母からの手紙
翌朝、奈々子ちゃんと、奈々子ちゃんの知り合いのカナリアさんに見送られながら、日本帝国ホテルをハイヤーに乗って後にした。心なしか2人の目の下にはクマができていて、疲労の表情を浮かべていたのが印象深かった。
マイクさん達に私が魔法少女ってバレちゃったかな? 胸から宝石が飛び出て来たら驚いただろうね。いや……魔法少女は胸から宝石なんて出さないからな〜。まだ私が魔法少女だとバレていないはず! ……でも自信がない。後で奈々子ちゃんに聞いてみよう。
ハイヤーは高速道路を走ると、あっと言う間に喫茶しぐれに到着した。運転手さんに後部座席の扉を開けてもらうと、私は優雅に降り立つ。
そして出迎えてくれたのは咲さんだった。
突如店の前に止まった黒塗りのハイヤーから降りてきた私を見て、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「穂華、あんた朝帰りしたと思ったら随分と立派になったもんだね」
「あ、いや〜これには深い事情がありまして……」
マイク=R.エバンスさんと食事していたなんて言えない。何故な咲さんは熱狂的なファンだからだ。しかもマイクさん達が泊まっているスイートルームのベッドを使わせてもらったなんて言った日には何をされるか分かったものではない。
どう説明してよいか悩んでいると、咲さんが手を叩き店に入るよう促す。
「ほらほら、モーニングに間に合わなくなるから早く支度してきなさい!」
「はーい♪」
私の唯一の楽しみ。喫茶店でのバイト。
あ〜、珈琲の香りが私を待っているわ〜。
モーニングの準備を終え、お店を開店させると鈴木さんが入店して来た。
毎日のようにやって来る鈴木さんは喫茶店珈琲と朝食を取り、仕事に出社している。
相変わらず仕事内容は不明だが、娘さんの話をよくしているので家庭環境は良さそうだ。
「穂華ちゃん。日本に来ているダンジョンランカー達が挙って渋谷ダンジョンに来てるよね」
「そうなんですか? マイク=R.エバンスさんのチームしか知らないです」
「そうなの? 最近は中国の女の子も来日して渋谷ダンジョンに来ているよ。たしか名前は……帅 宁宁だったかな?」
シュアイニンニン? 可愛らしい名前だね。
ダンジョンランキング2位って事は相当強いはずだね。そんな彼女が何故日本の渋谷ダンジョンに? 珍しいアイテムでも手に入るのかな?
鈴木さんは話したい事を話すと珈琲を一気飲みし、サンドイッチ片手に店を出て行く。
もっとゆっくりしていけば良いのに……と毎日思うけど、彼なりのルーティーンなのかもしれない。
バイトを終え、珈琲と早めの昼食を取っていると、咲さんが1通の手紙を持って来た。
「穂華、恋華さんから手紙が来てるよ」
「え? お母さんから?」
2ヶ月以上前の父親からの手紙は読まずに放置してあるが、母親から手紙は気になる。
珈琲を飲みつつ、手紙の封を開けると1枚の紙が入っており、母親の字でこう書かれていた。
『穂華元気にしていますか? 咲さんのお店に居候をすると聞いて心配はしていないけど、たまには家に帰って来なさい。穂華を騙してあの人の所へ連れて行った事は謝るわ。あの時の私はどうかしていたわ。お父さんは相変わらず怒っているけど、何かあったら私が庇ってあげるわ。あ、そうそう、風の噂でハンターをやっているそうね。……できれば穂華にハンターをして欲しくないの。JHAの職員になるか、私の会社に就職しない? そうすればハンター関連の仕事が出来るし安全だと思うの。それが嫌なら咲さんのお店でバイトでもいいから危険な事はしないでね。なるべく早く連絡下さい。母より――』
う〜ん相変わらずって感じ……。でも父と違って反省しているみたいだし、私の事を心配してるのが文面に伝わってくる。いずれ両親にバレるとは思っていたけど、母にハンターをしている事が知られちゃったなあ〜。まぁ良いけどね。
都合が合えば帰っても良いけど、実家は横浜なので帰ろうと思えばすぐに帰れる。今は実家に行くよりダンジョンに行きたいのよね。
早くこのダイアモンドをルル様に捧げないと。
私は手紙を綺麗に戻し、自室のケースの中に手紙を仕舞った。そして身支度を済ませると、電車に乗り渋谷へと向かった。
渋谷に到着すると、渋谷の雑踏の中を歩く。
7月末の渋谷は非常に暑く、30度を越える日が連日で続いている。
ひゃ〜あっつい〜。
早くダンジョンの中に入りたい〜
ダンジョンの中はエリアによって違うが、私がいる大森林エリアは太陽の光が大木達の葉に遮られ、湿度は少し高いがひんやりとした空気がとても過ごしやすい。
森林浴で気分がスッキリするのは良いけど、虫系モンスターが多いので厄介な場所でもある。
渋谷ダンジョンに入る前に、スマホで奈々子ちゃんにダンジョンに入る事を伝えてダンジョンゲートに触れる。
どこに転移しますか?
