誕生
お話は小さな子猫たちの誕生シーンから始まります。
しばらくは子猫たちがすくすく成長する姿をお楽しみください。
外はごうと風がうねり、ときおり大粒の雨を石積みの壁に叩きつけていた。
扉はなかったが長くのびたひさしが風雨をさえぎり、奥まったところにある石壁のくぼみは乾いた気持ちのいい隠れ家を提供していた。
石壁のくぼみには白い母猫が丸まっていた。
暖かい雨は長く厳しかった冬を塗り替えるように降りそそいでいる。
先週までかさかさと音を立てていた枯れ葉も、いまはツチガエルのようにぬらぬらと茶色く湿って木々の根もとを分厚くおおっていた。
つんと鼻をさす腐葉土のにおいが雑木林に漂う。
この雨が止んで夜が明けたら、草木がいっせいに芽吹き始めることだろう。
木と木の間からちらちらとランプの黄色い光が射す。
雑木林の小道を誰かが歩いているようだ。
春の嵐の中をレインコートにしっかりと身を包んだ年寄りの男が飛ばされそうになる帽子を片手で押さえながら石壁に近づいていく。
男はひさしの下に入るとランプを置いてレインコートの雨粒を払った。
男はこの城の召使いのひとりだった。
再びランプを持った召使いは、ひさしの奥へと進んで目当てのくぼみにランプの光を向けた。
「やれやれ、やはりここにいたか。
しかし、お前はどうしてこんなひどい嵐の日に、こんな寂しいところを選んで赤ん坊を産もうと思ったんだい。
お前には火の入った暖炉の前に特等席を用意しているっていうのに」
召使いが灯りをかざす石壁のくぼみには、男の言葉など気にせずに丁寧に子猫の体を舐めてきれいにする母猫と産まれたての三匹の子猫の姿があった。
「さて、お城に戻ろう。お前たちは気にしないようだが、ここはお墓なのだよ。死者の国は赤ん坊にはふさわしいとは言えないからね」
そう言いながら、召使いは濡れないようにレインコートの中に隠してきたしっかりとした作りのかごを取り出して母猫の前に置いた。
かごの底には古い毛布の端布が敷きつめられている。
母猫は子猫たちの首を優しくくわえると、順番にかごの中に子猫を移動させた。
まだ目の開かない子猫たちは母猫の乳首を探して盛んに鳴いている。
母猫がかごの中に収まると、子猫たちはわれさきに母猫の腹に鼻面をつっこんで乳首を吸った。
しかし、いちばん小さい灰色の子猫は姉や兄に押し出されてみぃみぃとかぼそく鳴いている。
召使いは濡れた手袋を外すと、そっと子猫を母猫の腹に押し込んでやった。
そして再び手袋をはめて猫の一家が入ったかごをしっかりとレインコートの内側に抱えてランプを下げ、墓所をあとにした。
暖炉の前に置かれたかごの中で子猫たちはすやすやと眠っていた。
かごのそばには母猫がすっかりくつろいだようすで目を閉じている。
しかし、母猫は眠っているわけではないようだ。
何かの気配に耳がピンと立って素早く動く。
重い樫の扉の向こうから廊下を歩く足音が聞こえる。
領主の足音だとわかった母猫は再びくつろいだ姿勢に戻った。
「三匹だと?それははじめてのことだな」
執事が扉を開けて、領主は立ち止まることなくまっすぐに子猫たちのもとに向かった。
「どれどれ、可愛い子供たちを見せてくれるかい?」
領主はまず母猫の頭を大きな手の平で包み込むようになでると、子猫の入ったかごに手を伸ばした。
母猫は温かな手の感触を楽しむように細めていた目をうすく開けて、領主の行動を見守っている。
「ほうほう、どの子も可愛いね」
そう言いながら子猫を一匹ずつかごから取り出し、クッションの上に並べて背中をなでてやる。
眠りをじゃまされた子猫だちは文句を言ったが、背中をなでられてまたおとなしく眠りに戻った。
「城猫が三匹とは良い印ではないかな、おばば様」
領主がふり向いた先に、杖をつき足を引きずるようにしてゆっくり近づいてくるローブ姿の老婆がいた。
「城猫さまは北の辺境の地にあってこの城を守護する守り神様じゃ。それが三匹同時に現れたとなると、もしや悪い出来事がこの城にふりかかる印やもしれぬ」
「おばば様は悪い印と言うのか。しかし本当に危機が迫っているのなら、そんなときに守り神様が三柱も現れてくださったことになる。やはりこの城は幸運に恵まれておるということにならぬか」
領主は目を細めたまま子猫の背中をなでてなめらかな手触りを楽しんでいた。
呼吸をするたびにゆっくりと上下する小さな肩が温かい。
「城猫には古くからのしきたり通り、一匹を置くべきかと」
「ふむ。おばば様がそう言うならしかたあるまい。そうだな・・・」
そう言って領主は子猫の値ぶみを始めた。
いちばん大きな子猫は白くてふわっとした印象の毛をした雌猫だった。
首のまわりにえり巻きをしたようにふかふかした長い毛が生えているせいで、ふっくらした印象がある。
頭まで届く長いしっぽもふわふわの柔らかい毛でおおわれていて、灰色の縞模様があった。縞模様はぜんぶで十三本あった。
眠る姿にもどこか気品を感じさせる。大人になったらさぞ立派な女王猫になるだろう。
二番目に大きな子猫は雄猫で毛が短く、しなやかな体つきをしている。
大きくなったらすばしっこい狩人になりそうだ。
クリーム色の体にこげ茶色の靴下をはいたような模様をしていて、ピンと立った耳の先もこげ茶色だが、長いしっぽの先は姉猫と同じようなこげ茶色の縞模様になっている。
三番目の子猫はほかの二匹に比べると明らかに体が小さかった。
灰色のつややかな毛皮でおおわれた体は小さくて、夢を見ているのか耳がぴくぴくと動き、伸ばした手足がときおりびくっとなって宙を掻いていた。
しっぽはほかの二匹に比べてもさらに長く、おしりから頭まで伸ばして、さらに体半分ほど余るくらいの長さだった。
もっとも、体が小さいせいでより長く見えるのかもしれない。
この子もほかの子猫と同じようにしっぽに白い縞模様があった。
「この子にしよう」
そう言って領主が取り上げたのは白い姉猫だった。
「次の城猫はこの雌猫とする。ていねいに世話してくれ。ほかの兄弟猫たちも城猫には選ばなかったが幸運を運んでくれる猫には違いない。しっかりと面倒を見てやるのだぞ」
領主は執事にそう告げて、もういちど母猫の頭を優しくなでたあと立ち上がって足早に部屋を去っていった。




