こんな会議は嫌だ
私は今、恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうにだ。ダンジョンで魔法少女に変身し、2ヶ月以上ぶりにこの姿で渋谷の街を歩いている。隣には白い謎生物のルル様が浮いており、渋谷ダンジョンセンターの裏口まで一緒に歩いていた。
道中、渋谷で買い物を楽しむ人やハンター達に囲まれ、前に進むだけで精一杯で中々先に進めなく困っている所に、渋谷ダンジョンセンターから奈々子ちゃんと職員達が駆けつけ、誘導してくれた。
渋谷を歩いていて気がついたが、魔法少女ほのりんのファンが多くてびっくりした。「DTube見てます!」や「城神高校の事件で知りました」など私の事を知っている人が大勢いたのだ。
DTubeに関しては私は全く関与していなし見ていないので、どんな内容なのかは知らないけど、ルル様が編集した女郎蜘蛛戦の動画はテレビで見た事があるので、きっとあんな感じなのだろう。
そうこうしているうちに、渋谷ダンジョンセンターの広めの会議室に案内された。早く着いたと思っていたけど、どうやら私が1番最後だったらしく、参加者全員の視線を浴びて居心地がとても悪かった。
スーツを着た堅そうな人が「本当にほのりんてって実在したんだな」とぼそりと呟いていたのが聞こえた。町中でも私のコスプレをした人を見かける事はあったが、こうやって公の場に現れる事は滅多にないので、馴染みの無い人は私の事を架空の人物だと思っている人は少数だが存在していた。
空いた席に着席すると、私から向かって左からJDSTの中村さんと周防院さんが座っていた。迷彩服ではなく、自衛隊の正装だろうか? 階級章が着いたスーツを着ていてとても格好良かった。その隣には官僚だろうか頭髪が薄い偉そうな人が座り、私の事を粘着質な視線を送っておりとても気持ち悪かった。
少し空間を空けて、Chrome Tempestの面々だ。メアリーさんマイクさんケルビンさんの順で座っており、背後にUSHAのカナリアさんが立っていた。
その中でマイクさんだけが明らかに浮いているのが分かる。何故ならマイクさんは服装が明らかに普通じゃなかったからだ。マイクさんが着ていたのは白いTシャツで、アニメ柄がプリントされた物を着ていてからだ。そのアニメは私も知っているアニメだったのだ。それは歌って踊って敵を倒すアイドル系魔法少女だったからだ。勿論私もそのアニメを見たことがあり、好きな作品のひとつだったのだ。
マイクさんって実はアニオタ? 妙に親近感が湧くのは気のせいかな?
ホワイトブロンドの長髪に絶世の美を持ったイケメンに不釣り合いなアニメ柄Tシャツを着たマイクさんの表情は真っ直ぐと私を見ている。【神域】と呼ばれるスキルは発動しているようだけど、私に向かって放たれている様子はない。ただただ湖のように静かに光が放たれているだけだ。
そして、その隣に2人の人物が座っている。ひとりは私がよく知っている人物、十条 恋華だ。47歳とは思えない若々しい見た目をしているけど、これでも私の母親だ。仕事が大好き過ぎて、大学在学中に父親と結婚してからはJHAで専属マスターアドバイザーの資格を取り、私を産んだと当時に企業系クランATLANTISを立ち上げ、私を育てながら日本の企業系クランでは最大規模まで成長させた実績を持っている。
そんな母親が魔法少女に変身した私をジッと見ているので、なるべく目線を合わせないようにする。スキルの効果で身バレしないとはいえ、ひょんな事でバレる可能性があるので下手な事はできないのだ。
そして最後に母親の隣にいる男性? それとも女性なのか? 失礼を承知で言うけど、人とは思えない人物が座っていた。
その人は派手なピンクの巻髪ツインテールのカツラ? を被った大柄の筋骨隆々そうな人で、身長もカルビンさんまでとは言わないが非常に高かかった。そして、もっとも目を引くのはのは、その肉体に似合わぬ魔法少女風の衣装であった…………。
恐ろしい物を見た私は恐怖で小刻みに震えていると、奈々子ちゃんが会議室にいる人全てに、はっきりと通る声で喋りだした。
「それでは皆さん集まったようなのなので、合同会議を始めたいと思います。まず初めて顔を合わせる方もいますので、自己紹介しましょうか。まずは巷で話題のまじかる☆がーること、魔法少女ほのりん☆ミさんどうぞ」
私がトップバッターかーい!
