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あなたが幸せであることを  作者: 卯月めい
第三章 想いの場所

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閑話 愛とか恋とか ジョエル視点

 市井料理を囲む会は突然の副団長の呼び出しに解散となってしまった。その為ミランダ嬢を送り届けるべく騎士の宿舎を出て貴族街へ向かう。

 伯爵邸までの道のりは他愛のない会話を楽しんだ。ミランダ嬢とこんなにゆっくり話したのは初めてかもしれない。討伐で一緒になった時などに少し話す事はあったが、アリシア嬢が来てからは以前よりも会話する機会が増えた気がする。

 ミランダ嬢は不思議と心地よいような柔らかな雰囲気を持った女性だ。目が合うと少し恥ずかしそうに微笑んでくれる可愛らしい人でもある。他の令嬢達とは違いガツガツと押し寄せ踏み込んでくることもなく、心穏やかにいれる。

 公爵家の教育係には女性には優しくと日々日々そう言われ続け育ってきた。現代においてもそれは変わりのないことかとは思うが、きっと度合いが違うのかもしれない。この時代に来てやたら声を掛けられるのだ、女性に。今やルシュブル公爵という家は存在せず、私はただのジョエルなのに。

 騎士仲間によれば、私の対応が過剰で外見と性格も相まって女性を引き寄せているとのことだが……正直そんな事を言われてもわからない。

 何より自分がどんな人間だったのか、どんな性格だったのかなんてもう覚えていないのだ。今この性格はここで生きるために振る舞った結果でしかない。

 ……900年前の私はいったいどんな人間だったのだろう。


 遠くに伯爵邸が見えてきた。 門には兵士が立っているだろう。ミランダ嬢を兵士に預け宿舎へ戻ろう、そう考えていた時だった。


「アリシアとルシウス様は、利害関係なく本当にお付き合いされたりはしないのでしょうか」

「うーん、どうでしょうね。まあお気づきかと思いますが、うちの副団長はもうとっくに本気でしょうし。ふふ」

「やはりそうですよね! 私はアリシアもだと思っているんです、無自覚のようですが……」

「ふふふ、見てますね。私もそう思ってます。時間の問題だと思いますよ。……幸せに、なって欲しいな」


 アリシア嬢の幸せが()()の幸せになると、勝手にも思ってしまっている。戻れない過去にいつまでも固執している。このままではだめだと自分自身わかっているはずなのに。

 それでも最近はこの時代を生きていくことに幸せを感じるようにもなった。


「……アリシアがこちらに来たばかりの時、稽古場でジョエル様とアリシアが歩いてる姿を見たんです」


 ミランダ嬢が立ち止まり、何かを思い出すように夜空を見上げた。柔らかなピンクブラウンに月の光が反射して輝いている。


「その時のジョエル様の眼差しは、とても大切なものを見ているようで……今もジョエル様にとってアリシアが大切な人に変わりないと思っているのですが……」


 よく見ているんだな。正直にそう思った。ミランダ嬢は人の気持ちを読み解くのに長けているのだろう。だからだろうか、彼女がいる空間が居心地がいいのは。

 アリシア嬢に関してはあの時も今も護るべき対象であることに変わりはない。でも、この時代を生きて彼女と接していくなかで、当たり前の事に気付いたんだ。


「恥ずかしいなぁ。見られてましたか。そうですね……あの時も今も、アリシア嬢は私の大切な人です。あ、でも愛とか恋とかそんな感情ではないんですよ?」

「そう、なのですか。稽古場でお見掛けしたときはてっきり想われているのかと……」

「ミランダ嬢、勘が良すぎですね。あの時は……アリシア嬢を通して別の人を見ていたんだと、今になって思います。アリシア嬢の魔力は私の大切な人と同じなんです……はは、誰にもちゃんと話したことないんですけどね」

「……そのお話、聞いてもいいですか? ……もっと、ジョエル様の事を知りたいです」


 真剣な眼差しが私を見つめる。いつもは踏み込まないミランダ嬢が、一歩踏み込んできた。でも不思議と嫌な感じはしない。

 きちんと言葉にしたこともない、明るい話でもない、自分の奥底にあった誰にも伝えたことのない話だ。


「……じゃあ、聞いてくれますか?」

「ええ、ぜひ」


 彼女があまりにも綺麗に微笑んで返事をしてくれたことに申し訳なささえも覚えるような、そんな内容なのに。

 向けられた微笑みに笑顔を返したつもりだったけれど、うまく笑えている気がしなかった。


「……すごく……愛していた人がいたんです」


 彼女の瞳が少し動いた。

 自分で話すことを決めたのに、本当に最低な決断だと思う。だって私は気付いているのだ、彼女が私に想いを寄せてくれていることに。この話を聞いたらきっとその想いは離れるだろう。

