死なずの少女⑤
――――ウヅキとの甘い夜から三日後。その日は授業の無い休校日。カナビコと一緒に、チヨヒメを一座に連れて行く日だ。
「おはよー」
朝。私たちは西ノ宮へ向かうべく、官学の東方大手門に集合する約束をしていた。
「お早うございます。蒼陽姫」
「ソウちゃん、おはよー」
カナビコとユハンは既に集まっていた。こういう時、私はいつも集合時間ギリギリになってしまう。そして案の定、ヒスイは遅刻していた。
――――十分後。
「ごめんなさい! 寝過ごしました」
「おそいー」
しかし正直に寝坊したと申告するのはヒスイらしい。
「カナビコ。チヨヒメは大丈夫?」
「心配せずとも、わしの神通力で姿を隠しておりますぞ」
「流石風神!」
やはりカナビコが来てくれて大助かりだ。私達だけでは、チヨヒメを外に出すことも敵わなかった筈だ。
「よし! それじゃあ行きますか」
そう言って私が意気込んだ瞬間、「おーい」と声を上げながら、浮かぶ石床に乗ってくる二人組が目に付く。
「あれ、誰か来る」
「もしかして、私達の事が先生方にバレたんじゃ?」
青ざめた様子で、声する方へ目を向けるヒスイだが、その二つ分の小さな人影は、明らかに先生や上級生ではなかった。
「――――おいおい。俺たちを置いてくなんて感心しねえなあ」
石床に乗って声を上げていたのは、なんとタライとウヅキだった。
そしてタライは、その憎まれ口をたたきながら床から降りると、ニヤリと大胆な笑みを浮かべた。
「お主ら、一体何用じゃ?」
カナビコが白い髭をモフモフしながら、奇怪そうな目を向けながら二人に問う。
「あ、僕たちぃ、ソウ君たちの友達でぇ、今日遊ぶ約束をしてたタライです」
――――完全に嘘だ。タライはカナビコを前にしても、その二面性を遺憾なく発揮し、息を吐くように嘘を並べた。
そしてその横では、ウヅキが申し訳なさそうに目を潤わせながら私を見ていた。
「え、そうなの? ヒスイ」
「え!? 知らないわよ!」
私が面倒をヒスイに擦り付けると、彼女も尻を叩かれたように言葉を跳ねらせた。しかしこれでは、完全にウヅキも巻き込んでしまうぞ。
「ふむ。そういう事らしいが、相違ないかウヅキ殿?」
「…………え! い、いやあ。僕もそんな約束を取り付けてたような気がしたんですけど」
完全にタライに言わされてるなコレ。
その如何にも焦りまくったウヅキの言動から、私は全てを察してしまった。やはりタライは厄介だ…………。
「そういう事なのでぇ、僕たちも同行していいですか?」
力ある者の前に立つと、瞬時に鼻たれ坊主に戻るタライ。そんな彼は、カナビコにすら臆することなく、しっかりと私たちに食らいついてきた。蛇め。
「どうするカナビコ?」
「致し方あるまい。この者らもチヨヒメの存在を知っておるのであろう? ならば連れて行っても構わぬのでは?」
――――ため息が出る。
頼みの綱だったカナビコですらこれだ。それでもまあ、彼が付いているのなら二人も安全か。
「分かったよ。その代わり、帰りたいって言っても無理だからね」
「うん、分かったぁ。ありがとぉ、ソウくん」
くうぅ、腹立つ! 口を開けば暴言の癖に、教師の前ではこれだ。いつか絶対痛い目見るぞ。
「では皆の者、参ろうか」
そうしてカナビコをリーダーにした私たちは、駕籠の中で女子軍団と男子軍団に別れて、西ノ宮に付くまでの道のりを、共に苦い時間にしたのだった。
「――――ふむ。ここが例の一座が住む長屋ですな?」
三日前に訪れた不気味な建物。
この世の珍味をかき集め、練り混ぜたかのような歪な雰囲気。ノーマルな長屋に一棟だけ佇むアブノーマル。独特な不気味さを放つその建物は、忘れたくとも忘れられない。
「…………そうだよ」
「はえぇ。チヨヒメもいないのに、何も変わらないね」
「不気味ね」
昨日の一件があったにもかかわらず、その見世物小屋は平常通り営業していた。
「なんだお前ら、ここに来てビビってんのか?」
「ち、ちょっと、タライ君」
その建物を前にし、私達が三人固まって話していると、後ろからタライが小声で囁いた。そんな彼をウヅキは注意するが、性格上、強くは言えないようだ。
「案ずることはありませぬぞ。ワシが付いておる」
この建物を前にしても、一切その顔色を変えないカナビコ。その心強い一言に、私達は腹の底から安堵した。
「い゛らッじゃァぁイ」
「……いいい、何度見ても怖いな」
前回と全く変わらないメイクの受付嬢。しかしそれがまた不気味でもあり、彼女に一切慣れる事が出来ずにいる私は、ついつい口ずさんでしまう。
「…………お主」
しかしカナビコは臆することなく、まじまじと舐めるように彼女を眺める。
「ちょっと失礼でしょ、何してんのよ」
「ふぉふぉ。いやはや、あまりの美しさに感心しておりました。すまぬことをしたのうお嬢さん」
――――え、もしかしてカナビコ、そっち?