突然指名されて驚いて奈々子ちゃんを見るが、にっこり微笑んでいるだけで何もしてくれない。
きっとこれは普段奈々子ちゃんに苦労を掛けている私への憂さ晴らしだ……。ぐぬぬ、この苦境を乗り切るしかない!
乾いた口から必死に言葉をひねり出すと、
「初めましての人もそうでもない人も、どうもこんにちは♪」
ちょっ……! 身体と口が勝手に……!
「みんなのまじかる☆がーる、魔法少女☆ほのりん☆ミだよ〜! 私の魔法でみんなをHAPPYにさせてあげるね〜☆彡」
突然立ち上がり、勝手に動いた身体と口は私の自己紹介を派手にやった。最後の決めポーズに目元にピースをしてキラッとさせるのも忘れてはいない。
私の突然の奇行に反応を示したのがマイクさんとピンク頭の魔法少女風の人だった。そしてそのピンク頭は祈るように手を胸に当て、身体のクネクネさせながら、男の声で叫び出した。
「いや〜〜ん! か・わ・い・い〜〜! 本物の魔法少女ほのりんよ〜! 私大ファンなのよ! あ、アタシATLANTIS所属、萬田萬治郎♡ みんなからは、魔法少女まんまん♡って呼ばれてるわ♡」
これは酷い……私の他に自称魔法少女がいたとは。しかもネーミングセンスが私と同じレベルときたもんだ……笑えないぞこれ……。
「うふふ〜♡エバンス様もいらっしゃるし〜♡私昇天しゃちゃうわ〜♡笑点じゃないからね!」
色々突っ込み所が多い萬田さんは訳の分からない事を言うと、私の次にマイクさんを標的にしだした。
「エバンス様♡私貴方の事をお慕いしております。是非今夜私とお相手して下さらない?」
「近寄るな化け物」
「あらやだー♡殺気でワタシの股間が痺れてるわぁ♡」
「黙れ叩き斬るぞ」
「いや〜ん♡叩き斬られちゃうわ〜♡興・奮♡♡♡」
会議室をマイクさんの放つ濃厚な殺気と、萬田さんのピンク色のオーラが拮抗している。そんな空間でどうしたら良いか困惑している私達に、私の母親である十条恋華が2人を止めに入る。
「萬田、いい加減にしなさい。今日は重要な会議の為に集まったのですよ」
「あら失礼。ゴメンなさいね皆さん♡」
萬田さんは母しか止められないね……流石にダンジョンに連れて行けないから、ストッパーが居なくなる不安だなあ……。
私の不安を余所に、全員の自己紹介は程なく終了した。
そしてルル様が私の横で、ここに集まった人達に渋く太い声で説明しだした。
「さて、我の呼びかけで集まってくれて感謝する。既に話には聞いてると思うが、ほのりんと一緒にレイドダンジョンである竜王討伐に協力してもらいたい」
「勿論参加する為に来たけど、取り分はあるの?」
メアリーさんがルル様に聞く。
「ほのりんはレイドダンジョンさえ攻略すれば良いが、ほのりんが倒したモンスターから得られる魔石やスキルクリスタルは貰いたい。その他のアイテムやクリア報酬の宝箱は参加者が話し合って別けてもらって結構」
「ルル様、我々JDSTや日本政府およびHA本部は情報が欲しい。先日頂いたルル様の情報を更に頂く事は可能でしょうか?」
「我が話せる範囲なら構わぬ」
中村さんの質問にルル様は即答で答えた。これもルル様にとっては報酬の範囲内なのだろう。
「それなら私達も情報やレイドで手に入る珍しいアイテムが欲しいわね」
お母さん……。
私の母もしっかり報酬は貰うようだ。しかし結果が出なければ報酬は出ない。
「良いだろう。しかし、竜王を倒して初めて報酬を得られると思え。失敗すれば死ぬこともありえるだろう」
ルル様の言った通り、クリアしなければ私のクエストクリアにはならない。
本当はもっと難易度が低いレイドに挑戦したいが生憎この鍵しか持っていない。
リスクは高いがきっと報酬も良いのでクリアしておきたい。
「私からも報酬の要望はいいか?」
アニメTシャツを着たマイクさんが手を挙げる。
「構わん。申せ」
「私は魔法少女ほのりんが欲しい」
……は? 今何て?
