4話13
俺はクシと紐を受け取ると、それを持ってカーラの前に立つ。
もうどうにでもなれとでも思ったか、カーラはぎこちなく固まったままであった。
そして遠慮なんて一切なく、カーラの髪をクシでといていく。
クシを差し込むと、やっぱりと俺は納得する。手入れが足りてねえ。赤毛そのものの色は綺麗なのに、毛先はあちこち跳ねあがり、ところどころ絡まっちまってる。
普段から無頓着なんだろう。
「カーラ、髪は常に手入れしとけ」
「うぅ。いや、だって、面倒じゃないか」
「面倒ってなあ・・・」
「・・・妹たちの髪なら、よくやってあげてたんだけどね。自分のとなると、やる気が起きなくてさ。ほら、訓練学校に居ると結局ぼさぼさになったりするだろう」
「はあ、せっかく綺麗な赤毛なんだ。武器は使わねえと勿体ねえ」
俺はクシを通しながら、軽く叱った。叱られてか、カーラは少し声を漏らしながらピクリと動く。
クシで整え終わると、俺はカーラの頭頂部から髪を取り、左耳に沿うように編み込んでいく。残りの髪は自然に流し、編み込んだ先が後ろ髪に隠れるようにもっていく。
「髪、するの慣れてんだね。妹でもいたのかい?」
じっとしているのに疲れたのか、カーラが俺にそう問いかけた。
その言葉に、少しだけ昔の記憶が蘇る。貴族の坊ちゃんに取り入る、娼館に潜入する、時には修道院にだって、ファミリーの女を送り込む時にゃ、そこに合った姿に変えてやらねえといけねえ。
それは俺の仕事だった。
妹か・・・。
「みたいなもんは居たさ」
そうとだけ俺は答えた。そして編み込みを終え、先を後ろ髪で隠し、見えないように紐で止めた。
「よし」
少々手が疲れたが、綺麗にできた。
「あ、えと、片方だけなのかい?」
「ああ、まずは遠目で見ても目立つ高そうな白いワンピースに誰でも目が行くだろう。そしたら次はお前の赤い髪に視線を奪われる。どんな女なんだろうとよく見れば、片方だけ編み込まれた髪型に注目するだろう。すると自然にお前の可愛い顔に目が行くって寸法だ」
「か、かわっ・・・」
「あとは、だ」
「ま、まだ何かするのかい?」
「仕上げが残ってる」
そう言って俺はまた後ろで待っている女店主の方へと向かう。
「化粧道具はあるか?度々すまねえが、ちょっと貸してほしいんだ」
「かしこまりました!」
「え?」
俺が女店主に頼むと、何やら威勢よく返事をして裏へと消えていった。
さっきのへそ曲がった顔とは大違いで、妙ににこやかな顔もしてやがった。女の笑顔は大好物だが、少々俺の好みの顔とは違う。
そしてあっという間に、ガラス瓶やら陶器やらを持ってきた。しかもえらく大量だ。上質な筆みたいなのもいくつも用意された。
そんなにいらねえって。俺はそう思いながら一つのガラス瓶を手に取る。
中にゃ粘度の高そうな赤い液体のようなものが入っている。
俺は蓋を開けて鼻を近づけた。すると記憶に新しい匂いが漂ってくる。蜂蜜だ。その中に、うっすらとワインのような香りとベリーのような甘い香りが混ざっている。あとは、花の匂いだ、しかし複数混ざっていて全ては分からない。血にも似た金属のような匂いはない、火山の煙みたいな鼻をつくようなものも感じられない。
俺は匂いを確認したあと、少しだけそれを小指に取り、舌の上に乗せた。
甘味だけだ。強烈過ぎず、作られたようなものじゃない自然な甘み。痺れもないし、酸味のようなものも感じられない。
いいね。ここの店はかなり良い店だ。
「ちょ、ちょっと!何してるんだい!」
「毒見」
「化粧品を!?」
「いや、普通だろ」
「普通じゃないよ」
カーラが呆れたような顔をした。
俺の中じゃ普通なんだが。
まあいい。俺は指先にごく少量を取り、カーラの頬にそっと触れた。左右に薄く伸ばし、ほんの少しだけ赤みを足していく。
塗りすぎる必要はない。これくらいでいいんだ
「ほら、出来上がりだ」
俺はカーラを引っ張って、店の奥に置かれた縦長の一枚鏡の前へ連れていった。
「ちょちょ、待っておくれよ、心の準備が。・・・えっ?」
鏡を覗き込んだカーラが、動きを止める。
そこに映っていたのは、白いワンピースを着たお嬢様のような赤毛の少女だった。
