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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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死なずの少女③

「カナビコ、前より老けてない?」

「ふぉっふぉ。気付かれましたかな? 実は少し前に、荒ぶる神との戦いで負傷しましてな」


 見た目は確かに変わったが、それでも彼の纏う気配は、以前と変わらず貴いようで安心する。


「負傷と老けが、何か関係あるの?」


 カナビコは畳に囲われた囲炉裏の前に正座をし、私達にも座るよう、手だけで促した。だから私も遠慮なく腰を下ろす。


「うむ。天つ神は歳こそ取らんが、大きな傷を負うと、それを治すのに莫大な霊気を使うのじゃ」

「だから老けたって事?」

「左様。……ところで、そちらのお嬢さん方はご友人ですかな?」


 そう言ってカナビコはニッコリと笑う。少し老けたせいか、公園とかに居そうな優しいお爺ちゃんに見えてしまう。


「は、はい! 私は、国羊こくよう族のヒスイ・セキウと申しますッ!」


 天つ神を前にかなり緊張しているのか、ヒスイは見事なまでに直角な最敬礼を見せながら自己紹介をした。


「わえっ。いえ! 私は、龍人族のユハン・アギトと申します」


 同じくユハンもかなりの緊張っぷりを見せつける。――しかし今思えば、私は彼女たちのフルネームを初めて聞いた気がする。


「ははは! うむ、元気があってよいのお。蒼陽姫が良いご友人を見つけられたようで、わしも安心しましたぞ」


 カナビコは顔をくしゃくしゃにして満足げに笑う。ズイエン学長も随分年寄りに見えるが、第三者にカナビコが校長と言っても納得しそうだ。


「それで、頼みたいこととは何ですかな?」

 顎の白髭を弄りながら、翁は笑う。

「実はね、官学生じゃない部外者を、寮につれこんじゃったんだ」

「生徒じゃない者を?」


 一瞬、カナビコの声がワンオクターブくらい下がる。…………やはり不味かったか?


「っふぉふぉふぉ! その齢にして男を連れ込むとは、何とも大胆ですなぁ!」


 天井を仰いで大声で笑うカナビコ。少し勘違いをしているが、どうやら問題はなさそうだ。


「いや、男じゃないんだけどね。で、このまま寮に置いとく訳にもいかなくてさ、助言を求めに来たんだけど…………」


 親戚のおじさんに頼みごとをしている気分だ。――少し気まずい。


「ふむ。少し話が見えて来ぬのだが、もう少し詳しくお聞かせ願えますかな?」

「うんっとね………………」


 そうして私は、見世物小屋で見たことや、不死の呪い。そしてチヨヒメの事など、余すことなくカナビコに事情を説明した。その際の彼も、いくつか質問をしてきたり、眉でリアクションを取ったりと、けっこう興味を持っているように見えた。


「うーむ、不死の呪いに、人魚の肉。聞いたことはありますが、実際に見たことはありませんなあ」

「それでね、その童門どうもん一座の座長が相当ヤバそうな奴なんだよね。多分このままだと、チヨヒメみたいな被害者が増えると思うんだ」


 囲炉裏を囲い、私達は暖を取りながら話を続ける。山の頂に建つ頂院は、いかんせん凍える寒さなのだ。


「ふむふむ。でしたら、一度そ奴らの所へ行ってみましょうぞ」

「え!」


 それは意外な提案だった。私はあくまで、カナビコのアドバイスを求めに来たのだからだ。…………まあ、密かに期待はしていたが。


「――――いいの?」

「うむ。そのチヨヒメとやらも連れて、一座の反応を見てみましょう」


 そういう彼の表情は、どこか楽しそうな雰囲気を帯びていた。まるで悪戯を企てる子供のような。


「いやー。カナビコが来てくれるなら心強いよ!」

「ふぉふぉ。実はわしは、大神様にお主の援護をするよう頼まれ、この官学に参ったのじゃ。この老兵で良ければ、何なりと申し付けてくだされ」


 やはりそういう事だったか。アマハル様もなかなか心配性だな…………。少し嬉しいが。


「それはそうと、授業に遅れますぞ。早く行きなされ」

 