 彼女には彼女に相応しい相手がいる。この時代に生きる人間だ。それは決して古代生まれの爵位もない魔人ではない。


「名前はフィアナ。セルシオ伯爵家の長女でした」

「素敵なお名前ですね」

「ええ、とても。花が綻ぶように笑う可愛く美しい人でした。心優しくて、少し抜けていて好奇心が強いところも魅力でしたね」


 ミランダ嬢に期待をさせないために、そう思い話し始めたのに、言葉の力はこんなにも強大なのかと胸がざわついた。声にした分だけ薄らいでいた記憶が呼び起こされていくのだ。

 フィアナに名前を呼ばれると胸が高鳴った。あの笑顔が、声が、大好きだった……と。


「彼女は、私と親友との幼馴染みであり、親友……――ヴェルナー・ド・ユグナージュの妻で妃殿下でした」

「え……」

「あぁ略奪とかそんなドロドロした話ではないですよ? 幼い頃からずっと私の片想いです。あの二人は想いあっていましたから。二人の幸せが私の幸せでもありました」


 ふと過った記憶、それは少し離れた東屋で重なった二人の影。

 もちろん、その様子に胸が痛くなる時がなかったかと言われたら嘘になるだろう。それでも、私が二人を好きだった事は揺るがない真実なのだ。


「幼い頃、フィアナを護る騎士になると誓い、妃殿下の護衛騎士になったんです」

「傍で……護ることを決めたんですね」


 その言葉にぶわっと熱が広がった、心が暖かくなった。思わず彼女を見ると、優しく微笑み頷いてくれた。

 そう。私はフィアナを、ヴェルナーを護りたかったんだ。


「二人の結婚の儀の日。私は正式にフィアナの護衛騎士に任命され、1日傍で彼女を護りました。空がとても澄みきっていて、人生の中であんなに綺麗な青を見たのは初めてでした。二人の衣装がキラキラ輝いて幸せそうに笑顔が溢れていて本当に――本当に、美しかった」


 護衛騎士は二人の姿をみるのには一番の特等席だったに違いない。


「全てを終えてフィアナを部屋まで送り届け、また明日と挨拶をしたんです。……したんですよ? そうそれなのに……明日は来ませんでした」


 にこりと笑った。笑ったら誤魔化せる気がしたからだ。そうでなければ一体どのような表情をしていいのか私にはわからない。

 ミランダ嬢の眉が少し動く、それでも何も言わずじっと私を見てくれていた。

 静かに大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。


「その夜、王位継承の縺れで彼女はルグドルに……第2王子に凌辱され、ヴェルナーは殺されました。私がルグドルに呼ばれ部屋に向かった時にはもう」

「そんな――っ」

「奴は私が隠していたフィアナへの想いを知っていたようで、稀少な属性持ちの私を自分の陣営に引き抜く為に、私に言ったんです。フィアナを貸す、と。……許せなかった、今すぐに彼女を助け出して、ルグドルを殺してやりたいっ、そう思うのに……魔力を抑えられ何も出来なくて……フィアナは……私の、目の前で……目の前で……自ら命を……」


 声にしたのが初めてだったからだろうか。こんなにも声が震えるなんて思いもしなかった。話すたびに、薄くなっていた記憶が少し鮮明になるなんて、思いもしなかった。

 本来の目的を離れ涙を流す姿なんて見せられない。慌ててミランダ嬢に背を向けた。

 急いで目元を拭い、息を整える。


「はは、すみません。忘れてください」


 どうにか感情を抑えいつもの笑顔で振り向くと、今にもこぼれ落ちそうな程の涙を溜めた彼女がこちらを見つめていた。

 そして目があった瞬間に決壊したように大粒の涙を流すのだ、ごめんなさいと謝りながら。


「ごめんなさい……ごめんなっ、さい」

「いえ、私こそこんな話を」

「いえ、いいえ! 私が聞きたいと、そう言ってしまったからっ」


 彼女が傷付くとわかって話したのだ。想う相手に愛していた人がいるなんて、傷付かないわけがない。これできっと彼女も別の誰かを想うことができるだろう。


「さあ、私の話しはここまでにして早く帰りましょう。……と言っても、このまま涙を流すミランダ嬢を送り届けたら変な噂がたって貴方に迷惑がかかってしまいそうですね」


 しまった、読みが甘かったか。多少涙を流すかもしれないとは思ってはいたが、こんなに止めどなくなるとは。未だに流れる涙を拭う彼女に罪悪感が募ってくる。彼女の為とはいえ、こんなに傷つける事はなかっただろう。

 無意識に彼女に手を伸ばし指で涙を拭った。潤んだブルーグレーの瞳がこちらを見上げる。


「ミランダ嬢、ごめんなさい。私がこんな話をしたばっかりに」

「本当に違うんです。私が勝手に聞いて、泣く資格なんてないのに……ジョエル様の心を思うと、涙が止まら、なくて」


 私の心……?

