表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたが幸せであることを  作者: 卯月めい
第二章 生きる場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/33

閑話 時代適応教育係 ジョエル視点

「ジョエル様、ナフタック様、仲良くしてくださいね?」


 アリシア嬢はそう言うと副団長とともに部屋を出ていった。

 私はというと、背後で威嚇している男の教育係りというなんとも面倒な事を指示されてしまったわけで。もちろん団長指示だし従うが、こんなに面倒だと思った仕事は騎士人生で初めてかもしれない。


「……アルスター卿、部屋に案内します」


 振り向いて張り付けた笑顔でそう告げると、あちらは繕いもせずに「ああ」とだけ返事をした。もちろん全面に警戒を押し出して。

 面倒くさいことこの上ない。本来だったら、部屋への帰り道、アリシア嬢との会話が楽しめたかもしれないのに。

 背景は変われど会話は一切なく。途中、生活に必要な衣服やシーツ類などの貸し出しに寄り、必要なものを二人で分けてもつ。もちろん会話は一切ない。そうこうしているとあっと言う間に騎士宿舎の私の部屋まで到着した。そして、この部屋の隣が本日より彼の部屋となるのだ。

 教育係りなんて面倒なものになってしまった関係上、明日の朝目覚めてから一番に見る顔も聞く声も他の誰でもなく彼なのだと思うと残念な気持ちになる。

 否、普段も目覚めて食堂にて朝食をとってと考えると、一番に見る顔も声も男であることには変わりないが、この調子のアルスター卿と朝から晩までとか……新手の拷問だろうか。


 「アルスター卿、この部屋があなたに割り当てられた部屋です。寝台、机、トイレ、と最低限は揃ってます。ちなみに浴場は共用です。荷物を置いたら、湯浴みの準備をしてそのまま向かいましょう」

「ああ」

「私も支度があるので、少ししたら声をかけます。それまでに準備をしていてくださいね」


 彼の部屋を出て自室の扉を閉めた瞬間、思わず大きなため息を吐いてしまった。

 今日、アルスター卿の発言によって私はジョエル・ルシュブルである事、元は人間の魔人であることを知られる事となった。


「……ふふ……はは、なーんだ、かわらないじゃないか」


 ぽつりと言葉が漏れた。

 これがバレてしまうと、また一人、朽ちるまでの時間と向き合ってひっそりとその時を待つことになる。そう思っていたのだけれど……人に恵まれているようだ。

 そう考えると、全ての切っ掛けを与えてくれたアルスター卿に感謝すべきだろうか。

 そうだ、よく考えてみたら、初対面の時だってフィアナの魔力を持った女性をねじ伏せている、あの状況に怒りを覚えたわけで。フィアナではないんだ。

 ま、今考えた場合はアリシア嬢をねじ伏せるってのも許せはしないけれど。女性に優しく大切にって伯爵家では学ばなかったのか? 野蛮な男め。

 湯浴みに必要なものをまとめ、袋に詰めた。もうそろそろ大まかに荷物を片すことくらいは終わっただろうか。

 魔道具のライトに触れ、明かりを消し部屋を出た。そのまま隣の部屋まで行って扉を数回ノックする。

 がちゃりと音がして、暗い部屋から彼が出てきた。部屋の中は月明かりでどうにか見える程度だった。ぼんやりと覚えた違和感の正体はすぐにわかることとなる。


「悪いが俺は聖属性魔法は使えない」

「はぁ。この時代大半は使えませんよ」

「……蝋燭が欲しいってことだよ」

「蝋燭って、ライトを使えば……ああ、そうか」


 アリシア嬢がきたばかりの時に、副団長が魔術具を知らなかったと話していた事があった。もちろん俺もきたばかりの時は心底驚いたものだ。

 だとすると、アルスター卿も漏れなくそうなのだろう。


「後ほど、ご用意できれば」


 にこりと笑ったのは俺の悪い部分だろう。彼がこの態度を崩さないのであれば、少しくらいはいいだろう。魔術具の事を伝えるのは風呂の時でも。

 再び無言の彼を連れ、次の目的地である共同の浴場へ向かう。

 この時間はもうほとんどの騎士の浴室使用は済んでいるのできっと貸し切り状態だろう。歩きながらそんなことを考えていたら、同時に彼に会話をさせる良い案を思い付く。


「共用の浴場はその奥です。日を跨いでから6の刻までは使用はできません」

「了解した」


 なんとも事務的なやり取りだ。これではつまらない。

 扉を開けると脱衣所がある。浴場を使用する場合はここの衣服の脱着を行い、空いているスペースに荷物をいれておく。

 共用でシャワー室のみも存在していて、この脱衣所の奥になるのだけど、そこだけ使用する場合はシャワー室前の棚に荷物を入れる事ができるのだ。

 一通り説明し、浴場に向かうべく騎士服を脱ぎながら言った。「あ、そういえば……」なんて出だしが我ながら下手くそすぎて笑いそうになったがぐっとこらえて、その続きを話し出した。


