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現代解釈桃太郎 ~大都会鬼討伐戦記~  作者: はの


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第9話 久米南町

 久米南町くめなんちょう

 岡山県の中央部やや東寄りに位置する町である。

 人口は四四六三人。

 太平洋戦争終了直後の一九四九年より、川柳によって町おこしを行っている。

 

「晴天に 包まれ見えぬ 幸せよ」

 

 男は、寺の縁側に座り、川柳を詠んでいた。

 口で発した文字を、筆で短冊に残していく。

 

「鳥が飛ぶ 飛行機が飛ぶ いとをかし」

 

 男にとって、川柳を読むという行為は、ラジオ体操のような物である。

 凝り固まった脳をほぐす、一つの手段である。

 コンテストでの受賞を目指すのならば別だが、趣味で詠む川柳であれば、緊張や熟考も不要。

 男は、ただただ思い浮かぶ言葉を吐き出していた。

 

「日常に 突如現る 鬼の子よ」

 

 然るべき時を待ちながら。

 

 寺の周囲を囲む森から、ガサガサと音がする。

 音はどんどん大きくなり、男に近づいてくる。

 

 男――久米南町町長、久米南くめなん歌然かねんは、短冊と筆をおいて立ち上がった。

 坊主頭を掻き、黒い袈裟を正す。

 

「モンモーン!」

 

 草木を分けて現れたのは、餓鬼。

 ニホンザルのような毛むくじゃらに赤い顔。

 そして、顔の三分の一を占める巨大な一つ目。

 久米南歌然が見上げて顎が見えるほど、巨大な餓鬼が笑っていた。

 

「これは、哀れな」

 

 久米南歌然は、森林を破壊されたことを怒るでもなく、異形な姿の餓鬼に怯えるでもなく、ただ涙を流した。

 餓鬼をまっすぐと見たまま、ただ泣いた。

 

「モンモオオオオン!」

 

 餓鬼に、涙の理由はわからない。

 故に、涙の意味を考えない。

 餓鬼は真っすぐ久米南歌然に向って走り、まっすぐ久米南歌然を叩き潰すために腕を振り下ろした。

 

「南無阿弥陀仏」

 

 対し、久米南歌然が両手を合わせ、一言呟いた。

 音が耳に入った餓鬼は、振り降ろすのを止めた。

 苦しそうな表情で左胸を抑え、怒りの形相で久米南歌然を睨みつける。

 

 南無とは、帰依すること。信じ従うこと。

 阿弥陀仏とは、仏。

 即ち、南無阿弥陀仏とは、仏への全体的な忠誠と信仰の宣言である。

 

 そして、南無阿弥陀仏を唱える者は、死後、平等に往生できる。

 悪人だろうと地獄に落ちず、平等に。

 仏は、帰依する者を救うのだ。

 

「南無阿弥陀仏」

 

 よって、久米南歌然は祈る。

 地獄に落ちるだろう汚れた魂を持つ餓鬼を救うため。

 餓鬼は苦しむ。

 人間を殺すために産み落とされた邪悪な魂も持つゆえに、往生するために現世の罪を強制的に償わされる。

 

「モオオオン!?」

 

「安らか眠れ、鬼よ。この、誕生寺たんじょうじの地で」

 

 誕生寺。

 それは、多くの文化財を有する地。

 国重要文化財、誕生寺御影堂。

 国重要文化財、誕生寺山門。

 国重要文化財、中将姫の黒紙名号。

 岡山県重要文化財、清涼寺式釈迦如来立像。

 岡山県重要文化財、津田助在衛門作櫓時計。

 岡山県重要文化財、阿弥陀如来立像。

 

 一つの寺の中に、数多の文化財を有している。

 

 何故、誕生寺はここまでの文化財を有するのか。

 何故、誕生寺は歴史的な価値を生み出しているのか。

 

 それは、この地が誕生の地だから。

 浄土宗の開祖、法然ほうねんの生家跡の地だからである。

 

「南無阿弥陀仏」

 

「モアアア!?」

 

 かつて、法然は疑った。

 厳しい修業を積まなければ悟りを開けぬ従来の仏教が、厳しい修業を積む余裕のない人々を救えぬことは正しいのかと疑った。

 法然は、探った。

 修行を積めぬ人々、即ち凡夫たちが救われる方法を探った。

 そして、辿り着いた。

 真理に。

 念仏を唱えるというわずかな時間で、修行を積めぬ凡夫たちも平等に往生できることに。

 

 それは、自分が往生するために修行を続けるという、従来の仏教の価値観とは真逆。

 法然こそ、日本で初めて、他人も救う仏教に辿り着いた者である。

 

「モン……モア……」

 

 地べたに這いつくばる餓鬼を、法然は優しい笑みで見下ろした。

 久米南歌然もまた、法然の教えを受け継いだ。

 万人に往生を。

 万人には、人間も鬼も含まれる。

 

 久米南歌然の心は安寧に満ちていた。

 

 邪悪が一匹、往生し、浄土へと向かうことができるのだから。

 

「浄土で、穏やかに暮らすが良い。鬼よ。南無阿弥陀仏」

 

 久米南歌然のとどめの一言が、餓鬼の耳へと飛ぶ。

 

 

 

 が、餓鬼は消滅しなかった。

 否、餓鬼の耳が念仏を受け入れなかった。

 

「むう?」

 

 這いつくばっていたはずの餓鬼は、両手で力いっぱい地面を押して体を起こす。

 そして、久米南歌然を睨みつけ、叫ぶ。

 

 大地を揺るがす声が、誕生寺に響く。

 

 が、久米南歌然は違和感に襲われた。

 久米南歌然の耳には、叫び声が届かない。

 久米南歌然の目には、口を開いた餓鬼の姿しか映らない。

 

 久米南歌然は、自身の耳に触れる。

 

「耳が?」

 

 顔についているはずの耳が、一切の音を拾わなくなっていたのだ。

 餓鬼の声も。

 風が葉を揺らす音も。

 自身の声も。

 

 久米南歌然は一層耳を澄まし、言葉を口にする。

 しかし、久米南歌然の口にした言葉は、久米南歌然の耳にも餓鬼の耳にも届くことなく空に消えた。

 

「……これは、奇怪な」

 

 餓鬼は、周囲の音を奪った。

 

 無音の世界で餓鬼はいつの間にか、久米南歌然の目の前に立っていた。

 足音という概念が無くなった空間で、久米南歌然は不覚を許した。

 

「しまった!?」

 

 餓鬼の右から左へ大きく振った掌が、久米南歌然の全身を弾き飛ばす。

 弾き飛ばした音も、久米南歌然が誕生寺の壁に叩きつけられた音も、久米南歌然の苦痛に染まったうめき声も、全て餓鬼の耳には届かなかった。

人口は、令和五年一月一日時点の住民基本台帳人口に基づきます。

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