 その瞬間ぐっと胸が締め付けられた。

 ミランダ嬢は自分自身の想う心が傷付き泣いているのではない。自分のことではなく、私の心を思って泣いてくれているのだ。人間とか魔人とかそういった部分でなく、心を見てくれる。そうわかったと同時にとてつもない罪悪感と、抱きしめてしまいたいようななんとも形容し難い感情が私の心の中をかき乱していく。

 涙を拭った手で、そのまま彼女の頬に触れた。未だに涙の流れる潤んだ瞳を大きく見開き、驚きに小さく肩を揺らす。


「……貴方の気持ちを知っていて諦めが付くように愛していた人がいると、フィアナの話したのに、そんな男の心を思って泣くなんて……本当に優しすぎて心配になりますよ」

「し、え、知って……」


 触れている頬が一瞬にして熱を持った。

 口を小さくぱくぱくと動かし、思考が追い付いてない様が彼女には申し訳ないがすごく可愛らしい。

 すっと手を頬から離し、そのまま話を続けた。


「これも誰にも話してないと思うのですが、私の髪の色、人間だったときはグレーだったんです。ミランダ嬢の瞳の色は少し青みがかったグレーですよね。それをもう少し明るくした感じの色だった気がして……まあ、実際のところはもうきちんと覚えてはいないのですが」


 驚きに涙も止まり、頬の熱も少し落ち着いた彼女はじっと私の話を聞いてくれていた。


「他にも、毎日着ていた騎士服の刺繍や通いなれた城内、命懸けの討伐を共に行ってきた仲間達、幼い頃に私に沢山の事を教えてくれた恩師、公爵邸の並びの風景、最後まで私を押さえ付けていたあの騎士の顔。……全てぼんやりとしていて、だんだんと記憶から消えていくんです。今はもうはっきりと覚えてるものの方が圧倒的に少ないんですよ」


 だって900年ですから、そう笑って見せた。


「そんな私の記憶に刻み込まれて消えないのが、フィアナ……彼女なんです。ああヴェルナーもね。ふふ、彼がこれを聞いてたらきっと、俺はおまけかって言うんだろうな」

「本当にフィアナ様が、お二人が大好きだったのですね」

「ええ……心から。……心から二人を、愛してます」


 胸いっぱいに大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

 事実は何も変わらないのになんだか少しだけ、本当に少しだけ詰まっていた何かが消えた気がした。もしかすると私は……誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。


「最近の()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、本当に幸せを感じているんです。私もこの時代で生きたい、前を向きたいと……少しずつですが思えるようになってきたんです」


 ナフタックがバラした私の正体に、一度はまた朽ちていくことを覚悟したのに。彼を含めた皆が仲間として迎え入れてくれたのだ。それがどれだけの幸せであったかなんて。

 優しく微笑むブルーグレーが心地よい。彼女の傍は……少し暖かいような気がする。


「ミランダ嬢、私は大切な二人を忘れることは絶対にできません。これは私自身が死して朽ちるまで変わらない。それでも……私は優しすぎる貴方を大切にしたいと、護りたいと思いました。もちろん恋か愛かと問われたら正直今はまだ違うと思います。でもそうなれる未来が、そんな暖かな未来があるのであれば、その時に一緒に歩める人はどの令嬢よりも、貴方であって欲しい」


 再び染まった頬、ブルーグレーの瞳に映る私が大きく揺らぎはじめた。

 思わせぶりな態度だとまた騎士仲間に言われるのだろうか。でも、彼女の想いにちゃんと向き合って、彼女の事をもっとよく知りたい、心からそう思えるんだ。彼女の傍を心地よいとそう感じる理由をもっと知りたい。

 私も……もう少しだけ踏み込んでみたい。


「だから、今はまだ友人という関係を脱け出せません。それでも……こんなずるくて情けない私の心を、想ってくれますか?」

「……はいっ。ずっと、お慕いしております」


 再び彼女の頬に触れ、溢れ出る涙を優しく拭った。先程と違い視線の先の彼女は暖かく微笑んでいた。

 ミランダ嬢の温もりが伝って目頭が熱くなる。人に想われる事はこんなにも暖かくて幸せな事だったんだ。

 こんなにも胸が苦しくて、息が詰まる。幸せで流れる涙があるなんて……――

彼の心が900年前の出来事を忘れる事は一生ありません。でも誰かがその心を溶かして、彼を包みこんでくれる、そう願っています。ジョエルには本当に本当に幸せになってほしい。

でも彼には、爵位を貰えるように一生懸命に頑張る未来が待っているのです。だから大丈夫!

お読み頂きありがとうございました。



X:@sheepzzzmei

更新のお知らせが主ですが、たまにボヤいてます。

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