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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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死なずの少女⑤


 ――――ウヅキとの甘い夜から三日後。その日は授業の無い休校日。カナビコと一緒に、チヨヒメを一座に連れて行く日だ。


「おはよー」

 朝。私たちは西ノ宮へ向かうべく、官学の東方大手門に集合する約束をしていた。


「お早うございます。蒼陽姫」

「ソウちゃん、おはよー」


 カナビコとユハンは既に集まっていた。こういう時、私はいつも集合時間ギリギリになってしまう。そして案の定、ヒスイは遅刻していた。


 ――――十分後。


「ごめんなさい! 寝過ごしました」

「おそいー」

 しかし正直に寝坊したと申告するのはヒスイらしい。


「カナビコ。チヨヒメは大丈夫?」

「心配せずとも、わしの神通力で姿を隠しておりますぞ」

「流石風神!」


 やはりカナビコが来てくれて大助かりだ。私達だけでは、チヨヒメを外に出すことも敵わなかった筈だ。


「よし! それじゃあ行きますか」


 そう言って私が意気込んだ瞬間、「おーい」と声を上げながら、浮かぶ石床に乗ってくる二人組が目に付く。


「あれ、誰か来る」

「もしかして、私達の事が先生方にバレたんじゃ?」

 

 青ざめた様子で、声する方へ目を向けるヒスイだが、その二つ分の小さな人影は、明らかに先生や上級生ではなかった。


「――――おいおい。俺たちを置いてくなんて感心しねえなあ」


 石床に乗って声を上げていたのは、なんとタライとウヅキだった。

 そしてタライは、その憎まれ口をたたきながら床から降りると、ニヤリと大胆な笑みを浮かべた。


「お主ら、一体何用じゃ?」

 カナビコが白い髭をモフモフしながら、奇怪そうな目を向けながら二人に問う。


「あ、僕たちぃ、ソウ君たちの友達でぇ、今日遊ぶ約束をしてたタライです」


 ――――完全に嘘だ。タライはカナビコを前にしても、その二面性を遺憾なく発揮し、息を吐くように嘘を並べた。

 そしてその横では、ウヅキが申し訳なさそうに目を潤わせながら私を見ていた。


「え、そうなの? ヒスイ」

「え!? 知らないわよ!」


 私が面倒をヒスイに擦り付けると、彼女も尻を叩かれたように言葉を跳ねらせた。しかしこれでは、完全にウヅキも巻き込んでしまうぞ。


「ふむ。そういう事らしいが、相違ないかウヅキ殿?」

「…………え! い、いやあ。僕もそんな約束を取り付けてたような気がしたんですけど」


 完全にタライに言わされてるなコレ。

 その如何にも焦りまくったウヅキの言動から、私は全てを察してしまった。やはりタライは厄介だ…………。


「そういう事なのでぇ、僕たちも同行していいですか?」


 力ある者の前に立つと、瞬時に鼻たれ坊主に戻るタライ。そんな彼は、カナビコにすら臆することなく、しっかりと私たちに食らいついてきた。蛇め。


「どうするカナビコ?」

「致し方あるまい。この者らもチヨヒメの存在を知っておるのであろう? ならば連れて行っても構わぬのでは?」


 ――――ため息が出る。

 頼みの綱だったカナビコですらこれだ。それでもまあ、彼が付いているのなら二人も安全か。


「分かったよ。その代わり、帰りたいって言っても無理だからね」

「うん、分かったぁ。ありがとぉ、ソウくん」

 くうぅ、腹立つ! 口を開けば暴言の癖に、教師の前ではこれだ。いつか絶対痛い目見るぞ。


「では皆の者、参ろうか」


 そうしてカナビコをリーダーにした私たちは、駕籠の中で女子軍団と男子軍団に別れて、西ノ宮に付くまでの道のりを、共に苦い時間にしたのだった。



「――――ふむ。ここが例の一座が住む長屋ですな?」


 三日前に訪れた不気味な建物。

 この世の珍味をかき集め、練り混ぜたかのような歪な雰囲気。ノーマルな長屋に一棟だけ佇むアブノーマル。独特な不気味さを放つその建物は、忘れたくとも忘れられない。


「…………そうだよ」

「はえぇ。チヨヒメもいないのに、何も変わらないね」

「不気味ね」


 昨日の一件があったにもかかわらず、その見世物小屋は平常通り営業していた。


「なんだお前ら、ここに来てビビってんのか?」

「ち、ちょっと、タライ君」


 その建物を前にし、私達が三人固まって話していると、後ろからタライが小声で囁いた。そんな彼をウヅキは注意するが、性格上、強くは言えないようだ。


「案ずることはありませぬぞ。ワシが付いておる」


 この建物を前にしても、一切その顔色を変えないカナビコ。その心強い一言に、私達は腹の底から安堵した。


「い゛らッじゃァぁイ」

「……いいい、何度見ても怖いな」


 前回と全く変わらないメイクの受付嬢。しかしそれがまた不気味でもあり、彼女に一切慣れる事が出来ずにいる私は、ついつい口ずさんでしまう。


「…………お主」


 しかしカナビコは臆することなく、まじまじと舐めるように彼女を眺める。


「ちょっと失礼でしょ、何してんのよ」

「ふぉふぉ。いやはや、あまりの美しさに感心しておりました。すまぬことをしたのうお嬢さん」


 ――――え、もしかしてカナビコ、そっち?