そんな彼の不躾な言葉に、受付嬢は若干表情を歪めたが、しかしそこから感情が汲めない。
「バカなこと言ってないで、早く行こ!」
「そうですな。……お嬢さん、この店の店主と話をしたいのですが、お願いできますかな?」
ニッコリと笑んだカナビコが言うと、受付は一回頷いただけで、そのまま何も言わず店の奥へと消えて行った。
「はえぇ。これからどうなるの?」
怯えた様子のユハンが私の袖を掴む。
「わかんない。でも、少し荒れるかもしれないね」
「――――あんまり怖いようだったら、俺の後ろにいろよ。ユハン」
「え?」
ええ? あれ、もしかしてこいつユハンに気があるのか?
どこか照れた様子で、ユハンの肩に手を置くタライ。その初々しい表情は、少し甘酸っぱさを感じさせる。
「ええぇ。わえはソウちゃんと一緒にいるから大丈夫」
「そ、そうか? でもコイツ、結構ビビってるぞ?」
「大丈夫だよユハン。そのまま私の傍に居て」
――ぷぷぷ。フラれてやんの。
そう言って、どこか勝ち誇った笑みをタライに向けると、彼は面白くなさそうにそっぽを向いた。――へっへっへ。ざまあみろ。
などと、私たちが緊張感のない事をしていると、あの舌足らずの高音ボイスが、薄暗い店の奥から小走りでやって来た。
「はいはーい。なんれございましょう」
無駄に煌びやかな着物に、ふくふくと身に付いた贅肉。間違いなくオキマサだ。
あの時、鬼のような形相でチヨヒメを追って来たオキマサ。しかし今日の彼は、毎日幸せといった笑みを浮かべて現れた。
「…………って、チヨちゃんを攫った子供!?」
「どうも」
しかしそんな彼も、私の顔を見るや否や、その表情を一変させて強い眼差しを向ける。
「お前、チヨちゃんをどこに連れて行った!」
「チヨヒメなら、荷物まとめて実家に帰りましたよ?」
「何を下らないことをッ」
そう言って、今にも殴らんと言った顔つきで、オキマサが私に一歩近づいた時、その歩みをカナビコが片手で抑制した。
「これはこれは、どうもうちの生徒が、そなたらにご迷惑をお掛けしたようで」
柔らかい口調。
目を合わせた瞬間、掴みかかろうとしてきたオキマサや、そんな彼を煽った私などとは、全く比べ物にならない大人の対応。
「あ、ああ。これはどうも先生。……そうなんれすよ。彼女は私の大切な従業員を連れ去ったんれすよ! 本当に困っていたのれす」
「ええ。そのことで、今回はその謝罪も込めて、こうして生徒たちと参った次第でのう」
「――――謝罪も結構れすが、私のチヨちゃんはどこに?」
「心配なさらずとも、官学の方で確と保護しておりますよ」
「出来れば、今すぐ返して頂きたいものれすな!」
最初こそ、二メートルほどの巨躯を持つ彼にビクビクしていたオキマサだったが、カナビコの柔らかい物腰に、彼は完全に強気になっていた。
「ふむ、そうしたいのは山々なんですが、いくつかお主に聞きたいことがありましてな」
「聞きたいこと?」
「ええ。なんでもチヨヒメは、その身に不死の呪いにかけられた。そう、この子らに聞いたのですが、それは誠ですかな?」
綿菓子のようなアゴ髭に手を伸ばすカナビコ。彼はそれを弄びながら淡々と質問を投げる。
「そうれすよ? 彼女の身体は老いる事も無ければ、受けた傷をも治してしまう、紛うことなき不死なんれす」
「ふむ。しかし分からぬのですが、わしがいくら見ても、彼女からは全く呪いの匂いがせんくってのぉ」
――――呪いの匂い? なんだそれ。
「呪いの匂いれすと? 呪いに匂いがあるとれも言いたいのれすか?」
「ええ。わしは生まれつき鼻が鋭くてのう。呪いや穢れなどの忌み物は特に臭うのじゃ」
「ふん! そんな戯言信じれませんな!」
オキマサがそう言うように、私達もその言葉を信じられずにいた。
もし仮に分かるのだとしたら、私達にくらいは言って欲しかったものだが。
「ええ、現に先ほど、店先に座っていたあの娘。あの者からは嫌な匂いが漂っていましたぞ?」
――――え?
カナビコがそう言った途端、絶えず強気な表情を浮かべていたオキマサの表情が、水を被った髪のように萎れてゆく。
「……それと、お主の懐からものう」
――――そうしてスリ師の如き速さで、カナビコはオキマサの懐から、穢らしい一枚の黒ずんだ札を抜き取った。
「あああ!」
「ほう。これは転変の札か?」
カナビコの指先につままれた穢い札。その札は本来の白さを失っており、表面は虫に食われたかのような黒染みが目立つ。
「蒼陽姫。祝詞を唱えてくだされ」
「え、今?」
珍しそうに札を眺めるカナビコは、それを空にかざしながら背中で言う。
そしてその下では、カナビコの胸までしかない背丈のオキマサが、ばつの悪そうな顔で睨みを利かせていた。