髪の左側には細い編み込みが沿い、頬にはほんのりと若い赤みが差している。最初からそうあったような自然さがあるのに、鏡の中の少女は驚きに目を見開いていた。
そこに写っていたのは、紛れもないカーラ自身であるというのに。
「これが、アタシなのかい?」
「どうした?貴族のお嬢さんでも写ってたか?」
カーラがそっと自分の頬に触れると、鏡の中の少女も同じように頬に手を伸ばす。
まるで鏡ってものを始めて見たかのように、カーラはしばらく自分と同じ動きをする少女に夢中になっていた。
俺はその姿を見て、計画が順調であることを確信して笑みを零す。
「どうだ?可愛いだろう」
「・・・うん」
小さな声だった。いつものように怒鳴るでもなく、俺の問いかけに素直に反応する。
「前にお前は言っていたな。我慢強いのがイイ女だって、別に否定はしねえ。そういうイイ女だっている。でもな、我慢しねえ方がイイ女になるんだ。別に誰かに見せるってわけじゃなくても、女は着飾った方がいい。良い服着て、髪を整えて、やりたいことやりゃあ良い。綺麗な自分を見るだけで、幸せになれるだろ。だから髪もちゃんと手入れしとくんだ」
「・・・わかった」
「まあ、お前は見せたい相手がいるんだろうが」
「ちょ、うるさいよ兄さん!あっ」
鏡から俺の方に向くカーラは慌てて鏡の方へと向き直った。鏡に写る少女は、ばつが悪そうに俯いた。
俺は眉をひん曲げる。
「お前、兄貴が居るのか?」
「い、いや、ちがっ。その・・・」
鏡の中の少女は、赤くなった頬を隠すように視線を落としている。
「髪、してもらってる時、兄さんが居たらこんな感じなのかなって、思っちゃってさ・・・」
なんだそりゃ。
「はあ、馬鹿言ってねえでもう行くぞ。金足りたかな」
俺は少々心配になりながら、女店主の元にクシを返しに行った。
カーラはまだ少しだけ名残惜しそうに、鏡の中の少女を見ていたが、俺が女店主の方に向かうと慌てて後をついてきた。
「待たせたな。足りたか?」
そう俺が女店主にクシを渡すと、女店主はにこやかに金貨を一枚返してきた。
それが不思議で、俺はじっくりと手に渡された金貨を見つめる。
ずいぶん安い。これくらいで済む生地じゃなかったはずだ。化粧道具だって借りたし、好き勝手やって少々気を悪くさせたかもしれないのに。
「そんな安い生地だったか?」
「いえ、サービスさせて頂きます。とても素敵なものを見せていただいて」
「素敵?」
「妹様の社交界デビューでしょう?お兄様直々に身支度を整えて差し上げるなんて、しかもあのように手際よくお上手に髪を整えて、普段から妹様の髪を結ってあげてなければできません」
「おいおい、なんか勘違いしてるぜアンタ」
「そんな照れられると、それだけで夕飯のおかずはいらなくなってしまいます。あんなに安心しきって気持ちよさそうに髪を整えられる妹様を見て、うちの若い子たちなんてもう気絶してしまいそうでしたよ」
店主の後ろを見ると、若い綺麗な姉ちゃんたちが顔を抑えて苦しそうにしていた。
「兄妹でもなんでもねえよ」
「身分を隠されているのですね。大丈夫です。他言はしませんので」
「クソ、二度とこねえからな」
俺は悪態をついてカーラを出口まで引っ張った。だというのに店の者は、またのお越しをお待ちしておりますとか言って頭を下げていた。
扉の前までいくと、後ろからカーラの肩に手を置き、耳元に顔を近づけた。
扉の外にゃリーチとガバルがいるだろう。恐らく馬鹿みたいな顔して暇を持て余している。地面の小石でも蹴って遊んでるか、食い物の話でもしてることだろう。
「いいか、この扉を開けたら、アホ面ぶら下げてるガキが二人いる。お前はただ一言、お待たせ、とだけ言うんだ。そしたら馬鹿二人がこっちに気付いて、お前を見るだろう。きっとアイツらは、突然現れた天使に恋に落ちる」
カーラの肩がぴくりと反応した。
「だから身の程を教えてやれ。お前は堂々と、どう?似合ってる?って言うんだ」
「・・・わかった」
返事は小さかったが、さっきまでの雰囲気とは違っていた。少々の自信を持った、イイ女の声だ。
これで俺の準備は終わる。あとは、最後の仕上げを、ガキ二人がやってくれる。
俺は扉を押し開け、カーラの背中をそっと押した。
「よし、いけ」
白いワンピースが、光の中へと踏み出した。