 そんな彼の不躾な言葉に、受付嬢は若干表情を歪めたが、しかしそこから感情が汲めない。


「バカなこと言ってないで、早く行こ!」

「そうですな。……お嬢さん、この店の店主と話をしたいのですが、お願いできますかな?」


 ニッコリと笑んだカナビコが言うと、受付は一回頷いただけで、そのまま何も言わず店の奥へと消えて行った。


「はえぇ。これからどうなるの?」

 怯えた様子のユハンが私の袖を掴む。

「わかんない。でも、少し荒れるかもしれないね」

「――――あんまり怖いようだったら、俺の後ろにいろよ。ユハン」

「え?」


 ええ? あれ、もしかしてこいつユハンに気があるのか?

 どこか照れた様子で、ユハンの肩に手を置くタライ。その初々しい表情は、少し甘酸っぱさを感じさせる。


「ええぇ。わえはソウちゃんと一緒にいるから大丈夫」

「そ、そうか? でもコイツ、結構ビビってるぞ?」

「大丈夫だよユハン。そのまま私の傍に居て」

 ――ぷぷぷ。フラれてやんの。


 そう言って、どこか勝ち誇った笑みをタライに向けると、彼は面白くなさそうにそっぽを向いた。――へっへっへ。ざまあみろ。


 などと、私たちが緊張感のない事をしていると、あの舌足らずの高音ボイスが、薄暗い店の奥から小走りでやって来た。

 

「はいはーい。なんれございましょう」

 

 無駄に煌びやかな着物に、ふくふくと身に付いた贅肉。間違いなくオキマサだ。

 あの時、鬼のような形相でチヨヒメを追って来たオキマサ。しかし今日の彼は、毎日幸せといった笑みを浮かべて現れた。


「…………って、チヨちゃんを攫った子供!?」

「どうも」


 しかしそんな彼も、私の顔を見るや否や、その表情を一変させて強い眼差しを向ける。


「お前、チヨちゃんをどこに連れて行った!」

「チヨヒメなら、荷物まとめて実家に帰りましたよ?」

「何を下らないことをッ」


 そう言って、今にも殴らんと言った顔つきで、オキマサが私に一歩近づいた時、その歩みをカナビコが片手で抑制した。


「これはこれは、どうもうちの生徒が、そなたらにご迷惑をお掛けしたようで」


 柔らかい口調。

 目を合わせた瞬間、掴みかかろうとしてきたオキマサや、そんな彼を煽った私などとは、全く比べ物にならない大人の対応。


「あ、ああ。これはどうも先生。……そうなんれすよ。彼女は私の大切な従業員を連れ去ったんれすよ! 本当に困っていたのれす」

「ええ。そのことで、今回はその謝罪も込めて、こうして生徒たちと参った次第でのう」

「――――謝罪も結構れすが、私のチヨちゃんはどこに?」

「心配なさらずとも、官学の方で確と保護しておりますよ」

「出来れば、今すぐ返して頂きたいものれすな!」


 最初こそ、二メートルほどの巨躯を持つ彼にビクビクしていたオキマサだったが、カナビコの柔らかい物腰に、彼は完全に強気になっていた。


「ふむ、そうしたいのは山々なんですが、いくつかお主に聞きたいことがありましてな」

「聞きたいこと?」

「ええ。なんでもチヨヒメは、その身に不死の呪いにかけられた。そう、この子らに聞いたのですが、それは誠ですかな?」


 綿菓子のようなアゴ髭に手を伸ばすカナビコ。彼はそれを弄びながら淡々と質問を投げる。


「そうれすよ? 彼女の身体は老いる事も無ければ、受けた傷をも治してしまう、紛うことなき不死なんれす」

「ふむ。しかし分からぬのですが、わしがいくら見ても、彼女からは全く呪いの匂いがせんくってのぉ」


 ――――呪いの匂い? なんだそれ。


「呪いの匂いれすと? 呪いに匂いがあるとれも言いたいのれすか?」

「ええ。わしは生まれつき鼻が鋭くてのう。呪いや穢れなどの忌み物は特に臭うのじゃ」

「ふん! そんな戯言信じれませんな!」


 オキマサがそう言うように、私達もその言葉を信じられずにいた。

 もし仮に分かるのだとしたら、私達にくらいは言って欲しかったものだが。


「ええ、現に先ほど、店先に座っていたあの娘。あの者からは嫌な匂いが漂っていましたぞ?」


 ――――え?

 カナビコがそう言った途端、絶えず強気な表情を浮かべていたオキマサの表情が、水を被った髪のように萎れてゆく。


「……それと、お主の懐からものう」


 ――――そうしてスリ師の如き速さで、カナビコはオキマサの懐から、穢らしい一枚の黒ずんだ札を抜き取った。


「あああ!」

「ほう。これは転変てんべんの札か?」


 カナビコの指先につままれた穢い札。その札は本来の白さを失っており、表面は虫に食われたかのような黒染みが目立つ。


「蒼陽姫。祝詞を唱えてくだされ」

「え、今?」


 珍しそうに札を眺めるカナビコは、それを空にかざしながら背中で言う。

 そしてその下では、カナビコの胸までしかない背丈のオキマサが、ばつの悪そうな顔で睨みを利かせていた。

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