ダンジョンセンター前〈現在地〉
渋谷ダンジョン 1層〜10層
渋谷ダンジョン 11層〜20層
渋谷ダンジョン 20層〜30層
渋谷ダンジョン 31層
31層を選択しダンジョンへ飛び込む。
景色が変わると広大な草原が広がっていた。
遮蔽物が無く、変身するには不都合なエリアだった。
辺りには……人影もモンスターも見えない。今なら変身出来るチャンスだね。それでは早速!
「らんらんらぶはーと♡まじかる☆ドレスアップ!!」
キラキラした虹色の粒子が辺り一面に溢れ出し、私の周りが星とハートで埋め尽くされていく。
そして、POPな効果音と共に身体にジャストフィットする可愛らしいデザインの魔法少女風衣装が次々と装着されていく。
「まじかる☆が〜る♡ ラブリーエンジェルほのりん☆彡」
ふう。相変わらず恥ずかしい変身シーンとセリフだね。
でもセリフひとつでも気合の入り方が違うので、最近は自分の口でしっかり言うようにしている。
「随分とサマになってきたな」
魔法少女に変身するとルル様が姿を現す。
「ルル様にプレゼントがあるよ」
私は懐に仕舞っていた金星のダイアモンドを取り出す。
「なんと!? ナヴァトラナの宝石を外界で出したのか?」
「うん……ちょっと色々あってね」
ルル様に金星のダイアモンドが発現した状況を説明した。
「……そろそろほのりんの事がバレ始めているな」
「それは困るよ」
「とは言っても正体を知っているのは須藤だけだろう? 今は白を切り通しダンジョンに潜ればよい。外界で変身する事もないだろうし」
それはそうだ。私が外で変身する事はまずない。今まで通りにしてれば良いだけで、攻略階層を更新すれば良い話だ。何故、私はこんな簡単な問題を複雑に考えているのだろう?
「さて、金星のダイアモンドを我に捧げよ」
私は光り輝く金星のダイアモンドを捧げると、ルル様の胴体に吸い込まれるように消えていった。
ルル様の胸には3つの宝石が輝いている。
その輝きは力を増しているようだ。
「素晴らしい。我の力がここまで具現化すると様々な事が出来るぞ」
「そうなの? 例えば何が出来るの?」
「たとえば我の魔眼が強化された。人の悪意を見抜き、ある程度心を読む事ができる」
「ダンジョンでは使えないね」
「……ほのりんの心を覗く事は出来る」
「ちょっ止めてよ」
乙女の心の中を覗くなんてプライバシーの侵害だ! そんな事をしたら何もかも筒抜けになってしまい、恥ずかしくて何も考えられなくなっちゃうよ。
「ナヴァトラナの発現にある程度予想は出来るようになった、これはこれで使いようはある」
「そうなの?」
「詳しい事はダンジョンで試しながら説明しよう」
この調子で後6個の宝石を集めれば良いのね。
出来れば外で宝石を出すのはこれっきりにしたい。宝石が出てくる人間なんて存在しないし、奈々子ちゃんに迷惑が掛かるし良い事がないのよね。
宝石を出して倒れた私に対して、マイクさんは特に私に何も言って来なかったし、丁重な対応をしてもらった。
変な誤解をしていない事を祈りつつ、私はルル様を伴って広大な草原を進んだ。
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