 外から聞こえる鐘の音に反応し、表情を綻ばせながら彼はそう言った。

 しかしカナビコに相談をしたのは正解だった。まさかここまで協力してくれるとは。


「し、失礼します!」

「失礼します!」

「失礼します。それじゃあ、次の休校日にね!」


 そうして私たちはカナビコノ事務室を出る。しかし見た目は年老いても、中身は変わっていないようで安心した…………。


「ふえええぇ。緊張したよぉ」


 頂院を歩いていると、ユハンが唐突にため息を噴き出した。それはヒスイも同じで、どうやら二人ともかなり緊張していたようだ。


「二人とも全然喋らなかったね」

 ――――と言って、私はついつい笑ってしまう。


「無理もないわよ! 天つ神とあの距離でお会いしたのは禊祓以来なの。本当に緊張したんだから」

「わえは生きた心地がしなかったよ…………」


 アイドルの握手会でも言ったかのように、ホッと胸をなで下ろす二人。


「しかし、これでチヨヒメの事は安心できそうだね」

「そうね。さすが、ソウも神様なだけあるわ」

「まだ何にもしてないけどね」


 正直わたしもかなり安心している。カナビコが味方になってくれるなら、まさに大船に乗っているような気分だからだ。


「さて、それじゃあ、次の授業は何だっけ?」

「次は邪学だよぉ」

「オッキュ先生かあ、私あの先生苦手なんだよなあ」

「ふえぇ。わえも少し苦手だよ」


 などと言いながら、私達は無事、カナビコの協力を得られたことに絶大な安心を得ながら、月上院へ舞い戻った。


「…………ふむ。小生の第一回の講義に遅刻とは、身の引き締めが足りないのでは、蒼陽くん?」

「すいません」

「――――ヒスイ君?」

「申し訳ありません」

「――――ユハン君?」

「ふえぇぇ」


 そうして無事、私たちはオッキュ先生の授業に遅刻してしまった。結構走ったつもりなのだが、いかんせん、頂院から月上院までの距離が長すぎたのだ。


「まあよかろう。三人とも空いてる席に座りなさい」


 バラードのようにローテンポなしゃべり方。それに加え寝不足の様な白い顔。そして何を考えているのか全く汲めない眼。――やはり少し苦手だ。


「それでは、これより邪学の講義を始めるが、そもそも邪学とは何か分かる者はおるか?」

「はい!」


 席に座るや否や、見事なロケット挙手を見せつけるヒスイ。流石は真面目っこだ。というか最近そのキャラすら忘れていた。


「ヒスイ君」

「はい! 邪学とは、荒ぶる神や妖などの特徴、生態、思想などを学ぶことです」


 ――おお。流石は真面目の申し子、パーフェクトな回答だ。私は知らなかったけど。


「左様。ヒスイ君が申した通り、この授業ではそのようなことについても学ぶ。だが、それだけでは自分の身は守れない。故に、ここではその防御策なども教えてゆく」


 意外と真面目な授業だな。邪学なんて言うから、てっきりアブない系の授業かと思った。


「では教本を開いてください」


 まだ新品の真っ黒い表紙の本。私はその教本をぺらぺらと流し読みする。まだ習っていない教科書の項目を見るのが好きなのだ。


 しかし予想通り、この世界の教科書に写真などが貼ってあるわけもなく、どのページにも文字と画しか書かれていない。


 ――なんか暇そうだなぁ。

  などと考えながら、風に吹かれた本のようにページをめくる。すると、私の目に一つの項目が留まった。


「…………人魚」


 まさに今一番、私の中でホットな単語だ。まさかこんな所で情報を得られそうになるとはな。


 ……ええと、なになに? 人魚は極めて特異な種族であり、その個体数は少なく、如何な思想や生態系を持つかは未だ謎が多い。


「ふーん」


 ……さらにその力は国つ神さえも恐れる程であり、人魚は別名を神魚とも言われている。そして人魚の住まう国は、遥か海の向こうの島国であることが確認されており、天津神による探索が続いている。


