にアナタ! 私のプライドをズタズタに引き裂いてくれた責任を取ってもらうわ!」


「ひ、ひぃっ?」


 美園の攻撃対象は、やはり翔子のままだった。半分悲鳴のようなうわずった声で、翔子が反応する。


「今週の土曜日、十二時、ここに来なさい! 絶対絶対絶対によ!」


「は、は、はい……」


 なんとかかんとか翔子は頷いている。美園は一学年下の後輩の筈だが、上下関係では既に美園が上になっているように見て取れた。


「そして君! 佐藤昴!」


「な、なんだ?」


 今度は昴がビシリと指差される。


「私は、君のハーレムなんて、全く入りたくない! 君のことなんかはっきり言って、大嫌い! 男なんて腐ればいい!」


「分かってる分かってる」


「絶対に、ずぇーったいに!! 君のハーレムになんか入らないんだからね!!」


 昴は肩をすくめた。そんなに顔を真っ赤にして力説されなくても、美園が昴に全く気がないことくらいは嫌でも理解できる。水知の言葉を真に受けられるのが、相当に嫌なのだろう。だったら水知に直接文句を言えばいいのに、そういえば水知はいつも、美園の攻撃対象から外れている。

 その水知はというと、美園の暴走には気付いておらず、やっぱりニコニコ笑顔なのだ。

 何がそんなに嬉しいのか、どうやら本当に元気になっているらしい。一人で浮かれ、「なんだかからだが軽いぞひゃっほぅ♪」なんてピョコピョコ飛び跳ねている。


「……土曜日には、君にも付き合ってもらうから」


 またも至近距離で迫られ、昴の鼓動が跳ねる。

 性格が魔女も裸足で逃げ出すほどに最悪だろうと、プライドが天まで届きそうなほど高かろうと、やはり美園は完璧なスタイルを持った、完璧な美少女なのだ。彼女の素晴らしい容姿を前にして、逆らえる男など存在しないだろう、と昴は内心で息をつく。


「そこの、えーと、コショー……じゃなくて、宮代先輩と、君、私の三人で一緒にお出かけすることにしたから」


「……なんの為にだ?」


「分かりきったこと聞かないで。本当に素晴らしいのは誰なのか、世の大衆どもに見てもらう為よ。君が私より、宮代先輩を取るっていうんだから、宮代先輩の素晴らしさをみんなに見てもらいましょうよ」


 ……なんと悪趣味な。昴は絶句してしまう。

 それは未だへたりこんでいる翔子も同様だった。言葉を失い、ただ呆然と美園を見上げている。

 彼女の目論見など、火を見るより明らかだ。

 翔子と美園が並んで街を歩けば、大衆の目線は当然美園へと集中する。昴に同行をさせるというからには、大衆の面前でいちゃついたりするつもりなのだろう。そうすることで翔子という存在が豆粒よりも小さく、惨めに見えるだろうという目論見が。

 さすがに昴は苛立ち、絶対に断ろうと口を開きかける。


「あのな、お前――」


「わたしも行きたい!」


 水知のはしゃぎ声に遮られてしまった。


「みんなでお出かけするんだよね!? だったら、わたしも、わたしもー!」


「いやちょっと待てお前は話に入ってくるなややこしいから」


「だってさ、コショー様と美園ちゃんが昴と一緒にいると、なんだかすごく元気になるんだよ! だから、三人が一緒だったらわたしも外に出られると思うんだ!」


「……え、とだな。ちょっと考えをまとめさせてくれ」


 水知の言葉に、昴の思考はこんがらがった。

 水知が元気になるということは、昴は誰かに愛されているということだ。誰かの愛が昴へと向き、その相手が近くにいることで水知は元気になる、とイズミが言っていた。その愛を向けてくれている対象が、汚物を見るような眼差しを向けてきている美園だとは到底思えない。

 ……ということは……?


「行きましょう」


 昴の思考途中、きっぱりと強い宣言をしたのは翔子だった。昴はとりあえず思考を止め、翔子を見遣る。

 翔子はいつの間にか立ち上がり、身体の前でぐっと拳を固めている。


「四人でお出かけしましょう!」


「え、でも副委員長、いいのか……?」


 思わず昴は、似合わない心配気な表情になって聞いてしまう。一番立場的に辛い思いをするのは、美園の攻撃対象になっている翔子のはずだ。水知はどうやらアホすぎて、空気が読めないのでどんな状況下でも楽しんでしまいそうだから、問題はないだろう。一番逃げ出したいだろう翔子が行くと言ってのけたことに驚きは隠せない。


