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エピローグ

 その後、寮に帰った八雲は、ハンガーノックに陥ったときのような手足のしびれと高熱、そして関節と筋肉の痛みで1週間、寝込む事となるのだった。


 おそらく龍人化した時の後遺症なのだが、そのときの八雲は何も考えられなかった。


 ただ、そのあいだずっと看病してくれたレラと樹の存在がありがたかった。


 そして、ようやく八雲の病状も回復した、4月の寒い夜──




「おーい、オマエら学校に行く準備はできたか?」 


 楓が八雲たちに声をかける。


「俺とレラは準備ができましたけど、ハチがまだ……」


「入学初日だっていうのに、また、あいつか。まったく……」 


 舌打ちをする楓が髪の毛をかきむしるのだった。


 そう、明日はいよいよ八雲たちが通うことになる北央大学付属高校の入学式の日である。

 しかし、入学式がおこなわれる本校舎は札幌市の市街地にあり、収容区のこの寮からは5時間以上かかる。なので、前日の夜から楓の運転する車で学校まで向かわなければならないのだ。


「入学式ね……。わたしたちからすれば、今更って感じよね」


 八雲の隣にいるレラ呟く。


「たしかに、そうだよな」


 八雲をはじめとする特英科の人間は1か月近く前からこの寮で生活して、毎日顔を合わせているのだから、いまさら学園生活の始まりだと言われても実感が湧かないのだった。


 だが、なにも新鮮なことがないのかと言われれば、そうでもない。


 隣にいるレラの姿がそうだ。


 今のレラは森を歩く時のイエヌの民族衣装とも部屋着にしているスウェットとも違う、北央大付属高校の制服であるブレザーを身につけている。 


 年頃の女の子はオシャレに気を遣うものだが、レラは服装に関しては恐ろしく無頓着だ。なにせ1か月近く同じ寮内で暮らしているにもかかわらず、八雲でさえ民族衣装とスウェット姿しか見たことがないのだから(楓曰く幼い頃からその身体的特徴のおかげで、とくに何もしなくても容姿に関しては勝手に周囲がちやほやしていたせいらしい)。だから、レラの制服姿はとても新鮮だったのである。


「おい、蜂須賀、まだか? はやくしろ!」


「わかったよ。そんなに怒鳴らなくてもいま行くよ。……ったく、だりーな。ほんとにこんな夜中に行くのかよ。ねみーったらありゃしねえよ」


「ぶつくさ文句言うな! どうせオマエは道中、助手席で寝てるだけだろ。わたしは夜通しで札幌まで運転しなきゃいけないんだぞ」


「分かったよ楓ちゃん」 


 ぶつくさ文句を垂れながら、ようやく姿を現した樹。


 だが、八雲は驚きのあまり凍りつくのだった。


「は、はち……おまえ……」


「なんだよ、八雲そんな素っ頓狂な声をあげて?」


「ハチ、おまえ、女だったのか?」


 そう、樹が着ている制服は八雲が着ている男子生徒用のブレザーではなく、レラと同じプリーツスカートの女子用制服である。


 1か月近く生活していて、まったく気がつかなかった衝撃の事実に八雲は開いた口がふさがらないのだった。


「あれ? 八雲、もしかして今までボクのこと男だと思ったの? こんなプリティな顔してるのに、ひでーなー!」


「ひどくねーよ! 一人称がボクなのになんで女だと思うんだよ それに、オマエ、初めて会った時もそうだけど、今まで一度も自分から女だなんて言ってないだろ?」


「なに言ってんだよ。八雲。おまえ、どこの世界に自己紹介の時に性別までご丁寧に説明する奴がいるんだよ」


 なんだろう……普段は非常識な発言ばかりしている人間に、常識的な反論をされると敗北感がハンパないのは。


「おし、それじゃあ、行くか! それで楓ちゃん、途中はどこのサービスエリアに寄るの?」


 行く前から食べる事しか考えていない樹。


 こうして、4人は収容区の僻地から札幌の市街地へと向かうのだった。


 そして、迎えた入学式──予定通りの理事長や校長の退屈なありがたい言葉が続くありふれた式典。八雲たちにとっては高校生活最初のイベント……といっても、やはり特別な感慨はわいてこなかった。


 とりあえず、入学式が終わったあとも、特英科の3人と楓は、1週間ほどは本校舎のほうに滞在するつもりなのだが……


「おーい、八雲!」


 樹が八雲を呼ぶ。

「じつはさー、これから普通のクラスのやつらは皆で遊びにいくみたいなんだ。それで、ボクたちもついてこないかって誘われてるんだ。八雲やレラもくるだろー?」


 樹は出会ってから十数分も経っていないのに普通科の生徒たちと仲良くなって遊びの約束をとりつけている。あいかわらずコミュニケーション能力が高い奴だ。


「うーん」


 しかし、悩む八雲。たしかに八雲としては特英科とは違う普通科生徒と交流を深めたいと思いはあるのだが、レラはどうだろうか。


 あきらかにこういう集まりは苦手だろうし、なにより普通科の生徒たちはレラが嫌う都会者の集まりである。嫌悪感を示さないだろうか?


「俺は行くけど、レラはどうする?」


 八雲が恐る恐る訊いてみる。

「いいわ。行きましょう」


 八雲が拍子抜けするほど、あっさり微笑むレラ。


「いいのか、レラ?」


「なにが?」


「いや、きっとこういう集まりが苦手そうだと思ってたらから……」


「そうね。前までのわたしなら行ってなかったと思う」


「それじゃあ、どうして?」


「わたしも少し考え方が変わったの。それに、八雲もいくんでしょ? だったら、わたしはそれだけの理由で充分だから」


 春の日差しの中、まぶしい笑顔でレラはそう答えるのだった。


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