「今日はもうこんな時間ですし……もしかしたら……」

「何だ?」

「いえ、もしかするとですよ? アリシア嬢が入ってるかも」

「は!!?!?」


 思った以上の良い反応に思わず、顔を背けこらえる。


「ええ、だって彼女も騎士の宿舎に部屋があるんですよ?」

「だからって、湯浴みが男女一緒などとは」


 何を考えているのかは一目瞭然なほど、顔を赤くするアルスター卿に、結局我慢できず吹き出してしまった。その瞬間、鋭い眼光が俺をとらえる。

 しかし、眼光は鋭くともその表情はなんとも情けない。


「アリシア嬢のあられもない姿でも想像しました?」

「うるさいっ」

「まったく、そんなわけないでしょう。彼女の部屋は団長達の部屋の並びにある完全個室です。浴室も個人でありますよ」

「だろうな! 俺は湯浴みする」


 服を全て抜きザっと棚へ入れるとズンズンと浴場へ向かう。私は脱いだ服を畳み棚へ入れた。

 そして、思わず口元が緩む。だって私には、このあと彼が言ってくる事が大体わかるのだ。


「おい! 水はどうするんだ!」


 先ほど揶揄われた怒りを残したままの声で、私に予想通りの質問が飛んできた。あまりにもわかりやすい動きにもう笑いを堪えるのも限界だ。

 軽く深呼吸しながら近くまで歩いていき、魔道具の存在を伝える。この金属の板にオドを流せば()が出ると。

 さすがに魔道具には驚いたようで「この時代にはそんなものがあるんだな」なんて感心しているようだった。

 そのまま水を出して、髪や体を洗っている。優しい私は洗い終わる少し前に教えてあげることにした。


「ちなみに、これをこうすると……()()もでますよ」

「……」

「もっと言うと、部屋のライトも魔道具です」

「……クソ魔人め」

「ふふ、だって揶揄い甲斐があって楽しくて、すみません」

「……クソっ」


 その後は、聞いているのか聞いていないのかたまにしか返事を返してくれない彼に、この時代の騎士団や教会の事を説明した。

 湯浴みを終え、再び無言のまま部屋まで歩く。もう今日は諦めるしかないだろう、それに実際のところ、彼にとっては私はまだ得たいの知れない魔人でしかないのだろうし。

 部屋についた。

 朝食は食堂でとる事、そのあと騎士団の稽古に参加し、その際にアルスター卿の紹介をする事等1日の流れを説明した。

 「ああ」とお馴染みの返事が帰ってきたので、一応聞いてはくれているのだろう。そして、また明日、と伝え自身の部屋に入ろうとしたときだった。


「……おい」


 呼び止められ、入ろうとした扉を閉める。


「……ありがとう。明日からもよろしく頼む」

「アルスター卿、貴方……お礼、言えるんですね」

「ああ?」


 あまりにも素直な言葉に驚いて、少しばかし茶化してしまった。これは私がいけない。


「はは、すいません。でも、こちらこそ。突然の変化に対応すること、大変だと思います。明日からもよろしくお願いしますね、アルスター卿」

「……ナフタックでいい」


 ぶっきらぼうではあるが、彼なりに寄り添う姿勢を見せてくれている。


「はい、ではナフタック、また明日」

「ああ」


 ぱたりと扉が閉まった。

 アリシア嬢の願いを叶えるにはまだ時間がかかりそうだが、確実に1歩前進した。

 そんな1日の終わりだった。

翌日は稽古で二人で手合わせして意地になって、他の団員に引かれたり(強いから)するんだろうな、なんて思ってます。喧嘩するほど仲が良い、ある意味対照的なようで気が合う2人だと思っています。

お読み頂きありがとうございます。




X:@sheepzzzmei

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