「だって、水知ちゃんと佐藤君と一緒に、外に出られるんです! こんなに嬉しいことはありません!」


 翔子は唇をむんっと曲げ、真っ直ぐに前を見据え、強く言い放ってきた。

 昴はじんわり、と胸に温かさを感じた。

 翔子は弱い女の子でも、地味なだけの女の子でもない。それは自分の為に「学校に来てください」と言ってきた時点から、気付いていた。

 先ほど水知に向かって、コンプレックスを吐き出した彼女自身は、気付いていないのだろう。

 宮代翔子はとても誠実で、真っ直ぐな魅力を持っているということに。

 昴は頬をポリポリ掻いた。

 翔子の魅力に気付いているのが自分だけだとしたら、少しだけ優越感だった。


「ふ、ふん。じゃあ土曜日の十二時、ここに来るから遅れないで来なさいよ」


 水知がついてくるという目論見から外れた展開にはなったものの、美園は気が済んだのか少し表情がほぐれた。


「そこの二人、どいてくれる? 私は帰るから」


 ピシャリと言われ、くっついて立っていた昴と翔子が離れる。わざとらしくかき分けるように美園が間に入り、狭い空間で無理矢理に靴を履いた。


「それと、昴、お出かけのお、オ、オヤツは忘れないで持ってきなさいよ」


 最後の捨てゼリフを早口で言い、美園が逃げるようにドアの向こう側に消えた。

 嵐の後のようだった。

 昴も翔子もしばらく、棒立ちのままだった。


「……私も、帰ります。今日はあの、お騒がせしてすいませんでした。それと、土曜日はよろしくお願いします」


 深く頭を下げ、翔子が立ち去っていく。結局玄関から中に入ってくることなく、翔子は行ってしまった。あまりの出来事の連続で、彼女もパニックで脳の許容範囲を超えてしまったのだろう。ヨロヨロとした足取りだった。

 結局、水知と二人きりで取り残されてしまった。

 水知は元気いっぱいになっている。もう心配はいらないだろう。昴も柚季が昼寝から起きるだろう前に、帰らなければと思い立つ。

 水知を見た。

 水知も、昴を見ていた。もうピョンピョン跳ねていなかった。

 いつもの底抜けなものじゃない、寂しげな笑顔を見せていた。昴は心臓をわし掴まれたような、そんな感覚を覚える。


「土曜日、楽しみだね」


「……俺はどんなことになるか考えると、ゾッとしてるよ」


「えっへっへ! わたしにどーんと任せておきなさい!」


「任せたくない」


 水知なんかに任せてしまったら、最悪な事態が更に最悪になるだけな気がする。昴は深く溜め息をついた。

 しかも、昴は自分の気持ちに気付いてしまった。

 二人きりの空間が息苦しいのも、ずっと胸が締め付けられそうなのも、晴れ空を見て溜め息が出るのも。

 全部、水知を想ってのことじゃないか。

 今更そんなことに気付く自分の鈍さに呆れて、溜め息は止まらない。

 水知に気持ちを告げれば、彼女はきっと喜んでくれるだろう。

 でも、水知の感情は、昴の願いによって歪められ、造られた上での感情だ。それを思うと、自分の気持ちを彼女に言うことは出来ない。

 そんなのは反則だ。

 そして、同時に彼女が怖いという事実も変わらずにある。

 もし両思いになれたとしても、昴には彼女に触れる勇気すら持てない気がした。それほどまでに、昴の恐怖心は根深い。

 だから、隠すしかなかった。ひたすらに、押し隠し、その感情すら殺してしまおうと思う。


「じゃあ、また土曜日にな」


 昴はそれだけ言って、背を向けた。


「……人間になれたら、いいのにな」


 まるで昴の思考を見透かしたかのような、絶妙のタイミングだった。

 昴は思わず水知を振り返る。寂しそうな笑顔は変わらず、昴の胸を締め付ける。


「なんだろね、さっきから胸がモヤモヤしてて変なんだ。わたし、美園ちゃんとコショー様がとってもとっても、羨ましい。羨ましくて、嫌な気持ちになってる」


 水知が自身の胸に両手をあてて、言う。


「二人のことが大好きなのに。わたしが、人間じゃないから、こんな嫌な気持ちになっちゃうのかな」


 昴は眼鏡の奥の目を、細めた。眉間の皺だっていつものままで、口は不機嫌そうに曲がっている。


「……お前は、人間じゃなくたっていい。そのままで、いい」


 昴はムッツリと、乱暴に言った。

 それが精一杯だった。

 それでも、水知がヘヘヘ、と嬉しそうな笑顔を見せてくれた。








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