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ハーレム三人目③

『恋の魔法使い(アドバイザー)☆コショー様のお部屋

~ネズミを御者に、かぼちゃを馬車に、あなたを素敵にドレスアップ!~』


 イズミンがINしました。


コショー『あららウフフ、こんばんはイズミン! 毎日ご来訪ありがとう☆』


トリィ『はじめましてイズミンさん! 俺はトリィ、よろしくな!』


コショー『トリィも同じ恋に悩むお仲間同士よ☆みんなで仲良くしましょうね☆』


トリィ『コショー様のアドバイスはすごく為になったぜ! 好きな相手には押せ押せだよなやっぱ! また服装のアドバイスもよろしくな』


コショー『お役に立ててよかったわ~ウフフ☆』


コショー『イズミンは娘さんが片想いしてて、一緒にすっごく悩んでるの。いいお母様よね☆』


トリィ『へー。娘さんの恋の悩みかぁ』


コショー『イズミンの娘さんもたまにここに来てくれるのヨ。名前聞いたらリアルでも知ってる子で、びっくりしちゃった☆』


トリィ『そうなのか。ネットって意外なとこで繋がりがあったりするからな! 案外コショー様と俺もどっかで会ってたりして』


コショー『会ったらわかるかしらウフフ☆』


トリィ『わからないと思う(笑)』


イズミン『よろしくトリ』


トリィ『今更!? しかも小さいィが打ててない!?』


トリィ『……さて、俺はもう寝るとするか。また来るよ。今日はありがとうコショー様!』


コショー『いい夢見てね☆おやすみなさいトリィ☆』


 トリィがOUTしました。


イズミン『たすけてコショさま』


コショー『どうしたの? ミズミズに何かあったの? 私でできることだったら、なんでも言ってネ☆』


コショー『そういえば最近ミズミズ、チャットに来ないね』


コショー『ミズミズはチャットで話せないの? いつもみたいにアドバイスしてあげれば、元気になるんじゃないかな?』


イズミン『うちにきて、ちょくせつ』


コショー『えっお、おうちに直接!? そりゃ、確かにミズミズの家は知ってるけど……私が行ったところでどうにもならないんじゃあ』


イズミン『コショさまそんけいしてるからミズげんきになる』


イズミン『まってる』


 イズミンがOUTしました。


 翔子は青ざめ、こうこうと光を放つデスクトップを見つめるしかなかった。


「……ど、どうしよう」



***



 昼下がり、日課になっているお菓子作りの最中だった。

 ガタガタと物音が聞こえてきて、昴は裏ごし作業を中断して顔を上げる。リビングでは柚季がテレビに夢中になっている。柚季は動いた様子もないし、物音にも気付かないくらいにテレビ画面に集中している。

 昴は険しい顔つきになり、眼鏡の奥の目を細め、視線を巡らす。エプロンの端で軽く手を拭きながら、警戒した足取りで自室をのぞいてみた。

 押入れがわずかに開いていた。

 隙間から、カッパのぬいぐるみが手招きをしていた。


「なっ……」


「しぃーっ、しぃーっなのじゃ!」


 昴は声を荒げそうになったのだが、イズミの声を殺しながらの必死なジェスチャーになんとかおし留める。おそらくイズミは柚季に見つかりたくないんだろう。先日の柚季からのデレデレスリスリ抱擁攻撃がよっぽど効いたらしい。

 柚季を振り返ってみると、柚季の背中は微動だにしていなかった。イズミと同時に、ほっと息を吐き出してしまった。

 昴はハッと正気に返る。自室に踏み込み、無言でずかずかとイズミに近付いて行く。


「お前どうやって侵入しやがった!」


 腰を屈め、程近くなったイズミを睨みつける。最小限に声を落として言い放った。


「こんな時密かに侵入する為に押入れに穴を開けていたことは、今はどうでもいいのじゃ」


「お前を訴えることを今心に決めた」


「いいから聞くのじゃバカ者め!」


「この状況下でよく上から目線でいられるな?」


 昴は沸点に達しそうな怒りで顔を赤くし、ぶるぶると震えている。それでもカッパのぬいぐるみを完全に拒絶できないのは、やはり罪悪感があるからかもしれない。

 気持ちを鎮める為に、一度深く息を吐き出した。


「なんの用だよ? 手短に話せ」


「さっさとハーレムの人員を増やすのじゃ」


「は?」


 イズミは眉根を寄せ、緊張感のない顔を一生懸命真剣なものにしている。昴としては、唖然とするしかない。


「いいか昴、よく聞け。我は日々力が弱まっている。それもこれも昴のことを好きな者が極端に少ないせいじゃ」


「……」


「な、なんじゃその眼は。真実なのだから仕方がないじゃろう!? 我をハーレムに入れたところで、よくよく考えてみたら我はちっともお主のことを好きでもなんでもないから無意味なのじゃ! バカ者め!」