「ふむふむ」


 さらに人魚は事実上、天津神でさえも統治しきれない、その広大な海を統べている事から、中つ国では海神と称している国もある。


 などと書かれてはいるが、結局、人魚に関してのページはその一枚のみで、それ以上のことは何も書かれておらず、私は落胆の気持ちから、その期待外れな教本にため息をまぶした。

 ――――これだけか。もっと不死の呪いについて知りたかったんだけどな。


「蒼陽くん」

「…………え? はい」


 つい人魚の項目に夢中になってしまい、私はオッキュ先生の話を全く聞いていなかった。


「妖はどのようにして生まれるのか、また、何故死に絶えた時、その身体は灰の如し塵と化すのか。これが分かるかね?」

「…………えっと。呪いの一種だからですか?」

「違う。――全く、天つ神として少し知識が足りぬではないか?」

「すいません」


 私の傍に立ち、その冷たい目で見下ろすオッキュ先生。もしかしたら彼も、私をよく思っていないのではないかと、勘ぐってしまう。


「あの先生」

「なにかね、蒼陽くん」


 オッキュ先生は邪学のスペシャリスト。もしかしたら不死について何か知っているかもしれない。


「不死の呪いって、実在するんですか?」

「ほう。この小生の授業で、全く関係のない話題を出す気かね?」

「ああ、いや、何でもないです」

「……だが不死の呪いと言うのは、あくまでも伝説であり、その言い伝えによれば、人魚の肉を食らう事で受けてしまうと言われている」


 少し小言がうるさいが、意外と丁寧に教えてくれたことに、私は少しギャップ萌えを感じた。可愛い所もあるじゃない。


「なるほど。有難うございます!」

「…………まあよい。ちなみに妖とは、人々の畏れや俗言から生まれる事もあり…………」


 しかしまあ、一番関わりたくない先生に、目を付けられてしまったのは事実だ。この人の授業は大人しくしとこう。

 ――と、その想いが功を奏したのか、それから授業が終わるまでの一時間程を、私は何の問題も無く終わらせることが出来たのであった。



「ただいまー」


 その夜。初めてのフルコマ授業に疲れ切った私は、クタクタになりながら部屋に戻り、隠し持ってきた夕食をチヨヒメに食べさせていた。


「美味しい?」

「…………美味しい」


 ご飯はしっかりと食べるが、それでも感情らしき感情は戻らないチヨヒメ。あまりこういう事は思いたくないのだが、まるでペットみたいだ。


「ねえ。チヨヒメは何で不死の呪いを受けっちゃったの?」

「おっ父が殺したの」

「え?」

「人魚を殺した」


 ――人魚を殺した? それで呪いにかかったのか? いやでも、不死の呪いは人魚の肉を食べる事で受けてしまう物。という事は…………。


「そのお父さんが、チヨヒメに人魚の肉を食べさせたの?」


 私は腹ばいになって肘を突き、モグモグとおにぎりを食べるチヨヒメを見上げると、彼女は静かに頷いた。


「…………なるほど。という事は、本当に不死の呪いはあるという事になるな」

 さてどうしたものか。と考えていると、トントンと誰かが部屋の襖を叩いた。

「こんな時間に誰だ?」


 時間は恐らく夜の九時くらい。良い子はもう寝る時間のはずなのに、一体誰だと苛立を感じながら襖を開ける。するとそこには、恐らく高学年らしき、見たことの無い女子が私を見下ろしていた。

 ――――ほんとに誰だ?


「どなたですか?」

「あなたが、ソウくん? よね?」

「ええ、そうですけど」

「小さな男の子が、外であなたを待ってるわよ」


 小さな男の子。私の中でそれに当てはまるのは、ただ一人だけだった。


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