「それはほのりんの気持ち次第ゆえ、我が判断する事ではないな」
「…………」
流石に私は応えない。
マイクさんがどうして私が欲しいのか、どういった意味で欲しいのか分からないからだ。
メアリーさんとケルビンさんもマイクさんの発言に特に物申す訳でもないので、マイクさんの発言についてある程度理解しているのだろう。
真意は分からないが、マイクさんに説明してもらう必要がありそうだ。
「報酬については後々決めれば良いだろう。時間が経てば変わるかもしれんしな。さて本題に入ろう」
まだ本題では無かった……かれこれ1時間くらい会議をしたような錯覚だよ。みんなキャラが濃過ぎてとても疲れる……中村さんと周防院さんはよく平然としていられるね。感心するわ。
「レイド・竜王山脈に参加できる者はレベルが70以上とする」
「ちょっと待って下さい!」
ルル様の発言に待ったを掛けるのは周防院さんだった。髪の毛を後ろで結び、凜とした表情から一転、とても焦った表情を浮かべていた。
「どうした?」
「それではここに居る私達は兎も角、後方支援組が参加できません!」
「だろうな。しかしこれには理由がある」
その理由とは? 実は私も知らない。
「そもそもこの鍵はレベル下限が決まっており、70以下は参加できない仕様だ。もし参加出来たとしても直ぐに死ぬのがオチだ」
「ぐ……」
その言葉に周防院さんは悔しそうに唇を噛む。私のお母さんも非常に厳しい表情になっていた。萬田さん以外にもATLANTISのハンター達を大勢参加させるつもりだったのだろう。しかし、あの表情を見るに、萬田さん以外にレベル70超えのハンターは少ないか存在しない可能性があると思われる。
「安心するがいい。猶予は8月末、9月1日に挑む。それ迄に己を鍛え装備を集めるのだ」
「恋華、私だけで十分よ♡」
「……そうね。萬田を集中的にトレーニングさせれば問題無いわね」
「うふ♡」
どうやらATLANTIS側は話が纏まったようだ。
マイクさん達はレベル70は越えているだろうか、余裕の表情を浮かべている。それとは対象的にJDSTと官僚達が何やら騒いでいる。
「これでは失敗した時、損失が大きくなるだけではないか! JDST達を育てるのに何年かかったと思っているのだ!」
「しかし大臣、あの情報は有益です。我々が探し求めていたダンジョンの秘密を解き明かす大事な情報です。ここでみすみすと見逃す訳にはいきません」
「話にならん。おい、そこの白いモンスター! 我々は日本の代表だ! お前に命じる、全ての情報を今すぐ寄越すのだ! それが日本国民、いや世界の為でもある!」
うわあ……この人って大臣だったのか……。こんな人が日本の代表とか恥だよ。ごめんねルル様、こんな人がダンジョン庁の大臣で……。
「ふむ。人間はそうでなくてはな」
ルル様の胸元の4つの宝石、ナヴァトラナが輝く。
すると、大臣は急に頭を抱え苦しみだした。
「ぎゃ、ぎゃああああ! 頭が痛い! こ、これは情報なのか? 何だこれは!? 情報量が多すぎる! ぐあああ!」
「ちょっとルル様、止めて!」
慌てて私はルル様を止める。
「情報を寄越せと言われたから、直接頭に情報を流し込んでいるだけだ。此奴には前払いで情報は与えた。JDST側には今後与えられる報酬が減る事を先に伝えておこう」
「……分かりました。情報分は働きたいと思います……」
中村さんと周防院さんが泡を吹いている大臣を心底軽蔑した眼差しを送っている。どんな情報を受け取ったかは知らないが、JDSTや日本政府、HA本部が知りたい情報とは限らないし、肝心の情報を受け取った人間がアウトプットできなければ意味がないのである。
そんなこんなで波乱の合同会議はもう少し続く。
つづく。