「ハーレムに入れてくれとか懇願した口はどの口だ? あぁ?」


「いやっ、いやぁつねらないでぇ! ごめんなざい!」


 カッパのぬいぐるみが涙目になって、じたばたともがいている。昴はさすがに哀れになって、イズミのほっぺをぎゅうぎゅうつねっていた指先を離してやる。


「昴のことが好きで好きで仕方ない人間を、昴の側に置くこと。それをしなければ我の力はなくなってしまうのじゃ。ユズだけではもう足りぬ」


「つまりは、お前の為に俺を好きな人間を引っ張ってこいと?」


「我の為でもあり、水知の為でもある。我の力が弱まれば、水知の力も弱まる。我らは運命共同体なのじゃ」


 昴の表情が、水知の名前を聞いてわかりやすく強張ってしまった。

 イズミも視線を床へと落とし、哀しげに瞳を揺らしている。


「そんなにマズイのかよ、アイツの症状」


「最近晴れ続きじゃから余計なのかもしれぬ。とにかく、一刻の猶予もないんじゃ! お主はさっさとハーレム人員を連れてくるんじゃ! いいな!」


 イズミは言いたいことだけ言い切った後、早足でさっさと押入れの向こうへと消えていく。

 取り残された昴は、押入れをじっと見つめることしかできず。自然に溜め息が漏れていた。


「すばる、どうしたの?」


 気付けば柚季が背後に立っていた。柚季はイズミに会って以来、毎日イズミを見つけたくて探し回っているので、一歩遅かったらしい。カッパのぬいぐるみは巣に帰っていった後だ。

 昴は立ち上がり、首を傾げている柚季の頭に、ぽん、と手を置く。


「なんでもない。さっさとオヤツ作っちまうから待ってろ」


 言うと、柚季は頬を赤らめ、ムズムズと嬉しそうに口の端を上げている。

 柚季は昴にとても懐いてくれている。その懐き方は日々、深まっている。手を繋いで歩くのは当たり前。抱っこをせがまれることもしばしば。柚季との愛は順調に育ち、昴としてはそれだけで満たされた日々なのだが。

 イズミ曰く、ユズの愛だけでは足りないらしい。


「どうしたもんか……」


 台所に移動しながら、自然に呟きが漏れる。

 柚季が後ろからついてきていた。振り向くと、柚季はくんくん、と鼻を動かしていた。触覚も嬉しそうにぴょこぴょこおどっている。


「かぼちゃのおかしなの?」


「ああ、よく分かったな。ユリ姉が職場でいっぱいもらったって言ってたから。今日はパンプキンプリン」


「たのしみなの!」


 満面の笑みで顔を綻ばせている柚季を見ると、昴の胸はあたたかくなる。

 いそいで作業を再開する。かぼちゃの裏ごしは終わったので、次はカラメルソース作りだ。鍋を取り出して、砂糖と水を投入し、コンロの火を入れる。


「……なぁ、柚季」


「なぁに?」


 昴は鍋に目を落としたままで、口を開く。


「たぶん、プリンいっぱい出来そうだから。……だからさ、お隣さんにおすそ分け、するか?」


「うん! いっしょにいくの!」


 昴はほっと胸を撫で下ろす。

 プリンを持っていったところで、なんの解決にもならない。

 それでも、何も出来なくても――水知の顔を一目見ておきたかった。そうしなきゃソワソワとしてしまって、作業に集中できないのだ。それだけだと自分に言い聞かせる。

 昴は駆け足でお菓子作りをこなしていく。洗練された手つきで素早く全ての工程を終え、型に入れたプリンを冷蔵庫に入れる。

 冷蔵庫の中のプリンが冷えるのを待っているうちに、夕方になってしまっていた。

 姉夫婦にお世話になっているので、毎日洗濯物を取り込む作業くらいは手伝っている。昴はいつものようにベランダに出た。その際に見た景色は、横にひろがるきれいな夕焼け空だった。

 頬に当たる空気も、乾燥した爽やかなもので。

 表情が落ちたまま、洗濯カゴを持って居間に戻る。

 柚季がソファーに寝転んだまま、うとうとしてしまっていた。天使のように純粋な寝顔を見てしまい、顔が綻びそうになった。

 柚季に毛布をかけてやる。

 ついたままのテレビに目を移し、チャンネルを無造作にかえていく。

 知りたいのは、天気予報。


「……ずっと、晴れかよ」


 掠れた呟きが漏れていた。週間天気予報は、雲の絵すら一つもない、晴れマークがずらりと並んでいた。

 無意識に、舌打ちした直後、足が動いていた。

 冷蔵庫からプリンを取り出し、紙袋に詰めてから急いで家を飛び出す。

 すぐに隣の家のドアの前にたどりついていた。

 それでも荒くなっていた呼吸を吐き出し、ドアを拳で何度も叩く。


「水知! おい、水知! 無事か!?」


 インタフォンがあることも忘れて、昴は大声を張り上げる。

 ――程なくして、ドアが開いた。

 顔をのぞかせたのは、意外すぎる人物だった。


「うるさいわよバカ。何を大袈裟に騒いでるのよ?」


 うろん気な眼差しで昴を見据えている美少女は、水知ではない。


「あ、君。昴だっけ。何か用?」


 美園だった。

 なんでまたここにいる? 昴は呆然とし、美しすぎる少女をしばらく見つめ続けた。

 からからに渇いた喉と、混乱したままの思考で、なんとか声を絞り出す。


「鳥居美園、俺のハーレムに入らないか?」


 わけもわからず、言った。

 答えはもちろん、分かりきっていた。

 目の前にいる美園が目を見開き、唇をワナワナと震わせ、怒りに表情を歪め。

 一言も発することなく、ばたん、と激しくドアを閉めた。





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